【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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第四部 婚礼

第14話 形②

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 空には大きな月が昇っていた。
 美しいけれども、春の宵の月は朧気だ。どこか定まらぬ光を周囲に投げて、淡い光を漂わせている。深閑とした夜の中で、孤高に輝く冬の月とは違う。

「まるで自分の心みたいだ」

 ぽつりと呟くイルマに、ようやく戻ってきたセツは首を傾げた。戻るのが遅くなったことを主に詫びても、心ここにあらずだ。
 明日の式のことが気になるのか? 無理はないと思っても、何かが違う。それがわかるのは、長年一緒に居る勘のようなものだ。

「イルマ様、どうなさいました?」
「セツ、サフィードの幸せを、ぼくは真剣に考えていただろうか?」
「は?」

 イルマが父王に呼ばれた内容を語るのを、セツは黙って聞いた。主が自分は全く至らないとしょげて、髪がへなへなに萎れてしまっても、辛抱強く最後まで聞いていた。

「サフィードはずっと、ぼくを守ってくれた。きっと、ぼくの預り知らぬところでも、大変な思いをしてきたと思う。これからはもっと自分のことを⋯⋯」

 ばん!と部屋に響き渡る音がした。
 同時に茶卓が揺れて、絨毯の上に茶器が落ちた。セツが日々大切に手入れをしているものが。イルマは呆然として目の前の光景を見た。

「セ、セツ?」
「では、私もフィスタに帰ることを考えた方がいいですね?」
「え? 何で? セツの話じゃあ⋯⋯」

 イルマは息を呑んだ。茶卓に両手を叩きつけたまま、セツは眦をつり上げる。碧青の瞳が射抜くように自分を見た。こんな顔のセツは初めてだ。

「何でとは、それこそ何でです! どうしてサフィード様だけなんですか? そもそも、人の幸せなんて、誰かが考えられるものなんですか? 自分のことは自分にしかわかりませんよ。陛下にだって、わからないじゃないですか!!」

 イルマはセツの剣幕に言葉が無かった。
「サフィード様が、ご自分からフィスタに帰りたいと仰ったんですか?」

 ぶんぶんとイルマが首を横に振れば、セツは当然だと言うように頷いた。イルマは完全にセツの迫力に押されていた。
 セツは、主の瞳を真っ直ぐに見た。

「イルマ様。私やサフィード様の日々がイルマ様なしで成り立つと、どうしてお思いになるのです?」

「セツやサフィードの⋯⋯、日々?」

 大きく目を見開くイルマの元に、セツは歩を進めた。椅子に座ったイルマの前にしゃがみこむ。

「イルマ様、私は実の家族よりも長い間、イルマ様のお側で過ごして参りました。赤ん坊の時に母と共に王宮に上がり、母が王宮を辞した後もお側に残りました。私がイルマ様と離れたのは」

 セツは言葉を切り、小さく息を吐いた。絞り出すように声を出す。

「⋯⋯イルマ様が女神の元に参られた、あの一年だけです」

 イルマは言葉がなかった。自分が女神と湖で過ごした間、セツやサフィードがどんな日々を過ごしたのか。彼らは今でも多くを語らない。

「イルマ様がいらっしゃらない一年は⋯⋯。まるで、醒めない悪夢の中にいるようでした。私はシェンバー殿下のご配慮で王宮に残りましたが、サフィード様は湖畔屋敷に向かわれました。主の近くへ、と仰って」

 ──主の、近くへ。
 そうだ、サフィードはユーディトの湖畔屋敷で働いていた。少しでも時間があれば湖に入って、自分を探し続けてくれた。

「イルマ様、主の言葉に臣は従うもの。イルマ様が仰ることに私もサフィード様も従います。でも、幸せをと考えてくださるのなら、私は、イルマ様のお側がいい。サフィード様のお気持ちも、自分と変わらないはずです」

 セツの美しい瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。

 守護騎士が主と離れることが、どんな意味を持つのか。
 イルマの心は引きちぎられそうだった。

「セツ。ぼくは⋯⋯。サフィードにひどいことを言ったのか? 父上の言葉に、まるで自分だけが幸せを手にしているように思えた。⋯⋯だから」
「幸せの形は人それぞれだ、と母が言っていました。正しく見えるものはあっても、人の数だけ、本当は違っているのだと」

 セツは、膝の上に揃えられたイルマの手を握る。まるで幼い子どもに戻ったように震える主の手を、しっかりと包みこんだ。
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