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翼が生えた王子、辺境伯領へ
10.王子の旅
どこまでも青く晴れ渡った空が美しい。
エドマンドとロフォール辺境伯の尽力で、僕たちは予定よりも一年早く辺境伯の領地へと向かうことになった。
僕の背に翼があることを知っているのは、ごくわずかな人々だ。エドマンドが父の辺境伯に事の次第を知らせ、辺境伯と国王との間で内密に話し合いが行われた。辺境伯家の密事は王家との間だけで秘され、公には王子を望む辺境伯令息のたっての願いで予定よりも早く婚姻を結ぶと伝えられた。その話が伝わった宮中では、多くの令嬢や令息が涙を飲んだという。
恐縮する僕に、エドマンドは事実ですからと笑う。結局僕は王宮には戻らず、辺境伯の王都屋敷から出発した。父王には感謝と別れの手紙をしたためた。
辺境伯の城へは王都からちょうど一週間かかる。そんなに馬車に揺られることなんて初めてで、僕は窓から見える景色にいちいち感動していた。何しろこれまで、王宮の奥からろくに出たことがないのだ。
窓から顔を出すと、馬車に並走して走る護衛騎士と目が合った。彼はぎょっとして、慌てて前を向く。
(王宮の近衛騎士は見目の良い者が多いけれど、辺境伯家の護衛騎士は筋骨隆々って感じだなあ)
服の上からでもわかる筋肉に感心し鍛え方が違うのだろうかと眺めていると、すぐ隣から声がかかった。
「ミシュー、外をご覧になるのは構いませんが、お顔をお見せになるのはちょっと……」
エドマンドは、さり気なく僕の腰を片手で引き寄せて馬車の奥へと誘う。厚手のベールを被っているので大丈夫だと思うのだが、確かにあまり乗り出しては背の翼が見えてしまう。
「馬車の前後はしっかり守らせておりますが、用心に越したことはありません。何事があるかわかりませんので」
「ごめん。僕、旅をしたことがなくて。つい、はしゃぎすぎた……」
「そんなお姿も可愛らしいですが、護衛騎士などより私を見てくださる方が嬉しいです」
真面目な顔で言うエドマンドに思わず吹き出してしまう。
「エドマンドもそんな冗談を言うんだね」
「いえ、本気です」
堪えようとしても笑いがこぼれる。不満げに眉を寄せるエドマンドは、僕にぴったりと体を寄せた。
馬車に乗り込んだ時から、エドマンドは当然のように僕の隣に座っている。向かい側にいるのは僕の侍従のペテルとエドマンドの侍従のギースだ。二人は自分たちは置物であるかのように息を潜めていて、何だか気の毒になってしまう。
「王子という御身分だけでなく、貴方のお姿を見た者の中には邪な想いを抱く者も現れるでしょう。くれぐれもご注意を」
(この姿を見て邪な想いを……。見世物小屋に売られる、とか?)
