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第9章 奈落の底の迷い子たち
第215話:多層にして多重なる世界
しおりを挟む「素朴な疑問なのですが……伺ってもよろしいでしょうか?」
ようやく涙が止まったクロウが挙手した。
その脇では涙で満たされた洗面器と濡れたままのタオルを持ったククリが、その後始末に困っていた。すぐにクロコが動いてそれらを回収する。
涙で磨かれたクロウの頭蓋骨はキラーン! と輝いていた。
「どうぞクロウさん、俺でお答えできる範囲ならばなんなりと」
レオナルドに促されてクロウは一礼する。
「では……此処に集まった皆さんは日本出身ですよね?」
唐突な質問に一同、小首を傾げそうになる。
国際社会化が推し進められた日本では、少なからず移民世代も根付いてきたので両親や祖父母に外国出身者がいるのも珍しくなかった。
だからクロウは「日本出身」と言葉を選んだのかも知れない。
ツバサの知る限りでは、ハトホル、イシュタル、ククルカン、それぞれの陣営にいるのは生粋の日本人が多いはずだ。
意外にもジンが日希ハーフだという。マスクのせいでわかりにくい。
(※希はギリシャ。ジンは母親が日本人、父親がギリシャ人)
クロウの陣営はまだよくわからないが、多分彼女たちもそうだろう。
訝しげに注目されたためクロウは弁解する。
「いえ、他意はありません。ただ……カンナ君に聞いた話では、諸外国でもアルマゲドンと同じシステムが組み込まれたVRMMOゲームが発売されており、彼らもまた真なる世界へ飛ばされていると聞いたものですから……」
「ああ、外国籍プレイヤーが見当たらないという疑問ですね?」
クロウの話を半分まで聞いたレオナルドは、元教師が尋ねようとしていた中身を先読みした。レオナルドはある前置きから話に入る。
「それに関してはジェネシスでも極秘事項のひとつでして、上位GMまでしか情報を開示されませんでした。それでも、アキやクロコ、それにカンナのような俺の息が掛かったGMには教えたはずなんですが……おい、カンナ」
カンナはレオナルドに呆れ顔のジト眼で睨まれる。
恥ずかしいやら情けないやらと言いたげな顔でモジモジするカンナだが、開き直ったのか腕を組んでそっぽを向くと「フン!」と鼻息を荒くした。
「あんな難解な説明、飲み会で1回聞いたぐらいで頭に入るものか。しし君……レオ殿の説明が下手なのが悪い! 断じて拙者の落ち度ではない!」
あくまでもレオナルドのせいにした。
幼馴染みにして上司であるレオナルドは嘆息する。
「わかったわかった……おまえの理解力のなさは生まれた時からの付き合いだから知っていたはずなのに、そこを考慮しなかった俺の落ち度だと認めよう」
「拙者の頭が空っぽみたいに言うな!」
カンナの抗議を片手で制して、レオナルドは横に立つアキに命じる。
「アキ、例の略図は手に入れていたな?」
皆さんにお見せしなさい、と上司らしく部下を使いこなす。
アキはご機嫌な様子で、小躍りしながら前に出た。
「はいは~い♪ カンナ先輩より賢くって頭も使えてIT関係にも断然強い、このアキさんが過大能力で現実のジェネシス本社のプロテクトをぶち破り、かっぱらってきたこの極秘データをお披露目しちゃうッス~♪」
アキはここぞとばかりに先輩のカンナを虚仮にした。
ディスる、と言い換えてもいい。
カンナは今にもアキの喉笛に噛みつかんばかりの形相だが、ここが会議の場だという良識は残っているようだ。歯噛みして悔しがるばかりである。
アキさん……報復されるとか考えないのだろうか?
