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第17章 ローカ・パドマの咲く頃に
第404話:愛のままにわがままに
しおりを挟むその瞬間――奇妙な時間差を覚えた。
入力したはずなのに、それが結果として反映されない。オンラインゲームなどを楽しむ人ならわかると思うが、遅延時間によく似たズレだった。
あまり現実では起こりえない現象である。
そう錯覚することはままあれど、勘違いで済むレベルだ。
ジェイクは残像のフェイクでリードの虚を誘い、その背後を取った。相手が後ろへ振り向くタイミングに合わせて、二丁の拳銃を突きつける。
右手の回転輪動式拳銃は左眼へ――。
左手の自動装填式拳銃は心臓へ――。
脳髄を収めた頭蓋を木っ端微塵に吹き飛ばし、循環器系の中枢である心臓を潰されれば、不死身に近い神族であろうとも死あるのみ。
捉えた! とジェイクは確信する
万感の殺意を込めて、ありったけの鉛弾を零距離からお見舞いした。
その時――時間差が生じたのだ。
ご自慢の時間停止を使われようとも関係ない。
ジェイクの過大能力で創られた弾丸は、無敵の光弾となって撃ち出される。それは停止した時間を貫き、消滅をも突き破るはずだった。
気付けば――リードの姿は消えていた。
光弾が虚しく空を走る。標的がいなければ無駄撃ちだ。
映画のクライマックスが抜け落ちたようで混乱する。
リードに何かされた形跡はない。彼自身ジェイクに計られた動揺を隠せず、ろくに身構えることもできないまま狼狽えていた。
なのに奇妙な感覚がした直後、ジェイクはリードを見失った。
どれだけ瞠目しても目の前にはいない。全方位に向けて音波探査顔負けの神経を張り巡らせるも、リードの気配を感知することができなかった。
少なくとも半径100㎞圏内にリードは確認できない。
知覚や運動神経の時間まで停止されたか?
真っ先に疑ったが、即座に「ありえない」と結論づける。現に眼球を上下左右に動かして視認できるし、後ろへ振り返ることもできた。
そもそもの話、知覚には厳重に耐性系技能をかけているので心配はない。
神族に宿る力は理力――魔族に宿る力は魔力。
属性の差はあるようだが、本質的には同じものである。
いちいち分類するのが面倒なため“気”と呼ばれるのがポピュラーだが、要するに奇跡を起こすために消費されるエネルギーだ。
技能や過大能力の発動に使われる。
こうして起こされた奇跡は言い換えれば「変質した“気”」だ。神族や魔族は時と場合、あるいは効果によっては抵抗することもできた。
こちらに害を及ぼす奇跡ならば尚更だ。
抵抗力を強める技能は耐性系技能と呼ばれていた。
使用者によってレベル差があり、用途や種類もいくつかある。
ジェイクはリードの時間停止や消滅の効果を、この耐性系技能である程度までは弾き返していた。運動能力こそ「動けない!?」と錯覚するほど鈍化させられることはあっても、知覚が途切れるまで脅かされてはいない。
だとしたら――今の奇妙な時間差はなんだ?
自問自答を繰り返し、ある仮説を立てると同時に殺気を感じた。
すぐさま斜め上空を仰ぎ見れば、真っ赤な消滅弾が村雨よろしく降り注いでくる。時間停止の波まで何重もの投網よろしく覆い被さってきた。
眼に映る異物すべて撃ち落とすべく光弾を乱射する。
光弾で消滅弾を迎え撃ち、時間停止の波も切り裂いてやった。
「空間転移か? 消滅や時間ばかりが能じゃないな」
握り締めたままの拳銃の弾倉に新たな光弾となる弾丸を再装填したジェイクは、不意打ちが落ちてきた空を睨め上げる。
ジェイクより遙か上空――そこにリードの姿があった。
眼球を動かしてもギリギリ届かない視野の外、顔を上げなければ見えない頭上にまで逃げおおせていた。いやらしい位置取りだ。
瞬間移動ではなく空間転移の類だろう。
そうでなければ説明できない距離まで遠退いていた。速さに自信のある俊足の神族でも、一瞬より短い時間でこの距離は移動できない。ましてや拳銃使いとして視力を鍛えまくっているジェイクの眼を盗んで動くなど不可能である。
あるいは、もう一つの仮説もあった。
「てっきり“完全なる時間停止”まで使えるのかと泡食ったぜ」
「ふっ……それができたら苦労しませんよ」
半欠けの顔でリードは卑屈に微笑んだ。
「できたら今頃……とっくの昔にあなたを殺せてますからね」
ですよねー、とジェイクは鼻で笑ってやる。リードも揶揄われているとわかるのか、こちらを睨め下げる瞳には腹立たしさが燻っていた。
――“完全なる時間停止”。
文字通り、世界中の時間を完全に停止させる能力だ。
漫画やアニメに小説……フィクションなどでこの能力を持つキャラクターが描かれるが、ほぼ対抗手段のない無敵の能力として扱われる。
すべての時間を停止させ、自分だけが動ける状態を作り出す。
反撃はできず防御もできない。時間が止まっているため意識さえも反応できず、時間停止能力者にされるがままだ。致命傷を受けても身動ぎひとつできず、時間が動き出した頃には死んでいる。
誰もが夢見る最強能力の一角、これほど理不尽なものもあるまい。
対抗する手段が同等に「時間を操る能力」か、「能力を無効化する能力」ぐらいしかないのだ。使われた時点でほとんど負け確定である。
出し抜く策はいくつか思いつくが、運に頼る要素が多くて不確定だ。
「だが、オレたちの生きる常識じゃ絵に描いた餅だ」
VRゲームから真なる世界という異世界へ飛ばされるという、ふざけた運命に導かれてきたジェイクたちだが、それでも常識はつきまとうものだ。
どんな世界であろうと厳格な法則がある。
「真なる世界じゃあ“完全なる時間停止”なんざ望むべくもないな」
やれるもんならやってみろ、とジェイクは言葉にせず煽る。
「そんなことをすれば……僕はペシャンコです」
すべての時空間に潰されてね――リードは残念そうに舌打ちした。
時間を操る能力者だからこそ、その重みを理解している。
リードは部分的な時間しか操れていない。
森林地帯を太古の森となるまで時間を逆行したり、草原を何もない乾いた大地に風化するまで何億年も時間を進行させたり、ジェイクの動きを止めるため時間停止の波を浴びせかけているが、どれも限定的なものだ。
真なる世界すべての時間を止めるには至らない。
これは――例えばの話。
もしも真なる世界の基準に基づいて、そこに生きる神族や魔族の基礎能力法則性に則り、“完全なる時間停止”を実行したとしよう。
その場合、能力を発動した者に時空間のすべてが背負わされる。
時間を停止させた者が、停止させた時間に起こりうるであろう全世界の時空間エネルギーを一身に受けるのだ。そのエネルギーの総量たるや、生半可でもなければ尋常でもなく、途轍もなく途方もないものとなるだろう。
すべての時空が能力者にのし掛かってくると思えばいい。
不備がなければ数万年の寿命が約束されている神族や魔族であろうと、一瞬で塵になるまで消耗すること請け合いである。
時間を止めるとはそれほど重い奇跡なのだ。
『――リードが時間を操る過大能力を持っている』
その対策について四神同盟の知恵者が出した結論がこれだ。
分析系に優れたフミカとアキは推論を語る。
『時間操作系の能力者といえど、世界中の時間を止めるのは不可能……というより時間の重さを知れば知るほど、そんな無茶な真似はできないッス』
『重力を操る能力者だったら星の自転を止めるようなもんッスよ? それってつまり、遠心力付きの地球を受け止めるみたいなもんッスから……』
回転する地球に押し潰されるも同然だ。
同じように時空間から致死性のしっぺ返しを食らう。
まだ星の自転を受け止める方が現実的だ。
自滅に等しい行為だが、生き残れる可能性が微かにある。
しかし、時空間の重圧は星の自転と比べるべくもない。下手をすれば我々のいる次元のみならず、他の次元の時間まで止めなければいけないかも知れないのだ。
多重次元すべての重みを一身に受ける。
そんな能力、LV999を超えた先にしかないだろう。
仮に使えたとしても自爆覚悟で挑むしかない。下手をすれば時間を止めたと同時に停止させた時空間に圧殺されて何もできずに終わる。
リードもそこは心得ているらしい。
だから部分的な時間停止しか使えないのだ。
ジェイクの眼ならば時間停止の波は読めるし、こちらの過大能力で創った光弾で無効化もできる。消滅弾は避けることも撃墜することも可能。
ここまでの判断材料は「恐れるに足らない」だ。
しかし何故だろう、一抹の不安が危機管理能力に訴えてくる。
――あの時間差はなんだ?
