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第8章 想世のタイザンフクン
第191話:世界を揺らす鐘の音は四度鳴る
しおりを挟む──【我が内に在る異次元は我だけの自由となる】。
キョウコウの心象風景、独自に培ってきた世界感、灰色の御子として幾星霜も生きてきた歴史を具現化させる能力……だけではない。
これらには血肉が備わっていた。
能力の異常性に気付いたのは──他ならぬククリだ。
「これ、は……心の内に在る像を結んだものじゃない……本物を、実物を取り込んで……地球に生きた人々、動植物、自然や武器に建築物……だけじゃない。この世界の民や神、それに……“外来者たち”……蕃神までッ!?」
キョウコウの左腕から流れ出す──名状しがたき者たち。
地球の歴史にて語られる、様々な兵隊たち。
古式の槍や盾で武装した半裸の兵士、和式の鎧を着込んで刀を構える兵士、馬に牽かせた戦車を駆る兵士、銃剣を構えて近代的な軍服を着た兵士……。
多種多様な軍勢が鬨の声を上げて進撃してくる。
刺々しい岩山が盛り上がり、洪水のような激流が押し寄せ、豪雪が雪崩れ込み、それらの自然に乗った猛獣の群れが牙を剥いて角を尖らせていた。
武器が、兵器が、道具が、無数の無機物が束になって動き出す。
城塞が、高層ビルが、基地が、押し潰すように迫ってくる。
巨木の森が触手のように蔓を伸ばして、乾いた荒野が石や岩を転がして、沼地が粘り気のある泥を巻き上げ、曇天が稲妻と烈風を吹き出し、活火山が土石流と溶岩流を垂れ流し……様々な自然現象までもが敵意を向けてくる。
その中には真なる世界の現地種族も数多く紛れ込んでいるし、キョウコウに喰われた神族化プレイヤーたちの姿も窺えた。
彼らも武器を手にして、獲物を狙うように吠え立ててくる。
そこに──蕃神たちまで混ざっていた。
アブホスが、アトラクアが、ティンドラスが、シャゴスが……ククリやクロウはおろか、ツバサたちもお目に掛かったことがない異形のものども。
中には“王”と呼ばれる巨大な存在も確認できた。
森羅万象──あらゆる存在が一丸となって攻めてくる。
クロウの過大能力は自分を責める心象風景を具現化させるものだが、キョウコウのは一味違う。生々しさがあり、積み重ねた歴史の重みがあった。
キョウコウという名の“混沌”が襲いかかってくる。
渾然一体となったそれらは混沌の坩堝だった。
ツバサやクロウのように“世界や自然を扱える能力”でなければ、あっという間に飲み込まれていたことだろう。
「こ、これは……ッ!?」
キョウコウの放ってくる万象を、業火をまとった地獄の刑具でクロウは迎え撃つのだが、次第に押し負けつつあった。
地獄とは猛々しい世界だが、所詮ひとつの世界に過ぎない。
それに引き替えキョウコウが解き放ってくるものは、いくつもの世界を跨ぐ次元その物。地球の森羅万象に限らず、真なる世界の生物や事象。
更には別次元の存在である蕃神まで使役していた。
それでもクロウは自らを奮い立たせ、痩せるどころか骨しかない我が胸に縋りつくククリを想い、振り絞るが如く地獄を噴き出させる。
クロウが劣勢ではあるものの──混沌を凌ぐことはできた。
「シュウ、あなたは……食べたのね!? それだけものを!」
クロウのマントに庇われたククリは、わずかに顔を覗かせるとキョウコウを叱責する罵声を飛ばした。怒りのあまり少女らしからぬ形相だ。
「神族や魔族……その血を受け継いだ灰色の御子ならば、他者の経験を……魂魄を取り込むことができる……だけど、それは……」
その人の積み上げてきた尊厳を奪い取る行為だ。
礼儀知らずの簒奪者、あるいは無礼な盗人の誹りを受けても仕方ない。
それほど蔑まれ疎まれる罪深き所業である。
「決してやってはならないと……長らく、真なる世界でも禁忌と戒められていたのに……あなたは……なんて愚かなことに手を染めたのッ!?」
「黙れ、小娘ッ! 絶望を知らぬ貴様が喚くなッ!」
ククリの叱責に、キョウコウは怒号で返した。
彼女の言葉は、またしてもキョウコウの深いところにある琴線に触れたらしい。