やっぱり彼女も頭のネジが何本か足らないのかも知れない。
だが、カンナが戦闘に秀でているように、アキは情報処理で優秀だった。
彼女の妹であるフミカが仲間にいるツバサも知るところだ。
アキは周囲に半透明のキーボードをいくつも展開させると、軽快なリズムで叩き始めた。まるでオルガンでも演奏しているかのようだ。
「あっそれ──ほほいのほいっと♪」
最後にはキーボード操作でお馴染みの“カチャカチャカチャ……ターンッ!”というリズムでエンターキーを叩いて、その略図とやらを映し出す。
円卓の中央、その上に浮かぶ立体的な略図。
それは一言で言い表すならば──球体の複合体だった。
巨大な球体の中に、無数の球体が詰まっている。
それらの球体群は重なっているものもあれば、大きく離れているものもあるが、全てが何らかの形で繋がっているように見受けられた。
天体図──のように見えなくもない。
大きな球体が宇宙全体を示すとして、それが内包する無数の球体が地球のような惑星を表すとしたら、前述の通り惑星間の距離が近すぎるのだ。
場所によっては接触どころか、折り重なっている部分さえある。
あるいは、大きな球体を宇宙に見立てるとしたら、その内側に詰まっているいくつもの球体は様々な銀河系と見るべきなのだろうか?
「え~、ご来場の皆々様、右手を御覧くださいませッス~♪」
右手もなにも円卓の中央に浮かんでいるのだが、アキが右手で差し伸ばしたのだから右手でも間違ってはない。そんなことせずとも注目の的だが。
「こちらがレオ先輩の仰った……」
「真なる世界の全体像──その略図です」
アキの口上を遮ったレオナルドは、そのまま解説を引き継いだ。
生粋の蘊蓄たれとして説明役は譲れないらしい。
「この巨大な球体が真なる世界の全体……そして、その中にある無数の球体はそれぞれの世界です。我々はそのひとつにいるに過ぎません」
巨大な球体に包まれた、無数の球体群。
そのひとつが赤く明滅していた。
あそこがツバサたちのいるこの世界、と示しているのだろう。
「そうですね。この巨大な球体を仮に『大世界』と名付けるならば、その中に浮かぶ無数の小さな球は『積層世界』とでも呼びましょうか……我々が飛ばされたこの世界は、その『積層世界』のひとつというわけですね」
そういえば以前、ツバサはクロコからこの話の触りを聞いていた。
(以下、第79話参照)
~~~~~~~~~~~~
「私も上手に説明できませんが……ゼガイのようにアルマゲドンの閉鎖空間を担当していたGMの言葉を借りれば、こんなことを仰っておりました」
『幻想世界は多重というか多層というか──いくつもの世界が複雑に入り交じっているらしい。だから、日本の“アルマゲドン”がある世界と、アメリカの“パーフェクト・ユニバース”のある世界は、ほとんど別物だ』
「……とのことですので、この世界に来ているのは日本人だけでしょう。日本で暮らしている諸外国の方がアルマゲドンをプレイしていれば別ですが」
~~~~~~~~~~~~~
「御覧いただいている通り、真なる世界は多層世界──もしくは多重世界とも呼ぶべき特殊な構造をしています。あのひとつひとつの球体『積層世界』に、この世界と同等かそれ以上の広大な世界があるとされています」
そうした世界ひとつひとつが、現実世界の文化圏と結びついている。
より正確に言い表すならば、あの小さな球体の中にある世界のひとつひとつが、アルマゲドンのような転移システムと繋がっていたらしい。
「アメリカの『パーフェクト・ユニバース』、イギリスの『アヴァロン・シフト』、中国の『崑崙大戦』、北欧の『アフター・ラグナロク』……日本で発売された『アルマゲドン』の姉妹作品は、それこそ地球の様々な文化圏に則した形でひとつずつ開発されたと言っても過言ではありません」