あれの正体が引っ掛かって仕方ない。
自問自答の最中、完全なる時間停止の予兆かと思って焦りかけたが、異なる脅威を肌で感じた気がしてならなかった。
うなじがチリチリする嫌な感覚がいつまでも消えない。油断は禁物だ。
こちらの不安を読んだのか、リードは不敵な笑みをこぼす。
「完全なる時間停止など夢のまた夢……マンガの読み過ぎ、アニメの見過ぎですよ。そんなチートオブチートの能力を手に入れて面白いですかね?」
「……消滅と時間操作も大概チートじゃね?」
「我々が言えた義理じゃないでしょう」
小首を傾げたジェイクに、リードは眼を細めて無愛想に返す。
過大能力がチートなのは言わずもがな。それを複数覚醒させた内在異性具現化者は能力同士を連動させて、更なる奇跡を起こすことができる。
ジェイクもこれで消滅や時間停止に対抗……。
そこまで思考が進んだ時、刺すような戦慄が背筋を駆け上る。
そして――また時間差が生じた。
リードの姿はおろか気配も完全に消え失せる。
感知系どころか探知系の技能を総動員させても、周囲のリードがいることを確認できない。改めて全方位を警戒しながら分析系の技能も走らせた。
リードも――2つの過大能力を連動させていた。
ジェイクにできるのだから、リードもできて当たり前である。
どうやら時空間に関与しているようだ。
消滅の力で空間をこじ開け、そこに時間を操る力をねじ込んでいる。
それが如何なる効果をもたらすかを察した。
「……時空転移だと!?」
時間差の正体はこれか! とようやく判明してスッキリした反面、完全なる時間停止に勝るとも劣らない厄介さに舌を巻いた。
先ほど消えたのは、数秒先の未来に転移していたらしい。
これが何を意味するのか?
理解よりも先に切迫した危機感で肌が粟立った。
足下からゾワゾワと這い上がってくる気持ち悪さに、ジェイクは無意識にその場から飛び退くと案の定、時間停止の波が吹き上がってくる。
消えたリードの気配も、いつの間にかジェイクの真下に移っていた。
回避したつもりなのにガクン! とつんのめる。
トレードマークの白いロングコート、その裾が時間停止に飲まれていた。
即座にコートの裾を破って横っ飛びに逃げつつ、足下から突き上げてくる消滅弾の弾幕を両手の拳銃で撃ち落とす。
だが、追いつかない。
そこへ回避したはずの方向から、新手の弾幕が飛んできた。
今度は時間停止の波と消滅弾を織り交ぜたものだ。チマチマした弾丸では撃ち落とせないので、光弾の出力を上げてミサイル級の威力で相殺する。
避けても躱しても撃ち落としても切りがない。
逃げた先に追い打ちが叩き込まれ、こちらの迎撃の手数を上回る弾幕で迫ってくるのだ。徐々にだが、消滅弾がジェイクの頬や肩を掠めていく。
それでも――どうにか切り抜けた。
不意に猛攻が止むと、リードが眼前に戻ってくる。
30秒にも満たない短時間の攻防にも関わらず、ジェイクは呼吸を乱すほど疲れてしまった。躱しきれない消滅弾に身体のあちこちを食われ、皮膚や肉が抉られたことによる出血もバカにならない量になってきた。
消滅させられた部分は回復が遅い。通常の怪我とは違うからだ。
だが、リードの疲労も他人を笑えない。
肩で息をするのは勿論、顔色もゲッソリ窶れている。
体内に宿す“気”も目減りしており、明らかにオーバーワークだ。どうやら時間を飛び越えることはできても、スナック感覚でお気軽にとはいかないらしい。
「時空転移の連続か……無理が祟ってるぞおい?」
以前見たアニメの全力で集中して呼吸する方法を思い出しつつ、リードのお疲れぶりを笑いながらジェイクは話し掛けた。
リードはゼエゼエと息切れするも、すぐ返事をする。
「だが……あなたには有効だ」
確かに――口には出さないが認めるしかあるまい。
リードの時間転移もまた万能ではなかった。
完全なる時間停止がほぼ不可能であるように、過去や未来へ転移するという荒業は夢物語のようには行かないのだ。
それが許されるのはドラ○もんを初めとした藤子○不二雄先生の作品や、タイム○カンシリーズくらい。子供に夢と希望を与える名作は別格だ。
リードの時空転移は――数秒先の未来へ飛ぶ。
恐らく過去には転移できない。
過去とは既に確定したもの。転移して改変することはおろか介入する余地さえ許されないのだろう。神族や魔族でもできないことはある。
(※リードが時間の流れを乱して、一部地域に太古の森を復活させていたが、これは過去改変ではない。その空間の時間を逆行させ、その地の植生に先祖返りを起こさせただけ。過去に起きた歴史的イベントは再現できない)
時空間は我々が思うより融通が利かないのだ。
しかし、未来へ飛ぶのは大目に見てもらえるらしい。それでも何時間も先の未来は無理らしく、いいところ10秒から30秒程度……。
数秒先の未来へ飛ぶ、大したことはないと思うかも知れない。
とんでもない――先手を取られまくりだ。
先手必勝、この四字熟語が先手の優位性を表している。相手が身構えるよりも早く攻撃できる有利は、瞬殺という結果へ結びつくことが多い。
――未来から襲う不意打ち。
先読みの達人でも防ぎきることは不可能だ。
しかもリードの場合、1秒先、2秒先、3秒先、4秒先、5秒先……と刻むように転移できるのが心底いやらしい。
その結果が――ジェイクも慌てたあの猛攻である。
ほんの数十秒だが、数人のリードに包囲されていたも同然だ。
あと数秒、続けられていたら危なかった。
……なんて口が裂けても言えないし、本当にやられたら全身全霊全神経を以てして足掻いて藻掻いて、何としてでも耐え凌ぐ所存である。
「まったく……なんなんですか、あなたは?」
息が整ってきたリードは本音をぶちまけてきた。
「くだらない仇討ちに拘泥して、事あるごとに僕の前に現れては、ロンドさんから命じられた些細な任務を必ずといっていいほど邪魔してきて……」
正直――目障りです。
残された人間らしい左の瞳が侮蔑で濁る。
リードの薄い胸に宿る悪感情に呼応するのか、右眼の変化した真紅の光球は徐々に膨張し、時計盤が集まった異形の左腕も肥大化する一方だ。
時計盤は数も増やしており、怪物の腕みたいな輪郭を形作っている。
リードの体型は少年じみてて細い。
痩身に不釣り合いな異形の左腕は、シオマネキを思い出させた。
「終わりにして始まりの卵が孵るまで守るなんて任務はさっさと済ませ、僕も世界を滅ぼすため大々的に動き出したいんですよ……なのに、あなたはここでもしゃしゃり出てきて……因縁? 知ったこっちゃありませんよ!」
チクタク五月蠅い左腕を振ったリードは叫ぶ。
「僕は全世界を滅ぼすとロンドさんに……いえ、自分自身に誓ったんです! あの龍もあなたも! その過程にいた廃棄すべきものに過ぎないんです!」
消えてくださいよ――本気で!
