想世のハトホル~オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました~

曽我部浩人

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第3章 彼方に消えしは幽冥街

第55話:飛行母艦ハトホルフリート




「しばらく俺たちは此処ここを留守にする」

 出発の朝、ツバサはケット・シーたちにそう告げた。

 既にツバサたちのいた拠点(我が家)はネコ族の村のどこにもない。 

 拠点を引き上げた跡地に集まったケット・シーたちは、心細そうな眼差しでツバサのことを見つめている。

 行かないでください──目は口ほどにものを言う。

「そんな顔をするな。おまえたちを見捨てたりはしない」

 ツバサは慈母じぼの微笑みで続ける。

「ちょっと用事を片付けてくるだけだ。早ければ明日、遅くとも1週間くらいで帰ってくる。それまではおまえたちだけでやっていくんだ」

 その言葉を聞いた猫たちの間に、わずかな安堵が見え隠れする。

 彼らが落ち着いたところでツバサは切り出した。

「ターマ、ミーケ、前に出なさい」

 猫族のまとめ役となりつつある2人の若者を呼ぶ。

 2人は「はい!」と元気よく返事をして前に出てきた。

 ターマとミーケはツバサの前に来ると、気をつけでこちらを見上げている。

 年齢的に20歳前後だが、大きな猫くらいの上背しかない。

 彼らの視線に合わせるため、ツバサもしゃがむ。

 そして、胸の谷間からあるものを取り出した。

 一度やってみたかったんだ、こういう物の出し入れを……。

「俺たちが留守にする間、この一帯には何事も起こらないように万全の準備をしておいた……だが、万が一もある。その時はこれを使いなさい」

 ツバサの手にあるのは1枚の金属プレート。

 ぱっと見タロットカードのようだが、表面には胸の豊かな女神が象徴的に描かれている。もしかしなくてもモデルはツバサだ。

 製作はダインに任せたのだが……本当に凝り性だな、アイツ。

「自分たちでやれることは、なるべく自分たちの力で乗り越えるんだ。だが、どうしても自分たちの力では太刀打ちできないことが起きた時、その時はこのプレートに呼びかけるといい……どこにいても、すぐ戻ってくる」