そうしたいくつものゲームといくつもの積層世界が、ひとつずつ紐付けされているという。これは地球の文化圏とそれぞれの積層世界との関係性によって結びつけられているらしい。
「日本の『アルマゲドン』と親和性があったのはこの世界、アメリカの『パーフェクト・ユニバース』と共鳴したのはあの世界、イギリスの『アヴァロン・シフト』と通じたのはこの世界……そんな具合にリンクさせたそうです」
大きな球体『大世界』内の積層世界が次々と点滅する。
文化の数だけ世界がある、と考えた方がわかりやすいかも知れない。
そのひとつひとつが、この世界に匹敵するほど無辺際な世界。
それらを取りまとめたものが──本当の真なる世界。
今ツバサたちのいる、地球の数十倍を誇る巨大な大陸を要する世界でさえ、本当の真なる世界ではほんの一部に過ぎないというのだ。
あの巨大蕃神ではないが、スケールが大きすぎて想像が追いつかない。
「真なる世界は……途方もなく大きかったんだな」
ようやくツバサは感想を漏らしたが、あまりにも月並みな台詞だ。
レオナルドはわずかに片頬をつり上げて頷いた。
「ああ、そうだな……あの小さな球体の中に、神族になった俺たちの手に負えないほどの世界が、無限大とも思える世界が広がっている……そんな積層世界がいくつも層となって重なっているんだ。正直、俺も頭がこんがらかりそうだよ」
頭脳明晰なレオナルドからして知恵熱を起こしそうだという。
ミサキやアハウも唖然としており、本当の真なる世界の略字を見上げたまま開いた口が塞がっていない。クロコも無表情のまま「おー」と感嘆の声を上げており、マヤムやカンナは素直に驚いていた。
唯一、事前に入手して最初に確認したであろうアキだけが、「ふふぅーん♪」と得意げに胸を張っていた。彼女も頭に乗るタイプのようだ。
この世界で生まれた灰色の御子のククリも、初めて知った事実らしい。
「私たちの世界って……すっごい広かったんですね」
両手で小さな口を覆って驚愕していた。
その隣ではクロウも骸骨の顎を開けっ放しのまま唖然としている。
顎の骨に手を当てて、無理やり押し戻していた。
「これは、いやはや……矮小な人間だった身では、思いも寄らない世界ですね……つまり、これが……この世界には日本人しかいない理由ですか?」
クロウが本題に戻した問いに、「ええ」とレオナルドは短く答える。
そこから細かい事情を明かしていった。
「正確に言えば──現在この積層世界にいるのは日本で『アルマゲドン』をプレイしていた者……ということになるでしょう。なので、日本人だけとは限りません。日本在住の諸外国の方が遊んでなかったとも言い切れませんからね」
「なるほど、概ね納得できました」
「ねえ、獅子のお兄ちゃん──アタシからもいっこしつもーん」
真なる世界の全体図を見ても「へぇー」と、ちょっと感心するだけでツバサたちのように動揺する素振りも見せなかったミロが声を上げた。
こういうところは大物だ、といつも感心させられる。
ミロは巨大な球体の内部──大世界の内側を指差す。
具体的に言えば、無数の積層世界。
それらの重なる部分や、接触している箇所を忙しなく指差した。
「アタシらのいる積層世界ってば他の積層世界とも重なっているし、その重なっている世界も別のどこかと繋がってる……こうしてみると数珠つなぎみたいになってるように見えるんだけど、これって行き来できたりするの?」
「慧眼だね──さすがツバサ君の秘蔵っ子」
いい着眼点だ、とレオナルドはミロの質問を褒めた。