「時間神の力で倒せず……切り札だった時空転移まで使ったのに……どうして死なないんですか!? どうして殺せないんですか!?」
たかだ復讐者一人――滅ぼせないなんて!
苛立ちが頂点に達したリードは大層お冠だった。
無理もあるまい。時間を操作する力とあらゆるものを消し去る力、この2つがあれば大抵の奴には負け知らずだ。労せず勝ちを収めてきたに違いない。
チートによる無双が当たり前になっているのだ。
多分、リード当人には自覚がない。
勝てて当然、と無意識に思い込んでいる節があった。
だから慣れ親しんだチート無双が通じず、苦戦を強いられているジェイクという敵の登場にムカつきが隠せないのだ。
やはり世間知らずの餓鬼――あるいは了見の狭い老害だ。
世界廃滅なんて思想に取り憑かれる時点で、まともではないか。
なのに「チートオブチートの能力を手に入れて面白いですかね?」などと識者ぶっているのだから、ちゃんちゃらおかしい。ヘソでお茶どころかカレーやシチューを三日は煮込めるくらい笑わせてくれる。
「……オレもな、仇討ちなんてくだらねぇと思ってるクチさ」
ジェイクは疲れた顔で苦笑した。
復讐者の口から漏れた意外な一言に、リードは意表を突かれていた。あちらから返事が来る前に、ジェイクは思いの丈を並べていく。
「ツバサちゃんたち古馴染みと再会して、四神同盟っていう新しい仲間だと信じられる人たちと出会い……この異世界へ根を下ろせる場所を作りたいって思ったさ。自分の守ってきた人々が安心して暮らせる土地が欲しいって思ったよ……だから、みんなと一緒に歩いて行きたいって願ったんだ」
だけど駄目だ――まだ一緒には歩けない。
「彼らと一緒に歩く資格がない……共に行きたいのに、逸れていくんだ」
ジェイクは肩をすくめて両手を返し、諦めのポーズを取った。
その両手から二丁の拳銃が滑り落ちる。
「オレの足は……どうしても別方向へ踏み出しちまう」
拳銃はどちらも空中に波紋を描きながら消えていった。ジェイクの道具箱に戻っただけだ。手ぶらの右手を消える寸前の波紋へと突き込む。
「――彼女はオレが愛した人だ」
新たに道具箱から引き摺りだしたのは、十字架を模した長剣だった。
一見すると長剣だが――その実態は大型の拳銃。
正しくは閃光、太陽が発する目映い光をデザイン的に取り入れたものなのだが、奇しくも十字架とよく似たフォルムになってしまった。
大振りな剣にも見える不思議な銃。
その銃把を握ったジェイクの独白は続く。
「女の身体に生まれたが、女の実感もなきゃ男の心を持つなんてこともなく、男らしくも女らしくもできなかったオレが……性別Xとか言われたこのオレがだ……生まれて初めて、心の底から愛せた人なんだ」
従来の拳銃と違い、銃身に対して銃把が水平に近い。
構造的には拳銃だが全体的なフォルムはライフルのようだ。銃身が異様とも言えるほど長く、その両端には銃剣めいた刃が取り付けられていた。
所謂“ガンブレード”という武器に酷似している。
銃撃は勿論、近接戦闘では剣としての使用にも耐える設計だ。
ジェイクは手にした十字架型拳銃を、それこそ剣舞でも踊るかのように閃かせたと思えば、拳銃よろしくクルクルと回転させたりする。
「そんな愛した女性をだ……守ることも救うこともできず、どこぞのクソ野郎にむざむざ殺されたまま……新たな一歩を踏み出せると思うか?」
ビタリ、と十字架型拳銃が止まった
切っ先と銃口――その両方がリードに照準を定める。
西洋剣の鍔はガードと呼ばれ、左右に張り出した棒状のものが多い。これは剣を十字架に見立てたものだという説があるらしい。
この拳銃にも鍔に相当するものがある。
弾倉を装甲で覆ったようなパーツが取り付けられていた。これのおかげで十字架と見間違えるようなデザインが捗っていた。
鍔の向こうから憎悪を滾らせた視線をジェイクは送る。
「憎しみは何も生み出さないとか、過去に囚われるなとか……昔のオレならそんな綺麗事でも平気でほざいたことだろう……だが、甘かったよ、甘ちゃんだった、全然甘く見てた……当事者の気持ちをちっとも考えていなかった」
最愛の人を殺されて――黙ってられるか!
この感情だけは、大切な人を奪われた者にしかわかるまい。
愛は執着だとか怨みは虚しいとか、そんな正論に貸す耳は捨てた。憎悪という名の活力は、愛した人を踏み躙った仇を殺すまで尽きはしない。
怒りは人を狂奔へと駆り立てる。
そして、憎しみは人を際限なく強くするのだ。
「ずっと昔に聞いた曲の歌詞だったかタイトルだったか、どっちだったか忘れたけど……その言葉が頭を駆け巡ってんだよ!」
愛のままに――わがままに。
「彼女への捧げた愛だけがオレを突き動かす! テメエをぶち殺すというわがままを押し通すため仲間たちにも迷惑かけまくっている!」
十字型拳銃の引き金にジェイクの指がかかる。
「愛もわがままも全部オレの勝手な都合だ……それでも!」
今すぐ全弾撃ち尽くしそうな力の入れ方だ。
「彼女を殺したおまえをぶち殺さなきゃ! 仇のテメエを仕留めなけりゃ! オレは一歩だって前に進めない! 真っ当な道に戻れねぇんだよ! 胸を張ってツバサ君たちと一緒に歩けるわきゃねえんだッッッ!」
たとえ彼女が許しても、自分がその行為を裏切りと断じる。
「彼女を殺したリードとの因縁! そいつをきっちり精算しなけりゃ……オレの未来はいつまで経っても始まらねぇんだよ!」
憎悪の丈を吐き尽くした直後、またしても時間差が生じた。
時間が飛んだような目眩に見舞われる。
「その未来を潰すのが……バッドデッドエンズの仕事だと言ったはず!」
このセリフを置き土産にリードの姿は消えた。
また時空転移をすることで数秒先の未来に連続で飛び続け、波状攻撃と絨毯爆撃を二乗掛けした襲撃を仕掛けてくる。
今度こそ確実に――ジェイクの息の根を止めるつもりだ。
「目障りだと? どの口がほざきやがる……」
ジェイクは十字架拳銃の銃把を壊れそうなくらい握り締める。
「こっちこそ飽き飽きしてんだよ! おまえらの世界廃滅とかいう世迷い言のために用意された、しみったれた大道芸にはなッ!」
うんざりしているのはこちらの方だ。
消滅と時間を制したと思えば次は時空転移である。
その時空転移に対抗するため、この十字架拳銃を引っ張り出したのだ。
――力ある者に我は応える。
回転輪動式拳銃や自動装填式拳銃に続く、光の神ルーグ・ルーの持つ剣に由来する名前を持つ拳銃には、あるシンプルな機能が登載されていた。
この拳銃から放たれる弾丸を強化する。
ただそれだけなのだが、強化の倍率は数十倍に達するのだ。
使用者の力に比例して強化率も上がるらしい。
既にフラガラッハの弾倉には過大能力で創った光弾が装填されており、時間差を感じたジェイクは反射的に全弾を撃ち尽くしていた。
放たれた光弾は数十倍の強化を施される。
時間停止を貫き、消滅の力を破り、リードへの殺意を凝らした光弾。
それらの効果も大幅にアップする。
リードの心臓に狙いを付けた光弾は、通常でも過大能力の働きで命中率に70%の補正がかかる。狙いを定めればほとんど100%だ。
強化に例外はなく、この命中率も数十倍となる。
もはや命中率というのも烏滸がましい。
