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第三部 父と子
第28話 王弟①
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「私は、己の定めを受け取っただけなのですから」
「ルーウィック⋯⋯」
柔らかな微笑は、年経ても懐かしい王弟のものだった。
ドンッと人が倒れる音がした。
ヘルムートの手の中で暴れたセツが、床に叩きつけられる。シェンバーが、すぐに走り寄って腕を貸した。
「⋯⋯どこへ行ったのかと思えば」
ヘルムートは、ふらふらと玉座に近寄り、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。騎士や影が一斉に動き出す。
「フィスタの王子殿下は死に装束でお出ましと見える。この晴れの日に、一体どんな趣向でいらっしゃるのか」
イルマの姿のルーウィックが、ヘルムートに向かって叫ぶ。
「宝石よ、帰れ! 在るべき場所へ!!」
途端にヘルムートの顔が歪み、見る間に額に脂汗が浮かぶ。ぶるぶると体が震え、右手で左手の肘を押さえつけた。
「手が! 腕がッ」
誰も侯爵に触れていないのに、腕は奇妙な動きをしていた。まるで見えない手にぎりぎりと締め上げられているかのように、勝手に反対方向にねじ曲げられていく。
ヘルムートの顔は蒼白になり、息も絶え絶えになって、その場に頽れる。
「返してもらうぞ、侯爵」
長く節くれだった指が、ヘルムートの小指にあった指輪を取り上げた。
長身の王子は小柄な体の前に立ち、その手を取る。シェンバーは眉根を寄せ、真剣な瞳で告げた。
「⋯⋯この指輪を、私の伴侶に渡したいのです」
切実な願いに、くすりと笑いが零れた。
「心配はいらない。私はもうすぐ消える。父の支えとなり、この国を護ってくれ。シェンバー王子」
目の前にいるのは確かにイルマなのに、微笑む表情はどこか懐かしく、慕わしい。戸惑うシェンバーの前で、祈るような声がした。
「⋯⋯どうか、兄を頼む」
そう言い残して、イルマの体から力が抜けた。細い体をしっかりと腕に抱いたまま、シェンバーは思わず叫んだ。
「叔父上!」
呼びかけた自分の言葉に、一瞬、花のように笑う幻が見えた。それは幼い日の自分にとても良く似ていた。
「あれ⋯⋯、シェン?」
腕の中の声に、シェンバー王子は我に返った。その声音は確かに愛しい人のものだった。
「イルマ? イルマ!!」
黄金の瞳は半ば夢の中にいるように、とろりとした輝きを放っている。視線は定まらず、目の前のシェンバーの姿を捉えきれていない。
「⋯⋯シェン。ああ、ぼく、戻ってきたんだね」
「よかった。どこも痛くはない? 怪我は?」
シェンバーは矢継ぎ早に尋ねた。
「大丈夫。影とサフィードが守ってくれた⋯⋯。それにシェンも、でしょう?」
イルマは、シェンバーの頬に手を伸ばした。
「サフィードと一緒に捕らえられた後、第一騎士団の騎士たちが助けてくれた。侯爵の元に入り込んで、事あらばぼくを守るようにシェンから命令を受けていたって。⋯⋯ありがと」
ふわりと笑う顔を見て、シェンバーの顔がくしゃりと歪んだ。涙が出そうになるのを必死で堪え、力の限りイルマを抱きしめた。
「ルー? どこに⋯⋯、どこに行ったのだ、我が弟は!」
国王の声が悲鳴のように響き渡る。
イルマはシェンバーに支えられて、ゆっくりと起き上がった。
「⋯⋯陛下。王弟殿下は女神の白き道に上られました。もう二度と戻られません」
国王の体がよろめき、宰相と王妃が両脇から支えた。
両手で顔を覆う王の口からは嗚咽が漏れる。
いつのまにか窓の外は暗闇に戻り、微かに花の香りだけが漂っていた。
静まり返った大広間に、統轄司令官の重々しい声が響く。
「第一騎士団、シュタイン侯爵並びにグローデル伯爵を拘束致しました!」
黒と金を身に着けた騎士たちが、油断なく二人の男を取り囲んでいた。
意識を失っているシュタイン侯爵の隣でグローデル伯爵が憤怒の表情でわめきたてる。
「何を勘違いしている! 私が何をしたというんだ!!」
