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10.宮中での諍い①
しおりを挟むロベモント侯爵家の仮面舞踏会から一か月半が過ぎる頃には、宮中でレオンと共にいる金髪のオメガの名を知らない者はいなかった。レオンは昼食会を欠席することはなくなったが、常に彼を側に置いていた。
メイネ・ヘルマン伯爵令息。緩やかに巻いた金髪に緑の瞳が美しいオメガ。父のヘルマン伯爵は家柄は古いが政治的な才覚はなく、宮廷内では目立たない存在だった。その伯爵の次男は明るく華やかで、留学生活で鍛えた語学と話術がたちまち話題になった。
伝統を重んじるシセラにはない自由さに王太子が惹かれたのだろう。そこはやはり運命の相手だからでは? と、人々は様々に囃し立てた。
オメガならば、男でも子を孕むことができる。王太子が新たに彼を側室に迎えるのではという声まで上がったが、シセラでは王妃となる者以外との正式な婚姻は認められない。人々は一月後に控えた王子の十八の誕生日に大きな関心を寄せていた。
王太子の成人と共に婚礼が行われることはとうに決まっている。婚礼衣装の仮縫いも済んで、レオンとフロルの為に着々と準備が進んでいた。
フロルの口からは、ため息がこぼれるばかりだった。
「フロル様、明日は宮中にお出ましになりますか?」
「うん、行くよ。陛下たちと正餐をいただいて、その後に茶話会に出るから」
夕食の後に、窓辺に置いた椅子に座るフロルの前に、カイがひざまずく。カイは、主人が心配で仕方がなかった。王太子との昼食会は元通り行われているのに、フロルは日に日に食が細くなる。レオンとの昼食だけが食べられなくなったわけではない。心痛の為に日々の食事が満足にとれなくなっているのだ。
「フロル様、でも、このままご無理をなさっては、フロル様が倒れてしまいます」
「でも、カイ。僕は……」
フロルは、ぽつぽつと幼い頃の思い出を話し始めた。
……王宮の庭を、レオンと手を繋いで走った。アルファとオメガは途中から成長速度が変わる。少しだけ高かった背は追い越され、小さく柔らかい手は自分のものよりも大きくなった。学年が一つ違うから王立学園では同じクラスにはなれない。それでも、レオンが入学した時は嬉しくて、一緒に昼食を食べるのも楽しかった。
末子の自分よりも小さかったレオン。彼を守りたくて、そのための努力なら何でもできた。
「僕たちはいつも一緒にいただろう? だからこのまま、ずっと平穏な日々が続くんだと勝手に思っていたんだ。レオンに運命の相手が現れるなんて思わなかった……。それでも」
──僕がレオンと結婚しなければ、レオンは国王になれない。婚約を破棄するわけにはいかない。
「思い合っている二人が結ばれるようにと願っても、陛下も父も許しはしないだろう。レオンだって、メイネの為に国王の座を捨てる気があるのかどうか……」
王太子が昼食会に出るようになったことで、クラウスヴェイク公爵とリュークは怒りを収めた。しかし、彼らが決して安心してはいないことをフロルはよく知っている。二人にとって大切なのは王家と公爵家の結束であり、フロルの婚姻が恙なく行われることだ。
思いつめたようなフロルの言葉が、カイは悔しくてならなかった。
心優しい主が何をしたというのだろう。
生まれて間もなく定められた婚姻を粛々と受け入れ、日々王太子の伴侶となる為に努力してきた。孕むことができるからとオメガの身で課された教育は、決して楽なものではない。王太子の為に、公爵家の為に、フロルはいつも誰かの為に心を砕いて生きてきたのだ。それなのに、当の王太子は結婚間近になって手の平を返し、家族は彼が必死に王太子を守ろうと思う気持ちを切り捨てようとする。
「私は、どんな時もフロル様の味方です」
フロルは柔らかく微笑んだ。わずか一か月で、フロルの体は一回り細くなった。
(もしこの国が、彼の為にならないのなら……)
侍従の中には一つの考えが浮かんでいた。
翌朝、王宮に行くフロルの為に、カイは忙しく走り回っていた。
フロルは月に一度、国王夫妻とレオンとの四人で食事をし、その後レオンと共に貴族たちとの茶話会に出席する。それは社交であり、宮廷内の人間関係を把握する大切な場だった。
「どれになさいますか?」
カイに聞かれて、フロルは宝石箱の中から深い青のピアスを選んだ。レオンの瞳と同じ色だ。レオンの瞳は光の加減によって暗青色となり黒くも見える。フロルはレオンの思慮深い瞳が好きだった。
婚約者や伴侶がいる者は、公式の場では互いの瞳や髪の色を現わした宝飾品を身に付ける。それがシセラの宮廷での習わしだ。フロルは耳に青のピアスを、指には自分の十八の誕生日にレオンが贈ってくれた紫水晶の指輪をはめた。
侍女が丁寧に櫛削った銀の髪は艶やかで、憂いを秘めた瞳は儚げにきらめいている。その美しさは並ぶ者がないほどだったが、フロルが倒れそうなほどに弱っていることに、カイだけは気がついていた。フロルは自分を鼓舞しながら立ち上がり、王宮に向かった。
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