ジェイクの光弾は自動追尾する誘導弾へとグレードアップしていた。ロックオンしたリードの心臓を打ち砕くまで、地獄の底でも追いかける。
たとえ時空転移した未来の先でもだ。
無数の光弾は空に不規則な軌道を描いて乱れ飛ぶ。
どこまでも飛んでいった先、ある一点へ導かれるように集束していく。
数秒先の未来に現れたリード。
その心臓を狙い澄ますように光弾が突き抜けていった。
驚愕の表情を露わにしたリードは、鮮血の花が咲き誇る自分の胸元を信じられないと言いたげに見下ろしている。
「なっ……なんだこれ……こんな、ことがあって……っ!?」
リードは目を丸くして驚きを隠せない。
彼の変わり果てた姿、遠目にすると大袈裟なファッションで飾り立てたサーカスのピエロのように見えて仕方なかった。
こちらへ顔を向けたリードへ、ジェイクは突き放すように告げる。
「ショータイムは終わりだぜ、道化野郎」
~~~~~~~~~~~~
同時刻――ハトホル太母国より北東へ約100㎞地点。
運良く巨将の部隊とぶつからずに済んだ巨獣の群れが、獲物となる生きとし生けるものや壊す甲斐のあるものを求めて進軍していた。
進路は南西、その先にあるのはハトホル太母国である。
殺すべき命、壊すべき物、穢すべき地――。
破壊神の手ずから創られた巨獣は、それらを本能で嗅ぎ分けるのだ。
邪魔する者がいない今が好機とばかりに突き進む。
そんな巨獣の群れを、一陣の冷たい風が吹き抜けていく。
ジャラン……と鎖が動く時に鳴る音がしたと思った時には、巨獣たちの脚が止まり、大地に氷の根が張る頃にはすべて氷の彫像に変わり果てていた。
よく見れば、巨獣たちには氷の鎖が巻き付いている。
そこから極寒の冷気が噴き出しており、彼らの芯まで凍り付かせていた。
上空でジャラン……と氷の鎖がたわむ音がする。
何条もの氷の鎖を自在に操る、レイジの姿がそこにあった。
穂村組番頭――レイジ・アリギエーリ。
エルフから格上げして魔族になったためか、青白い肌に尖った耳が特徴的な青年だ。肌の色素の薄さと顔立ちは現実にいた頃と大差ない。
エルフだから美形、と囃されるがそうじゃない。
鍛え上げた細めの長身に仕立ての良い高級スーツ(寒色系カラー)を着込み、癖のない髪は長めにしてオールバック。小洒落た丸眼鏡をかけている。
以前は横に細く長い銀縁眼鏡を使っていた。
しかし、レイジは礼儀正しく振る舞っているつもりなのだが、初対面の人間には「お堅くて慇懃無礼」という印象を持たれやすいと知り、少しでも雰囲気を柔らかくしようと努力した結果、選んだのがこの丸眼鏡である。
それでも「氷結系男子」とか「あくどい参謀」などと陰口を叩かれていた。
だが、妹が選んでくれた品なので愛用するようになった。
鑑定士めいた白手袋に包まれた両手は、何十何百もの氷でできた鎖を操る。それはレイジの手から絶対零度の冷気ともに生み出されていた。
レイジの過大能力――【区別なく差別なく分け隔てなく凍れ】。
単純に評せば、氷や冷気そのものとなる能力。
冷気を操るのではない。レイジの内に決して暖まることのない極寒の根源が息づいており、レイジ自身を絶対零度の権化とするものだ。
瞬間冷凍などお手の物である。
全長100mのバケモノ軍団だろうと関係ない。
骨の髄まで――それこそ骨髄の細胞核に至るまで氷漬けにできる。
氷でできた彫像群と化した巨獣たち。
そこにドラゴンと巨人の大軍勢で襲い掛かった。
体長100m越えの巨獣たちと比べれば、下は10m前後から上は50mくらいとサイズは小さい。能力以前に体格のウェイト差が歴然だった。
だが、数に任せて大攻勢を仕掛けている。
凍らされて反撃できない巨獣を打ち砕くのは造作もなかった。
このドラゴンや巨人――すべて不死者である。
レイジの後ろに控えるマリが過大能力で復活させたものだ。
穂村組若頭補佐――マリ・ベアトリーチェ。
元は道師系から仙人へと格上げし、邪仙という魔族にランクアップしていた。だからなのか魔族化することでの外見的ペナルティを受けておらず、現実世界から引き継いだ美貌がありのままに活かされていた。
いや、異世界転移で美しさに磨きがかかったかも知れない。
性格のキツそうなつり目だが瞳の大きさで愛嬌を補っており、控えめな主張しかしない済ました鼻梁、小振りなのに艶やかさを保つ唇は微笑を絶やさない。
腰まで届きそうな金色のストレートヘアだが、先端には渦巻くような強めのカールがかけられている。そういうアニメのキャラみたいだ。
胸元が大きく開いたフリルまみれのブラウスに、マーメイドドレスを模したタイトなスカートで悩ましいボディラインをアピールしている。
最近「Kカップになったのぉ!」と喜んでいた。
そのこれ見よがしな自慢のバストは、まだまだ成長中らしい。
屈強なドラゴンと巨人の不死者部隊。
彼らはマリの過大能力によってこの世に戻ってきた。
マリの過大能力――【深く昏き悪徳の堀より這い上がる者よ】。
前述の通り、マリが魔族として選んだ種族は邪仙。
この邪仙になるためにはある儀式をするのだが、一度不死者になる経緯が必要となってくる。だからなのか邪仙は屍を操る技術に長け、僵尸や吸血鬼といった不死者を手駒として扱える技能に恵まれていた。
邪仙であるマリは、最高位の死霊術師であると言ってもいい。
彼女の過大能力は不死者関係に特化していた。
痕跡が爪の一欠片でも残っていれば、あらゆる手順を省略して、死者を上位アンデッドとして蘇生させる。どんなアンデッドにするのもマリの意志ひとつで決められ、能力は全盛期を上回る状態で復元できる。
以前は全盛期に匹敵する程度だから、着実にレベルアップしていた。
そして、不死者はマリに絶対服従する。
死から蘇り、死を恐れず、死を越えた不死者軍団を率いるわけだ。
「……ますます死霊術に磨きがかかりましたね」
レイジは眼鏡の位置を直しながらマリの研鑽を褒めた。
以前のマリが用意できたアンデッドのLVは500がいいところ。
しかし今、氷漬けとなった巨獣たちを粉砕しているドラゴンや巨人のゾンビたちは、どれもLV950を越えていた。
蘇生術も完璧、一見しただけではゾンビだと思えない。
腐臭や死臭を漂わせることもなく、外見的に汚れてもいない。ドラゴンは鱗の一枚まで揃っているし、巨人にいたっては着衣や装備まで復元している。
死者がもっとも輝いていた生前の瞬間――。
そこを抜き取ったかのように、完全再現で復活させていた。
ただし、眼だけは白濁としていたり黒く染まっていたり、あるいは血走ったように爛々と輝いていた。ここだけは死者の面影を残していた。
「だからさ、煽てても何にも出ないわよ」
それでもマリは得意気に「フフン♪」と鼻を鳴らした。
褒められたのが満更でもないらしい。
「あたしってばキレイ好きだからね。不死者って甦らせるとゾンビっぽくてちょっと残念だったんだけど、見栄え良くできるようになったから満足よ」
「……LVが上がったことを褒めたのですがね」
質実ともに個体の強さが上昇したことをレイジは賞賛したのだが、マリは外見的クオリティが良くなったことを自慢したいようだ。
「オジさまには『スゲーっ! 穢土転生じゃねーか!』て喜ばれたわ」