これに触れられるとキョウコウの怒りが沸き立つようだ。
「力がなくば……強くなくば……絶望には敵わぬと儂は学んだのだッ! 逃げ場もない、帰る場所も此処しかない……この地を守るには力がいる、この地を奪われたくなければ強さがいる……抗わなければならぬのだ!」
かつて──あるGMがこんな格言を口にした。
年端もいかぬ小僧の一言だったが、それはキョウコウを感銘させた。
「抗えなければ死ねばいい……その通りだ! 抗えぬ者は死ぬしかない……強者に喰われても殺されても……滅ぼされても文句は言えぬッ!!」
怒りよりも苛立ちが先に立つ様子のキョウコウ。
彼は左腕ならず右腕まで突き出し、そちらからも混沌を溢れさせる。
「我は力なり……ッ! 力こそすべて……ッッッ!」
勢いは倍どころか二乗三乗で増していき、キョウコウの姿を象った分身まで押し寄せる。彼らはクロウの地獄を物ともせず、力尽くで噛み破ってきた。
いくら地獄を繰り出そうと混沌に掻き消されるばかり。
これに慌てたのがネルネとダオンだった。
「キョウちゃんダメだってば! あの子まで殺しちゃう気!?」
「いけません、怒りで我を忘れかけてらっしゃいます!」
暴走する主人を愛妾と執事は諫めようとする。
しかし、流出する混沌のせいで近寄れず、どれだけ呼び掛けても応答がないため、手の施しようがなかった。
「フッ、フハハ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
突然、クロウが哄笑を上げた。
高笑いに煽られるのか地獄の猛火も威勢を増す。
劣勢なのは変わりないが、押し寄せる混沌を食い止めていた。
顎の骨が外れそうになるほど開いて、カタカタと骨を鳴らしながら、地獄と混沌の鬩ぎ合いにも掻き消されない笑い声を響かせたのだ。
キョウコウですら眉をしかめる。
「何がおかしい……骨の若造よ……?」
「あなたの度量の狭さがですよ」
クロウは嘲りを帯びた声で返答する。
「妹のように可愛がった少女に八つ当たりするほど、一体あなたは何に恐れているのですか? それほどまでに辛いのなら、その真なる絶望とやらを皆に打ち明け、共感を求めれば良いではありませんか!」
「お、おじさま……」
ククリが不安げにこちらを見上げる。
クロウはチラリと見下ろすと、眼窩を瞬かせてウィンクした。
「なのに……延々と“絶望に立ち向かう”と言い訳ばかり並べて、おぞましい行いを正当化しようとしている! 守るべき規則を守らず、破らぬべき道義を破り、犯さざるべき尊厳を犯し……己が蛮行が正しいと言い張る!」
タチの悪いガキ大将ですよ──あなたはね。
「自分がこの世で最も偉いと……この世のすべてを知っていると思い込み……自分の悪行を認めようとしない! 他の子たちよりも、ちょっと強いだけで威張っているガキ大将に過ぎないのですよ、あなたはッ!」
「言うではないか……100年も生きていない若造があっ!」
キョウコウの混沌が──爆ぜた。
クロウとククリに向かって指向性のある動きをしていた混沌の流れが、キョウコウの怒りに煽られたのか、四方八方に広がったのだ。
キサラギ族の里を破壊しながら飲み込んでいき、周囲で戦う精鋭モンスター兵も殺して取り込んでいく。その様は獲物を咀嚼する野獣のようだ。
キョウコウの異変をいち早く察知したダオンはネルネを抱えて遁走。キサラギ族の老兵たちもキョウコウ=シュウと聞いた時点で、君子危うきに近寄らずとばかりに離れたので巻き込まれずに済んでいた。
全方位から押し潰すように流れ込む──キョウコウの混沌
クロウはククリを両腕でしっかり抱き直すと、全身から業火を噴き上げ地獄の刑罰を密集させることで防壁にした。
しかし、長くは保たない。
クロウの召喚する地獄も決して無尽蔵ではない。
体力なのか気力なのか魔力なのか、神族だから神力と言うべきか?
そういう力が使う度に減っており、特にキョウコウの混沌に対抗する今は目減りしていた。もうすぐ、クロウの力は底を突くだろう。
力尽きる前に──ククリだけでも逃がさなくては!
