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第一章 大樹の森

第四十七話 Wolf's crystal

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 光の柱に呑まれ……時が停まったかのように動かないアンジェ。


「アンジェを放せぇぇぇえええええええ!!」
「よくもアンジェまでぇぇええええええ!!」
 二人の叫びが共振する。


 マナで強化された全開の力を込めて手当たり次第に瓦礫を放り投げる。
 機獣に向かい左右から同時に降り注ぐ瓦礫の豪雨。
 だが小さな瓦礫は爪で弾かれ、巨大な瓦礫は光の柱で空中に固定される。
 この全力の攻撃でも機獣にダメージを与えることが出来ない。

 しかし、それでも僅かに成果はあった。
 今、機獣の追い込まれた場所、そこはヤツが降下した天井の無いエリアだ。


「はぁぁぁっ喰らえぇ!!」
 俺は瓦礫を抱えて跳び上がり、機獣の脚目掛けて降下した。
「まだまだぁぁあああ!!」
 続くティノが更に機獣の脚を潰す。


「ハァハァッ……お前はここから動けない……光の柱も作れないっ」
 機獣の脚は片側数本残すのみ、この状態ならばもう追っては来られまい。
 その場で躰の向きを動かすくらいが精一杯だろう。

 だがその巨大な腕は健在、頑強な鎧を纏った本体にダメージはない。

 傷ついた皆を逃がすことはこれで出来るだろう……だけど……
 アンジェは光の柱に囚われたまま、機獣を倒さない限り救う手立てはない……





「ハァハァ……ティノ……お願いがあるんだ」
「うん……いいよ、皆を助ける為ならなんだって……する」
 ティノは即座にそう言ってくれた。



「ありがとう、皆を連れて先に神殿から脱出して」
「…………」
 崩れた天井から見上げた上の階層には見覚えがあった。
 そこは月の女神の礼拝堂、出口はすぐそこだ。

「大丈夫、アンジェを助けてすぐに追い付く、だから傷ついた皆を逃がして」
「……死ぬ気じゃないよね?」
 ティノの眼差しが俺に詰め寄る。

「……ああ、生きて必ず戻る」
「わかった……」
 ティノはグレアムとローザを抱え上げる。
 リードが動かないブレンダを抱きかかえ、エヴァンさんが後に続いた。


「そのままにはしないよ……」
 俺はアンジェへとも機獣へともとれる、そんな言葉を零した。





 そろそろ皆脱出できた頃だろう。
 俺はリュックから取り出したソレを手に機獣と再び対面した。

「お待たせ……最後の勝負だ……いくよ」
 機獣に向かって駆けだす。
 俺ではヤツの攻撃を喰らったら耐えられない、それで終わりだ。
 
 避けるしかない……

『速く……速く……速く……』
 ビリビリと躰の芯に電流が走る。


 ヤツの爪が俺の頭を叩き潰すように振り下ろされる……


 ┃▶


「『も っ と  速    く     っ』」
 躰の動きが速さを増すと共に、周囲の状況がスローモーションになる。

 躰を捻りながら爪を躱し……地面を滑るように駆け、

 機獣が自ら切断した脚の断面に辿り着く。

「喰  ら   ぇ     ぇ        え         え!!」
 俺はソレを、手にした錆びた剣を脚の断面から鎧の内側に深々と突き刺した。


 ゆっくりと……機獣の尾が俺へと迫る……

 だめだ……この体勢では避けられない……

 ▶

「ぐはっっ……」   
 重機に衝突されたような衝撃、吹き飛ばされ地面を何度も跳ねて転がった。
 躰全身を強い痛みが襲う……だが……だがまだやらなくちゃ……

 全ての力を振り絞り、俺はアンジェの光の柱の前に立つ。


「待っててアンジェ……今……助け出すから……」
 俺は胸元から飛び出したハンターホルダー……白い狼の魔結晶を握りしめる。

『Reliz vse Udar molnii!/全放出 落雷!/リリースオール サンダーボルト!』
 魔結晶から放出した全てのマナを媒介にして雷を放つ。
 放電が空気を裂き、稲光が機獣を貫き、轟音が響く。
 バチバチと火花を飛び散らせる機獣の鎧。

 そして……脚の断面より突き刺したソレ……採掘用爆裂弾に引火した。


 ┃▶


 機獣の内部で炎と熱が膨らみ、鎧を膨らませ、弾けさせた。

 尻尾が剥がれ、

 脚が曲がり、

 巨大な腕が……
 爆発の勢いで……
 こちらに向かって弾き飛ばされ……


 天井が崩れ、
 瓦礫が降り注ぎ……

 オレンジ色の毛並みが俺を抱きしめ……

 崩れ落ちた瓦礫が機獣の腕の衝突を防いだ。
 爆風が押し寄せ、轟音が轟き、ダンジョンが大きく揺れる。


 ▶


「……無茶しすぎだよ……生きて必ず戻るっていったのにさ」
「ありがと……ティノのお陰だね」
 どうやら駆け戻ったティノに救われたようだ。


「「ぁ……アンジェッ!」」
 アンジェを捕らえていた光の柱が徐々に薄くなり、その躰が前へと倒れ込む。
 良かった……ティノがすかさず両手を広げてアンジェの躰を受け止める。

 …………

 …………

 どうしたんだろう……ティノはそのまま肩を震わせて振り向かない。

「……ヌィ……アンジェが動いてない……」
 何を言ってるんだろうティノは……
 光りの柱から解放されたその躰を抱きしめているのに。

「息をしていない……心臓も動いていない……」
 ティノは涙を溢れさせながら振り向き、アンジェを俺の近くへと横たわらせた。
「アンジェが死んじゃった…………」





「アンジェ……」
 その口元に顔を近づけるが……アンジェの息吹が感じられない。
 その胸元に耳を当て澄ますが……アンジェの鼓動が感じられない。
 あの光の柱に囚われた時……そのすべてが停められていた。

「アンジェ、お願いっ動いて、アンジェッ」
 俺はアンジェを抱きしめる……
『動いて……』
 ビリリと躰を電流が走った。

 とくん……

 今、微かな振動を感じた……
 アンジェの胸に静かに手をあてる……
『動いて……』

 とくん……
 手の平を伝わり、アンジェの躰に電流が走る。

『動いて!!』

 とくん……とくん……


「アンジェがの心臓が……動いた……」
 ティノもアンジェの鼓動を感じ取る。
 けれど、まだ呼吸は止まったまま……

「アンジェ、お願い……生きて……」
 俺は自分の唇をアンジェの小さな唇へと寄せた。


 ▶▶|
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