アホは褒めると調子に乗る。ミロは鼻高々で胸を張った。
ドヤ顔でツバサにすり寄ってきたので「ハイハイ」と頭を撫でておく。
しかし、ミロの疑問はもっともだ。
いずれツバサも訊いてみるつもりだったが、この略図を見る限りでは積層世界が何らかの形で繋がってるように見える。ひとつ繋ぎになっているのだ。
島から島を渡るように世界を渡り歩けそうだが……。
「御覧いただいた通り、積層世界は繋がっているように見えます。しかし、現在のところ行き来はできる手段はないそうです。もっとも、ジェネシス上層部お抱えの研究室の話を信じればですが……」
やはり、世界線を越える手段は模索されていたらしい。
これだけの世界が連なっているなら、往来する方法を探したくなるのは人間の性というもの。いや、心を持つ者の性であろう。
レオナルドはある2つの積層世界を例に取り上げる。
「我々のいる『アルマゲドン』経由で飛ばされた積層世界と、アメリカの『パーフェクト・ユニバース』経由で行ける積層世界は一見すると隣り合っているように見えます。部分的には重なっているので行き来できそうなのですが……この世界線を越える手段がないそうです」
ジェネシスの研究室は先行して調査済みだったという。
「地球から各積層世界へ渡るための転移装置は開発されたものの、積層世界から他の積層世界へ渡る方法は見付からなかったと……ただ、ミサキ君やミロ君のような過大能力の持ち主ならあるいは……と期待しなくもないな」
「次元を創り直す能力か──」
別次元の侵略者たちがこじ開けた次元の裂け目すら修復する能力。
開かれた空間を閉じることができるのだから、閉ざされた空間を開くこともできるはずだという発想があるのだろう。それはツバサも思った。
だが──今はやるべきじゃない。
「うん、できると思うけど今はまだいいんじゃない?」
ツバサの心を読んだみたいにミロが言った。
その心は? とレオナルドが問う前に蕩々とミロは喋る。
「アタシやミサキちゃんなら過大能力で空間を開いて、別の積層世界へ道を作ったりできると思う。けどさ、自分たちのいるこの世界もまだ手つかずなのに、余所様んところへ行って何するの? って思っちゃうんだけど」
小さな肩をすくめたミロはこう付け足した。
「自分たちの地元もあやふやなのに、他を助ける余裕なんてないよ」
心底残念そうな、自身の力の至らなさを惜しむ台詞だった。
この世界は積層世界のひとつに過ぎない。
他の積層世界にも地球から転移してきたプレイヤーがいる。
「余所は余所、ウチはウチで頑張るしかないでしょ。当分はね」
助けを求められても手が回らないし、そもそも世界線を越える術がない。
それは同時にこちらの世界もまた絶体絶命の窮地に陥ろうとも、別の積層世界に助けを求められないことを意味する。
余所は余所――ウチはウチ。
ミロのシンプルな一言に、シビアな現状がまとめられていた。
「そうですね……今は世界の構造が判明しただけで十分ですよ」
ミロの言葉を継ぐようにミサキが意見を述べる。
「この世界ですら神さまになった俺たちの手に余るほど広大です。他の世界がどうなっているかも気になりますけど……まずはこの世界で自分たちの足場を固めていくことが先決だと思います。枠を広げるのはそれからじゃないと」
不測の事態には足下を掬われかねません、とミサキは苦言を呈する。
なかなかどうして、ミサキ君も年の割に慎重派だ。
ミサキに援護されたミロは嬉しそうに何度も頷いた。
「そうそう♪ 他の世界にもアタシらみたいに神様やってる人がいるはずだから、そっちはそっちに任せるしかないんじゃない?」
てかさ──ジェネシスは最初っからそのつもりでしょ?
