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第一章 大樹の森

第九話 肉に囲まれた子

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「フレア、右の小さな木……枝に2、根本に3」

「確認した……ではレイチェルは枝のを、私とアンジェで下のを狙う」
「…は、はいっ」
「うん、わかった」


 静かな森に響く小さな風切り音と弦音。
 レイチェルが構えた弓から連続して2本の矢が放たれ、
 枝葉が揺れて射抜かれた2羽の鳥がドサリと地面に落ちる。

 続いて同時に響く2つの風切り音と弦音。
 飛び立とうとした地面の2羽をフレアとアンジェの矢が仕留めた。

 俺は射抜かれた獲物を確保するために飛び出すと…
…残った一羽が混乱してまっすぐ俺に突っ込んで来た!?

「わわっ」
 慌てた俺の手には思わず鷲掴みにした獲物。

「やったっ!初めて自分で獲物を獲った!!」
 まさに自分の手で掴み取った成果に喜びがあふれる、まぁ偶然だけれど。
 フレアはなんか引いた感じでレイチェルはきょとんとしている。

「やった ヌィすごいっ!」
 アンジェはぴょこぴょこ飛び跳ね自分のことより喜んでくれている…天使だ。


 午前中はパーティ毎に森で過ごす時間。
 俺たちは獣を狩り、その報酬を講習費用の支払いに充てることと決めた。
 薬草等は狩りの帰りにのみ採取、その分は各自のお小遣いになる。



「ん…鹿の足跡…でも少し時間がたっているかな…」
 狩りを終えた帰り道、果実のなる木々の近くに痕跡を見つけた。

「……ならば…試しに明日は鹿を追ってみないか?」
「ヌィどう?探せそう?」
「…この辺りから跡を追って…やってみないとわからないけど」
「だ、だったらやってみましょう、鹿だったら買取額も桁違いですよ」
…1頭狩れれば今の収入の五倍だという、試してみない手はないか。


 ▶▶|


「見つけたっ…新しい足跡と匂いだよ」
 翌日は予定通りに鹿狙い、運良くまだ新しい痕跡を見つけることが出来た。

「…2頭、この先、小川の方に向かっている」

「よし…ではアンジェはこのまま鹿の後を追い、ヌィは川下に…
…私とレイチェルで仕留めるから、二人で獲物を川上に追い立ててくれ」

 フレアの作戦指示、川上での位置取りを待ち……狩りの開始だ。


『Slabyy veter/微風/ブリーズ』
 アンジェの魔法でザワザワと草木が揺れ、
 鹿達は揺れる草木を避けて川沿いへ向かい、
 一頭は川上へもう一頭が川下に顔を向けた。

 俺は川下への逃走を防ぐため静かに鹿の視界へと姿を現す…
…よし、一頭は川上へと駆けだした。

 kyeeeeuu…

 鹿の鳴き声とドサリと地面に倒れる音が耳に届く、
 川上へ移動した一頭をフレアたちが仕留めたようだ。



 だがその時、残りの一頭が突然俺へと突進して来た。

 それに対して俺は…自ら勢いをつけて突っ込んだ。
 突進を掻い潜り、腕を鹿の首へと回し全体重を載せて地面へと押し倒す。

…今だっ! いや違う、違う、待てっ!!

 思わず本能で首筋に牙を立てそうになったのを慌てて止め、
 腰のナイフを抜いて牙の代わりに鹿の首筋へと突き刺した。

 先ほどまで感じていた奴の呼吸が止まり、流れる血が俺の服を染める。
 人の意識がこの状況を残酷に感じるが、これは生きる為に必要な狩りだ。

「ヌィ!?だ、大丈夫っ?け、怪我、怪我がっ」
 俺を見たアンジェが大きな声をあげ、血相を変えて駆け寄って来た。

「大丈夫、返り血だよ怪我はしてない」

「もうっ、もう無茶しないで………」
…アンジェの瞳から一筋の涙が零れる。

 あの日……白い狼に襲われてよりずっと堪えていた感情。
 俺の血まみれの姿でそれを決壊させてしまった…
 アンジェに涙を流させない為…俺はもっと強くならなくては…


 背中をぽんぽん叩いて泣き止むのを待ち、本日の狩りはここまでとした。
 赤く腫らした目をしてごめんねと呟き…やっと笑顔を取り戻したアンジェ。
 俺はその姿を見てほっと胸をなでおろす。

「気持ちはわかるが…ハンターになるならばもっと強くなれ…」
「うんっ」 「…は、はい……ぐすっ」
 フレアの言葉に小さな拳を握るアンジェ、そして貰い泣きのレイチェル。

 ▶▶|

「おぉ、鹿が2頭か、いやぁ今日の成果はすごいな」
 獲物の肉に囲まれた買取所の担当者が顔を出す。

「状態も良いし、これなら2頭で1000マナだ」
 この額には皆が笑顔になった。まぁそれも講習の支払いに消えるのだけれど。





「御祝儀みたいなものだ、遠慮せずに食べてくれ」
 香ばしい匂いが漂い、テーブルには肉料理が並ぶ。
 フレアが自腹でごちそうしてくれるという、なんと太っ腹。

「うわぁ…おいしそう……」
 背後から肩に柔らかいお肉が乗る……テーブルの料理を見つめるオフィーリアだ。

…お肉に囲まれたすばらしいランチのひととき…


「何かの記念日か?」
「随分豪勢だな…」
 左右から固い筋肉に挟まれた……ガレットとイーサンの二人……
 この肉はちょっと余計だった……


 ▶▶|

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