『おとん、あいたいよ』

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『おとん、あいたいよ』

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この著書はノンフィクションであり、
ステージ4の胆管がんを患っても尚、
強く生きた父の存在を書き留めておきたいと思い、父が生きた証として記すことと決めました。

長年トラック野郎として長距離ドライバーとして大型トラックで日本全国走ってきたおとん。

おとんは姉の子供5人の孫と
姉の家の愛犬のレオと過ごす日々が大好きだった。

どれだけ仕事で疲れて帰ってきても、
車で家族をたくさん色んな所へ連れていってくれた。

口数少ないタイプの人だったけど、私や姉のことを愛娘として大切にしてくれていた。

もともと、腰の痛みはよく訴えていて
病院には通っていたんだ。

2025年10月頃腰の痛みが酷くなり、
内科でエコーを撮ってもらったところ
肝臓に大きな影が見つかった。

おとんはね、数年前に胃癌で胃をほとんど摘出したの。
それでも誰もが驚くほど
胃癌だったとは思えないほど
以前にもまして体格もよくなり、
そしてよく食べるようになっていた。

定期検査もしっかり、行っていた。

肝臓に影が見つかってから、
大きな病院で長い検査が始まった。

検査の結果を待つのが、
とても長い時間だった。
待ってる間におとんの腰の痛みを
何とかして和らげてあげて欲しかった。

入院する前、
おとんは私達に言ってくれたね。
『おまえ達が健康でいてくれるなら、
こんなの痛くも痒くもねぇよ』って。

お姉ちゃんは泣いた。
『そんなこと言うんじゃないよ』と。

11月に入り検査入院となり、
結果の詳細が出るまでは
点滴、服薬等で様子を見ていたんだ。

1ヶ月ぐらい経った頃
ようやく医師から説明を受けた。

その頃にはおとんもかなり症状が出始めていた。

せん妄がはいり、よくわからないことを言ってみたり、身体が痛い中1人で出歩こうとしたりして転倒したり、ガンの影響で高熱が出たりすることが多くなってき始めた頃だった。