昔読んだ物語にそんな話があった気がする。獣に姿が変わった主人公が騙されて売られてしまう。あの話の最後がどうなったのか、少しも思い出せない。
「ミシュー?」
「き、気を付ける」
僕は真剣に頷いてエドマンドの瞳を見た。微笑んだエドマンドは僕の額に一つ、優しい口づけをくれた。
旅となれば宿屋に泊まるのかと思っていたら、宿泊先に選ばれたのは王家の離宮や貴族の別邸ばかりだった。ペテルが王族の旅は皆そうだと言うので、わくわくしていた気持ちがしゅんとしぼむ。
「我が領地を巡る際には、宿屋に泊まりましょう。お見せしたいところがたくさんありますから」
エドマンドが慰めるように言ってくれたので、僕は気を取り直した。北の辺境伯の領地は広い。そびえ立つ山々も澄んだ湖も、隣国との境となる川もあると言う。エドマンドは自領の話をたくさんしてくれた。実り豊かな大地の話を聞きながら、いつか魔女たちが棲む森にも連れて行ってほしいと思った。
エドマンドとロフォール辺境伯の尽力で、僕たちは予定よりも一年早く辺境伯の領地へと向かうことになった。
僕の背に翼があることを知っているのは、ごくわずかな人々だ。エドマンドが父の辺境伯に事の次第を知らせ、辺境伯と国王との間で内密に話し合いが行われた。辺境伯家の密事は王家との間だけで秘され、公には王子を望む辺境伯令息のたっての願いで予定よりも早く婚姻を結ぶと伝えられた。その話が伝わった宮中では、多くの令嬢や令息が涙を飲んだという。
恐縮する僕に、エドマンドは事実ですからと笑う。結局僕は王宮には戻らず、辺境伯の王都屋敷から出発した。父王には感謝と別れの手紙をしたためた。
辺境伯の城へは王都からちょうど一週間かかる。そんなに馬車に揺られることなんて初めてで、僕は窓から見える景色にいちいち感動していた。何しろこれまで、王宮の奥からろくに出たことがないのだ。
窓から顔を出すと、馬車に並走して走る護衛騎士と目が合った。彼はぎょっとして、慌てて前を向く。
(王宮の近衛騎士は見目の良い者が多いけれど、辺境伯家の護衛騎士は筋骨隆々って感じだなあ)
服の上からでもわかる筋肉に感心し鍛え方が違うのだろうかと眺めていると、すぐ隣から声がかかった。
「ミシュー、外をご覧になるのは構いませんが、お顔をお見せになるのはちょっと……」
エドマンドは、さり気なく僕の腰を片手で引き寄せて馬車の奥へと誘う。厚手のベールを被っているので大丈夫だと思うのだが、確かにあまり乗り出しては背の翼が見えてしまう。
「馬車の前後はしっかり守らせておりますが、用心に越したことはありません。何事があるかわかりませんので」
「ごめん。僕、旅をしたことがなくて。つい、はしゃぎすぎた……」
「そんなお姿も可愛らしいですが、護衛騎士などより私を見てくださる方が嬉しいです」
真面目な顔で言うエドマンドに思わず吹き出してしまう。
「エドマンドもそんな冗談を言うんだね」
「いえ、本気です」
堪えようとしても笑いがこぼれる。不満げに眉を寄せるエドマンドは、僕にぴったりと体を寄せた。
馬車に乗り込んだ時から、エドマンドは当然のように僕の隣に座っている。向かい側にいるのは僕の侍従のペテルとエドマンドの侍従のギースだ。二人は自分たちは置物であるかのように息を潜めていて、何だか気の毒になってしまう。
「王子という御身分だけでなく、貴方のお姿を見た者の中には邪な想いを抱く者も現れるでしょう。くれぐれもご注意を」
(この姿を見て邪な想いを……。見世物小屋に売られる、とか?)
昔読んだ物語にそんな話があった気がする。獣に姿が変わった主人公が騙されて売られてしまう。あの話の最後がどうなったのか、少しも思い出せない。
「ミシュー?」
「き、気を付ける」
僕は真剣に頷いてエドマンドの瞳を見た。微笑んだエドマンドは僕の額に一つ、優しい口づけをくれた。
旅となれば宿屋に泊まるのかと思っていたら、宿泊先に選ばれたのは王家の離宮や貴族の別邸ばかりだった。ペテルが王族の旅は皆そうだと言うので、わくわくしていた気持ちがしゅんとしぼむ。
「我が領地を巡る際には、宿屋に泊まりましょう。お見せしたいところがたくさんありますから」
エドマンドが慰めるように言ってくれたので、僕は気を取り直した。北の辺境伯の領地は広い。そびえ立つ山々も澄んだ湖も、隣国との境となる川もあると言う。エドマンドは自領の話をたくさんしてくれた。実り豊かな大地の話を聞きながら、いつか魔女たちが棲む森にも連れて行ってほしいと思った。
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