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【短編】大凶女子、伍代京子の初詣

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 伍代京子に罪はない。

 栗きんとんが美味しくできたからすぐ近くの知り合いにお裾分けに行こうとしただけなのだ。

 いまどき鍋を鷲掴みにして走るという昭和な行為を選択したのも、タッパーに入れたら冷めて美味しくないかなという十七歳の心優しい女子ならではの配慮の結果である。

 だから、塀から飛び降りた猫さんが鍋にぶつかって手が滑り、通りかかったサラリーマンの頭を直撃して昏倒させ、勢いで飛び出した熱々のくりきんとんが隣の野球少年にかかり、あっちぃ!と振り回したバットが近くをとおる自転車を直撃、よろめく自転車を避けようとした車が建築中のビルに衝突、ビルが傾いて隣の小さいマンションを薙ぎ倒し、ドミノ倒しが発生して街の一角が完全崩壊、その年のトップニュースとして歴史に残ることになったとしても、伍代京子に責任はないのである。

 「うう……ごめんなさいい……」

 立ちこめる噴煙。消防車のサイレンが鳴り響く。京子の家は古くから続く小さなお寺で、少し小高い丘にある。いま座っている広間の窓からも混乱する街の様子がよく見える。

 「京子がいつもと違うことやるときはお父さん半月前から水ごりとか断食とか身命を賭した祈祷しなきゃだめなんだって、前から言ってるじゃないか!」

 「だってえ……」

 京子はきっちり正座しながら涙目で小さくなっている。少し赤みがかった長い髪は後ろで丁寧に束ねられ、古風な模様の髪留めでとめられている。えんじ色の作務衣は、家族はそんなもん着なくていいと言ってはいるが、京子自身が寺の娘として替えようとしないものだ。が、参拝者……特に京子目当てでやってくる男子にはたいへん好評であった。

 京子の目の前で腕を組んでいる父、鏡然はこの寺の十一代目である。見た目は完全に弁慶だ。弁慶の実物を見たことがある者は現代において多くはないが、逆に予備知識なしで鏡然をみたものは一様に「弁慶」と呟くのである。

 漫画にありそうな一玉が卓球のボールほどもある巨大な数珠を首から下げて、女性の胴回りくらいありそうな腕をむっちりと組んで、京子の前に構えている。

 「だってじゃない! 街の皆さんの穏やかなお正月を破壊するな!」

 「うう……」

 「とにかくお正月期間は外出禁止!」

 京子はしょんぼりと自室に戻った。と、スマホの通知が鳴る。

 『明日、出られそう?』

 京子の顔が輝く。大吉からだった。

 同じクラスの大吉の家は、京子の家から商店街を横切って、いわば街の反対側にある神社だった。京子の家と同じくらい古い由縁がある。どちらの家も長い付き合いで、ちょうど同じ年、同じ月にお互い男女が生まれたのもまた奇縁というところである。成長し、高校生となった二人が付き合うようになるのは自然なながれだった。

 しかし、ふたりの背負った宿命は皮肉なものであった。

 伍代京子の名をこの街で知らない者はない。その二つ名「大凶女子」とともに。その行先では必ず凶事が起こる。触れたものみな、大凶におちる。愛らしい外見、人懐っこい性格に引き寄せられ、痛い目にあったものは数多い。

 一方、大吉は名前通りの大吉人間であった。大吉と一緒に勉強して張ったヤマは全て当たる。宝くじ売り場で一緒に買えば三億円。話しかけられて立ち止まったところを通過するダンプカー。会話した翌日に全快する病人。出入りしたお店は大繁盛、選挙演説中に通りかかった政治家は総理大臣、隣国が誤って発射したミサイルがこの街に着弾しそうになったときにも大吉の家の上空でUターンした。

 そのふたりは、明日、約束をしている。

 『お父さん朝から法事だから出られるけど、自信なくなったかも……』

 『ええっ』

 今日の顛末を説明する。ネットの向こう側で大吉が黙り込むのを京子は感じた。

 『やめたほうがいいよね……? 大吉くんにも迷惑かかっちゃう』

 『……大丈夫。僕が守る』

 明日、大吉の家、つまり神社に二人で初詣をする約束だった。もちろん二人とも、京子がやらかしそうなことは十分理解している。だから、京子の家まで大吉が迎えにきて、その「大吉力」で凶事を防止しながら街を突破するという計画だった。

 『お寺の裏門まで出てきてもらっていい? 誰にも会わなくてすむし、最短距離』

 大吉は事前に調べたらしい経路を説明した。

 『……わかった。明日九時、決行ね』

 京子の目には悲壮な決意が宿っていた。

 ◇

 翌朝九時、裏門で待ち合わせた二人は手を繋いで走った。走らなくても良さそうなものだが、周辺環境へのインパクト時間を可能な限り短縮することが望まれた。門からなだらかな坂を少し降り、最初の交差点に出る。歩行者信号が青になるのを待つ。

