戦国武将に憑依されたオレ/ワシの恋路は順風満帆

青海嶺

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6 綾禍

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「ねえニュース見た?」
「見た見た!」
「あれってなんなん?」
「チョー受けるよね」
 翌朝の教室は昨夜からの怪現象の話題で持ちきりだった。
 昨日彩乃ちゃんが急いで帰宅すると、お母さんは目を合わせた途端、その場で卒倒し、綾姫は消えたそうだ。
 その後(ネット情報を総合してみると)発掘に従事した大学生や研究者らを中心に、次々と綾姫化していったらしい。歌う、踊る、騒ぐ、誰彼構わず抱きついてキスする、などの狼藉を働いた模様。綾姫と名乗る女からホテルに誘われた、ラブホにしけこむのを見た、などの目撃情報も飛び交っていた。頭痛い。
 さらに綾姫は出没範囲を広げ、誰彼構わず憑依しはじめていた。
 突如沸き起こった綾姫同時多発現象はSNSでも炎上的盛り上がりを見せ「綾姫って何者?」「仕掛け人は誰?」「綾姫パンデミック」などの発言がネット上に飛び交った。
「妾は綾姫じゃ」とケラケラ笑いながら、あちこちに現れては消える綾姫。まさに神出鬼没。
 そしていつしか、この騒動は「綾禍あやか」と命名されていた。
 今朝になっても「綾禍」の勢いは広がるばかりで、広島ローカルTV局の朝のワイドショーでも取り上げられるほど。

 取り憑かれるも他生の縁というか、綾姫と面識(?)のある私たちは、この事態に青ざめていた。
「なんか綾姫まずいことになっちょる」となっぴ。
「めんどくさい女だね綾姫」と彩乃ちゃんも眉が八の字に。
「はーあ、困った人だ」と溜息をつきながら、ふと周囲を見渡すと、クラス中の視線がわたしにぐさぐさ突き刺さっていた。
「そういえば樫飯さー、綾姫って呼ばれてたなかった?」ギク。
「え、呼ばれてたっけ」はぐらかすわたし。
「瑠香ちゃん何か知ってるんでしょ?」
「そこんとこどうなん?」
「え、いや、うちにも何が何やら」誤魔化すしかない。
「またー、しらばっくれちゃって」だってどこまで話していいやら。
「そういう訳じゃないよ」憑依されたことだけは絶対言わんとこ。
「まさか樫飯が首謀者とか」
「いやいやいやいや面白すぎでしょ、それ」
「だって面白いけー」だよねーだよねー(鬱)。
「うちが分身の術でも使ってあちこちお騒がせして回ったと?」
「な訳ないわなあ」
「ないー」
 そう返事をして正面を見たらいつのまにか佐々木先生が立っている。気配を消してそっと入ってきたのかな? 悪趣味ですね? でも、いつもは賑やかに登場するのに、今日はまたどういう心境の変化だろう。
 佐々木先生は薄い存在感のままずっと黙っている。
 気づいていない人、気づいても気にしていない人が半々で、なかなか朝の会が始まらない。
「あれ、佐々木先生いつの間におったん」と高橋くん。
みんなもようやく気づいて「起立、礼、着席」SHRが始まった。
「えー、先生からは特に連絡事項はありません。みんなから何かありますか」
「先生、綾姫のニュース見た?」
「あー。見た見た。あったね、そんなの」
 佐々木先生、なぜか興味なさげ。なぜそんなに温度低い。いつもなら面白ネタには俄然食いついて機関銃のように喋る先生なのに。なんかおかしい今日は。
「あったね、て」
「街中大騒ぎじゃけえ」
「まあまあ落ち着いて。綾姫さまもね、久々に娑婆に出んさって、ちょっと浮かれちゃったのかもしれないわなあ?」
 この返事にはクラス中がキョトンとしてしまう。この人なに言っとる?
「まさかの綾姫擁護派っすか先生?」
「いや、そういう訳でもないけど。あんまり騒ぎ立てるのも、ちょっと可哀想ではござらぬか」
「ござらぬか?」
 先生、自分のほっぺたを張り倒して言い直す。
「可哀想だろ、ってことですよ」あくまで綾姫を擁護する。
「なぜ怨霊にそこまで同情するん?」
「ほんまじゃ」
「先生、綾姫の何なん?」
「先生ですかー。先生は綾姫の担任です。嘘です」と先生。
「意味がわからん」
「わからずともよいのじゃ。ささ、授業を致すぞえ、授業を」
 ぞえ? え、なにその言葉遣い。