「言われてみれば……あれに近くなりましたね」
子供の頃、動画配信サービスで観た忍者アニメ。そこに登場する忍者が亡くなった凄腕の忍者を甦らせる忍術を使っていたのが記憶にある。
確か禁術とかいう強力な技だったはずだ。
「なんだかよくわからないけど……強くなったのは間違いないわよね」
どうも穢土転生の元ネタをよく知らないらしい。
武器でもある鉄扇を広げたマリはパタパタと扇いでいる。
「レイジもそうだけど、あたしだってオジさまやツバサ君にシゴかれてLV999入りしたんだからね。これくらいできなきゃ嘘でしょ、って感じよ」
「異相での一年……なかなか酷な荒行でしたからね」
思い返すと渋い笑みに口元が綻ぶ。
過酷な鍛錬を思い出す苦笑だが、心地いい達成感も覚えてしまう。
そこで一年間過ごしても、真なる世界に戻れば一日しか経っていない。時間の流れが異なる別空間。それが異相と呼ばれる場所だった。
何千何万と種類があり、ツバサ君が発見したのはそのひとつだという。
時間の流れが違うのを利用して、短期間の猛特訓に精を出す。
即ちトレーニングルームとして活用されていた。
この大戦争において勝算を考えれば考えるほど、LV999の戦力を重要視するしかない。四神同盟の一員として参加する道を選んだ穂村組も、戦いに備えてLV950を越えていた精鋭は異相で鍛え直すことを望んだ。
ツバサ君を始めとしたLV999を指導役に迎えて――。
穂村組で唯一LV999に到達していた顧問バンダユウも指導役の一人だ。元より現穂村組はほとんど顧問に指示してきた弟子でもある。
もう一度鍛え直してもらったようなものだ。
しかし、この猛特訓がトラウマになりかねない荒行だった。
好んで修行に取り組むセイコやダテマルですら「地獄の方がマシだこれ!」と音を上げたほどである。レイジやコジロウは文句こそ口にしなかったが、振り返ると笑いとともに怖気が甦ってくる。
それほどの過酷なトレーニングを課されたのだ。
おかげでLV999になれたが、二度目があれば辞退するだろう。
苦笑を隠すように、もう一度眼鏡の位置を直す。
するとマリがひょこっと覗き込んできた。
「レイジだって冷気を使う能力が上がってるんでしょ? 前ならあんな大きな怪物を芯まで凍らせるなんてできなかったんだから」
「ツバサ君の殺戮の女神を凍らせるのと比べたらマシですよ」
彼との修行を思い出したレイジは遠い目になる。
すべてを焼き尽くす炎をまとう真紅のツバサ、殺戮の女神という変身形態。それを「凍らせる」という特訓をレイジはやらされたのだ。
顧問の思い付きだが、ツバサ君はノリノリで協力してくれた。
結果――レイジは死にかけた。
ツバサ君は本当にレイジを殺すつもりで攻めてきたのだ。
本気で挑まねば強さの高みへ登れないのは身を以て知っているが、幾度となく臨死体験するまで追い込まなくてもいいと思う。もう少し手心が欲しかった。
そのことをツバサ君と顧問バンダユウに訴えたら――。
『半端に手加減すると半端にしか強くなれませんよ?』
『痛くねえと覚えねえだろ、甘ったれんな』
彼らはそういう人種だった。強さへ懸ける情熱が戦闘民族のそれだ。
死の淵から甦ってパワーアップするのはサ○ヤ人ぐらいのもの。
魔族にそんな性質はないのに、そうなるまで追い込まれたのは事実である。
若頭ゲンジロウとの試し仕合の比ではない。何度殺されかけたかわからず、何もかも焼き滅ぼす滅日の紅炎で灰になりかけたくらいである。
だが、特訓の成果はしっかり現れていた。
マリの指摘通り、以前のレイジでは巨獣を氷漬けにするなど到底無理だったはずだが、御覧の通り群れごと凍てつかせることができた。
死の瀬戸際まで追い込まれ、基礎能力が底上げされたらしい。
「……さて、回想に耽っている余裕はありませんよ」
眼鏡の位置をベストポジションに収めたレイジは、探知系技能をできるだけ遠くまで飛ばして索敵を繰り返した。
本来、レイジとマリに割り当てられた役割は遊撃要員だ。
軍師レオナルドや女騎士カンナ同様、持ち場を任されることなく自分の判断で動くことが許され、戦況に応じて柔軟に立ち回ることを求められる。
現在、ハトホル太母国に近付く敵の駆除を進めていた。
この大戦争がどれほど長引くか? 誰にも予想が付かない。知恵者がシミュレーションを重ねても、賢者が兵法を論じても読めるものではない。
恐らく、不測の事態はいくらでも起こる。
そこでレイジはしばらく待機しているつもりだった。
かと言ってボーッと手持ち無沙汰にしているのは愚の骨頂。恩のあるハトホル太母国へ義理を返すためにも、巨獣退治に精を出していた。
そして予想通り、不測の事態が発生した。
索敵の途中だが、緊急案件を知らせる通信が聞こえてくる。
「……終わりにして始まりの卵の出現、そこから新たな破壊神が生まれる可能性が大きいため、手隙の者は卵の破壊に向かってほしい」
とのことですね、とレイジは再確認するように通信内容を唱えた。
マリは鉄扇を閉じて先端を口元に当てる。
「どうする? 動く? こういう時のために様子見してたんでしょ?」
無論です、とレイジは氷の鎖を手繰り寄せる。
絶対零度を具現化させた氷は鎖の音を鳴らしながらレイジの掌へ収まっていき、すべて収納してから革手袋をキツくはめ直した。
「今ダイン君とフミカ君に確認を取りました。還らずの都での迎撃作戦を終えたので、巨獣を駆逐しながらハトホル太母国へ帰還している途中のことです」
ハトホル太母国にもLV999の主力が控えている。
剣豪セイメイ、横綱ドンカイ、筋肉娘トモエ、聖賢師ノラシンハ。
巨大ロボ――超豊穣巨神王ゴッド・ダグザディオン。
彼らの大半は動き出したバッドデッドエンズの相手をするために駆り出され、国の防衛まで手が回らなくなる。そのためにもレイジとマリは、事が起こるまでの様子見として巨獣退治に勤しんでいたのだ。
ダインとフミカが戻ってくれば、LV999の主力が増える。
入れ代わりでレイジとマリが宇宙卵退治に向かったとしても、ハトホル太母国へ押し寄せる巨獣の大群を食い止めることはできるはずだ。
「じゃあ、宇宙卵ってやつの破壊に行っちゃう?」
マリは終わりにして始まりの卵の出現ポイントを指差した。
ここより北東、大陸中央に位置する帰らずの都よりも更に北。北方のどこかに蓮にも似た巨大建造物が現れたとの報告が入っている。
そこで着々と卵が育ちつつあるそうだ。
穂村組は四神同盟に加入する以前、北の果てに拠点を構えていた。
出現ポイントはその手前辺りらしい。
最悪にして絶死をもたらす終焉に「卵を持っているでしょう?」とケチを付けられたことを思い出すと、何やら因縁めいたものを感じてしまう。
軽く頭を振ったレイジは気を取り直す。
「ええ、向かう道すがら巨獣を蹴散らしていけば一石二鳥でしょう」
言うが早いか、レイジは飛び出していた。
飛行系技能に強化を重ね掛けして、音速を超えるスピードで宇宙卵の孵化しようとする現場へ向かう。後ろからマリの慌てふためく声がした。
「あ、ちょっとレイジ待って!」
みんなも付いてきて! とマリは指揮下の不死者軍団へ声をかける。
