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第21章 黒き世界樹そびえる三つ巴の大地
第516話:クトゥッグオルの末裔は安寧を夢見る
しおりを挟む「……あら? リアクションがないですわね?」
肉塊より生じたお姫様は不安そうに首を傾げていた。
グニョン、と柔軟に曲がる長い首は骨格を感じさせず、軟体生物みたいに筋肉の硬さだけで形を保っているようにしか見えない。
フランス語と日本語のちゃんぽんで挨拶してきた謎の女性。
見掛けこそ人間を模しているが別物だ。
別次元への“門”である次元の裂け目が閉じるのを我が身で防ぎ、その不定型な肉塊を変化させて形作られたのは、身長3mを越えるグラマラスなお姫様。あるいはお嬢様なのかも知れないが、そこは些細なことだろう。
彼女は十中八九――蕃神の一柱だ。
その身に宿す力は“王”に匹敵するが、ちょっとばかり引けを取っていた。それでもただの眷族では歯が立たない強さを感じさせる。
分身態に警護されるミロも、唖然とした面持ちで彼女を見つめていた。
「あの人……ツバサさんよりおっぱいデカい!」
「注目してたのそこかい」
もはや慣れっことばかりにツッコミを入れたのは殺戮の女神だった。一応、分身にも意識や思考はあるので呆れた表情を浮かべていた。
諦念を極めた顔で天空の女神も口を開く。
「……ていうか、ツバサより胸が大きい人なんて何人もいるだろ」
起源龍ジョカやメイド長ホクトは最たる例だ。
もっとも彼女たちは2m前後の巨女。体格が大きいから比例して胸も大きいという計算が成り立つ。ブラのカップサイズならツバサのが上である。
あのお嬢さまの場合――身体が大きいだけではない。
明らかに乳房や臀部の大きさが尋常ではなかった。かのマリー・アントワネットもとてつもなく巨大な乳房だったと言い伝えられているが、彼女の乳房も大きさばかりではない。高貴な雰囲気をまとわせた美しさが備わっていた。
(※マリー・アントワネット=18世紀のフランス国王ルイ16世の妃。身長154㎝でウェスト58~59㎝。バストは109~112㎝あったという)
超爆乳ながらも気品のある美乳なのだ。
「五神同盟のおっぱい星人たちが騒ぎそうですね……」
唯一口調の違うのは魔法の女神。
彼女だけ巫女ククリの母親から受け継いだ魂の影響のせいか、母性本能や女性の意識が強いため口調や態度がツバサ当人と比べて女性的だった。
ククリの母親が中にいる、とツバサも感じている。
肉塊のお嬢さまを見つめる瞳は半眼よりも研ぎ澄まされていた。
その時、通信でフミカからの推察が届けられる。
『彼女……もしかするとレッサー・オールド・ワンかも知れないッス』
『レッサー? レッサーデーモンとかのレッサーか?』
レッサーは「~より小さい」「~より劣る」を意味する。この場合、レッサーデーモンは「デーモンだけどデーモンより劣る小型種」と言い表している。
レッサーパンダなら「小さいパンダ」というわけだ。
(本来パンダの名称で呼ばれていたのはレッサーパンダが先。しかしジャイアントパンダが発見されて知名度が上がると、こちらが普通にパンダと呼ばれるようになった。区別するためにレッサーパンダと再命名された経緯がある)
日本語に訳すならば――小型の旧支配者。
クトゥルフやハスターにクトゥグアといった大いなる旧支配者ほどの強大な力こそ持たないが、深きものやビヤーキーに夜鬼などのような奉仕種族や眷族では足下にも及ばない力を持つ実力者の総称だという。
旧支配者に準ずる存在――ゆえにレッサー・オールド・ワン
深きものどもの始祖、父なるダゴンに母なるヒュドラ。
夜鬼ナイトゴーントの首領、イェグ=ハ。