      * * * 


 世間は「綾禍」で騒然としているものの、自分のまわりには怨霊どもは来ていない。とりあえず平和だ。
 しかも一時間目は日本史。とたんに眠気に襲われる。このところの鷹之丞の憑依攻撃でかなり体力を奪われている。
 ああ、樫飯さんの膝枕が恋しい。
 あの妙なる美脚のうえに頭を載せて日本史の時間中寝ていられたら最高なのに。子守唄があのハゲの出す雑音でなければもう言うことなし。
 そんなことを思いながら樫飯さんの後姿、美しい黒髪を眺める。他にすることもないし。この位置からだと美脚は見えないし。
(また樫飯殿の後姿をみてエロ妄想に花を咲かせておるな)
(うわ出た)
(そんな人を幽霊みたいに)
(幽霊のほうがマシじゃ)
(それにしてもおぬし、どんだけ樫飯殿が好きなんじゃ)
(ほっとけ)
(胸の鼓動が早鐘のようじゃ)
(うるさいわ)
(火事は近いよスリハンだ~♪ じゃ)
(陽気に歌ってる場合か。てか、なんで昭和歌謡に詳しい?)
(土の中でながらく暇にしておれば、大抵の流行歌は覚えてしまうわい)
(そうか)聞こえるのか?
(笠置シヅ子、美空ひばりから、中島みゆき、Perfume、水曜日のカンパネラに至るまで。なんでも歌えるぞ)
(えらい偏っとるのー。しかも女性歌手ばっか)
(男の歌声なぞ聞きとうもないわ)
(歌に詳しいわりには、世の中の動きには疎かったよな?)
(知ったところで、死んだ身に何ができる?)
(それもそうだけど)
(歌は楽しいから覚えてしまうだけじゃ)
 暇にまかせて田中殿とたわいない話に花を咲かせていると、佐々木の禿茶瓶が板書をやめて振り向いた。
「鷹之丞」そう言って佐々木殿がワシを見つめよる。
 どうやってワシがいると見破ったのじゃ。
(あれ綾姫じゃないか?)なんと。
「鷹之丞、呼んでおろうが」(あれは間違いないな)うむ。知らぬ存ぜぬじゃ。
「それとも田中殿であったかの」と綾姫(佐々木殿)。
「いかにも田中でござるが」(あ、ズルいぞ! ってか、その口調じゃバレバレだよ)
「それでは田中殿にお尋ね申す」
「な、なんでござろう」(気圧されるな鷹之丞!)
「おぬし、樫飯殿に惚れていながら、大木殿の脚に見とれていたでござろう。あれは浮気ではござらぬか」うむ、否定できぬ。(否定しろよ。ってか、なんで知っている? それ国家機密レベルの極秘事項だから!)
 教室が途端にざわつく。
「サイテー」女子たちの軽蔑しきった声。男子は冷笑。……おまえら。この裏切り者おぉ!
 鷹之丞が消えていた。まさかの敵前逃亡。さすがに機を見るに敏、じゃないから! 武士の風上にも置けんわ。孤立無援となったオレは必死に言い返す。
「先生、それは名誉毀損、プライバシー侵害じゃ!」
「浮雷橋? ふん、どこの橋やら」と綾姫(佐々木のハゲ)「さように怒る時点で浮気を自白したも同然」
 樫飯さんと大木さんも後ろを振り向いて、オレを睨んでいる。ああもうオレ駄目かも。
「う、浮気とかじゃなくてですね。あれは、事故! そう、不可抗力だったんです!」
「見苦しい言い訳」「男らしくない」と非難の声が女子たちから聞こえる。オレ、絶体絶命。
「そもそも。田中殿が愚図愚図と告白を先延ばししておるのが悪いのじゃ」と綾姫が追い打ちをかける。
「ななななんの話ですか突然」
「しらばくれるでないわ」
「せせ生徒のこここ個人的恋愛事情に踏み込みゅにょはじじじ人権侵害れしゅじょンにゃらが!」死んだ。もう死んだ。
「樫飯殿も樫飯殿じゃ」綾姫の矛先が突然樫飯さんに。
「な、なんですか急に」うろたえる樫飯さん。
「勇気が出せずにおる田中殿の気持ちをおもんぱかって、ちいとは言い出しやすいムード作りをしてあげたらどうじゃ」あれ? 綾姫いい事言うじゃん。