追い込まれているのをわかっているククリは、不安を隠さずにクロウを上目遣いで見上げてくる。泣いてばかりいたので、顔は涙まみれになっていた。
その顔に──亡くした愛娘の顔が重なる。
「フハっ……フハハハハハハハハハ! フハハハハハハハハハハハハッ!」
だから、クロウは笑った。
この恐怖と不安を笑い飛ばすためだ。
笑うことで危機が去るわけではないが、泣き言を喚くよりマシだ。少しでも彼女を勇気付けられたらそれでいい。
笑い声を上げながら、クロウはしっかとククリを抱いた。
「大丈夫ですよ、ククリさん! 必ず……護ってあげますから!」
~~~~~~~~~~~~
地上でもツバサとキョウコウの激闘は続いていた。
自分たちの余波が生み出した、稲妻や炎に電磁波や衝撃波まで荒れ狂う大嵐の中で、ツバサとキョウコウは各々の持てる技能を発揮する。
谷の底でクロウと戦うキョウコウ同様、地上でツバサと激戦を繰り広げるキョウコウも混沌を操り始めていた。
ただし、こちらのキョウコウは自分の分身ばかり出してくる。
キョウコウの五体から流動する不定形の肉塊が流れ出し、それが盛り上がり人型になると、甲殻類が成長の過程で殻をまとうように甲冑を身にまとい、大量生産されたようなキョウコウになる。
分身のキョウコウは本体と似ているが微妙に違う。
偽物とまでは言わないが、どことなく量産型っぽい。
造形の作り込みが甘いところがあった。
量産型キョウコウたちは手に手に剣、槍、矛、鎚を持ち、軍勢となってツバサに攻めてくる。軍勢を片付けたと思ったら、また軍勢の相手だ。
「本当、群れを作るのが好きな男だな……」
ツバサはため息をつくと大鵬翼の構えを解いた。
キョウコウの群れが辿り着く寸前、より上位の技を発動させる。
絶対無敵の領域を作り出す奥義──迦楼羅翼。
ミサキとの練習試合で初披露した技だ。
具体的に解説すれば、“どんな達人の動体視力でも追いつけぬ速度で絶えず動きながらも、微動だにしていないように装いつつ、一瞬で何千万手も繰り出すことで絶対的な支配圏を作り出す”という、長い説明を要する。
なので、端から見る限りツバサはまったく動いていない。
しかし、ツバサの支配する領域に踏み込んだ量産型キョウコウは、投げ飛ばされ、叩き伏せられ、蹴り飛ばされ、武器をへし折られる。
神速とか超速とか呼ぶのも生ぬるいほどの速度で、相手の視覚を騙すように動いているツバサを捉えられる視覚は存在しない。
ただ、ツバサが立ち尽くしているようにしか見えないはずだ。
ここからツバサは攻勢に打って出る。
ツバサは迦楼羅翼のまま、キョウコウに向かっていく。
立ち塞がる量産型キョウコウは蹴散らすが、単に武道系の技で殴ったり蹴ったりしただけでは、すぐにも立ち直ってくるだろう。
だからツバサは──先ほどと同じことをした。
大鵬翼にいくつもの攻撃魔法を乗せたように、迦楼羅翼を発動させたまま様々な魔法を使ったのだ。ついでに威力も技能で底上げしておく。
ツバサが前進して量産型キョウコウの間合いに踏み込む度、稲妻が鎧ごと彼らを打ち砕き、業火が中身どころか甲冑まで消し炭にする。
残骸は旋風で吹き飛ばし、邪魔なら凍らせて動きを止めた。
攻撃の手数を増して回転数を上げていき、混沌を凌駕する反撃に打って出る。
「いいかげん単調なんだよ……テメエの混沌の波はなぁッ!」
ツバサからの猛攻に、キョウコウは初めて怯んだ。
「ぬぅ、いかん……儂よ、戻って力を貸せ!」
ツバサと戦っていたキョウコウは、ミロの足止めをするネルネの姿を借りた自分を呼び戻す。ネルネの体型しかないキョウコウは身軽に飛び跳ねて、後ろも見ずに後ずさる。そのままキョウコウの混沌に飛び込んだ。
キョウコウの力が増したのを感じるが、もう関係ない。
「やっぱり──おまえは半欠けだ!」
ネルネ姿の分身を本体(かどうか怪しいが……)が取り込んだ時、既にツバサはキョウコウの懐に入り込んでいた。
迦楼羅翼でキョウコウの暴力的な混沌を抑え込み、ツバサの右手はキョウコウの兜を鷲掴みにすると、そのまま後ろへ押し倒す。
大地を穿つつもりで剥き出しになった硬い地盤に叩きつけてやる。