シェンバーは、長官に頷いて見せた。
統轄司令官の声が朗々と響き渡る。
「ルーウィック⋯⋯」
柔らかな微笑は、年経ても懐かしい王弟のものだった。
ドンッと人が倒れる音がした。
ヘルムートの手の中で暴れたセツが、床に叩きつけられる。シェンバーが、すぐに走り寄って腕を貸した。
「⋯⋯どこへ行ったのかと思えば」
ヘルムートは、ふらふらと玉座に近寄り、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。騎士や影が一斉に動き出す。
「フィスタの王子殿下は死に装束でお出ましと見える。この晴れの日に、一体どんな趣向でいらっしゃるのか」
イルマの姿のルーウィックが、ヘルムートに向かって叫ぶ。
「宝石よ、帰れ! 在るべき場所へ!!」
途端にヘルムートの顔が歪み、見る間に額に脂汗が浮かぶ。ぶるぶると体が震え、右手で左手の肘を押さえつけた。
「手が! 腕がッ」
誰も侯爵に触れていないのに、腕は奇妙な動きをしていた。まるで見えない手にぎりぎりと締め上げられているかのように、勝手に反対方向にねじ曲げられていく。
ヘルムートの顔は蒼白になり、息も絶え絶えになって、その場に頽れる。
「返してもらうぞ、侯爵」
長く節くれだった指が、ヘルムートの小指にあった指輪を取り上げた。
長身の王子は小柄な体の前に立ち、その手を取る。シェンバーは眉根を寄せ、真剣な瞳で告げた。
「⋯⋯この指輪を、私の伴侶に渡したいのです」
切実な願いに、くすりと笑いが零れた。
「心配はいらない。私はもうすぐ消える。父の支えとなり、この国を護ってくれ。シェンバー王子」
目の前にいるのは確かにイルマなのに、微笑む表情はどこか懐かしく、慕わしい。戸惑うシェンバーの前で、祈るような声がした。
「⋯⋯どうか、兄を頼む」
そう言い残して、イルマの体から力が抜けた。細い体をしっかりと腕に抱いたまま、シェンバーは思わず叫んだ。
「叔父上!」
呼びかけた自分の言葉に、一瞬、花のように笑う幻が見えた。それは幼い日の自分にとても良く似ていた。
「あれ⋯⋯、シェン?」
腕の中の声に、シェンバー王子は我に返った。その声音は確かに愛しい人のものだった。
「イルマ? イルマ!!」
黄金の瞳は半ば夢の中にいるように、とろりとした輝きを放っている。視線は定まらず、目の前のシェンバーの姿を捉えきれていない。
「⋯⋯シェン。ああ、ぼく、戻ってきたんだね」
「よかった。どこも痛くはない? 怪我は?」
シェンバーは矢継ぎ早に尋ねた。
「大丈夫。影とサフィードが守ってくれた⋯⋯。それにシェンも、でしょう?」
イルマは、シェンバーの頬に手を伸ばした。
「サフィードと一緒に捕らえられた後、第一騎士団の騎士たちが助けてくれた。侯爵の元に入り込んで、事あらばぼくを守るようにシェンから命令を受けていたって。⋯⋯ありがと」
ふわりと笑う顔を見て、シェンバーの顔がくしゃりと歪んだ。涙が出そうになるのを必死で堪え、力の限りイルマを抱きしめた。
「ルー? どこに⋯⋯、どこに行ったのだ、我が弟は!」
国王の声が悲鳴のように響き渡る。
イルマはシェンバーに支えられて、ゆっくりと起き上がった。
「⋯⋯陛下。王弟殿下は女神の白き道に上られました。もう二度と戻られません」
国王の体がよろめき、宰相と王妃が両脇から支えた。
両手で顔を覆う王の口からは嗚咽が漏れる。
いつのまにか窓の外は暗闇に戻り、微かに花の香りだけが漂っていた。
静まり返った大広間に、統轄司令官の重々しい声が響く。
「第一騎士団、シュタイン侯爵並びにグローデル伯爵を拘束致しました!」
黒と金を身に着けた騎士たちが、油断なく二人の男を取り囲んでいた。
意識を失っているシュタイン侯爵の隣でグローデル伯爵が憤怒の表情でわめきたてる。
「何を勘違いしている! 私が何をしたというんだ!!」
シェンバーは、長官に頷いて見せた。
統轄司令官の声が朗々と響き渡る。
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