ミロはしたり顔でレオナルドを見遣る。
「やれやれ……ミサキ君といいミロちゃんといい、俺が一目置く子たちはどうしてこうも勘が鋭いのかな。時折、背筋が凍りそうになるよ」
レオナルドは真顔で眼鏡の位置を直し、軽くため息をついて表情を緩めた。
改めて、ミロの言葉を肯定する。
「言質を取ったわけではないが……上層部の何人かから君たちと似たような意見を聞いている。臭わせる程度のものだけどね」
『文化圏ごとに転移先の世界を振り分けたのには理由がある』
『世界から世界へ渡る方法は見つけられなかった』
『なればこそ、それぞれの世界にプレイヤーを送る必要があるのだ』
『彼らがその世界を制するか覇するかは知るところではない』
『その世界に生命が躍動すれば我々の勝ちだ』
「……とまあ、こんな具合でね。取り敢えず積層世界の各所に粋の良いプレイヤーを送り込み、後は彼らに任せようというアバウトな魂胆らしい。彼らが目指したところは“この世界に根付く新しい神々”だったようだからね」
レオナルドの話に触発されたのか、GMたちも口を挟んでくる。
「そもそも我々GMの頂点にいた運営トップからしてアバウト極まりないオッサンだったッスからねぇ……いや、あれはもうおじいちゃんッスかね?」
「せめて初老の紳士って言ってあげましょうよ」
アキの放言をマヤムが窘める。だが、彼女の悪口なんて可愛げがある方だ。
「オープンなエロ親父でしたので私とは会話が弾みましたね」
ウチの駄メイドの方が酷いから──。
運営トップの思い出を語るクロコに、レオナルドは青筋を立てる。
「おまえ、その件で俺にクレーム来たんだからな? 『運営トップと処構わず18禁談義かましているのおまえの部下だろ!』って…………はぁ」
レオナルドは額の生え際を労るように撫でた。
GM同士、人付き合いでは苦労した様子が窺える。
それでなくともクロコ、アキ、カンナ、おまけにもう一人の問題児の世話役を押しつけられたというのだから、その心労も計り知れない。
GMといえば──キョウコウのことを思い出した。
「レオ、ひとつ聞いておきたい」
ツバサは返事を待たずに問い質す。
「キョウコウは灰色の御子だと明かしていた。それで思ったんだが……GMには他にも灰色の御子がいるのか? まさか……おまえもそうだとか言わないよな?」
ツバサが眼光を研ぎ澄ませて問い詰める。
すると、ミサキまで半眼となってレオナルドを見つめた。
ツバサの視線にも怯んだが、ミサキの視線にレオナルドはたじろぐ。
この小心者は愛弟子に軽蔑されるのを死ぬほど怖がるのだ。
先ほどまでの鷹揚な態度はどこへやら、こちらの視線を遮るように両手を持ち上げると、針鼠みたいな髪が乱れるくらい顔を左右に振った。
「お、俺は灰色の御子じゃない! 断じて違う! だ、だが……GMには恐らく、紛れ込んでいるはずだ。ひょっとすると、№6だったキョウコウさんより上の番号を持ったGMは全員、灰色の御子かも知れないな……」
そんなことおくびにも出さなかったが……と、レオナルドは付け加えた。
「№6より上……つまり、5人は可能性大ってわけか」
全員キョウコウみたいな野心家ではないだろうが、その5人には警戒をしておくに越したことはなさそうだ。ゼガイのような例もあるわけだし……。
また、灰色の御子の子孫も無視できない。
ドンカイがニャル・ウーイェンという男から引き出した情報だが、キョウコウの幹部は灰色の御子の血を受け継いだ末裔だったらしい。
能力的には劣るそうだが、過小評価できるものでもない。
そこら辺も後々、レオナルドとアキに調査してもらう必要がありそうだ。
一方、ミサキはレオナルドをジト眼で睨むのをやめなかった。
当たり判定があるわけでもないだろうが、ミサキの視線が突き刺さるごとに継続ダメージを受けたようにレオナルドが憔悴していく。
「……本当に嘘ついてませんよね、レオさん?」
「本当だッ! 本当だとも! 天地神明に誓って、ミサキ君たちに嘘をついたりはしない! もう、あんな騙すようなことは二度としないとも誓う!」
レオナルドは懸命に訴えるも、ミサキは聞き入れようとしない。
愛弟子は粘つく口調で師匠を追い詰めていく。
「どうかな~? レオさん、前科者だからなぁ~? 『この世界の王様に俺はなる!』とか大言壮語を吹かして、オレたちを殺そうとしたしな~?」
ミサキは恨み節たっぷりだ。レオナルドは狼狽える。
「あ、あれは君の信念や素質を試したくて……俺なりに考えた末、本気で挑まないと君も本気になってくれないと思って……! も、もう勘弁してくれ……前科者が信用ならないのはわかるが……俺は君のためを思ってだな……ッ!」
レオナルドは必至になって弁解するも、ミサキは冷徹さを崩さない。
端から見ていると、いい年こいた軍服のオッサンが、対○忍のコスプレをした女の子を泣き落としで口説いているようにしか見えなくて情けない。特にレオナルドは普段から“デキる男”の雰囲気が強いのでギャップが面白かった。
アキは指を指してケタケタ笑っているし、クロコは無表情のまま鼻血を垂れ流すもスマホのカメラ機能をボタンを壊す勢いで連射している。
「レオ様のギャップ萌え……またとない機会を録画しておかねば!」
「……おまえ、あれを見ても幻滅しないのか」
むしろ愛しい男の弱い部分というのが好評価らしい。
だとしたらクロコの愛は本物──なのかなぁ?
