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第四部 婚礼
第17話 婚礼①
しおりを挟むイルマの瞳に合わせて、瞼に薄い金粉がはたかれる。目尻にはほんの少しだけ魔除けの朱が塗られた。髪は丁寧に梳かれ、花の香りの油をすりこんで、後ろに流す。
ささやかな化粧を終えたイルマを見て、セツは涙をこらえた。
白銀の衣装は、縦襟で丈の長い上着に、ゆったりした下衣を身に付けている。上着には金糸と銀糸で刺繍が施され、常ならば剣を咥えた獅子のみの意匠に、優雅に両の翼を大きく広げた鳥の姿がある。シェンバーはスターディアとフィスタの両王家の紋を入れるようにと申しつけた。
女神を象った鳥が獅子の元に舞い降りる。それだけが描かれた衣装は、清冽な泉のように人々に深い印象を残した。
金糸の飾り帯をつけ、宝石は互いの色を纏った指輪のみ。
そして、足元までの長いヴェールには、イルマが日々少しずつ縫った刺繍があった。透けるように薄い生地の中に、衣装に合わせて金糸と銀糸で縫われた沢山の花々が、燦然と咲き誇る。
スターディアとフィスタ、それぞれの伝統が組み合わされた婚礼衣装は、見事な調和を見せていた。
ヴェールを付けた女神の御子を迎えに来た武の王子は、しばらく言葉を発さなかった。食い入るように伴侶を見つめた後に、視線を宙に投げる。そのまま沈黙が訪れて、イルマは段々不安になる。
シェンバーはイルマとほぼ変わらぬ格好だが、髪は後ろで一つに束ねられ、金地に瑠璃を配した髪飾りで留めている。前髪を上げ、形のいい額と柳眉が顕わになって、普段とは雰囲気が違う。
⋯⋯凛々しい。すごく凛々しいんだけど。目尻にわずかに刷かれている朱は、自分と同じもののはずだ。なのに、どうしてこんなに妖艶になってしまうのだろう?
イルマは思わず首を傾げた。
「シェンバー殿下、おはようございます」
黄金色の瞳で見上げると、宙を漂っていた視線が戻ってくる。身に付けた白銀よりも眩しく輝く王子は、長い睫毛を伏せて吐息を漏らした。
「女神も罪なことをなさる⋯⋯」
イルマの眉が寄っていることに気づいたのか、シェンバーは伴侶の手を取った。瑠璃色の指輪が嵌った指先に、そっと口づけを落とす。
「おはようございます、イルマ殿下。女神の御恩寵を宿された瞳に、我が身が映る幸いに胸が震えます」
「⋯⋯そんな台詞、すごく久しぶりに聞いた気がするんだけど」
「朝に晩に、絶えずお耳に囁き続けてもよろしいですか?」
「それは、ちょっと」
イルマが上目遣いに応えれば、切なげな吐息が降ってきた。
「真剣に申し上げておりますのに⋯⋯」
シェンバーの言葉に嘘はなかった。部屋に入ってイルマの姿を見た途端、脳天から足先まで痺れるような衝撃が走った。
普段から自分はイルマを可愛いと思っている。小動物のような動きをしている時も微笑ましい。しかし、今日は違う。白銀と金を身に纏った祝福の子は、清廉で慈愛に満ち、輝くような美しさだ。例えそれが自分の欲目だと言われても構わない。彼が女神の愛し子であることを、誰もが強く心に刻むだろう。
イルマの口が何やら呟いたので、シェンバーは顔を近づけた。イルマが背伸びをして、ヴェールがふわりと揺れる。
ちょん、と柔らかな唇がシェンバーの唇に触れて、小さな声が聞こえた。
「⋯⋯そんなことばかり言われたら、身がもたないよ」
──もたないのは、こっちだ。
シェンバーの声にならない叫びが、胸の中に飲み込まれていく。口許を押さえたまま、武の王子は何とか踏みとどまった。
「シェン?」
「お時間でございますので」
セツの冷静な声が、部屋に響いた。
祝砲が、上がった。
ドオン、ドオオオンと、立て続けに大気が揺れる。
中央神殿前の広場には衛兵たちが立ち並び、押し寄せる人々をとどめる杭となっていた。多くの人々が、手に手に花を持って詰めかけ、大変な賑わいを見せている。
蹄の音が聞こえて、純白の礼装を身に付けた近衛騎士たちの姿が見えると、唸るようなため息が漏れる。人々の期待は高まり、熱気が大きく膨れ上がる。
前後を騎乗した騎士たちに護られて、優美な儀装馬車が現れた。スターディアの国旗が正面で風になびき、上部の空いた馬車には二人の王子が座している。陽射しに煌めくヴェールが揺れるのを見て、ワアッと歓声が上がった。
「王子様だっ! 王宮の馬車が来た!」
「ごらん! 二の王子の隣においでなのがフィスタの王子。女神の御子様だ」
「おめでとうございます!」
「殿下! 御子様!! おめでとうございます!」
広場に入り、馬車が神殿の外階段の前で止まる。長身の王子に手を取られて、丈の長いヴェールに包まれた小柄な体が見えた。二人の姿を目にした途端、人々は女神に捧げる花を一斉に広場に投げた。衛兵たちが止める暇もなかった。地に落ちるはずのたくさんの花々は、突如吹き付けた風に乗って上空高く舞い上がる。
二人の王子も民衆たちも、天を見た。花は一点にくるくると舞い上がっていき、風がふわりとやんだ。
「シェン! 見て!」
色とりどりの花々が、静かに天から降り注ぐ。
人々の喜びと祈りを乗せて、王子たちの元にたくさんの花が舞い降りた。祝福の花を二人の王子が両手に受け取るのを目にして、広場は歓喜の声に包まれた。
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