「そんなのやってます! じゃなかった。なんでうちがそこまでせんならん?」とむくれる樫飯さん。今、やってます、って言いました?
「別にそなたがいけぬとは言うておらんわ。老婆心からのアドバイスという奴じゃな」もっと言って、もっと言って。
「余計なお世話です」と樫飯さん。
「そうだよ先生が口出しすることじゃないよ」と大木さんも援護射撃。
「待って。これ佐々木先生じゃないんと違う?」権藤が立ち上がり、綾姫を指さした「さては綾姫だな!」
「はて誰のことやら。妾は、もとい、僕は佐々木ですよ」
 駄目だ、綾姫はあくまでもしらを切るつもりだ。
 クラスの皆は佐々木先生の突然の暴走にやんやの拍手喝采。
「まさかのハゲ参戦」
「しかも綾姫と来た」
「驚愕の新展開じゃ」
「冗談にしては度が過ぎるが」
「これは憑依じゃろ。綾禍じゃ綾禍」
 みんな面白がりすぎ。
「綾姫、そのへんで勘弁してはもらえんかの」(あれ、鷹之丞? 風向きが変わったと見てシレッと戻ってきやがった)
「何が勘弁じゃ。妾、もとい僕は田中殿のためを思っていうておるのじゃ」
「しかしこれでは樫飯殿が気の毒ではござらぬか」
「ふん、樫飯殿樫飯殿とよほどお気に入りのご様子」
(綾姫、完全に拗ねてるよ、どうしよう)と田中殿がぼやく。
(ワシもこんな面倒くさいおなごとは思わなんだ)
(鷹之丞でもお手上げかよ!)
(駄目じゃ、嫉妬で我を忘れておる!)
(静めなきゃ!)
「ワシが想うは綾姫、そなたただ一人ぞ」
「鷹之丞殿はいつも口ばっかりじゃ」佐々木殿(綾姫)、あっかんべーをする。うぬぬ。
「言っても分からぬのなら、こうするしかあるまい」ワシは立ち上がって教壇に駆け寄り、佐々木殿(綾姫)の顔を両手で挟んで、接吻の雨を降らせた。
 教室が女どもの悲鳴で騒然となる。
「田中そこまでせんでも」
「こ、これが役者魂か」
「いやいや本気じゃろ」
「これなんのBL?」
「郷土史研究会は歴史オタの愛の巣だったか」
「これはスクープ」
「写真写真!」
「拡散希望!」
 左様な雑音を一切無視し、ワシは心をこめて綾姫に語りかけたのじゃ。
「五百年の光陰を経て、我らはついに思いを遂げ、晴れて夫婦めおととなるのじゃ」
「鷹之丞様、そない唐突に、何をなさいますやら」綾姫が不意に赤くなって目を伏せた。(おお、綾姫が心を開いておる)
 感涙必至の名場面に、雑兵どもが水を差す。
「よっ、名演技」「くー、泣けるねえ」「全歴女が泣いた」
 せっかく素直になりかけていた綾姫、心ない雑音のお蔭で恥ずかしくなったのか、前にも増してむくれてしもうた。
「そ、そがな乱暴な接吻で、妾を懐柔しようなどと、なんと浅はかな!」そう言い捨てると、綾姫は去り、佐々木殿は気を失ってその場に倒れた。
「綾姫、消えたらしい」
「もう終了? もっと見たかった」 
「成仏したのか」
「意外とあっけなかったな」
「いやいや、それは考えが甘うござろう」とワシが述べると、みながきょとんとして、
「田中はまだ続けてるん?」
「や、そうでござった。田中殿にバトンタッチじゃ」
 そういうと鷹之丞はスッと消えた。そう言えば、憑依されても一々気絶しなくなっている。耐性がついたらしい。
「佐々木、気絶してるけどどうする?」
「せっかくじゃけチャイムまでそっとしとかん?」
「そうじゃな。お疲れじゃろうし」
 教壇の上に伸びて放置される佐々木先生。唇に残る接吻の余韻。おえー。
 さっきのキスで綾姫の心は少しは解きほぐされたんだろうか。
 そうでなければただのキス損。
 それより問題は樫飯さんに大顰蹙を買ったこと。
 まったく挽回できる気がしないんですが。


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