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12.悪意と絶望①
フロルが泣きながら少しずつ語った出来事を、カイは公爵家の家令に伝えた。ほどなくして王宮からレオンの使者がやってきたが、家令は丁重に使者を追い返した。帰宅した公爵たちにも事の次第が伝えられ、公爵とリュークは怒りに震えた。
心に大きな衝撃を受けたせいだろうか。フロルは眠れなくなり、食べられなくなった。部屋から一歩も出ようとしない。屋敷の中には重苦しい空気が立ち込めた。
フロルが病だと王宮に伝えられると、毎日のように王宮から使者が来た。一切フロルには取り次がないようにと、下々の者にまで公爵からの厳命が伝えられた。寝台に横たわったまま、フロルはぽつぽつと呟いた。
「カイ……。僕は一体何をしてるんだろう。レオンとメイネを見て動揺するばかりで、結局何もできない」
「フロル様、もうご自分のことだけお考えください。まずはお体を労わらなければ」
目を瞑ってまどろめば、フロルはいつも同じ夢を見た。レオンとメイネが見つめあい、微笑んでいる。二人は互いの瞳の色の宝石を身に付けて指をしっかりと絡め合っていた。
(ああ、二人が共にいることが幸せなら、僕は彼らが無事に結ばれる方法を考えるべきなんだ……それなのに)
二人のことを考えると、まるで袋小路に入ってしまったようだ。名案は浮かばず、涙まで出てくる。レオンを王位に就けたいと思う自分が正しいのかどうか、もうわからなくなりそうだった。
レオンたちの姿がゆらりと消えたかと思うと、今度はユリオン王子が笑顔でフロルに向かって手を差し出した。夢だとわかっていても、フロルは強く首を横に振った。
レオンがメイネとの結婚を選べば、代わりにユリオンが王位に就くのだろう。
(でも、そうしたら、僕は? 今度はユリオンと結婚するよう言われるのか)
ドクンと胸が高鳴り、首の後ろがかっと熱くなる。
(──違う。彼じゃ、ない)
はっとして目を開ければ、全身に汗をかいていた。フロルは胸を抑えて大きく息を吐いた。
ドクドクドク、と心臓が早鐘のように鳴っている。項に手を当てれば、そこは確かに熱を持っている。脳裏に切れ切れになった記憶が浮かぶ。
『……ル、フロル。……いに、なって』
『ここを……めば、いいんだって』
幼い子どもの声が聞こえる。誰かが後ろから手を伸ばして、自分の体を抱きしめる。その腕の中はとても温かかった。自分に抱きつく柔らかな腕が誰のものだったか、いくら考えても思い出すことができない。
(……とても、大事なことのような気がするのに)
寝台の上で一人きり、フロルはわけもわからず涙をこぼした。
数日後、一通の手紙がフロルの部屋に届いた。フロルへの宛名はあっても、差出人の名はない。本来なら、そんな手紙はフロルの元に渡るものではなかった。たまたま、屋敷に雇われたばかりの使用人が執事から家令に届けるよう言われたものを勘違いしたのだ。
運の悪いことに、侍従のカイはフロルが眠っている間にと、厨房に軽食を取りに行っていた。使用人は初めて訪れた部屋の勝手がわからず、小卓の上に手紙を置いて、慌てて部屋を出た。
浅い眠りから目覚めたフロルは、小卓にあった手紙に触れた。僅かな魔力を感じ、怪訝に思いながらも封を開く。手紙の中からは、きらりと光るものがこぼれ落ちた。
(これは……?)
拾い上げて見れば、一組の青いピアスだった。先日、王宮で見た光景がはっと甦り、フロルは震える指で手紙を開いた。
親愛なるフロル・クラウスヴェイク様
この度は私の立場をわきまえぬ振舞いにお怒りの事と存じます。シセラを離れて長く経ちました為に、宮廷内の定めが身に付いておりません。御不快なお気持ちにさせましたことをお許しください。
敬愛する殿下から頂戴した品ではございますが、私が身に付けるべき品ではないとのこと、本来お持ちになるべき方にとお送り致しました。
(なんだ、これは……)
フロルの手元にあるのは、間違いなくメイネがあの日、身に付けていたピアスだった。僅かに感じる魔力も彼のものだ。
フロルには、すぐにわかった。これは、悪意だ。非礼を詫びながら、送り主のメイネには謝る気持ちなどない。一度使用した品を他人に与えることができるのは、どの国でも上位から下位の者にだけだ。慣習を知らなかったと謝る体を装って、レオンに贈られたピアスを婚約者に送りつける。フロルの心を深く抉りつける行為に、体温が一気に下がるような気がした。
(……自分は相当メイネに嫌われているらしい)
当てつけのように送られた一組のピアスを、フロルはじっと見つめた。
(どんな気持ちで、レオンはこれをメイネに贈ったのだろう)
メイネに向けられるような笑顔を、自分はもう長く見ていない。そう思った瞬間、フロルの胸はまるで引きちぎられるように痛んだ。レオンの幸せを祈りたいのに、悔しさや悲しみばかりが心に満ちていく。気がつけば、やるせなさに飲み込まれそうになる。
★明日からは8:00と20:20の一日2回更新になります★
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