 このプレートは謂わば通信機。

 魔力の働きでツバサの意識と繋がっており、強い念を込めて呼びかければツバサに声が届くようなっている。

 助けを求める声が、どこにいても届くように──。

「これをおまえたちに預け……いや、授けよう」

 ツバサはネコ族から大地母神として崇められている立場。

 女神からの施しとして“授ける”と言い換えるべきだろう。そう言い直してからプレートを渡そうとしたのだが、ターマとミーケは困惑していた。

「ニャアたちに……ですか?」
「こんな大切な品……ミャアたちではなく、長老が……」

「それは思わなくもなかったんだがな……」

 ツバサが視線を横に流せば、ターマとミーケもそれに続く。

「ああぁぁぁ~……天の女神様ぁ、朝ご飯はまだですかのぉ?」
「おじいちゃん、さっき食べたでしょ」

 老いたスコティッシュフォールドが、倒木にちょこんと腰をかけて終始プルプル震えていた。ボケの進行が目に見えて進んでいる。

「……あれはもう隠居させてやるべきだ」

 だからおまえたちなんだ──とツバサは改めて2人を見つめた。

「おまえたちは長老フテニの孫、今や猫族のまとめ役。これからはおまえたちが猫族を引っ張っていくんだ……さあ」

 受け取りなさい、とツバサはプレートを差し出す。

 すると、ミーケがターマの背中を押した。

「ミケ姉さん……?」

「あんたが受け取りなさい、タマ。長老の跡継ぎはアンタなんだから……ターマ・ニャントトス12世として、ハトホル様からちゃんと頂くのよ」

 なかなかどうして──しっかり者のお姉さんだ。

 ネコ族が崇拝する女神であるツバサから重要な品を下賜かしされる。

 それ即ち、猫族の新たな代表者を意味するのだ。

 姉であるミーケは、長老の後継者としてターマを推挙しつつ、その背中を後押ししたのだ。今後も弟を盛り立てていくことだろう。

 ツバサはミーケの意志を尊重し、ターマにプレートを差し出す。

「受け取りなさい──ターマ・ニャントトス12世」

「は、はい! ありがとうございます……ハトホル様!!」

 ターマは恐縮しつつお辞儀し、両手で恭しくプレートを受け取った。

 そして、ミーケに促されて猫族のみんなに振り返り、受け取ったプレートを頭上にかざした。村人たちからは拍手と歓声で迎えられている。

 ここに──ネコ族の新たなリーダーが誕生した。

 つたないながらも鉄器を使えるようになり、住んでいる家もログハウスくらいにはなってきた。彼らの文明は着実に成長している。

 いずれ、神に頼らずとも立派にやっていけるようになるだろう。

 その時まで見守ってやりたい──ツバサは密かに願う。

「じゃあ、行ってくる」

 ツバサは立ち上がり、そのまま宙へと浮かぶ。

 見送るネコ族たちに手を振りながら、ゆっくりと上昇していく。彼らの姿が見えなくなると、速度を上げて空を駆け上がった。

   ~~~~~~~~~~~~

 大空洞のある岩山も越えて、空を覆う雲を突き抜ける。

 雲の上では──飛行船が待っていた

 形としては「双胴硬式飛行船」と言うそうだ。

 気嚢きのうという巨大なガス袋で船体を浮揚ふようさせる飛行船だが、縦長な気嚢が2つ並んでおり、その下に先鋭的なフォルムの戦艦がぶらさがっている。

 戦艦は実弾、ビーム砲、魔力弾──あらゆる砲塔を搭載しており、ミサイルなどの発射口も確認できる。飛行船にあるまじき攻撃能力だ。

 ガス袋も硬質パネルで覆われ、砲弾さえ弾き返すという。

 そもそもあの中には船体を浮遊させるガスなど詰まっておらず、様々な武装が詰め込まれていた。ほとんど倉庫である。

 後部には推進機関らしきジェットの噴出口まであるのだ。

 船体を浮かす浮揚力や前進させるための推進力は、いくつもの龍宝石ドラゴンティアに溜めた風魔法や重力魔法などを連動させることで得ている。

 見掛けの割に、ファンタジーなシステムで動いているらしい。

 飛行母艦──ハトホルフリート。

 今後のことを考えたツバサが、それについてダインに話してみた結果、彼のメカ魂に火をつけてしまい、完成した“例のもの”である。

 これからツバサたちは、この異世界を探索していく。

 GMやプレイヤーを探すにしても、ネコ族以外の種族を探すにしても、触手たちのような脅威を探るにしても、必要なのは遠くまで行ける“脚”あし

 神族なら飛行系技能で高速移動できるが、これは思った以上に疲れる。

 人間だって何十㎞も歩けばヘトヘトに疲れるように、いくら神族が自由自在に空を飛べたとしても、やっぱり体力を消費して疲れるのだ。 

 また、同じ神族でも移動速度に差があった。

 ツバサ>>ミロ>ダイン>>>マリナ>フミカ。

 ハトホルファミリー内だけでも、これだけの開きがある。

 それでなくとも、この世界は果てしなく広大なのだ。

 先日ダインローラーで500㎞以上も移動したというのに、ろくに目新しい発見がなかった。もっと広範囲に探索の網を広げる必要がある。

 そのためにも遠方まで足を伸ばせる乗り物。できれば出向いた先で仮拠点として使える船のようなものがあるとありがたい、とツバサが頼んだのだ。

 そんな要望を形にしたのが──ハトホルフリートである。

 防衛能力、攻撃能力、移動能力……あらゆる面で宇宙戦艦をも凌ぐ性能を誇り、船内には拠点設備(各人の個室まで)も完備されていた。出会ったプレイヤーを迎えられる客間や、助けた現地種族を一時的に収容できる大広間もある。

 至れり尽くせり、まさに移動できる拠点だ。

 ツバサ的にはキッチン設備が充実しているのが嬉しい。

「しかし、ハトホルフリートって……」

 どうしてツバサおれの名前を冠するんだ?

『ダインが造った船なんだし、どうせまた変形合体して巨大ロボにでもなるんだろうから、“ダインフリート”とかでいいんじゃないか?』

 そう疑問を呈したところ──ダインとフミカに猛反対された。

 二人からは理路整然と言い返されたものだ。

『なにを言うんじゃアニキ。この船はワシらの移動拠点にして母船なんじゃぞ、おいそれとロボになんかにせんわい。ワシらハトホル一家ファミリーの帰るべき場所じゃ。みんなの母ちゃんたるアニキの名前をつけるんは当然ぜよ』