 そのとき、自動車用の信号がどの方向もすべて青になった。故障だった。信号に従って出会い頭に衝突する方向で走ってくる自動車。眼を覆う京子。

 と、大吉が石につまづく。その石が転がり、一方の自動車のタイヤの下に入った。瞬時にハンドルを取られる自動車。路肩に乗り上げ、衝撃で飛び上がったその自動車は、交差する自動車の上を跳躍して着地した。どちらも何事もなく走り去る。

 「……すごい」

 口に手を当てて呟く京子。そんなジャンプをして壊れず走り去る車もまたすごいが、そのあたりも大吉力でなんとかなっていることを二人とも知らない。

 商店街に入った。街ゆく人が手を繋いで疾走する二人を不思議そうに見る。京子を知っている者は違う意味でぎょっとする。えへへ、と頭を下げる京子。

 通りかかった商店の看板が落ちかかる。下には多数の買い物客。大吉がそちらを見る。近所のサッカー少年が蹴ったボールが看板に直撃、そのまま元の位置にパコンと収まる。

 痴漢に襲われそうな女性。大吉が見る。近くですっ転んだ女性が一回転、キツいヒールが痴漢のこめかみに刺さる。

 店頭の焼き鳥の機械が加熱で火を噴く。大吉が見る。建物の上階で植木に水をやろうとしたおばさんの手元からジョウロが落ちる。即時に鎮火。

 ガス管破裂。地面が隆起。噴き出る毒性ガス。大吉が見る。力士団が百人ほど走る。踏み締める大地。あっという間に塞がる亀裂とガス管。

 横転するタンクローリー。引火性の油が流出。大吉が見る。対向車線でスポンジの運搬車両がまた横転。ぶちまけられたスポンジが油を全て吸収する。

 倒壊するビル。大吉が見る。たまたま通りかかった大型建設機械のアームがスコっと収まり事なきを得る。

 爆発炎上するガソリンスタンド。大吉が見る。破裂した基幹水道管の大量の漏水がすべて消し止める。

 墜落する旅客機。大吉が見る。たまたま通りかかった異例の規模の台風が押し戻す。

 転倒するスカイツリー。大吉が見る。たまたま通りかかった怪獣がよっこらせと立て直す。

 殺到する他国の核弾頭。大吉が見る。たまたま通りかかった自衛隊の極秘戦略兵器多方向同時殲滅弾頭が炸裂する。

 寿命を迎え接近する太陽。大吉が見る。たまたま通りかかった大型の長周期彗星が衝突しギリで元の位置にもどしつつたまたま同系列の鉱物を保有していたため燃料が補給され寿命を百億年延長する。

 「大吉くん……!」

 京子は自分をお姫様だっこしながら戦士のように疾走する大吉の横顔を、彼の胸のなかから見上げている。とぅんく。聞いたことがない音が京子の脳裏に響いた。

 そして。

 「……ついたよ」

 大吉の家、究極の目的地、神社である。

 大吉は京子を下ろした。手を繋ぐ。

 「ここからは、いっしょにいこう」

 「……うん!」

 うなずきあう二人。

 階段は、急である。故事にちなみ八十八段あるが、大吉はそのすべてにイヤな予感を感じた。

 一歩あがる。石が抜け落ちた。底が見えない穴が開いた。たまたま滑り込んできたどこかのPK中のキーパーの足にのり事なきを得た。

 さらに一歩。そして一歩。また一歩。奇跡を起こしながら進む二人。

 とうとう最上段に到着する。

 目の前には賽銭箱、本堂。

 「……京子ちゃん」

 「……大吉くん」

 眼を見交わす二人。

 繋ぐ手が、熱を帯びた。

 大吉が、京子の手を引いた。えっ、と驚きながら、京子の顔は大吉の目の前にあった。彼の吐息が、京子の頬にかかる。

 「……すきd」

 だよ、という台詞と思われたが、そうは問屋が降ろさなかった。成層圏から落下してきた偵察衛星が本堂を砕く。粉砕される建物。爆裂する巨大な柱、屋根、壁が大吉と京子に襲いかかった。

 「どっっっっっっっっっっっっっっっせいっ!」

 「そいやあああああああああああああああっ!」

 怒号とともに二人の前ですべてを受け止める、巨大な影がふたつ。衝撃音。砂埃がおさまり、噴煙が静まるころにようやく見上げる、大吉と京子。

 京子の父、鏡然。大吉の父、破王。破王は鏡然とトレーニー仲間であり絶対無窮の肉体を誇る。京子が引き起こすあらゆる災厄を鏡然とともに防いできたが、面倒なので詳細は割愛である。

 「京子ちゃん。あけましておめでとう。ナイス厄災だよ」

 「大吉くん。京子は、きみが守ってくれ。永遠にな」

 にかっと笑って見下ろすダブル父。

 固まっていた二人は、しばらくしてようやく顔を見合わせ、石段の上でそれぞれ土下座した。


 
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