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空中散歩

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 空には人類を惹きつけるロマンがある。そしてここにまた1人、そのロマンを追い求める人物がいた。

「ドクターそろそろ寝ましょうよ、もう丸3日も寝てないですよ」

「あと少し、あと少しで閃きそうなんじゃ」

「仕方ない…………」

 そう言うと助手は机の上にあるカバンの中をあけた。

「なんでよくわかんない救命道具が入ってるんだよ、せめてインスタント食品とか入れて置かないと……」

 そう言いながらカバンの中身を入れ替えて下敷きになっていたハリセンを引っこ抜いて思い切りドクターLの後頭部を叩いた。

 パシーン

「それじゃ!この装置に足りなかったのは衝撃じゃ!あえて衝撃を与えることによって圧縮率を上げればうまくいくかもしれん!」

 助手は困惑しながら、呆れてふて寝してしまった。

「なら完成したら起こしてくださいねー」

 ……………………

「……ろ。…………きろ。」

 体に強い揺れを感じた助手は重い瞼をひらいた。

「起きろっ!起きるんじゃっ!遂に完成したぞ!」

 ドクターLが子供のようにはしゃいで助手を叩きおこした。ドクターに腕を引っ張られて助手が目にしたのは電子部品のような装置が取り付けられてゴツゴツした二足の長靴だった。





「これは一体どんな装置なんです?」

「大気中の窒素を吸引し、圧縮したナノブロックを生成放出する靴だ」

「もっと子供たちにもわかるくらい簡潔にのべてください」

「つまり、空中を登れるようになる靴だ」

「最初からそう言って下さいよ。字数稼ぎがミエミエです」

「はて?なんのことやら。
 よし、ではさっそく使い方を説明しながら空中を散歩して性能をテストしてみようか」

 ドクターLと助手は研究室から出ると靴を履き替えた。助手は冷静を装っていたが内心は子供のようにワクワクしていた。

「ドクター電源とかはないんですか?」

「そんなものはない。足を振り上げた瞬間に靴に空いた穴から空気を取り込み窒素を圧縮し靴底の穴からギュッと出てくるだけじゃ。1つ言うなら窒素を取り込むために勢いよく足をあげるのがコツじゃ」

 半信半疑で助手は右足をかかと落としをするような勢いで上げて落とした。

 バフン

「うおお、なんですかこれ。本当に足が宙に浮いてる。なんというかマシュマロを踏んづけているような感覚ですね。結構バランスを取るのが難しいかも……」

「ふうむ、そのへんはまだまだ改良の余地がありそうじゃの。とにかくそういった貴重な感想は忘れぬようにメモしておこう」

 バフンバフンとドクターLと助手は、まるでビルの階段を登るかのようにどんどんと空中を駆け上がっていった。2人はだんだんと感覚が慣れてきてさらに上へ上へと向かっていった。

 バフンバフンバフバフバフンバフン

「ドクター、これ物凄く楽しい上に運動不足も解消してくれますね。しかも土地なんか持ってなくても大丈夫だし、周りの騒音も気にしなくていい。何より電力を消費してないのが最高ですよ。これは一般家庭でも普及すること間違いなしの大発明です!ドクターL!あなたは天才だ!」

「よせよせ、そんなに誉めても何も出てこないぞ」

 ドクターLはニヤニヤしながらどんどん上へ上へと登っていく。助手もそれを嬉しそうに追いかけていく。2人はとうとう雲の上まで登ってきてしまった。

「ドクター、すごいいい景色ですね、見渡す限り空の青と雲の白しかありません。水平線ならぬ雲平線ですね、これは」

 360度空と雲で二分された世界は幻想的であった。

「なんじゃか、心が洗われるのぅ……人間とはいかにちっぽけな存在なのかよくわかるわい」

 2人は澄み渡る空の青さに心泳がせ、敷き詰められた雲の雄大さに淀みなく身を任せていた。それはきっと誰もが人生で一度は経験したことのある大自然に対する感情であった。

「なんだかボク生きる勇気が湧いてきましたよ、ドクターそろそろ地上に戻ってこの靴を改良しませんか?」

「奇遇じゃな、ワシもそう思っておったところじゃよ。」

「そういえばこの靴どうやって降りる仕組みなんです?」

「実はこの靴は仕組み上、登ることしかできんのじゃ」

「えええ、それじゃボクら一生このままじゃないですか」

 助手は困惑し、軽いパニックを起こしかけていた。

「案ずるな、そう思ってちゃんと2人分のパラシュートを用意しておるわい」

 その言葉を聞きホッと胸をなでおろす助手。

「良かったぁ。さすがですね。てっきりこのまま死んじゃうかと思いましたよ……」

「早とちりもいいとこじゃ。あれ?…………
 カバンの中身がインスタント食品に変わっておる。なぜじゃ?」
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