「レオ殿……ああ、情けない。可愛い弟子とはいえ、ああも振り回されて……」
唯一、怒ってるのか悔しがっているのか呆れているのか、複雑な表情で見守っているのがカンナだった。彼女が一番らしいかも知れない。
「頼むミサキ君! もう……許してくれッ!」
「さて、どうしましょうかねぇ……?」
五体投地しかねない勢いで許しを請うレオナルドだが、ミサキは彼の謝罪をまともに取り合うとしない。からかっているとしか思えない態度だった。
それに気付かないほど狼狽するレオナルドもどうなんだか……。
ミサキは疾うの昔にレオナルドを許している。
でなければ、彼を師匠と敬うこともなければ、“レオさん”などと愛称で呼んだりもしないはずだ。そして、とっくの昔にレオナルドを見限って、ツバサの弟子になってくれているはずである。そんな未来を切に望む。
だが──ミサキはレオナルドを選んだ。
ツバサがどれだけ勧誘しても、「自分の師匠は獅子翁」と申し訳なさそうに弟子入りを辞意したのだ。悲しいけど、それが全てだった。
こうした痴話喧嘩めいたやり取りでさえ、父親の弱味を握った子供がそれをネタにして遊んでいるようなもの。ミサキがレオナルドを慕う証だ。
そんな2人の仲の良さが──羨ましい。
ミサキのような可愛い弟子にからかわれるレオナルドが妬ましかった。
ふと、ツバサは太股を揺すられて我に返った。
見ればミロが卓の下でツバサの太股に手を添えており、こっちに気付とばかりに揺さぶっていたのだ。そのふくれっ面は口ほどに物を言っている。
『ツバサさんにはアタシがいるじゃない!!』
『ミサキちゃんはカワイイけど浮気すんのダメ!!』
『じゃないと本気で怒って泣いちゃうぞ!!』
ミロはむくれたまま無言の瞳でそう訴えてくる。
ツバサは反省するように微笑み、わずかに俯いてからミロの頭を撫でてやる。
愛おしさが伝わるように愛情を込めてゆっくりと──。
ミロはツバサの掌に頭を押しつけ、満足げに喉を鳴らしていた。
~~~~~~~~~~~~
四神同盟による会議は都合3時間近くに及んだ。
レオナルドによるプレイヤーの総数や真なる世界が積層世界という解説もあったため、そこに時間が取られたのも大きかった。それと、各陣営が持つ情報の共有にも少々手間取ってしまった。
今後の方針については白熱した議論を交わすまでもなかった。
まずはそれぞれの陣営周辺で地域の安全を確保しつつ、管理できる領域を広げながら現地種族の保護やプレイヤーの探索に重点を置く。
先刻、ミロやミサキが言った通り──足場を固めるのだ。
そして、別次元の侵略者である“蕃神”を発見したら徹底的に駆除する。場合によっては他陣営に応援を頼む。そのための連絡網も作られていた。
「差し当たって──還らずの都の修復を急ぎましょう」
ツバサはそこを最優先として掲げた。
先の戦争で激戦地となった──還らずの都。
この世界の危機に英霊となった過去の戦士たちを一度だけ大量召喚できる装置というだけあって、重要な施設である。まだ蕃神たちの脅威が冷めやらぬこの世界においては、防衛拠点のひとつと位置づけられるだろう。
「ツバサさんが盛大にブッ壊しちゃったもんねー?」
ミロが意地悪そうに笑いながら痛いところを突いてくる。