『船を女性に例えるのは英語圏じゃ常識ッス。まぁ諸説あるッスけど……ほら、一昔前に戦艦を女の子にしたゲームが流行ったじゃないスか。やっぱり船の名前には女性名をつけるべきッスよ。ハトホルフリートで決まりッス』

『誰が母ちゃんだ! それに女性名じゃなくて女神名だろこれ!?』

 ツバサの抗議も虚しく、船はハトホルフリートと命名された。

 船首にはお守りとして女神像が設置されているのだが、それのモデルまでツバサなのだ。あれを見る度こそばゆい気分にさせられる。

「俺、あそこまで胸大きくないって……」

 ダインは「アニキを忠実に再現したぜよ」というが、ツバサは全面的に否定した。あんなバスケットボールみたいなサイズじゃない。

「爆乳は爆乳だけど、あんなデカくは……」

 目線を胸へと下ろしつつ、自分の手でモニュと持ち上げてみる。

 デカい、重い、柔らかい、と三拍子揃った爆乳なのは認めざるを得ない。

 触っただけで性感帯が反応する感度の良さは除外させてもらう。

「……あのくらい、かなぁ?」

 いけない、だんだん自信がなくなってきた。

 複雑な気分のまま空を飛んで甲板に降り、扉を開けて艦橋内に入る。

 そこには既にミロたちが待っていた。

「待たせたな。それじゃあ──行こうか」

 はーい、と子供たちから返事が返ってくる。

 艦橋は広間のようになっていた、艦長席だけは広間後方ある少し高台に設けられており、広間の中央には別の特等席が用意されている。

 ダインは火器管制及び操舵士。こんな最新鋭の船で操舵輪そうだりんなど必要とは思えないが、何故かこの船にはあるためダインがその前に立っていた。

 位置的に特等席の前方だ。

 フミカは過大能力オーバードゥーイングのこともあって情報分析を担当する。

 彼女の周囲にはいくつものモニターが浮いており、船の内外問わず情報を収集して解析を続けていた。索敵などレーダーの役割も兼ねている。

 位置的には操舵輪の横、ダインのすぐ側だ。

「そして──アタシが艦長!」
「なんで何もしないおまえが一番偉そうなんだよ」

 ミロは艦長席でふんぞり返っていた。海賊みたいな二角帽バイコーンを被り、やはり海賊船の船長が着るようなロングコートを肩にかけている。コスプレか。

「ジョーダン冗談、この船の艦長はツバサさんだもんねー♪」

 ミロは艦長席から立つと、艦橋内を飛んできてツバサの横に降りる。そして二角帽とロングコートをツバサにひょいひょいと着せてきた。

 ツバサは抵抗せず──ビクリと身を震わせてしまう。

 先日のことが堪えているのか、ミロが近付いただけで身体がすくむ。

 つい反射的に身構えてしまうほどに。

 戦いや痛みにではなく──快感に脅えているのだ。

 脅えを気取られぬようにツバサは平静を装った。

 それでも勘の働くミロは、含み笑いでそっと囁いてくる。

「大丈夫……もうあんなことはしないよ」

 やるとしても2人っきりの時だけ──楽しみにしててね♪

 ぞくり、と身体の芯が震える気がした。

 瞬間湯沸かし器みたいに頭が煮える。顔から湯気が立ち上りそうなほど赤面するが、俯いて誤魔化したツバサは微かに首を縦に動かした。

 それを見たミロは──満足げに微笑んでいる。

「あのぉ……センセイ」

 2人の邪魔をしちゃいけないと気後きおくれしていたマリナだったが、恐る恐る話に入ってきた。自分の座っている場所に疑問があるらしい。

「ワタシだけ、こんな特等席でいいんですか……?」

 マリナの座っている席は艦橋の中央──特等席。

 彼女自身が特等席というように、艦長席よりも上等なソファみたいな玉座に座らされており、ジュースにお菓子に本などを並べたテーブルまである。

 格好も相俟あいまって、甘やかされているお姫様のようだ。

 この疑問にツバサではなくダインが答える。

「いいきにいいきに。マリナ嬢ちゃんはこの船の守りの要じゃ」

 ハトホルフリートは複数の巨大龍宝石を動力源にしているが、その1つにはマリナの過大能力【神聖なる幼女イエス・ロリータの不可侵領域・ノー・タッチ】が宿っている。

 これがハトホルフリートの防衛システム──その中枢を担っていた。

 マリナがいなくても十分な性能を誇るが、特等席にマリナが座れば常時エネルギーが充填されるので、安定した防衛能力を発揮できるのだ。

 更にマリナが過大能力で働きかければ、より強固な結界をバリアとして展開できるので、更に強固な守りとなるだろう。

「そんならアタシも一緒に座ったげるよ♪」
「え、ミロさんも一緒って……ふわっ!? あ、こういうこと……」

 ミロはマリナをひょいっと抱き上げると、自分が特別席に座って膝の上にマリナを座らせた。仲良し姉妹に見えるから微笑ましい。

 マリナも帽子の位置を直しながら、満更でもない様子だ。

「ほいじゃアニキも席についてくれんか、そんで号令を頼むぜよ!」

「あれを言わされるのか……」

 アニメや映画などで艦長が言いそうな定番セリフだ。

 ツバサも海賊船の船長みたいな格好のまま、艦長席へと座る。

 こちらもマリナの特別席と同じようになっていた。

 ハトホルフリートは船本体に3つ、ガス袋(のような船体の一部)にそれぞれ3つずつ、計9個の巨大龍宝石を搭載されている。

 これらの龍宝石にはツバサの【偉大なるグランド・大自然ネイチャの太母ー・マザー】の力が宿っており、全てを同期させることで安定して高出力を出せるように調整されていた。

 艦長席にツバサが座れば、その9つの龍宝石と同調できる。

 ツバサの過大能力オーバードゥーイングは、あらゆる自然エネルギーの根源となるもの。

 その無尽蔵にも等しいパワーにより、疲れたとしても自家発電で補えるし、ハトホルフリートに過充電を促すことさえ可能なのだ。

 つまり──ハトホルフリートは最大出力を使いたい放題。

「ま、そんなことされた日にゃ船体が保たんぜよ」

「俺だって疲れるんだからやらないぞ」

 その疲れもすぐ癒せるが、やはり疲労感は溜まるものだ。

 では──ツバサは右手を振るって号令を出す。



「ハトホルフリート──発進!」



「「「「アイアイマム!!」」」」

 誰がマムだ!? の言葉を合図に船は動き始める。

 進路は一路、鬼門とも言われる北東へと向けて──。

   ~~~~~~~~~~~~