レイジの後ろを追うマリを先頭に、ドラゴンと巨人の軍勢がちゃんと追いついてくる。少々離されているが、さすが全員LV950越えだ。
なかなか追いつけないマリは甘ったるい声を上げる。
「待ってよレイジーッ! お兄ちゃ~ん♪」
「ッ! こんな時に猫撫で声でお兄ちゃんは止しなさい!」
そんな声で呼ばれると、レイジも懐かしい記憶を刺激されてしまう。
武術の稽古に向かう子供の頃のレイジとゲンジロウ。
その後を幼いマリが「待って~」とちょこちょこ付いてくる光景が、瞼の裏に甦ってきた。まだ組長となるホムラが生まれる前のこと。
あの頃はマリが最年少――可愛い妹だ。
家族である組員もたくさんいた。幸せな時代の思い出である。
その後ツバサ君の師匠である斗来坊に組を壊滅寸前まで追い込まれ、その時の傷が元で先代組長を失ったものの、ほとんどの組員は引退したに過ぎない。
穂村組はまだまだ健在だった。
あれから新しい仲間を募り、組員も順調に増えていった。
真なる世界へ転移して、そこで自分たちの国を造るという野望に組一丸となって燃えていたというのに、たった一夜で台無しにされてしまった。
――最最悪にして絶死をもたらす終焉の襲撃。
あの一件で多くの組員を失った。
そのことは誠に業腹であり、最悪にして絶死をもたらす終焉に対してはメラメラと復讐の炎が燃えるが、成すべきことを見失ってはいけない。
スマートかつクレバーに、これがレイジのモットーだ。
暑苦しいのは若頭ゲンジロウに任せておけばいい。
レイジは怜悧冷徹に物事を考え、最も重要なことを遂行すればいい。
穂村組の血脈を絶やさず――必ずや未来へと繋いでいく。
それが自分の役目だとレイジは心得ていた。
顧問バンダユウもレイジの意志を尊重してくれる。
『レイジとマリ、おまえらも遊撃要員だけど絶対に二人で行動しろ』
極太煙管から紫煙をくゆらせた顧問は念を押した。
『一人よりも二人の方が生き残る確率がグンと上がる。万が一、二人でも切り抜けられねぇ窮地に陥ったら……どちらか一人を必ず逃がせ』
穂村の血を絶やすんじゃねえ、とバンダユウは寂しげに呟いた。
組長と若頭の安否を半ば諦めているのだ。
バッドデッドエンズに襲われた際、はぐれてしまった二人。
あれから行方知れずとなっていた。
二人の居場所を示すアイテム“指南針”の効果はまだ生きているのだが、どこにいるかまでは示してくれない。探しあぐねるかのように、針をグルグルといつまでも回転させるばかりだった。
生きているなら一報あってもいいのに、待てど暮らせど応答はない。
『そろそろ最悪の事態も考えにゃあな……』
諦念を決めたバンダユウの横顔は、疲れ果てた老父のそれだった。
息子に先立たれた父親の面持ちにしか見えない。
レイジもマリも「まだ二人は生きているはず!」と反論したくはあったが、ここまで音沙汰がないと異を唱えることも難しい。
『だからこそレイジにマリよ、おまえたちは死ぬんじゃねえ』
――おまえらも穂村の血を受け継いでるんだから。
勘のいい方はお気付きかも知れない。
組長ホムラ・ヒノホムラ。
若頭ゲンジロウ・ドゥランテ。
若頭補佐マリ・ベアトリーチェ。
番頭レイジ・アリギエーリ。
この四人は血の繋がった正真正銘の兄弟だ。
父親は同じだが、母親は全員別の女性なので異母兄弟である。
長男、次男、長女、三男の順だが、ホムラが穂村組の正統後継者として組長の座を継いだのには、ちゃんとした理由が3つあった。
ひとつめは――ホムラの誰もが認める才能。
まだ幼いゆえ成長途上にあるためわかりづらいが、ホムラには類い希な才能に恵まれていた。それはバンダユウを始め、組員の誰もが認めることだ。
この才能は先天的なものだった。
ちゃんと磨いてれば、ミロちゃんともいい勝負ができたかも知れない。
ふたつめは――彼の母親が正妻であること。
ゲンジロウ、レイジ、マリ、それぞれの母親はお妾さんだったり、浮気相手だったりと、世間的に後ろ指を指されそうな立場にあった。
先代組長は腕こそ一流だが、女性関係は最悪だったのだ。
みっつめは――兄妹三人がホムラを推したから。
当初バンダユウと先代組長は、長男ゲンジロウを次期組長として育てるつもりでいたが、これに兄妹三人で「ホムラにしろ!」と抗議した。
ゲンジロウもレイジもマリも、末の弟であるホムラが可愛くて仕方ないから取った行動だ。これに正妻の子というのも拍車をかけた。
こうして――ホムラが次期組長に選ばれた。
兄弟三人はこの時、ホムラの母親とある約束を交わしていた。
ホムラを産んですぐ亡くなった母親との約束が……。
マリの幼女みたいな猫撫で声が呼び水となったのか、レイジの脳内に昔の出来事が次から次へと浮かんできては泡のように弾けて消えていく。
過去に惑わされている時ではない。
ホムラやゲンジロウに万が一があったと仮定した場合。
先代組長の血を受け継いだのは、残されたレイジとマリの二人。順番的にレイジが受け継ぐべきなのだが、自分は組長の器ではないと弁えていた。
組長の座はマリに譲るつもりである。
マリは先日、めでたくもレイジの親友である金庫番ゼニヤと婚約した。
神族や魔族は子供ができにくいとされるが、それでも相手もいなければ色恋沙汰にも乗り気じゃないレイジと比べて、マリの方が次代の組長となる子孫を儲けてくれる可能性が大いにあり得る。
幸いなことにゼニヤとの夫婦関係も良好そうだ。
高校時代からの無二の親友であるゼニヤの元へ妹が嫁ぎ、彼から「お義兄さん」と呼ばれるのはちょっと戸惑うのだが……。
なんにせよ、レイジの腹は決まっていた。
もしも窮地に陥った際は、自分が身を挺してマリの盾となる。マリだけでも生き残れば穂村の血が耐えることはない。
可愛い妹が元気でいれば本望、とレイジは割り切ることにした。
湧き上がる泡沫みたいな想いを、眼を閉じて封じる。
「……きゃ! なになに!?」
不意にマリがビックリした声を上げたので、レイジは両眼を開いて振り向いた。そこには自分の胸元を抱くように押さえ込んでる妹がいた。
胸が荒ぶっているように見えた。
何をしているのやら、とレイジは呆れた半眼で問い掛ける。
「……勢い余って乳房がこぼれでもしましたか?」
「レイジがセクハラなんて珍し、じゃなくて! ちょ、これ……ッ!」
マリは暴れる乳房の谷間に手を差し込むと、Kカップになったというたわわな胸を振動させている原因を引っ張り出した。
それはボールペン大の針――指南針だった。
場所、人物、物品、そういったものをこの針に記憶させることで、何処にいても覚えさせたものを針の先端で指し示す魔法の道具だ。
この指南針にはホムラを記憶させている。
これまで「どこかで生きている」という反応こそ示すものの、その位置を特定できず延々と回転するだけだった針が、ある方角を指し示していた。
それはレイジたちが向かう先――北の最果てだった。
「え、え? え! これって……若ちゃん!?」
居ても立ってもいられず、針に導かれるまま今すぐにでも飛んで行きたいマリだが、どうしたものかと困惑しきりである。無理もない。
探していた最愛の弟の居場所が判明した。
喜ばしいことなのだが、絶妙にタイミングが最悪だった。
――この土壇場で見つかるか普通?