粉塵の土柱が立つほどの威力でだ。
「おまえが作られた分身なのか、キョウコウという個を2つに分けた片割れなのかは知らないが……極都で手合わせした時のおまえじゃない」
あの時感じた──キョウコウの威圧感。
なのに、目の前にいるキョウコウは圧迫感すらない。
強敵なのは間違いないが、初めて遭遇した時の『この男は自分よりも強い、果たして勝てるだろうか?』という期待に満ちた焦燥感もなかった。
威圧感、圧迫感、焦燥感──そうした感覚の欠如。
まだ本気じゃないツバサにやり込められている時点で、このキョウコウは本人ではない。恐らく、本人は一足先に地下へ向かっているはずだ。
「く覇ははは……それがわかったから、どうだというのだ……? もはや還らずの都は我が手中にあるも同じよ……ッ!」
鍵は手に入れたぞ──そうキョウコウはほくそ笑む。
「そうかよ。だが、アンタの証言は信用できない」
勝ち誇るキョウコウを嘲り、ツバサは獰猛な笑みを返した。
ツバサは迦楼羅翼で混沌を抑え込んだまま、キョウコウの頭部を地面へめり込ませるように更なる力を込めて押しつける。
「なら──確かめに行くしかないよな?」
乾いた地面にキョウコウの兜が沈んでいく。
頭だけではなく、キョウコウの全身が地中に埋没していった。
肩や背中、足腰まで土に埋もれたところで、さしものキョウコウも慌てる。
「小僧、貴様……ッ!?」
「そうさ、ここからキサラギ族の里まで直通ルートを開く!」
ミロ! とツバサは最愛の伴侶に声を飛ばす。
名前を呼んだだけで、ミロはツバサがしてほしいことを直観で理解してくれる。長い付き合いで夫婦も同然、もはやつうかあの仲なのだから。
仰向けに倒れ込んだキョウコウ。
それに馬乗りになって抑え込むツバサの背に、ミロはぴょんと飛び乗る。そして背の神剣を抜き、頭上に掲げて過大能力を発動させた。
「──この真なる世界を統べる大君が申し付ける!」
ツバサさんを全力で手伝え──!!
ミロの過大能力によりブーストを受けたツバサは、自然を操る過大能力で大地に働きかけると、キサラギ族の里にまで繋がるトンネルを開通させた。
いくら女神の力を最大限に発揮しても、こんな瞬間的に谷底までトンネルを掘ることはできない。ミロのサポートがあればこそだ。
後は重力に従って落下していけばいい。
重力魔法で落ちる速度を上げていき、風魔法で加速する。ついでに炎魔法をアレンジしたジェット噴射もおまけだ。
音速を超える速度で落ちていき、すぐキサラギ族の里に到着した。
谷の底に出たツバサたちは眼下に広がる光景に絶句する。
そこは──魔境だった。
3人目のキョウコウが混沌を溢れさせている。
地上でツバサが相手にしていたキョウコウとは比較にならない。
莫大な混沌が谷底を埋め尽くそうしていた。
その混沌にキサラギ族の里は飲み込まれかけ、連中が連れてきたモンスター兵も巻き込まれている。ククリを警護していたはずの老兵たちは自分の身を守るので精一杯のようだ。
混沌の中央──逆らうように地獄の業火が渦巻いていた。
見ればクロウが過大能力で地獄による防壁を形作り、荒れ狂うキョウコウの混沌からククリを守っていた。だが、もうすぐ飲み込まれそうだ。
「──ツバサさんッ!」
少女の声に振り返れば、そこにハルカがいた。
人形たちに守られながら、飛行系技能でツバサたちに向かってくる。
その表情には困惑が見て取れた。
この状況なので作戦本部のある洋館から飛び出し、クロウとククリの援護に向かおうとしたが、混沌の勢いに手の施しようがなかったらしい。
ツバサの胸の谷間にいる人形たちからも情報は受け取っていた。
ハルカは戦闘員ではないし、過大能力も後方支援向けだ。
世界を自分色に塗り潰すようなキョウコウの過大能力とは相性も悪い。どれだけ人形たちを繰り出しても、飲み干されるのがオチである。
「ハルカ、おまえは地上に逃げろ!」
彼女に万が一があれば、彼氏であるミサキに申し訳が立たない。
戦力外通告と受け取られかねないが、ツバサはハルカの安全を優先した。その上で彼女ならば、自分のすべきことをやってくれるという判断からだ。