「拝啓、愛しのツバサ様&ミロ様……お元気ですか、ご無事ですか?」

 クロコ・バックマウンドは走る。

 メイドらしく瀟洒しょうしゃにスカートの両端を少しだけ掴み、前傾姿勢のまま猛ダッシュで市街地を駆け抜ける。一陣の旋風を超える速さでだ。

 アスファルトは崩れて、倒壊した家屋やビルが行く手を阻む。

 そんな雑多な障害をものともせず、軽々と飛び越えてクロコは走る。

 息を切らすこともなく、無表情のまま淡々と激走する。

わたくしは今──割と絶体絶命です」

「ぼやいとらんで走らんかメイドさん! 奴らに捕まるぞーッ!?」

 横綱みたいな風体・・・・・・・・の大男に怒鳴られながら、クロコは何人かのプレイヤーとともに廃墟と化した町並みをひた走っていた。

 彼女たちを追い立てるもの、それは──。

「来たぞ……またあの黒い巨大蜘蛛だぁぁぁーッ!?」

 ツバサたちが目撃したあの多脚蜘蛛たきゃくぐもと──。

「こ、こっちも来たーッ!? ニンゲンモドキ・・・・・・・だーッ!?」

 狂ったようなデッサンを施された──異形の人体を持つ怪物。



 2種類の異形にクロコたちは追い立てられていた。


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