ずっと、君しか好きじゃない

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
10 / 43

10.宮中での諍い①

しおりを挟む
 
 ロベモント侯爵家の仮面舞踏会から一か月半が過ぎる頃には、宮中でレオンと共にいる金髪のオメガの名を知らない者はいなかった。レオンは昼食会を欠席することはなくなったが、常に彼を側に置いていた。

 メイネ・ヘルマン伯爵令息。緩やかに巻いた金髪に緑の瞳が美しいオメガ。父のヘルマン伯爵は家柄は古いが政治的な才覚はなく、宮廷内では目立たない存在だった。その伯爵の次男は明るく華やかで、留学生活で鍛えた語学と話術がたちまち話題になった。

 伝統を重んじるシセラにはない自由さに王太子が惹かれたのだろう。そこはやはり運命の相手だからでは? と、人々は様々にはやし立てた。

 オメガならば、男でも子を孕むことができる。王太子が新たに彼を側室に迎えるのではという声まで上がったが、シセラでは王妃となる者以外との正式な婚姻は認められない。人々は一月後に控えた王子の十八の誕生日に大きな関心を寄せていた。



 王太子の成人と共に婚礼が行われることはとうに決まっている。婚礼衣装の仮縫いも済んで、レオンとフロルの為に着々と準備が進んでいた。
 フロルの口からは、ため息がこぼれるばかりだった。

「フロル様、明日は宮中にお出ましになりますか?」
「うん、行くよ。陛下たちと正餐をいただいて、その後に茶話会に出るから」

 夕食の後に、窓辺に置いた椅子に座るフロルの前に、カイがひざまずく。カイは、主人が心配で仕方がなかった。王太子との昼食会は元通り行われているのに、フロルは日に日に食が細くなる。レオンとの昼食だけが食べられなくなったわけではない。心痛の為に日々の食事が満足にとれなくなっているのだ。

「フロル様、でも、このままご無理をなさっては、フロル様が倒れてしまいます」
「でも、カイ。僕は……」

 フロルは、ぽつぽつと幼い頃の思い出を話し始めた。

 ……王宮の庭を、レオンと手を繋いで走った。アルファとオメガは途中から成長速度が変わる。少しだけ高かった背は追い越され、小さく柔らかい手は自分のものよりも大きくなった。学年が一つ違うから王立学園では同じクラスにはなれない。それでも、レオンが入学した時は嬉しくて、一緒に昼食を食べるのも楽しかった。
 末子の自分よりも小さかったレオン。彼を守りたくて、そのための努力なら何でもできた。

「僕たちはいつも一緒にいただろう? だからこのまま、ずっと平穏な日々が続くんだと勝手に思っていたんだ。レオンに運命の相手が現れるなんて思わなかった……。それでも」

 ──僕がレオンと結婚しなければ、レオンは国王になれない。婚約を破棄するわけにはいかない。

「思い合っている二人が結ばれるようにと願っても、陛下も父も許しはしないだろう。レオンだって、メイネの為に国王の座を捨てる気があるのかどうか……」

 王太子が昼食会に出るようになったことで、クラウスヴェイク公爵とリュークは怒りを収めた。しかし、彼らが決して安心してはいないことをフロルはよく知っている。二人にとって大切なのは王家と公爵家の結束であり、フロルの婚姻がつつがなく行われることだ。

 思いつめたようなフロルの言葉が、カイは悔しくてならなかった。

 心優しい主が何をしたというのだろう。
 生まれて間もなく定められた婚姻を粛々と受け入れ、日々王太子の伴侶となる為に努力してきた。孕むことができるからとオメガの身で課された教育は、決して楽なものではない。王太子の為に、公爵家の為に、フロルはいつも誰かの為に心を砕いて生きてきたのだ。それなのに、当の王太子は結婚間近になって手の平を返し、家族は彼が必死に王太子を守ろうと思う気持ちを切り捨てようとする。

「私は、どんな時もフロル様の味方です」

 フロルは柔らかく微笑んだ。わずか一か月で、フロルの体は一回り細くなった。

(もしこの国が、彼の為にならないのなら……)

 侍従の中には一つの考えが浮かんでいた。


 翌朝、王宮に行くフロルの為に、カイは忙しく走り回っていた。
 フロルは月に一度、国王夫妻とレオンとの四人で食事をし、その後レオンと共に貴族たちとの茶話会に出席する。それは社交であり、宮廷内の人間関係を把握する大切な場だった。

「どれになさいますか?」

 カイに聞かれて、フロルは宝石箱の中から深い青のピアスを選んだ。レオンの瞳と同じ色だ。レオンの瞳は光の加減によって暗青色となり黒くも見える。フロルはレオンの思慮深い瞳が好きだった。

 婚約者や伴侶がいる者は、公式の場では互いの瞳や髪の色を現わした宝飾品を身に付ける。それがシセラの宮廷での習わしだ。フロルは耳に青のピアスを、指には自分の十八の誕生日にレオンが贈ってくれた紫水晶の指輪をはめた。

 侍女が丁寧にくしけずった銀の髪は艶やかで、憂いを秘めた瞳は儚げにきらめいている。その美しさは並ぶ者がないほどだったが、フロルが倒れそうなほどに弱っていることに、カイだけは気がついていた。フロルは自分を鼓舞しながら立ち上がり、王宮に向かった。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様

冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~ 二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。 ■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。 ■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

あなたの家族にしてください

秋月真鳥
BL
 ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。  情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。  闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。  そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。  サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。  対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。  それなのに、なぜ。  番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。  一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。  ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。  すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。 ※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 文章がおかしな所があったので修正しました。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄をするから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

処理中です...