「あ、あれは……不可抗力だ! そうだ、いわゆるコラテラルダメージというやつでだな……いや、本当に仕方なかったんだって」
先の戦争でキョウコウとの最終決戦。
ツバサはキョウコウへのトドメを刺した際、還らずの都に貫通するような大穴を開けてしまったのだ。そのことは海よりも深く反省している。
なのでツバサは、長男であるダインと舎弟とも言うべき変態のジンを遣わし、すぐさま修復作業に取り掛かると約束したのだ。
「あの、そのことなのですが……ツバサ母様……」
ここでククリがおずおずと手を上げた。
ククリの母親の魂はツバサがパワーアップするために受け継いだので、彼女には特別に“母様”と呼ぶことを許している。決め台詞で返すこともない。
そのことにむずがゆいものを覚えるが──我慢しよう。
何か言いたいことがあるらしいククリは、ツバサやクロウの顔色を窺ってからおっかなびっくり起立すると、その場にいる者たちにペコペコお辞儀をする。
「あの、この度は、私に……クロウおじさまたちや、キサラギ族のみんなに協力していただき、誠に、えっと……ありがとうございました。そして、還らずの都を直すのにもお力添えしてもらえるなんて……還らずの都を守護する者として、この場で皆さんに深くお礼を申し上げさせていただきます」
ククリは子供らしい謝辞を述べた後、卓に届きそうなくらい頭を下げる。
そこから顔を上げると、やや深刻な表情で話を告げた。
「そんな、皆さんだからこそ……私たちのようにこの地に生きる者を大切にしてくれる方々だからこそ、このことを打ち明けておきたいと思ったんです」
還らずの都だけではありません──ククリは言葉を続ける。
「私のような灰色の御子が守護者となり、この世界を守るために造られた施設は他にもあるんです。私が知る限りでは、塔、庭園、図書館、墳墓、王国……少なくとも10は下らない……そう、父上が仰っていました」
ククリはチラッとミロの方を見つめる。
ツバサが彼女の母の魂を受け継いだように、ミロはククリの父親の魂を受け継いでいる。しかし、記憶の継承までは行われていないようだ。
「アタシ? ううん、わかんない」
ククリの視線に期待を感じたミロだが、すぐに手を振って否定した。
「そう、ですか……いえ、ミロ父様が悪いわけではありません。ただ、記憶も受け継いでいたら或いは……と思っただけですから」
ちょっと残念そうにククリは続ける。
それらの施設は遠くにありすぎて、ククリも詳しくは知らないらしい。
ただ、どれも還らずの都に比肩する機能を有しているそうだ。
「そして、方舟──これは一度、見たことがあります」
ツバサたちが乗る飛行戦艦ハトホルフリートのように、空を征く方舟がこの世界のどこかを彷徨うように飛んでいるという。それは1箇所に留まることなく、流浪することを定められているらしい。
この方舟には──ある大切なものが積まれている。
「先ほどのレオナルドさんのお話で思い出したんですけど……父様はよく仰ってました。方舟に積まれているものは、いくつもの世界に関わるものだと……」
世界と世界を結びつける──大切な何か。
「それは……“天梯の方舟”と呼ばれていました」
応援ありがとうございます!
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