無貌の神に仕えるシャンタク鳥の太祖、クームヤーガ。
各種族を束ねる地位にある者たちが、旧支配者に準ずる力を持つ神格としてレッサー・オールド・ワンに数えられることが多いらしい。
「その小型の旧支配者が……フレンドリィに挨拶してきただと?」
この事実をツバサは素直に受け止めきれなかった。
当然だ。困惑すること頻りである。
蕃神たちには幾度となく交渉を持ちかけてきたのに、反応があった蕃神や眷族はこれまで一匹たりとていない。祭司長や亜座に寄球といった事例はあるものの、彼らは一方的に用件を伝えに来ただけで終わっている。
あんな一方通行な対話は交渉とは呼べない。
ここまでポジティブに愛想を振り撒く蕃神は初めてだった。
フランス語と日本語交じりで喋る彼女がどのような言語を用いているか定かではないが、こちらと会話する意志があるのは間違いない。
「蕃神が……話し合いを持ち掛けてきたっていうのか……?」
戸惑うツバサは即座に対応できない自分に苛立つ。
そして、五神同盟の仲間たちまで誰しもが呆気に取られていた。
おっぱいに釘付けのミロとコイツを除いて――。
「っかぁー惜しいッ! 黒髪だったら全然タイプだったのになーッ!」
剣豪セイメイが顔に平手打ちで残念がっていた。
この男、女性の好みがかなり特殊で「190㎝ある自分よりも大きい巨女で、スタイルも爆乳巨尻とバツグン、そして黒髪のロングヘア」という3つの条件をクリアしないといけないのだ。注文の多い性癖である。
だが人間化した起源龍ジョカがまさにドンピシャの姿だった。
その場で求婚から入籍したイベントは今でも語り草になっている。
(※102話参照)
肉塊のお姫様は正体はどうあれ、見た目だけなら3mを越える巨人みたいな美女でバストやヒップの大きさも人間離れしていた。ただし髪は長いが黒髪ではなく、肉塊を思い出させるショッキングピンクに染まったウェーブヘアだった。
おまけに蠕動するのか絶えず揺れ動いている。
セイメイは「できれば黒髪ロングでストレート」とワガママを言うはず。
だから「惜しい!」と喚いてるわけだ。
……デカい分には人間離れした3mでもいいのは新事実だが。
浮気と取られてもおかしくない発言をしたセイメイは甲板におり、ツバサはミロや三人の分身態とともに次元の裂け目が開いていた宙空に浮かんでいた。
距離があるもセイメイを睨みつけたツバサは通信を送る。
『……ジョカに密告るぞ、この尻軽野郎』
『勘弁してください、土下座します、謝ります、働きます、仕事します』
だから忘れてください! とセイメイは甲板が凹む勢いで土下座をしながら通信越しに謝ってきた。今回は大目に見てやるとしよう。
しかし、バカのおかげで気を取り直せた。
非日常の連続だが、日常が挟まれたことで落ち着いたらしい。
肉塊から生まれたお姫様の真意はまだわからないが、好意的な挨拶をしてきたところから、いきなり戦争を吹っ掛けてくる意志は感じられない。
その手の輩は笑顔に殺気を織り交ぜてくるはずだ。
だが、彼女が送ってきたのは愛嬌。
五神同盟と平和的に語り合いたいと態度に表している。
……蕃神が真なる世界に生きる種族を観察した結果、このようにすれば油断を誘えると学習した結果の擬態行為という恐れもあるかも知れない。雰囲気から安全性を読み取りつつも、慎重派のツバサは楽観視しなかった。
石橋を鉄橋に補強して、護岸工事までしないと川を渡らない。
そこまでと評される用心深さがツバサの持ち味だ。
気持ち的にはすぐさま彼女の前へ降りて、あれやこれやと問い詰めてみたい心境に駆られるが、もう少し彼女の様子を観察しておきたかった。
相変わらず無反応な五神同盟の面々。
それに対して彼女はどのような行動を取るだろうか?
肉塊のお姫様は90度を超えて120度くらいまで傾けていた首を縦に戻すと、長い腕を胸元に寄せて長い指で胸の谷間を弄っていた。
腕まで潜り込む深い深い谷間におっぱい星人たちは釘付けだ。
取り出したのはアンチョコみたいな手帳。
「あら~? おっかしいですわねぇ……言語設定間違えたかしら? こちらの次元ですと意志ある発音は翻訳されるとあったのに……念のためにとこちらの世界と縁のある言語まで用いたはずなのですけれど……」
ペラペラと手帳を捲って確認をする肉塊のお姫様。
随分と人間臭い仕種に眉を顰めそうになる。
擬態だとしたらエラい手が込んでるな!? とツッコみたい。
すると彼女のテントみたいに大きなドーム状のスカートが泡立ち、小さな頭がいくつか浮かんできた。それは肉塊から瞬く間に形を成していく。
現れたのは――女中の頭部。
外見上は少女の容姿ながら、体格のスケールが幼児くらいしかない。
抱えられる愛玩人形を思い出すサイズ感だ。
そんな女中たちが5つ、お姫様の肉塊スカートから生えていた。腰ぐらいまで姿を現しており、ちゃんとメイド服まで着込んでいる。
「はい、お嬢様の言葉は正しく発声されておりました」
「先ほどから拾える周囲の人々の言葉も地球の言葉として聞こえますね」
「この空間にいる方々は日本語なる言語を使用しております」
「どうも参考にした資料に他言語が混入していたものと思われます」
「この日本語なる言語、様々な言語を取り込んで使用しているようですね」
口々にお嬢様へ報告する小さなメイドたち。
聞き捨てならない単語もあったが――ここでは触れずにおこう。
彼女たちは肉塊のお嬢様(メイドの弁によればお姫様ではないらしい)の一部にしか見えないが、生命力を感知できたので別個の生物のようだ。
素は肉塊のスープ――状況に応じて肉体を自由に変形できる。
彼女たちはそういう特性を備えた種族らしい。
『バサママ、何十回も分析を掛けてみたッスけど……』
通信でフミカが恐る恐る話し掛けてきた。
『誰がバサママだ……それで結果は? 彼女たちは何者なんだ?』
『恐らくはショゴス……ッス多分』
『ショゴス? 深きものどもが使ってた生体兵器の?』
つい聞き返してしまった。そもそも分析結果を伝えるフミカも『恐らくは多分』と歯切れが悪いのが気に掛かる。いつもの彼女ならば多少未確定な部分があってもズパッと断定しているはずだからだ。
そこを指摘するまでもなく博覧強記娘は弁明を始める。
『98.7%の確率で「あれはショゴスです」って判定されるんスけど、内包してるパワーがさっきまで暴れてたショゴスと桁違いなんスよ。彼女、これまでウチらが遭遇してきた蕃神の“王”に負けず劣らずのエネルギー持ちッスよ』
『だからレッサー・オールド・ワンか……』
フミカがその名称を先に出した気持ちがわかった。
ショゴスにも始祖や首領に相当する存在がおり、ショゴス・ロードというショゴスの上位種もいる。フミカのクトゥルフ神話談義でも聞かされていた。
ならば彼女はショゴス・ロードなのか?
しかし、ロードの名を冠しようともショゴスが旧支配者に近い力を持っているなんて話は聞いていない。もしかするとツバサたちも知らない、クトゥルフ神話の原典にも記されていない種族という線もある。
「どいつもこいつもドロドロのスライムみたいでこんがらがっちゃう」
ミロが愚痴るように言った。
確かにクトゥルフ神話の邪神たちは「肉体に決まった形がなく不定形」と記されている者が多いので、アホの子にはみんな同じに見えてしまうのだろう。
「いくらでも融通が利く肉体と考えれば敵として最悪だけどな」
武道家のツバサにはそちらの方が恐ろしかった。
前にどこかで似た懸念を抱いた覚えがあるが、不定形の身体構造を持つ敵は戦いにくい。武術を修めた者ほど困惑すること請け合いだ。
関節を極める、血管を締める、急所を狙う、気道を圧迫する……。
身体構造の限界を知った上で編み出された武術は、定められた形を持つ肉体だからこそ通じる。気分次第でそれらを変える相手には意味を成さない。
ショゴスのようなスライム型の生命体はその筆頭である。
恐らく、渾身の打撃も大した効果を望めないだろう。
そんな危機感に対策を練りながら、お嬢様の動向から目を離さずにいた。
「あ、もしかして……私の声が小さかったのかしら?」
ショゴスのお嬢様は両手でパタンと手帳を閉じた。
「じゃあもう一度、この辺り一帯にいらっしゃる皆様方にも聞こえるよう元気よく声量を爆上げして……すぅぅぅぅぅぅ……ッ!」
ボンジュール皆様方ァァァーッ! と裂帛の気合いで叫んできた。
声優みたいに愛らしい美声が凶器となる。
距離が離れていても鼓膜が痛む音量だ。至近距離で聞いていたら爆撃並みの音波に当てられて意識が飛びかねない威力だった。
お嬢さまが叫び終わると同時に、メイドたちが再び声を掛ける。
「あ、わかりましたお嬢様。ボンジュールが別言語のようです」
「日本語ならばボンジュールの部分を『ごきげんよう』に訂正すべきでしょう」
「参考にした資料が些かよろしくなかったようでございます」
「この登場人物、ボンジュール皆の衆と挨拶しておりましたからね」
「なるほどなるほど、承知いたしましたわ」」
ごきげんよう皆様方ァァァァァァーッ! と追加の咆哮が飛んでくる。
もはや音響兵器――音爆弾と評せる威力だ。
神族や魔族でも鼓膜を劈く大音量に思わず耳を塞いでしまう。
思わず「攻撃してきたのか!?」と身構えたくなる破壊力だが、その美声に込められているのは誠心誠意の挨拶。敵意どころか悪意とも無縁だった。
蕃神には違いないが、こちらと争うつもりは毛頭ないらしい。
これ以上の無視を決め込むのが可哀想になってきた。
あちらの思惑はまったく読めないが、会話を求めてくる点だけでも今までの蕃神と比べたら好意的と捉えていい。決して油断してはいけないと気を引き締めるものの、相手をするくらいの譲歩はいいだろう。
分身たちにミロの護衛を任せたツバサは彼女の許へ向かおうとする。
『――待ちたまえツバサ君』
そこへ軍師レオナルドから待ったが掛かった。
通信でツバサを止めた理由を語る。
『いきなり君が接触しては王手を掛けるようなものだ』
『いくら蕃神だからって最低限の礼儀を払ってきた相手に、出会い頭で「こんにちわー!」と叫びながら殴りかかったせんわ』
俺をなんだと思ってる? とツバサは悪態で返す。
どんな戦闘民族であれ、そこまでの暴挙には及ぶまい。蕃神の一員だからと喧嘩腰に話し掛けるつもりなどツバサには毛頭なかった。
『そうじゃなくて……彼女は先ほどの総攻撃をどこからか見ていたに違いない。君が超新星爆発を炸裂させたのも目の当たりにしたはずだ』
『ああ、そういう意味の王手か』
レオナルドの言わんとすることを理解した。
蕃神の“王”を百体以上は巻き込んだであろう超新星爆発。
それを操るツバサが彼女の前に現れれば「変なことしてみろよ。恒星で消し炭にしてやるからな」と脅しを掛けるも同然だと言いたいのだ。
ツバサが彼女の前に立つのは示威行為に等しい。
『仮にも話し合いを求めてきた相手。穏便に取り計らおう』
『だから喧嘩腰でお迎えするつもりはないって……俺は最終兵器か何かか? いくら何でも出会った途端に滅ぼすような真似はしないぞ』
『こちらにその気はなくともお客さんの心証を酌まないとね』
――ここは私に任せてくれないか?
レオナルドは交渉役を買って出ると進言してきた。確かに話術に長けるという点において、この軍師殿は五神同盟でも一二を争う口達者だ。
客人に礼を欠くこともないし、会談を拗らせる心配もない。
ツバサに負けず劣らずの慎重派だから下手を打つ心配もなさそうだ。
だが、ひとつだけ懸念がある。そこを確認しておこう。
『おまえ……あの超乳に目が眩んでないよな?』
『公私は弁えているつもりだよ。正直、魅かれるものはあるがね』
両手を見せて肩をすくめ鼻で笑う。
飛行母艦の甲板でレオナルドは賺したポーズを取っていた。
冗談半分だが怒鳴り声で反論せず、皮肉に本音を混ぜて返してきた。この調子なら異形との交渉でも利口に立ち回ってくれそうだ。
ついでにおっぱいに惑わされて馬鹿な真似もしないだろう。
ツバサの後ろで殺戮の女神とミロがヒソヒソ話をする。
「レオの野郎、おっぱいはデカけりゃいいってところあるからな……それこそ巨乳や爆乳どころか常識はずれな大きさの超乳でもイケるし」
「あー、獅子のお兄ちゃんの本命のお姉さんがそうだっていうもんね」
ミロもクロコから話くらいは聞いているようだ。
GM №03 マリア・ナムゥテール。
レオナルドの初恋にして想い人であり、クロコを筆頭とした爆乳特戦隊の面倒を彼に押し付けた張本人。今は真なる世界を侵略者の手から護るべく、ツバサたちのような存在を命懸けでバックアップしているらしい。
マリナの父親であるGMトップのマーリンのお仲間だという。
彼女がツバサを越える超爆乳の持ち主なのは五神同盟が知るところだ。
レオナルドの前で言及すると機嫌を悪くするので禁句となっているが、人の口に戸は立てられない。なんとなく広まった次第である。
(※爆乳特戦隊の口が軽いのが主な原因)
『……というかだねえ、肉塊からあのお嬢様に変形するところをまざまざと見せつけられたのだから、そんな我を忘れて溺れるなんて有り得ないだろ?』
異形に恋するほど渇いてないよ? と軍師殿は抗議してきた。
『でも、おまえ超乳も大好きだろ?』
『だから公私は別だってば!? そりゃ見た目だけなら割とタイプだが!』
よし、言質を取れたので許してやろう。
『では軍師殿に謎のお嬢様との交渉役を託そう……だが条件がある。一人で彼女の前に立つな。獣王神と冥府神のお二人に同行してもらえ』
『護衛ってんならおれが行くべきじゃない?』
先の浮気発言もあってかセイメイが労働意欲を見せてきた。
鯉口を鳴らす剣豪にツバサは「今回はなし」と控えに回るよう伝える。ツバサが軍師から受けた駄目出しと同じ理由からだ。
『確かにアハウさんとクロウさんに同行を頼んだのは不測の事態に備えた戦力としての意味合いもあるが、どちらかといえば話し合いに応じる知識人としての雰囲気が強いからだ。セイメイは護衛としては頼もしいが……」
『話し合いの場には血生臭すぎると、OKOK』
んじゃ補欠ってことで、と納得したセイメイは鯉口を鳴らすのを止めた。
『……というわけで一緒に立ち会ってもらえませんか?』
改めてツバサはアハウとクロウに打診する。
『ええ、承りましょう。私も蕃神との交渉には興味があります』
『おれも同感だな。危機管理も含めて間近にしてみたい』
二人とも快く引き受けてくれた。特にアハウは文官と表したツバサの言葉を重要視してくれたのか、戦闘用の悪魔みたいな巨体から人間サイズに戻ると余所行きのスーツに着替えて交渉人に相応しい装いになってくれた。
レオナルドは二人に目配せをすると前に出る。
これにアハウとクロウも頷き、後に続いて歩き出した。
甲板から飛び降りた三人は、先ほどまで激しい戦いが行われていた荒れ地に着地する。場所は肉塊のお嬢様から10mほど離れた地点だ。
これだけの間合いがあれば神族なら即応できる。
土埃を立てずに舞い降り、少しだけ歩み寄るように距離を詰めていく。
「ご挨拶いただいたのに対応が遅れて申し訳ありません」
遅参の非礼を詫びた軍師は胸に右手を当ててお辞儀をした。
「私はレオナルド・ワイズマン。この世界の片隅にある一国にて軍師を務めさせていただいている者です。いくつかの国家が志を共にする五神同盟という組織に属しております。どうぞお見知りおきを……」
「ああっ良かった! こちらの言葉が通じてるみたいですわね!」
肉塊のお嬢様は顔の前で両手を合わせて喜ぶと、少女のように笑みを綻ばせていた。無邪気な微笑みにも見えれば、老獪な冷笑にも見える。
やはり一時たりとも表情が安定しない。
ショゴスならではの癖なのだろうか? どうにも不安を掻き立てられてしまう。
丁寧な挨拶どうもですわ、肉塊のお嬢様は会釈で返してきた。
「念のためにと事前に伺っていたお話を参考に、地球の文献などを入手して言語を学んでおいた甲斐がありましたわ。いくら自動翻訳してくださるといっても、やはり同じ言葉の方がより正しく解釈されて伝わりますものね」
嬉しそうに話すお嬢様だが、聞き捨てならない情報が含まれていた。
――地球の文献を入手しただと!?
真なる世界の文献ではなく、地球と念押ししたところからツバサたちが転移してきた事実も把握していることを匂わせてきた。のみならず、地球と往来する手段を彼女たちが持っている事実まで仄めかしている。
牽制のつもりか? あるいはうっかり口を滑らした天然か?
どれだけ技能を費やしても彼女の表情は読み取れない。常に形の定まらない美貌は本心を隠すためのフェイクという線もありそうだ。
「名乗る前に……私たちの素性を明らかにしておきましょう」
頭を上げた肉塊のお嬢様はその長い手を大きな胸へと添えていた。いつの間にか手にしていた王笏や羽団扇、それにアンチョコの手帳も消えている。恐らくああいった装飾品も肉塊でできたものだったのだろう。
空いた両手でスカートの両端を摘まんでお辞儀をする。
「我らはショゴスと呼ばれる種族――私はショゴス・ロードと呼ばれる者」
いいえ、とお嬢様は正体を明かすとともに訂正した。
「私の場合、幾多のショゴスを産んできた実績と自負がありますゆえ、貴方方の言葉に直すならショゴス・クイーンが適当かも知れませんわね」
ショゴスの名を聞いた全員に緊張が走る。
交渉に出向いたレオナルドは動揺を露わにしないが、随行したアハウやクロウは身構えこそしないものの殺気を醸し出していた。
結界の城壁を維持するヒデヨシも兵器群の起動スイッチを握り直す。
飛行母艦まで主砲の再発射シークエンスに入っていた。
この反応は仕方ない。なにせショゴスは先刻まで殺し合っていた相手だ。
古のものに創られた万能生体兵器――ショゴス。
魔皇アザトースの双子と噂されるウボ=サスラの細胞から生み出されたショゴスは、あらゆる状況に肉塊を変形させて対応する汎用性の高い生物だ。
従者となり、乗騎となり、重機となり、兵器となる。
やがて知能を身に付けると古のものに叛逆することで袂を別つ。
ほとんどは封印か殲滅されたらしい。
生き残った者はいくつかのグループに分かれて各地に潜伏。
それでも使役されるものとして創られた性なのか、他種族と協力したり結託したり……何らかの形で誰かに使われることを望む傾向があるようだ。
深きものどもの戦力として働くのはその一例に過ぎない。
同胞であるショゴスの弔い合戦にでも来たのか!?
もうすぐ幕引きの戦争に今更乱入でもするつもりか!?
短絡的だが、そんな発想に突き動かされるのも仕方ない。誰もが戦争で気が立っている心境を鑑みれば、心穏やかに対応する方が難しい。
いくら彼女が愛想を振りまいて、その正体を予見できていたとしてもだ。
況してやショゴスは生体兵器とされる種族。
終わりの見えた戦争に気構えも緩みつつあったが、闘争本能という炎に追い炊きをしてでも対峙せざるを得ない相手だった。
『待った――彼女たちは別物です』
臨戦態勢に入る五神同盟の面々を制したのは、通信網を介して聞こえてきたレオナルドの穏やかな一喝だった。声がいいのでよく通る。
全員を制止したところで軍師は持論を語り出す。
『起源を同じとするショゴスには違いありませんが、彼女たちと深きものどもに与したショゴスを一緒くたにするのは早計です』
思想、人種、国籍……人間も出自が違えば属するグループも異なる。
侵略に加担する好戦的なショゴスもいれば、君主の名を冠するリーダーがわざわざ相手国の言語を習得してまで交渉を求めてくるショゴスもいる。
そういう意味でレオナルドは別物と前置きした。
『どんな種族も十人十色、戦争大好きタカ派もいれば穏健なハト派もいる。悪人善人に事なかれ主義……蕃神と彼らに帰属する種族もそうなのでしょう』
『……話が通じる時点で異例だしな』
レオナルドの意見を飲むようにツバサも通信で呟いた。
蕃神サイドから話を持ちかけてくるなんて前代未聞。しかも好意的でこちらの文化を理解しようとする努力さえ見受けられる。
お客人を迎えるのに武器を構えるのは無礼の極みだ。
たとえそれが交戦中の敵であろうとも……。
ツバサの賛同が通信を介して仲間たちに伝わると「さすがに気が急いたか」と恥じ入るように皆が戦闘準備を解除していく。
ただし万が一への備えは怠らない。最低限の警戒は続いていた。
それで十分――軍師は安堵のため息を漏らす。
臨戦態勢の解除を確認したレオナルドは説得めいた話を続ける。
ショゴスのお嬢様についての考察についてだ。
『この電撃訪問はタイミング的に最悪なのは彼女も承知の上……そのうえで自分たちの種族をアピールできる好機とも捉えている節があります』
深きものどもの手先よろしく生体兵器として活躍したショゴス。
その脅威を目の当たりにした五神同盟が敵愾心を燃やすのは当然だが、こちらがショゴスという超常生命体についてインパクトを受けたのもまた事実。
印象は最悪だが、種族まとめて売り込むチャンスと見たらしい。
『……また、こちらが交渉相手に相応しいかどうか試している感もあります』
ここで敵意を露わにすれば――五神同盟は大義を見失う。
レオナルドは大仰にそう付け加えた。
平和的に交渉を望んできた無抵抗な淑女たち。
そんな和平の使者に刃を向けたとあれば、多種族共同体を創ろうとしている五神同盟の理念に傷が付きかねないと軍師は諭してきた。
『たとえ蕃神でも――和平を求めてきたのであれば門戸を開くべきです』
でなければ、蕃神の傍若無人を五神同盟は糾弾できない。
理性的な解決策を求めてきた相手に問答無用の武力で応じれば、蕃神の侵略行為を否定することはできない。レオナルドはそう訴えかけてくる。
これに異を唱える者は五神同盟からは出なかった。
清聴してくれたことを感謝した軍師は皮肉交じりに続ける。
『もっとも彼女たちが五神同盟の理念を読み説いたうえで、こちらの精神性まで問い質してきているのか……そこは考えすぎかも知れませんけどね』
その点はツバサも深読みが過ぎると思う。
軍師殿の言いたいことをシンプルにまとめれば『交渉に来た客人に無礼を働いたら罪悪感が半端ないですよね?』という真っ当な正論だった。
獅子のお兄ちゃん、と不意にミロが通信でレオナルドに話し掛ける。
『あの超乳お嬢様、そこまで考えてないと思うよ』
『真顔でなんてこと言うミロちゃん』
ミロのガチめなツッコミにレオナルドも真面目に切り返した。
『あの人たち、お願いがあるだけみたい』
機会は待ってたけど、とミロは直観&直感を働かせていた。
