113 / 202
第三部 父と子
第13話 帰参②
しおりを挟む──困ったな。顔があげられないよ。
イルマは心の中で呟いた。
シェンバーの胸に顔をつけていると、とくとくと早い鼓動を感じる。自分の胸もどうやら同じように高鳴っているらしい。
流れる髪の一房がさらりと降ってきて、ああ、きれいだなと思う。どこも美しいこの人が、以前よりもずっと感情を顕わにしてくれる。それがとても嬉しい。
すりすり、と胸に顔をこすりつけると、わずかにシェンバーの体が動く。
「シェン⋯⋯?」
顔を上げると、形のいい眉が寄せられ、唇がわずかに噛み締められていた。瑠璃色の瞳の奥に揺らめく熱は、静かなようでいて激しい。
シェンバーの手がイルマの後頭部を掴んで引き寄せた。唇がイルマの唇に重なる。
性急に舌が割り入ってきて、強く絡められた。熱い舌で口中をかき回されていると、頭がぼうっとして体から力が抜けていく。
互いに舌を探り合って、絡め合っては吸い上げる。お互いの熱が伝わり合って、体がどんどん熱くなる。
「んッ! シェン、シェン! もう⋯⋯だめだよ」
必死で唇を離して、イルマはシェンバーの胸を叩いた。
「どうして?」
「⋯⋯だって、今日はまだ、予定があるんでしょ?」
情欲を秘めた瞳は、咎めるようにこちらを見る。
赤くなった目元も濡れた唇も色っぽいな、とドキドキする気持ちをイルマは飲み込んだ。
はあ、とシェンバーの口から切なげなため息が漏れる。
「イルマと一緒に居る以上に、大切な事なんか何もないのに」
シェンバーに強く体を抱きしめられて、うん、と頷く。ぎゅっと心臓が痛くなって、何も言えなくなる。
レイの遠慮がちな声が扉の向こうから聞こえても、シェンバーはイルマを腕の中から離さなかった。
イルマは少し背伸びをして、シェンバーの耳元で囁いた。
シェンバーが目を大きく見開く。
「⋯⋯本当に?」
「うん。だからね」
もう少し頑張ろう、とイルマが言おうとした時だった。
再び、唇がふさがれる。
「約束だからね」
美貌の王子は、満開の花よりも美しく微笑んだ。
第二王子が王宮に戻ったことは、瞬く間に人々の間に伝わった。
同時に、国王主催の宮中舞踏会に出席することも。
姫君たちの話題は王子と舞踏会に集中したが、諸侯はそれ以上に色めき立った。
「⋯⋯今更お戻りになるとは、陛下もどのようなお考えなのか」
「陛下は第二王子を可愛がっておいでだ。何とか手元に置きたいのでは?」
「あの目ではどうにもならぬ。肝心の武の王子の役割さえ果たせぬではないか!」
フィスタからようやく戻ったかと思えば失明して、何の釈明もせずに南の離宮に引き籠もった王子。
国の役に立たぬと怒りの声を上げる者がいる傍ら、擁護する者もいた。
「御役目を放棄なさっているわけではない。あの方でなければ、という者も多いのだから」
とりわけ騎士団での王子の評価は絶大だった。面倒事が多いクァランで話を進める時も、第二王子がいなくては話にならない。騎士団が王太子の預かりになり代理をたててはいても、統轄するのは第二王子だ。
久々に姿を現す第二王子の動向を、人々は固唾を呑んで見つめていた。
「⋯⋯ひま、なんだよね」
イルマはぽつりと呟いた。広い部屋の中には誰もいない。
王宮に着いた翌日に国王夫妻と対面してから、イルマには特に予定がなかった。
ぽすん、と広いベッドに転がりながら数日前の対面の儀を思い出す。
王宮に着いた翌日、イルマは初めてスターディアの国王と王妃に対面した。
謁見の間で玉座に座る王は、離れた場所からでもわかる威厳と静謐さを纏っている。輝く黄金の髪と瑠璃色の瞳は、まさしく王家の色だ。
玉座の前に進み跪いた時、王は唐突に口を開いた。
「イルマ王子、よく来られた。⋯⋯近くで顔を見せてはくれないか?」
イルマは驚いて、思わず隣のシェンバーを見た。シェンバーが無言で頷く。王の傍らに立つ宰相も、前へと促してくる。
恐る恐る立ち上がり、玉座に近づいた。
国王がさらに目の前に来るようにと言うので、すぐ前まで行った。
「フィスタの第4王子、イルマ・ラスシュタ・フォレスにございます。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」
「⋯⋯女神の恩寵深き子よ。我が子と共にいる道を選んでくれたことに、心から感謝する」
国王の瞳は慈愛と喜びに満ちていて、イルマはすぐに言葉を返すことができなかった。
王妃とも和やかに挨拶が終わり、シェンバーの美しい顔立ちは母親から受け継いだのだとわかる。
ほっとして振り返れば、国王たちの親愛ぶりとは逆に、シェンバーはわずかに眉間に皺を寄せていた。
59
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけです!
名前が * ゆるゆ になりました。
これからもどうぞよろしくお願い致します!
表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜
MINORI
BL
100回生まれ変わり、98回黒い竜に殺され、99回の人生の記憶を持つ、心と感情を持たない主人公が、唯一の記憶がない初回人生をすごした6体の竜が統べる異世界に、自分の魂を確実に消し去る方法を探す旅に出るお話。
竜が主人公を取り合い、BLになる・・・はず・・・ですが、大分遠いかもしれません・・・。
※このお話は、ムーンライトノベルズ様の方で先行投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる