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美食のレシピは料理人から
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美しいものが好きだ。
無駄なものが置かれていない食卓。その上に並べられた必要な分だけのカトラリー。そしてそこに並べられた美味しそうな食事。決して芸術的な、たとえば大皿にソースが散りばめられているような美しさではない。
豪華な机の飾りも、余分なカトラリーも必要ない。乱れていたり雑な部分が無い、そういう自然な美しさが好きだ。
装飾のない真っ白な皿の上に並べられたサラミとチーズを見ながらふとそんなことを考える。フォークを手にとってサラミを口に運ぶと、香辛料の香りと熟成された肉の旨みが口に広がる。うん、やはり彼の作る料理は美味しい。
「今日のサラミはこの間作ったやつ?」
「先月から熟成していたものが丁度食べごろになったからね。味はどう?」
「美味しいよ、いい肉を使ってるのもあるからだけど、やっぱり君は腕がいい」
私の正面で同じように食事を口に運ぶ青年は、私の言葉を聞いて嬉しそうに笑う。彼は添え付けのサラダを食べながら、楽しそうにサラミの制作過程について話してくれる。話が途切れないように、しかし食事の手は止めないまま彼は楽しそうに語っている。
「燻製以外のサラミも作ってみたいんだけれど、どうしても発酵する類のものは匂いもするし設備がないと難しくって」
「十分美味しいし、個人でこれだけのものを作れているのは本当にすごいよ」
「本当?君がそういうならそうなんだろうね」
私の感想は正真正銘、本心から発したものだ。
私自身は料理に詳しくないし、彼の説明してくれた工程の十分の一くらいしか理解できていないが、このサラミが美味しいということは確かにわかる。食事への評価は美味しいか美味しくないか、そのどちらかでしかないと思っているし、私がそう考えていることは彼も理解している。その上で、彼は料理の工程について楽しそうに説明をする。これがいつもの食事の風景だった。
「こっちのスープは久しぶりに骨からダシを取ったんだ。まとまった骨が手に入ったし、せっかくだからと思って」
彼が指差したのは器に入った黄金色のスープ。ベーコンとキャベツや人参などの野菜が具材だ。彼に促されるようにスプーンで掬って口にすると、確かに肉の旨みが染み出している。
「うん、やっぱり骨からダシを取ったほうが旨みが出るのかな」
「そうだね、どうしても味が濃くなるからコンソメで整えてはいるけど。具材のベーコンは前に作ったものが残っていたからそれを入れたんだけど、野菜を多めにはしてあるよ」
今度は具材も一緒に口に運ぶと、確かにしんなりとしたキャベツやコンソメといい具合に味のバランスが取れている。ベーコンも残り物と言っていたが香ばしさが残っている。夢中でスープを飲み干すと、体がふんわりと暖かくなった。
「それで、これが今日のメイン。もも肉の赤ワイン煮だよ」
キッチンから鍋を持ってきて、空の器によそっていく。白い器が、茶色いとろりとしたソースで満たされていく。
「これはできれば熱々を食べた方が美味しいと思って。どうぞ召し上がれ」
湯気が立っている器から肉をスプーンで掬い、口に運ぶ。口の中で肉の繊維がホロリと崩れる。同時に赤ワインの渋みとほんの少し残ったアルコールの苦味が舌を刺激する。肉自身の旨みが、ニンニクや胡椒といったスパイスに刺激されてより強く感じられる。やはり彼の料理の腕は確実に上がっている。
「いいねこれ、赤ワイン自体は苦手だけどこれはすごい美味しい」
「普段はデミグラスソースを使うことが多いけど、こういったのもいいかなと思って」
「前のビール煮もよかったけどこっちの方が味が合うのかなぁ」
「調べてみたらアルコール度数は関係ないみたいなんだよね。日本酒や焼酎で調理することもあるみたいだし、一般的に赤ワインは肉で白ワインは魚が合うとされてるみたいだけど」
確かに彼の言う通り、肉の白ワイン煮込みと言うのはお店でもみたことがないような気がする。ひとつまた料理の知識が増えたなと思いながら、肉を口に運んでいく。旨みが溶け込んだソースも残さないように、パンにつけて食べる。その美味しさに手は止まらず、すぐに器は空になってしまった。
パンの最後のひとかけらを口に放ると同時に、彼は再びキッチンから皿を持ってきた。
「デザートはシャーベット。久しぶりに作ったから味が落ちてないといいけど」
小さな器には真紅のシャーベットが盛り付けられている。一緒に渡された小さなスプーンを刺すと、シャクリという気持ちいい音がする。そのまま口に運ぶと、冷たさとフルーティーな味が口いっぱいに広がった。
「うん、やっぱり味はこれが一番美味しい」
「カシスやブルーベリーみたいな酸味のあるものと合わせたのが一番出来がいいね。新鮮なものが入った時しか作れないのが難点だけど」
酸っぱさの奥にある独特な香りと甘味が冷たさによってさらに際立っている。その味を堪能しながら一口、また一口と食べているとあっという間にシャーベットは無くなってしまった。
「もしかして足りなかった?まだ残ってるから食べたかったら持ってくるけど」
「ううん、それはまた今度の楽しみにしておこうかな。お腹もいっぱいだし」
使い終わった食器を机の上に置いて一息つく。実際、体は満腹感を訴えていたし、心は幸福感に包まれていた。これ以上は過剰摂取というものだ。
食器をキッチンに下げて洗い物をする。彼に食事を作ってもらう代わりに、洗い物をするのは私の仕事のうちの一つだ。
使った食器や調理道具を洗い終わると、私はそのまま玄関へと向かう。後ろからは彼がエプロンをつけたままパタパタとついてきていた。
「それじゃあ、また明日同じ時間に待ってるよ。このあと作業もするけど、それもいつも通り?」
「うん。いつも通りで大丈夫。また何かあったら連絡するよ」
そう言って私は部屋を出る。そのまま、マンションのエレベーターに乗り込み、ひとつ上の階に昇る。そうして、先ほどまでいた部屋の真上の部屋の鍵を開けた。
ここが私の自宅。毎晩、真下の部屋に住む彼に夕食を作ってもらって食べている。彼しか作ることのできない、正確には彼と私にしか作ることのできない特別な食事を。
付けていた手袋を外し、パソコンの電源を付けて今日の食材の写真を見た。
脂肪は多くなく、しかし筋肉質すぎもしないいい肉付きの体。細く長い手足に、しっかりとした腰つき。そして何より、美しく整った顔。白い肌にすらりとした鼻筋。ストレートの黒い髪に真っ黒な丸い瞳。
この美しいものが、今は既に私の胃のなかに収まっている。ふと無意識に腹を撫でる。この中に、この美しい人の血肉が入っている。止めどなく溢れる多幸感に、自然と笑みが溢れた。
小さい頃から美しいものが好きだった。好きなものを口にしたいと、自分の一部にしたがった。
美しいと思った人を食べたいと思うことも、少なくとも私の中では自然な考えだった。ただ、それはどんなにお金を積んでもこの社会では許されないことだった。わかりやすく社会から外れることは最も効率の悪い方法だから、叶わない願いだと思って諦めていた。
そんな私の前に現れたのが彼だった。出会いは偶然だったし、奇跡とも言えた。状況は最悪だったけれど。
たまたま通りすがった路地裏で、彼は人を殺していた。あとで詳しく聞くと、幼い頃から人を殺したいという衝動に苛まれていたらしい。これまではなんとか抑えてきたが、定期的に襲い来るその衝動に耐えきれず、不意に路地裏で潰れて寝ていた男性を殺してしまったと。
彼は見つかったのがまずいと思ったのか、私の方へと向かってきた。きっと私のことも殺そうと思ったのだろう。しかし、ほんの少しだけ彼の行動よりも私の思考の方が早かった。
私は咄嗟に彼に取引を持ちかけた。
私は彼に情報と技術を提供する。
居なくなっても怪しまれない、顔のいい人間。そんな都合の人間が、意外とこの社会には居るものなのだ。加えて、怪しまれないように殺害し連れ去る技術も提供した。正直最初の頃は警察に見つかるのではとヒヤヒヤしていたが、今ではすっかり完全犯罪もお手のものになってしまった。
彼は私に料理を提供する。殺人衝動を消化する状況と相手を用意してもらう代わりに、私にその人間を使った料理を振る舞う。元々自炊の習慣があったのか、彼が人間を使った料理を習得するのにそう時間はかからなかった。彼自身は殺すこと以外に興味はないので普通の一般的な食事を取るのだが、最近はいかに美味しく作るかに凝り出してくれている。私としては大変ありがたいことだった。
こんな経緯で、私と彼の不思議な関係は成り立っている。
決してリスクはゼロではないが、ローリスクハイリターンで望んでいた生活ができていることを考えれば、今の生活はとても幸せだった。殺害も解体も処分も全て彼一人で行っている。食事を作るのも食べるのも彼の部屋。食事に使わない部分は適切な処理をして処分している。決して私たち2人以外の意思も行為も介在しない。
万が一この一連の行為が明るみになったとしても、パソコンのデータさえ完璧に消してしまえば私は「巻き込まれた一般人」に戻ることができる。
こんなにも完璧に事を運べているのが不思議なくらい、この生活はあまりにも私にとって都合がいい。ただひとつ、叶わない願いがある事以外は。
「お気に入り」と書かれたフォルダを開くと、たくさんの写真が入っている。その中のある一枚の画像をクリックする。
それは先ほどまで私の前に座って一緒に食事をしていた彼の写真。サラサラの金の髪、透き通るような肌。茶色がかった瞳に、くっきりとした二重。細い首、すらりとした見た目。長い指に骨ばった手と対照的に筋肉のついた腕。嬉しそうに話す時の自然な笑み。
見た目だけではない。話のテンポ、声、所作。そのどれもが美しい。だからこそ、
「どんな味がするのかなぁ」
決して叶わない願いを口にして、画面を指でなぞる。
もしも、万が一の話。私たちがしてきたことが明るみになって、彼が死刑にでもなってしまうのならば。
あの美しいものが見知らぬ誰かの手によって失われることになったら。
その時私は、その先の人生をかなぐり捨てて、噛みついてでも味わいたいと思うのだろうか。
今はまだこんな問いに答えなど出せない。もしかしたらその時には彼に全く興味を無くしているかもしれないし、反対に死に物狂いで彼を食べようとするかもしれない。
それでもただ、きっとどんな状況でも彼の血肉は、これまで食べてきたどんな美しいものよりも甘美で旨みに溢れた味だろう。
その肌の下に流れる血の鉄の味を、筋肉質な肉の味を、それを支える骨から染み出す旨みを想像して、ごくりと喉を鳴らした。
無駄なものが置かれていない食卓。その上に並べられた必要な分だけのカトラリー。そしてそこに並べられた美味しそうな食事。決して芸術的な、たとえば大皿にソースが散りばめられているような美しさではない。
豪華な机の飾りも、余分なカトラリーも必要ない。乱れていたり雑な部分が無い、そういう自然な美しさが好きだ。
装飾のない真っ白な皿の上に並べられたサラミとチーズを見ながらふとそんなことを考える。フォークを手にとってサラミを口に運ぶと、香辛料の香りと熟成された肉の旨みが口に広がる。うん、やはり彼の作る料理は美味しい。
「今日のサラミはこの間作ったやつ?」
「先月から熟成していたものが丁度食べごろになったからね。味はどう?」
「美味しいよ、いい肉を使ってるのもあるからだけど、やっぱり君は腕がいい」
私の正面で同じように食事を口に運ぶ青年は、私の言葉を聞いて嬉しそうに笑う。彼は添え付けのサラダを食べながら、楽しそうにサラミの制作過程について話してくれる。話が途切れないように、しかし食事の手は止めないまま彼は楽しそうに語っている。
「燻製以外のサラミも作ってみたいんだけれど、どうしても発酵する類のものは匂いもするし設備がないと難しくって」
「十分美味しいし、個人でこれだけのものを作れているのは本当にすごいよ」
「本当?君がそういうならそうなんだろうね」
私の感想は正真正銘、本心から発したものだ。
私自身は料理に詳しくないし、彼の説明してくれた工程の十分の一くらいしか理解できていないが、このサラミが美味しいということは確かにわかる。食事への評価は美味しいか美味しくないか、そのどちらかでしかないと思っているし、私がそう考えていることは彼も理解している。その上で、彼は料理の工程について楽しそうに説明をする。これがいつもの食事の風景だった。
「こっちのスープは久しぶりに骨からダシを取ったんだ。まとまった骨が手に入ったし、せっかくだからと思って」
彼が指差したのは器に入った黄金色のスープ。ベーコンとキャベツや人参などの野菜が具材だ。彼に促されるようにスプーンで掬って口にすると、確かに肉の旨みが染み出している。
「うん、やっぱり骨からダシを取ったほうが旨みが出るのかな」
「そうだね、どうしても味が濃くなるからコンソメで整えてはいるけど。具材のベーコンは前に作ったものが残っていたからそれを入れたんだけど、野菜を多めにはしてあるよ」
今度は具材も一緒に口に運ぶと、確かにしんなりとしたキャベツやコンソメといい具合に味のバランスが取れている。ベーコンも残り物と言っていたが香ばしさが残っている。夢中でスープを飲み干すと、体がふんわりと暖かくなった。
「それで、これが今日のメイン。もも肉の赤ワイン煮だよ」
キッチンから鍋を持ってきて、空の器によそっていく。白い器が、茶色いとろりとしたソースで満たされていく。
「これはできれば熱々を食べた方が美味しいと思って。どうぞ召し上がれ」
湯気が立っている器から肉をスプーンで掬い、口に運ぶ。口の中で肉の繊維がホロリと崩れる。同時に赤ワインの渋みとほんの少し残ったアルコールの苦味が舌を刺激する。肉自身の旨みが、ニンニクや胡椒といったスパイスに刺激されてより強く感じられる。やはり彼の料理の腕は確実に上がっている。
「いいねこれ、赤ワイン自体は苦手だけどこれはすごい美味しい」
「普段はデミグラスソースを使うことが多いけど、こういったのもいいかなと思って」
「前のビール煮もよかったけどこっちの方が味が合うのかなぁ」
「調べてみたらアルコール度数は関係ないみたいなんだよね。日本酒や焼酎で調理することもあるみたいだし、一般的に赤ワインは肉で白ワインは魚が合うとされてるみたいだけど」
確かに彼の言う通り、肉の白ワイン煮込みと言うのはお店でもみたことがないような気がする。ひとつまた料理の知識が増えたなと思いながら、肉を口に運んでいく。旨みが溶け込んだソースも残さないように、パンにつけて食べる。その美味しさに手は止まらず、すぐに器は空になってしまった。
パンの最後のひとかけらを口に放ると同時に、彼は再びキッチンから皿を持ってきた。
「デザートはシャーベット。久しぶりに作ったから味が落ちてないといいけど」
小さな器には真紅のシャーベットが盛り付けられている。一緒に渡された小さなスプーンを刺すと、シャクリという気持ちいい音がする。そのまま口に運ぶと、冷たさとフルーティーな味が口いっぱいに広がった。
「うん、やっぱり味はこれが一番美味しい」
「カシスやブルーベリーみたいな酸味のあるものと合わせたのが一番出来がいいね。新鮮なものが入った時しか作れないのが難点だけど」
酸っぱさの奥にある独特な香りと甘味が冷たさによってさらに際立っている。その味を堪能しながら一口、また一口と食べているとあっという間にシャーベットは無くなってしまった。
「もしかして足りなかった?まだ残ってるから食べたかったら持ってくるけど」
「ううん、それはまた今度の楽しみにしておこうかな。お腹もいっぱいだし」
使い終わった食器を机の上に置いて一息つく。実際、体は満腹感を訴えていたし、心は幸福感に包まれていた。これ以上は過剰摂取というものだ。
食器をキッチンに下げて洗い物をする。彼に食事を作ってもらう代わりに、洗い物をするのは私の仕事のうちの一つだ。
使った食器や調理道具を洗い終わると、私はそのまま玄関へと向かう。後ろからは彼がエプロンをつけたままパタパタとついてきていた。
「それじゃあ、また明日同じ時間に待ってるよ。このあと作業もするけど、それもいつも通り?」
「うん。いつも通りで大丈夫。また何かあったら連絡するよ」
そう言って私は部屋を出る。そのまま、マンションのエレベーターに乗り込み、ひとつ上の階に昇る。そうして、先ほどまでいた部屋の真上の部屋の鍵を開けた。
ここが私の自宅。毎晩、真下の部屋に住む彼に夕食を作ってもらって食べている。彼しか作ることのできない、正確には彼と私にしか作ることのできない特別な食事を。
付けていた手袋を外し、パソコンの電源を付けて今日の食材の写真を見た。
脂肪は多くなく、しかし筋肉質すぎもしないいい肉付きの体。細く長い手足に、しっかりとした腰つき。そして何より、美しく整った顔。白い肌にすらりとした鼻筋。ストレートの黒い髪に真っ黒な丸い瞳。
この美しいものが、今は既に私の胃のなかに収まっている。ふと無意識に腹を撫でる。この中に、この美しい人の血肉が入っている。止めどなく溢れる多幸感に、自然と笑みが溢れた。
小さい頃から美しいものが好きだった。好きなものを口にしたいと、自分の一部にしたがった。
美しいと思った人を食べたいと思うことも、少なくとも私の中では自然な考えだった。ただ、それはどんなにお金を積んでもこの社会では許されないことだった。わかりやすく社会から外れることは最も効率の悪い方法だから、叶わない願いだと思って諦めていた。
そんな私の前に現れたのが彼だった。出会いは偶然だったし、奇跡とも言えた。状況は最悪だったけれど。
たまたま通りすがった路地裏で、彼は人を殺していた。あとで詳しく聞くと、幼い頃から人を殺したいという衝動に苛まれていたらしい。これまではなんとか抑えてきたが、定期的に襲い来るその衝動に耐えきれず、不意に路地裏で潰れて寝ていた男性を殺してしまったと。
彼は見つかったのがまずいと思ったのか、私の方へと向かってきた。きっと私のことも殺そうと思ったのだろう。しかし、ほんの少しだけ彼の行動よりも私の思考の方が早かった。
私は咄嗟に彼に取引を持ちかけた。
私は彼に情報と技術を提供する。
居なくなっても怪しまれない、顔のいい人間。そんな都合の人間が、意外とこの社会には居るものなのだ。加えて、怪しまれないように殺害し連れ去る技術も提供した。正直最初の頃は警察に見つかるのではとヒヤヒヤしていたが、今ではすっかり完全犯罪もお手のものになってしまった。
彼は私に料理を提供する。殺人衝動を消化する状況と相手を用意してもらう代わりに、私にその人間を使った料理を振る舞う。元々自炊の習慣があったのか、彼が人間を使った料理を習得するのにそう時間はかからなかった。彼自身は殺すこと以外に興味はないので普通の一般的な食事を取るのだが、最近はいかに美味しく作るかに凝り出してくれている。私としては大変ありがたいことだった。
こんな経緯で、私と彼の不思議な関係は成り立っている。
決してリスクはゼロではないが、ローリスクハイリターンで望んでいた生活ができていることを考えれば、今の生活はとても幸せだった。殺害も解体も処分も全て彼一人で行っている。食事を作るのも食べるのも彼の部屋。食事に使わない部分は適切な処理をして処分している。決して私たち2人以外の意思も行為も介在しない。
万が一この一連の行為が明るみになったとしても、パソコンのデータさえ完璧に消してしまえば私は「巻き込まれた一般人」に戻ることができる。
こんなにも完璧に事を運べているのが不思議なくらい、この生活はあまりにも私にとって都合がいい。ただひとつ、叶わない願いがある事以外は。
「お気に入り」と書かれたフォルダを開くと、たくさんの写真が入っている。その中のある一枚の画像をクリックする。
それは先ほどまで私の前に座って一緒に食事をしていた彼の写真。サラサラの金の髪、透き通るような肌。茶色がかった瞳に、くっきりとした二重。細い首、すらりとした見た目。長い指に骨ばった手と対照的に筋肉のついた腕。嬉しそうに話す時の自然な笑み。
見た目だけではない。話のテンポ、声、所作。そのどれもが美しい。だからこそ、
「どんな味がするのかなぁ」
決して叶わない願いを口にして、画面を指でなぞる。
もしも、万が一の話。私たちがしてきたことが明るみになって、彼が死刑にでもなってしまうのならば。
あの美しいものが見知らぬ誰かの手によって失われることになったら。
その時私は、その先の人生をかなぐり捨てて、噛みついてでも味わいたいと思うのだろうか。
今はまだこんな問いに答えなど出せない。もしかしたらその時には彼に全く興味を無くしているかもしれないし、反対に死に物狂いで彼を食べようとするかもしれない。
それでもただ、きっとどんな状況でも彼の血肉は、これまで食べてきたどんな美しいものよりも甘美で旨みに溢れた味だろう。
その肌の下に流れる血の鉄の味を、筋肉質な肉の味を、それを支える骨から染み出す旨みを想像して、ごくりと喉を鳴らした。
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