おとんがナースステーション近くの個室に移されてから、私は毎日朝からおとんに会いにいったんだ。

家族の皆も毎日おとんのところに会いに行っていた。母は夜まで残った。毎日通い続けていたんだ。

日に日にせん妄が酷くなり、
おとんにしか見えないもの、感じているものから『にげろ、おとんはこんな状態で動けないから、いけ!』と私達を守ろうとしてくれていたよね。

過去と記憶と現在がごっちゃになり
おとんも分からなかったんだよね。

そしてそれと同時に何度も
『なんでおとんはここにいるんだ?』
『もういいだろ、帰ろうぜ』って
家に帰りたがった。何度も何度も。

帰らせてあげたかった。

『まだ検査かかるみたいだから』と、
伝えるのが辛かったよ。

病院にいることさえ、せん妄で分からなくなっていく姿を見るのが悲しかった。

ガンの高熱に毎日襲われるようになり、
食欲も低下し痩せ細り始め

今まで見せなかった寂しいと思うことや
私や家族へ対する感謝の気持ちを
何度も伝えてくるおとんを、
見ているのが凄くつらかった。

朝、おとんの病室に入る瞬間が怖かった。

個室のカーテンの隙間から覗き込むように入り父の手足が動いている様子を見てホッとして中へ入り、声をかけていたんだよ。

父は私が朝早くから来ることを『嬉しい。助かる』と喜んでくれていたね。

看護師達にも『中々いないよ、一緒に横になる子供』って言われていた様で『うちは普通なんだろけどなぁ』と喜んで答えていたことを私に話してくれたね。

いつもの様に朝病室に入っていくと、
ちょうど看護師と話していたおとんを見て、私は嬉しかった。

『こんな可愛い娘がいるんだもん、うちに帰りたいよ』って嬉しそうに言ってくれていたから。

私もお姉ちゃんも、おとんが弱ってくのが怖くてちょっとでも側にいたくて、狭いけどベットの隙間に一緒になって横になったりしていたんだよ。

そんな日々を送る中、医師から再び説明があった。ステージ4の胆管がん、腺癌、末期。

余命も短く、年越せるかはわからない。
血液検査の結果かから、抗がん剤は出来ないと言われた。放射線を一度やったのみ。

姉が『医師から言われた余命のこと知りたい?』と聞いた時におとんは答えたよね。

『どんな結果でもおとんの意思は変わらない』って。

こんな状況でも、家族の前で強くいたよね。
でも私は感じたよ。

おとんが『1人になると、しくしく泣いてるの』と、家族を笑顔にさせようと、指を両目にあてて泣いてる様子を笑いながら表現をしていた時に。

きっと、本当は静かにおとんも涙を流していたんだよね。
悔しかったよね。
苦しかったよね。
誰にもわからない程、伝えきれない程の激痛と戦かっていたんだよね。

出来ることなら変わってあげたかった。
何度も思った。手術でどうにかなるなら私の肝臓を分けてあげれるのにって。

もっと、色々なことしたかったよね。
家族といつものように出掛けたかったよね。一緒に過ごしたかったよね。

父は、医師からの説明を受けた後
私に聞いてきた。

『おまえ達はもう意思は決まっているのか?』

私は答えた。
『おとうさんの気持ちを優先する』って。

そしたらおとんは悟ったように、
隣で横になっていた私の頭を優しくポンポンと叩いてくれた。

そして自分が一番辛いはずなのに

『笑って癌を消そう、大丈夫だよ』と言ってきてくれた。

私は涙を見せたくなかったからおとんの顔を見上げられなかったけど、声が弱々しく父も、少し顔を背けていた。
必死で涙を堪えていたのだとおもう。

12/19日、やっと家に帰ってこられた。

介護タクシーにのり車椅子に乗った父は
道中痛みを必死に堪えていた。

尿管もついていて、お腹には痛み止め等の点滴も刺さった状態での在宅介護。

私たちは不安だった。父が家に帰ってきてホッとして、いなくなってしまったらと。

家に着き、介護ベットに横たわるおとん。

私と姉でお風呂に入りたがっていた、おとんの両足を、温泉の入浴剤をいれた桶に入れて洗い流してあげた。

おとんは凄く気持ち良さそうにして
喜んでくれていたね。

姉の夫に『こんな娘に育てろよ』と
笑って私達を誇ってくれていた。

約束したんだ。『明日も入ろうね』って。

不思議なことに病室では毎日出ていた高熱が家に帰ってから一度も出なかった。

お昼頃に帰宅してから翌日まで一度も。

おとんは、ラーメンを作るのが好きで上手だった。家族にもよくふるまっていた。

身体の状態も悪い中、
本来なら立ってられない状態の中、
自力で立ち上がりサポートされながらも
自力でトイレにいき、お礼と称してキッチンで険しい表情をしながら、
皆へラーメンを作ってくれたよね。

究極に美味しい最期の一杯。

姉はそのラーメンを一口たべて
涙を流して私にいった。『食べな』と。

それを見て、そのおとんの献身の一杯を
一口食べて私も涙が溢れた。

おとんは映画をみるのが好きだった。
夜になると『なにか映画みよう』と
掠れた声で、言ってきてくれた。

おとんは寝たきりですぐに眠ってしまう。

でも、わかってたよ。
その『家族の時間』を待ち望んでいたこと。

12/20の朝が来た。

酸素や血圧を計るも、
これといって変わりはないようだった。

朝ごはんの時間になると、おとんは私達と
一緒にたべると待ってくれていた。

介護(サイド)テーブルに、朝食を持っていき久しぶりに家族で一緒にごはんをたべられた。

数値に変わりはなかったけれど、
その日おとんは朝から苦しそうにしていた。

苦しいのを堪えて、朝ごはんを休み休み
食べきって見せてくれた。
母が作ったお味噌汁をのみ、
しみじみと『うまい』と浸っていた。

そこから数時間後、急変が起きた。

酸素濃度が低くなり、
呼吸が出来なくなってきた。

おとんはもがいた。
『なんとかしてくれ』と私を呼んで助けを求めた。

私も母も必死で『おとうさん!』と声をかけた。私は姉に電話し、母は救急車を呼んだ。

段々と意識が薄れてしまっていくおとんの表情や声、瞳の色が変わっていく様子が脳裏に焼き付いてる。

姉夫婦と子供が、なんとか駆けつけ一緒に声をかけ名前を呼び続けた。

人工呼吸、心臓マッサージも家族皆で
救急隊が来るまでし続けたんだ。

おとんは3回呼吸が止まるも、
私達の声に引き戻されるかのように3回、
息を吹き返してくれていた。

救急隊が到着し、おとんは運ばれた。
救急隊がきた時には既に心肺停止状態だった。

私達も一緒に救急車に乗っていき、
ずっと手を握っていた。

病院に着いた。
医師が措置を行うも、死の宣告を受けた。

私達は父を囲み、冷たくなった父に
たくさん話しかけた。

『がんばったね』

享年61歳と若すぎる死だった。
助けてあげられなかった。

私も姉もお父さんっ子だった。
おとんの存在がとても大きかった。

何が起きてもあっても、
最後にはいつも私達の
見方でいてくれ守ってくれたね。

いろんなところへ沢山連れていってくれた。
家族を笑わせようと、一家の大黒柱として
ドシッと構えて手厳しそうに見えるけども、

誰よりもやさしくて、
誰よりも思いやりのあるおとんだった。

私は思うよ。
『おとんのいない世界なんて、、』って。

お父さんは、言ったね。
病室で微笑みながら。

『死んだらいかんいかん、死ぬまでいきなさいと』って、長渕剛さんの歌がずっと頭で流れてるって。

お父さんも私も姉も長渕剛さんが大好き。

だから聞いたよね。
『生きて生きていきまくれじゃないの?』って。

そしたら、お父さんは答えた
『それはもう胃癌の時で終わった』って。

ねぇ、お父さん。

お父さんはちゃんと、その歌詞通り
死ぬまで生ききったよ。

誰にも真似出来ないほど。

おとんが亡くなって2ヶ月以上経つけど
今は私の中で
『死んだらいかんいかん、死ぬまでいきなさい』とが、ずっと流れてるよ。

最後に家族で出掛けて見た
藤の花のイルミネーション、
とてもきれいだったね。

たくさん、たくさん
伝えきれないほど、ありがとうと思うよ。

私は、お父さんにはどう見えていたのかな。
今の私を見て、何を思っているかな。

ねぇ、会いたいよ、おとん。

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