【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
67 / 202
Ⅴ.後日談

第6話 恋情 一夜明けて① 

しおりを挟む

【イルマ】

 目が覚めたら、温かい腕の中にいた。
 金色の光がさらさらと降ってくる。触れてみれば、絹糸みたいだ。

 起こしたら悪いな。
 腕の中で、そっと見上げる。

 シェンは、とても綺麗だ。
 閉じたまぶたには、繊細な長いまつ毛が揃っている。
 染み一つない肌は白磁のようで、体温があるのが不思議なくらいだ。
 筆で描いたようなほっそりした眉の下に、輝く瞳がある。以前は深い瑠璃色だった。
 スターディア王家に伝わる瑠璃色の瞳。
 女神の湖は様々に色を変える。時折、シェンの瞳と同じ色を映し出す。

 ゆらゆらと揺蕩たゆたう時の中に囚われていた時。
 大切なものがいくつも、泡のように浮かんでは消えていった。
 意識が曖昧になる中で、何度も繰り返し呼んだ名前がある。
 ⋯⋯サフィード、セツ、ユーディト。ルチア。

 王子、と呼ぼうとは思わなかった。ただ。
 何か言いたげなシェンの顔が浮かんだ。
 湖で、シェンの瞳の色を捉えるたびに、心の奥で何かが動いた。

 ──ちょっとだけ、触れてもいいかな。
 逞しい胸に当てていた手を動かして、指先で形のいい唇を撫でる。

 そう言えば、初めて会った時も裸だったな。

 あの時は⋯⋯。
 色々思い出すと、もやもやする。
 この肌は、たくさんの人を知っている。
 そう思った途端に、今まで知らなかった気持ちが押し寄せた。





【シェンバー】

 さっきから、ずっと我慢している。

『イルマ殿下は、小動物みたいなんですって』
 セツから聞いた、とレイが笑いながら言った。

 たしかにそうかもしれない。

 腕の中の生き物が、小刻みに動いている。たぶん、本人は意識していないのだろう。
 だが、こちらは長年、訓練と実戦経験を積んできたのだ。
 相手の気配や動きの変化は、すぐにわかる。

 イルマが起きる前から、目覚めていた。
 腕の中の温もりが愛しくて、強く抱きしめたら壊れてしまうような気がして。
 そっと抱きしめたまま、動けなかっただけなのだ。

 髪に触ったり、顔を近づけてみたり。
 肌を摺り寄せてくるのは⋯⋯。無意識なんだろうが、困る。

 何も身につけずに、抱き合っているのだ。
 下半身が思わず反応しそうになるのを、ひたすらに堪えていた。
 経験豊富な相手ならまだしも、昨夜初めて肌を合わせたばかりなのだ。
 驚かせてはいけない。

 細い指先が、ちょんと唇に触れてくる。
 確かめるように、すり、と撫でている。

 このまま、咥えて食べてしまおうか。
 胸の中に、そろりと獣のような情念が動き出す。





 ☆★☆





 シェンバーが、形のいい唇を開く。
 イルマの小さな指先を口にしようとした時。

 胸に、ぽとんと温かいものが落ちてきた。


「⋯⋯イルマ? なんで、泣いてる?」

 やわらかい髪を撫で頬に触れれば、涙が幾筋も伝っていく。
 額に口づけを落として優しく尋ねた。

「どうした?」
「⋯⋯れば、よかった」
「え?」
「⋯⋯もっと、たくさん経験があれば、よかった」

 シェンバーに衝撃が走った。
 小動物は時々、思いもよらぬ攻撃を仕掛けてくる。
 ──今言われた言葉を、うまく咀嚼して返さなければ。

「そ⋯⋯れは、どういう?」

 イルマがシェンバーの胸に頬を寄せた。
「だって、シェンは⋯⋯たくさん⋯⋯知ってるのに。ぼくは、ろくに知識も⋯⋯わ、技も知らないんだ」

 イルマの言葉に、いちいち動悸が激しくなる。シェンバーは、自分に強く語りかけた。
 ──落ち着こう。相手は素直なだけだ。純粋培養されてきたのだ。

「シェ、シェンは、今までもたくさん⋯⋯付き合った人がいるでしょう。そう思ったら⋯⋯」

 イルマのふわふわした髪が、しょんぼりとしおれ始めている。
 シェンバーは、イルマの体を引き寄せた。イルマの髪からはふわりと花の香りが漂う。
 まぶたに、頬に、鼻に。いくつも口づけを落としていく。この気持ちが彼に少しでも伝わるようにと。

 シェンバーは、目を伏せて言った。
「⋯⋯イルマは、私を汚いと思うだろうか」
「え?」
「たくさんの人間と肌を重ねてきた。そんな人間は、嫌だっただろうか⋯⋯」

 イルマは、目を大きく見開いた

「そんなこと、思ってない。ぼくが思ったのは⋯⋯。もっと、自分に何かできたら。⋯⋯好きになってくれるかな、って」
 ⋯⋯シェンが、今まで触れてきた人たちよりも。

 呟くように言う声は、シェンバーの耳に届いた。

 ──この愛しい人は、嫉妬と言う言葉を知らないのかもしれない。

 フィスタの王族たちが、イルマに何も教えずに育てた意味が分かるような気がした。
 女神のもとに旅立つ祝福の子たちは、この世のしがらみから解き放たれているように。
 肉欲すらも、その身から離れているように。

 シェンバーが目の縁に溜まった涙を舐めれば、イルマはぱちぱちと目を瞬いた。
 そんな仕草さえ愛らしいな、と思う。

「⋯⋯こんなに泣いたら、目がはれてしまう」
 目元に口づけ、唇を軽くついばむ。

「過去を変えることはできないから⋯⋯。イルマが私を嫌わないでいてくれたら嬉しい。それに。私は、イルマが私のようでなくて良かったと思う」
「⋯⋯シェン?」
「経験だけあればいいというものじゃない。快感があっても気持ちの伴わない行為は虚しい。それを教えてくれたのは、イルマだ」
 シェンバーは、イルマに向かって微笑みかけた。

「イルマが、たくさん経験を積んでいたら⋯⋯」
 シェンバーは、独り言のように呟いた。

「⋯⋯相手を一人ずつ、⋯⋯にしたかもしれないな」

「シェン?」
 イルマが、聞き損ねた言葉をもう一度聞こうとした時だった。
 シェンバーが、起き上がってイルマの腕を捉えた。

「知らないことは、これから知ればいい。一緒に」
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけです! 名前が  *   ゆるゆ  になりました。 これからもどうぞよろしくお願い致します! 表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜

MINORI
BL
100回生まれ変わり、98回黒い竜に殺され、99回の人生の記憶を持つ、心と感情を持たない主人公が、唯一の記憶がない初回人生をすごした6体の竜が統べる異世界に、自分の魂を確実に消し去る方法を探す旅に出るお話。 竜が主人公を取り合い、BLになる・・・はず・・・ですが、大分遠いかもしれません・・・。 ※このお話は、ムーンライトノベルズ様の方で先行投稿しております。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

処理中です...