ハルカは戸惑いながらも頷いてくれた。
ツバサたちとすれ違い、開けられたトンネルを通って地上に向かう。
それを見送ってから、ツバサは地下に蔓延る混沌に目を向けた。
「ミロ、構うことはない──全力でやれ!」
「オーライ! ツバサさんもおっぱいに負けないデッカいのよろしく!」
ミロは背負った長大な神剣だけではなく、ドレスのスカートに仕込んである聖剣も抜き放ち、二刀流の構えを取った。
「ミロスセイバー! ウイングセイバー!」
神剣からは純粋な力が烈光となって迸り、聖剣からはツバサの力を宿した雷光が閃く。どちらも剣身を核として力を溜め込んでいった。
「ダブルオォォーバァァーロォォードッッッ!」
ミロは二刀流を振り回し、光と雷の斬撃を幾度となく振り落とした。
絶え間なく降り注ぐ斬撃は混沌を削ぎ落とし、勢いを弱まらせる。ミロは混沌をみじん切りにするつもりで、ひたすら神剣と聖剣を振るった。
ツバサもまた、キョウコウの分身を封じたまま大魔法を行使する。
「落ちよ轟雷──神鳴る力!」
万雷の矢が村雨のように降り注ぎ、キョウコウの混沌を弾き飛ばしていく。
ミロの斬撃とツバサの轟雷。
それに歯向かおうと暴れるキョウコウの混沌。
この瞬間、待ちかねたとばかりに髑髏の両眼が燃え上がる。
「今こそ好機──爆ぜよ地獄!」
このチャンスを逃すまいと、クロウが渾身の力を振り絞って地獄の力を爆発させ、自分とククリを取り巻いていた地獄を吹き飛ばす。
四者四様の過大能力の発露が、大爆発を引き起こした。
地下だというのに半球状の光が形成され、爆発により圧迫された空気がリング型の雲を作り出す。谷底の洞窟は鳴動して今にも崩落しそうだった。
爆発の光が収まった頃──キサラギ族の里はほぼ消えていた。
神族の戦いを伝え聞いているであろうキサラギ族の老兵たちは、ツバサとミロが降ってきた時点で谷底の隅にまで退避していた。
ちなみに、瓦礫の下にいたダルマもちゃんと回収済みである。
ツバサはキョウコウと対峙する。
背後にはククリを庇うように抱きかかえるクロウが膝を突いていた。相当無理をしたのか、力が弱まっているのを感じる。そんなクロウたちを守るべく、ミロが神剣と聖剣を構えたまま護衛についていた。
対するキョウコウは──1人に戻っていた。
あの爆発のドサクサに紛れて、キョウコウはツバサが抑えていた分身を回収すると、どういうわけか混沌を一時的に退かせたのだ。
避難していたネルネとダオンも、彼の背後に戻ってきていた。
「仕切り直し……といったところか……」
途切れがちになる擦過音混じりの声──キョウコウだ。
このキョウコウは間違いなく当人である。
地上で戦っていたキョウコウとはまるで別格だ。大地の中心にまで根を張る巨大樹のような、偉大な存在感が目の前にある。
「自分を3人に分けられるのは便利だな」
分身を取り込んだキョウコウを見据えて、ツバサは感想を述べた。
最初は本体から分身を作り出しているのかと思ったが、その分身と融合したキョウコウの力を分析などの技能で調べてみて、その考えを改めることにした。
キョウコウは──自身を分割できるのだ。
自分の力を10とした場合、半々で5と5の2人に分けることもできるし、3と3と4に3人の分身に力を振り分けることもできる。
先ほどの分身を例に取れば、5(ククリを責めた分身)と4(ツバサが相手をした分身)と1(ネルネの姿を借りた分身)に分けられていたのだろう。
ツバサが毒突けばキョウコウの頬当ての奥から鼻息が聞こえる。
どうやら鼻で笑ったらしい。
「便利ではあるが……利点あるものは欠点もある……分身たちは、儂自身だが……個体差というか……性格に差が生じるのだ……」
ツバサが相手をしたキョウコウは、やや淡泊だった。
ミロが相手をしたネルネ姿のキョウコウは、茶目っ気があった。
ククリを責めたキョウコウは、怒りの沸点が低かった。
「おまけに技量まで分割されるから十全の動きはできぬし……感情の振れ幅も酷くなる……かつて愛でた妹分に……酷いことを言ったものだ……」
キョウコウは自嘲しつつククリに穏やかな眼差しを向けた。
詫びたそうな謝りたそうな……そんな眼をしている。