怪しまずにはいられない。マリも混乱しながらわかっているのだろう。
「ど、どうしよう……ねえ、レイジ兄ちゃん!?」
針とその示す先、そしてレイジを何度も見比べると涙目で兄に訴えてきた。
レイジは――わずかに逡巡する。
ホムラが可愛いのはレイジも例外ではない。三兄妹の意見が一致したからこそホムラを次期組長に推薦し、これから命果てるまで末弟を盛り立てていこうと三人で固めの杯まで交わしたのである。
今すぐ弟の元へ駆けつけたい! これが兄としてのレイジの本音だった。
だが、戦争中に優先すべき事項ではないのは明らかだ。
レイジは穂村組の実務を預かる番頭として、努めて冷静に判断を下す。
「……宇宙卵の破壊を最優先とします」
マリは裏切られたような泣き顔になるが、腐っても若頭補佐だ。組織の幹部として何が大事で何を後回しにするかくらいは承知している。
「…………うん、わかった」
涙をグッと堪えて、不承不承に頷いた。
レイジは振り向いていた顔を前に戻すと、小さな声で続ける。
「ただし……幸か不幸か向かう先は同じです。もし道中で若を見つけることができたならば……保護することも適うでしょう」
マリは花が咲き誇るような笑顔を浮かべた。振り返らなくてもわかる。
目元からこぼれ落ちた涙が朝露のように彼女の頬を伝う。
「うん! ありがとうレイジ兄ちゃん!」
「……兄ちゃんは止めなさい。呼び捨ててでいいと言ったでしょう」
照れ隠しに眼鏡の位置をクイクイと何度も直す。
この丸眼鏡を選んでくれたのは、他でもない妹なのだが――。
「そうと決まれば……急ぎますよマリ!」
「合点承知の助!」
レイジが飛行系技能の速度を跳ね上げれば、マリもそれに追いつけ追い越せの勢いでついてくる。その後ろに不死者軍団が遅れず続いた。
指南針は奇しくも、向かうべき宇宙卵のある方角を指したままだ。
「何事もなければいいですが……」
宇宙卵が育ちつつある現場もだが、いきなり指南針が指し示したホムラに冠しても切にそう願う。どうしても関連性を疑わずにはいられない。
その矢先、不吉の前触れが大々的に現れた。
何の前触れもなく――炎の壁が行く手に立ち塞がったのだ。
「なになになに!? バッドデッドエンズの攻撃!?」
空中で急ブレーキをかけたマリは、一刻も早くホムラの元へ駆けつけたいところを邪魔されたので、イライラがマッハで溜まっているようだった。
しかし、突っ切ることはできないと察したらしい。
感覚的なものだが、この炎の壁は分厚い。
何十mあるかわからず、燃え盛る炎もただの炎ではない。三昧真火という神仙をも焼き殺すとされる真なる炎だ。神族や魔族でもただでは済まない。
時間をかければ破れるうが、どれだけ時間がかかることか。
「これは……攻撃ではありません」
攻撃の逆――業火を張り巡らせた強力な結界だ。
首を左右に振ると、どちらの地平線の果てまでも炎は続いている。地面は勿論のこと、上空も空の果てまで火炎が立ち上っていた。
この火炎の壁は果てしなく続いている。まるで万里の長城だ。
さすがに大陸を分断する規模はあるまい。どこかで結界が途切れていると思うのだが、どちらにせよ遠回りを余儀なくされる。
足止めのつもりか? レイジが炎の壁について考察した時だった。
立ち往生するこちらに炎の壁が牙を剥いてきた。
乱れ飛ぶのは炎を帯びた斬撃、それと業火で燃える弾丸だ。
炎の壁から飛び出してきたそれらの火炎属性攻撃は、地表へと降り注いでマリが従えていた不死者軍団を焼き尽くす。
「みんな……ッ!?」
そちらにマリが気を取られた瞬間、彼女の前に燃える影が現れた。
漆黒の人影を芯として、周囲を業炎が取り巻いている。
え……? と気配を感じたマリがそちらへ振り向く前に、燃える影はマリの油断を咎めるように赤熱化した刃を振り下ろしてきた。
けたたましい金属音が辺りを騒がせる。
レイジの操る無数の鎖が、真っ赤に燃える刃を縛り上げていた。
極寒の冷気を帯びた鎖は灼熱の炎をまとう刃に絡みつき、マリの顔面へ振り下ろされる寸前で食い止める。
何が起きた変わらず、マリは眉間に迫る燃える刃を見つめていた。
冷気と熱気がぶつかり合い、凄まじい蒸気を吹き上げる。
熱い湿気をまともに浴びて我に返ったのか、マリは顔を濡らして飛び退いた。
それは蒸気によるものか――はたまた冷や汗か。
レイジの手から何条もの鎖が走る。
決して溶けない氷でできた鎖は赤く燃える刃のみならず、それを振るう燃える影も縛ろうとしたのだが敵も然る者、しっかり反撃を繰り出してきた。
「……シィッ!」
歯を噛んだまま息を吐く呼吸で、燃える影は一気に動き出す。
炎の刃を暴れさせ、絡みついた氷の鎖を振り払う。
いや、斬り払われてしまった。
並の炎ならば凍り付かせるほどの冷気を凝らした氷の鎖を、それを上回る熱気を宿した刃で打ち砕くように斬られたのだ。
この暑苦しい熱量――レイジには覚えがある。
燃える影を封じるために投げた鎖も遇われてしまう。
だが、蜘蛛の巣ように覆い被さる氷の鎖が鬱陶しかったのか、燃える影は鎖を斬り払って大きく飛び退いていく。
距離を置くことで、ようやく燃える影の全貌を捉えることができた。
目を見張ったレイジは喉の奥で呻いた。
マリは両手を口で押さえて小さな悲鳴を漏らす。
「「……ゲンジロウ」」
燃える影の正体は、末弟とともに行方を眩ましていた長兄だった。
穂村組若頭――ゲンジロウ・ドゥランテ。
実力は穂村組最強の顧問バンダユウに次ぐ№2、いずれ組長となるホムラの右腕として若頭の地位を任せるに相応しい漢だ。
久しぶりの再会だが、レイジもマリも声が出ない。
ゲンジロウのあまりにも変わり果てた姿に絶句するしかなかった。
『――昭和の任侠映画で主役を張れる』
ゲンジロウにはそのような印象があった。
目付きの鋭い一匹狼を思わせる精悍な風貌、右頬から首筋にかけて引き裂かれたような向こう傷が特徴的だ。
長くも短くもない髪は適当に引っ詰め、後頭部で髷にしている。
長身ではあるが巨躯ではなく、鍛え抜かれた堅牢な肉体美を誇るが太めには感じられない。優れた鋼を幾重にもより合わせたかのような、柔軟にして頑強な肉体美の持ち主だ。無駄な脂肪も筋肉も身に帯びていない。
着流し一枚の和装を好み、素浪人のような風体でいることが多い。
まさに昔のヤクザ映画の主役みたいな出で立ちだ。
しかし、目の前に現れたゲンジロウは“魔人”だった。
着物は上半身をさらすようにはだけているが、その肌が真っ黒に染まっているのだ。冷えて固まった溶岩みたいな硬い質感である。
全身に亀裂が走っており、その下が真っ赤に明滅していた。
冷えた溶岩の下、熱を失わないマグマが流れているかのようだ。
実際、ゲンジロウの過大能力でもある「炎の権化となれる能力」が絶えず脈動しているのだろう。亀裂からは忙しなく業火を噴き上げていた。
右手には長ドス、左手には古めかしい拳銃。
これらも過大能力の影響を受けており、武器その物が赤熱化したままだ。
溶岩魔人ともいうべき異形と化したゲンジロウ。
眼光だけは昔のまま逞しい輝きを放っていた。
敵に洗脳された形跡はない――長兄は以前のままだ。
そのことに少し安堵したレイジだが、だとしたら彼が最悪の選択肢を選んでしまったことに見当がついてしまい、悔しさのあまり舌打ちした。
「さすがだな……賢弟」
途切れがちな喋り方、ゲンジロウならではの癖だ。
「お褒めに与り光栄ですよ、愚兄」
せめてもの意趣返しにと、これまで一度も使ったことのない言葉で愚かしい道を選んだ長兄を叱責してやった。この程度では気が済まない。
御為ごかしの会話をする時間も惜しい。
レイジは単刀直入に問い詰める。
「最悪にして絶死をもたらす終焉の軍門に降りましたね?」
ええっ!? とマリは驚愕の声を上げる。
レイジも驚きのあまり叫びたい気分だし、このバカ兄貴とアホ弟にみっちり説教してやりたいが、妹の手前もあって冷静に振る舞う。
「……………………」
ゲンジロウは硬そうな唇を一文字に結んで押し黙る。
無口な彼の場合、これは肯定と受け取っていい。
会話が不得手なゲンジロウに変わり、弁の立つレイジが話を進める。現実世界でも番頭であるレイジが営業として応対することが多かった。
異世界に飛ばされても、役回りは変わらない。
洞察力を働かせて、どうしてこうなったかを推察していく。
「ゲンジロウが単身バッドデッドエンズに加わる理由がない。仮に若様を人質に取られて『言う通りにしろ』と脅迫されても、責任感の化身であるあなたは我が身を顧みずに若を助けるか、その場で腹を切って自害する……」
ゲンジロウの性格上、この二択を選ぶはずだ。
しかしゲンジロウは現在、敵側に寝返った行動を取っている。
これは即ち――。
「若様が最悪にして絶死をもたらす終焉に与すると決めたのですね?」
えええっ!? とマリが再び愕然とした声を漏らす。
そう考えるしかなかった。でなければ、一度でも敵対した相手には心を許さない気概を持つゲンジロウが、バッドデッドエンズに加入するわけがない。
ツバサ率いる四神同盟とも、ホムラやバンダユウが「合流するぞ!」と宣言しても、最後まで「……嫌だ」と態度で示した男である。
家族を、仲間を、組員を――殺戮した集団に身を置くはずがない。
だが、先にホムラが軍門に降れば話は別だ。
ホムラを守り支えるため、ゲンジロウも後へ続くに違いない。
ゲンジロウは瞼を閉じて沈黙を貫く。
「……………………言うな」
最後に辛そうな声でそう告げてきた。
「ツバサ君絡み……あるいは、ミロちゃん絡みの案件ですか?」
愚かしい、とレイジは嘆息する。
ホムラが寝返る理由など、それらの他に思い当たらない。
破壊神から「ツバサ君が欲しくないか?」とか「ミロちゃんに仕返したくないか?」などと唆されたら、ホムラは安易に乗っかりかねない。
あの子には才能がある――だが精神年齢が幼かった。
我慢や辛抱ができず、思ったままに行動する直情径行が強い。
甘やかしすぎたか……レイジはバンダユウの苦悩を分かち合っていた。
「ツバサ君とミロちゃん……比翼連理というべきか、相思相愛と言うべきか、あの2人の間に割り込む余地はありません。一目瞭然なのに、何故そこまで固執するのですか? 若様は……あの子はそこを理解しようとしない」
我が弟ながら嘆かわしいくも愚かしい。
面と向かって「愚弟!」と罵倒しながら説教したいくらいだ。レイジの本音に勘付いたのか、ホムラを愚弄されたゲンジロウが声を荒らげる
「黙れ! 貴様に……若の何がわかる!」
長兄に恫喝されようともレイジは臆さない。
敢えて反感を露わにすると、隠していた怒気を遠慮なくぶつけてやる。
「ええ、わかりませんよ……でも、お互い様でしょう?」
レイジの表情は厳しいが、両眼はどうしても潤んでしまった。
愚かな兄弟でも想うからこそ――悲しいのだ。
届かぬ想いと知りながらも、言語に変えて叩きつけてやる。
「血を分けた弟妹が涙を枯らして心配しているのに……生まれた時から我が子同然に見守ってきた叔父貴が心を砕いているのに……叶わぬ恋心とくだらない敵愾心から、家族を裏切る愚弟と、それに盲目のまま従う愚兄……」
あなた方の気持ちなど――さっぱりわからない。
愛のままにわがままに、なんて昔の歌のフレーズを思い出す。
あれは良い意味で歌詞に含まれていたが、ホムラやゲンジロウのそれは自分本位から生じる、身勝手すぎる愛と迷惑を顧みないわがままだった。
「自分勝手なんですよ、あなたたちは……ッ!」
相手への配慮に欠けた愛なんて、一方的な欲動と変わりない。
他者への遠慮がないわがままは、暴君の振る舞いにも似たる。
「どうして……ゲン兄ちゃん、若ちゃん……」
いつしか、マリも二人の兄弟を想って涙を流していた。
自分が口を挟むと、場の空気を茶化すようになってしまうだろうと自重していたようだが、レイジの思いの丈に共感して涙が止まらないらしい。
ゲンジロウも辛そうに眉をしかめている。
顔の皮膚も冷えて固まった溶岩のよう硬くなっているのだが、それがボロボロと崩れるほど形相を変えていた。苦虫を噛み潰したような表情である。
苦渋の決断を下したかのような懊悩が垣間見える。
「すまん……だが、こうするより他ない」
裏切りの謝罪を述べると、釈明するように続けた。
「俺はホムラを……弟を……裏切れない。母上との約束も……破れない……あの子の意志は……どんなことであろうと……尊重してやりたい」
「弟を甘やかしたい気持ちは解しましょう」
だが――ゲンジロウのそれは度が過ぎているのです。
正論で殴られた長兄は申し訳なさそうに俯いたのだが、すぐにグン! と顔を上げると投げやりな覚悟を決めた顔で訴えてきた。
「わかっている! だが……俺は、弟も母上も裏切れないんだ!」
右手の長ドスは天にも届くような火柱を吹き、左手の拳銃は恒星でも宿したかのような目も潰れるほどの閃光を発する。
長ドスの切っ先と拳銃の銃口、それぞれがレイジとマリを狙う。
「賢弟……おまえはそれでいい! おまえたちが……正しい! ホムラのやり過ぎを諫めてやってくれ……俺は……最後まであの子の味方をする!」
狂気に焦げる双眸は明確な殺意をギラつかせていた。
これはゲンジロウが本気を出す兆しだ。こうなると説得は望めない。
もう一度あからさまな嘆息をしてから、長く息を吸い込む。
これから始まる死闘に備えるためだ。
「本当に不器用な人ですね、あなたは……」
レイジも戦う覚悟を決め、得物となる氷の鎖を何条も用意する。そっとマリにも目配せをすると、「あなたも覚悟をしなさい」と共闘を求めた。
ゲンジロウもLV999に達している。
考えたくはないのだが、あの変わり様から読み取れることはひとつ。
破壊神の力を受け入れたのだ。
でなければ、異相で短期間パワーアップを経たレイジたちのLV999に追いつけるはずがない。いや、単純なパワーであれば追い越しているだろう。
同じLV999だが――ゲンジロウの方が格上だ。
レイジ一人では勝ち目が薄い。マリの協力は不可欠だった。
「……遊撃要員を任されて正解でした」
こんなブラコン馬鹿アニキ――放置できるわけがない。
「世間体も悪いから内々に処理しませんと……他の方に任せるわけにも行きませんから、どこに現れても我々が馳せ参じるべきでしたよ」
遊撃役でなければ悔やんでいたことだろう。
「やめてレイジ兄ちゃん、聞いててやるせなくなってくる……」
覚悟がついたのか諦めがついたのか、マリもようやく状況が飲み込めるようになって言葉を発することができた。ずっと絶句していたのだ。
片手で口元を押さえて、えっぐえっくと悲しげに嗚咽を繰り返すマリだが、その片手には武器である鉄扇を構え直していた。
ゲンジロウとの戦いは避けられない、と彼女なりに悟ってくれたらしい。
「兄妹二人掛かりで長兄に挑むのは何年振りでしょうか……」
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