ククリはクロウのマントに隠れ、キョウコウの視線に戸惑っていた。
「だが……感情が制御できずとも、我が口より漏れ出たことは否定せぬ……ククリを責めた言も……そなたらを罵倒したのも……我が本意よ……」
キョウコウは身構える。
鎧の隙間からどす黒い瘴気めいた煙が漂い、あの混沌が今にもあふれ出そうとしているのがわかる。かつてない本気で仕掛けてくるつもりだ。
「だからこそ、儂はもう……あとに退けぬのだ……」
天を塞ぐ絶望を垣間見て──正気を失えなかった最期の1人として。
「この世界を守るために……強き力が必要なのだ! そのための最期の切り札……還らずの都を儂に明け渡せッ! ククリ・オウセンッ!」
~~~~~~~~~~~~
それは──あまりにも唐突に訪れた。
キョウコウが再び混沌をあふれさせようとして、ツバサが轟雷でその出掛かりで抑え込もうとした、まさに一触即発の瞬間だった。
どこからともなく──鐘の音が響いた。
日暮れを知らせる晩鐘のような物悲しい音色だ。
世界を根底から震わせるような重さがあり、万人の心に分け隔てなく染み入るように響き渡る。それは精神的にも物理的にも重苦しいものだった。
ドクン、と心臓が大きく脈打つ。
外的な要因により、強制的に跳ね打たされたのだ。
神族だろうが魔族だろうが現地種族だろうが──そこに垣根はない。
真なる世界に生きる全ての生命が、息が詰まるほど苦しい心臓の鼓動に、目を皿のように剥いて唇を噛み締めただろう。心臓麻痺を起こしかねない衝動だ。
鐘の音は続く。1回、2回、3回──と。
その鐘が響く度、ツバサですら頭痛を堪えるため頭を抱え、ミロは吐き気を我慢するため口元を押さえ込んだ。
神族化した肉体にも、防ぎようのない体調不良を起こさせる音色。
それはキョウコウとて例外ではないらしく、出しかけていた混沌を仕舞うと悶え苦しんでいた。キョウコウの嗚咽に混じった言葉を拾う。
「ぐぎぃぎぃぎ……も、もう……来たのか……絶望よッ!?」
早すぎる──その一言が妙に印象的だった。
ツバサやクロウのように心身ともに鍛え上げられた強者でも耐え難いのだから、弱い者たちは心臓麻痺でぽっくり逝ってしまいそうだ。
この場で最も心配されるのは──ククリである。
彼女は鐘の音が鳴る度、滝のような汗を流して震え上がり、恐ろしい悪夢に魘されたかのように脅えている。それでも必死に耐えようと、眼を閉じて口を噤んでいるが、力を入れすぎて顔のパーツが中央に寄っていくかのようだ。
彼女は──泣き叫ぶのを堪えている。
ハルカの人形たちから逐次情報を貰っていたが、どうやらククリの悲鳴が還らずの都を開く鍵になっているらしい。
抱きついたクロウのマントを噛み締めて、どうにか我慢するククリ。
しかし──何事にも限界というものは訪れる。
4度目の鐘の音は、今までとは比較にならない衝撃が込められていた。
気の弱い者ならショック死も有り得たはずだ。
とうとうククリは耐え切れず、口を開いてしまった。
その小さな口から出たのは、悲鳴というにはあまりにも澄んだ音色。
高音で歌うオペラ歌手のような大音量だった。
鐘の音は4度目で止まり、世界を揺るがす晩鐘はひとまず落ち着いた。
これは──“兆し”だ。
何らかの異変が起きる前触れ、世界に変革をもたらす何かの先触れ。
それにククリは呼応してしまったらしい。
ククリの悲鳴は遠く、高く、鋭く、歌のように響き渡る。
彼女の歌に応えるべく、地の奥底から持ち上がろうとする巨大な物体があった。
ツバサの自然を操る過大能力が、その動きを捕捉する。
それをツバサが口にする前に、キョウコウが狂喜の叫びを上げた。
待ち望んでいたものの到来を──。
「おおっ……目覚めるぞ……還らずの都が……現れるッ!」
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アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
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