彼女の勘働きはほぼ正解を言い当てる。
最悪なタイミングをショゴスについての情報を得た直後だから好機と捉えた点についてはツバサも同意していいが、五神同盟を試す云々はさすがに軍師の考えすぎだと思いたいところだ。
お嬢様にこちらを理解する意図こそあれど、まだまだ勉強中のご様子。
試験を持ち掛けてくるにしても早すぎる。
3mという大きさはさておき、人間の姿を真似て現れて地球の言語を用いたところからして、彼女たちなりの最大限の敬意と受け取ることができた。
その肉塊でできたお嬢様が満足げに微笑んでいる。
通信網でのやり取りは高速で行い、相手に気取られないよう注意している。その僅かな時間が逡巡と受け取られても仕方ない。
だが、お嬢様は察してくれたようだ。
自身へ向けられる敵意を含んだ視線が薄れたことに気付いた様子。
「ウフフッ♡ ご理解いただけたようで何よりですわ……そう、私どもは争いを求めておりません。平和的かつ建設的な話し合いを求めて参りましたの」
「平和的……かつ建設的な交渉ですか?」
建設的という部分が引っ掛かるのかレオナルドはやや眉を捻る。
ええ、と肉塊のお嬢様は相槌を打った。
「種としての氏素性は明かしましたが、私自身の自己紹介がまだでしたわね。改めて名乗らせていただきますわ……私はキラメラ・テケリリ・テケリラ・テケリル・クトゥッグオル=サスラ・サルローナメ三世と申します」
これが彼女の姓名まで含めた正しい名前とのこと。
フルネームを名乗ったお嬢様はこの地を訪れた理由を切り出す。
「私たちショゴスは――真なる世界への亡命を希望いたします」
はああああッ!? と驚愕の声が木霊した。
通信網だと音割れするほど叫んだ者もいてちょっと耳が痛いくらいだが、驚きのあまり絶句して言葉を忘れる者も少なくなかった。
また、この展開をある程度まで読んでいた者も数名いる。
レオナルドやツバサがそうだった。
武術の鍛錬により鍛えられた高度な先読みは、日常的に研ぎ澄ますことで先々の出来事を予知できる鋭敏な洞察力となるまで鍛え上げていた。
それでも刹那――呆気に取られて目を剥きかけてしまった。
別次元の住人が真なる世界に敬意を払う。
それだけのリスペクトをするからには、相応の何かを要求してくるだろうと踏んでいた。協力の申し出か援助の要請か、あるいは真なる世界への移住権。
亡命の希望は移住権に該当するものだ。
キラメラと名乗るお嬢様は間髪入れず早口で続けてくる。
「勿論、今すぐ無償で移住させろ……なんて恥知らずなことは申しませんわ。交渉を経て相互理解を深めた後、お互いに利となるものが何なのかを見定める。そこまで話が進んでから様々な約定を交わして、私たちの亡命を認めていただきます」
「ちゃんとした手順を踏んでから……というわけですね」
権利ばかり主張する横暴な難民より、百倍は筋の通った提言だった。
……あれ? 思ったよりマトモだなこのお嬢様?
筋を通すという表現にも好感が持てる。
本当に蕃神でショゴスなのか? と疑いたくなる律儀さだ。
当然ですわ、とキラメラは羽団扇を広げる。ほんのり隠した口元は引き締まり、レオナルドを見据える瞳はゆっくり瞼を細めていった。
声音にも真剣さを帯びていく。
「組織同士が約束も交わさず交流を育むなど愚の骨頂。その関係性はいずれ破綻するに決まってますわ。況してや私たちは次元を超えた異なる種族。貴方方の世界の庇をお借りするからには、そちらの決まり事に順応しなければなりません」
互いの理解を深めること、互いの権利を尊重すること。
そして、超えてはならない一線を守ること。
共存するために重要な点をちゃんと押さえておきたいようだ。
「親しき仲になる前に礼を失さないように弁えるべき礼儀を、盟主である私は元より眷族の一人一人にまで知らしめなければ……これが大前提ですわ」
あくまでも両者が納得尽くでなければ話を進めない。
キラメラはその点を強調した。
亡命からの移住を求めるに当たり、彼女はこちらに迷惑を掛けることへの謝意を忘れることなく、自分たちの尊厳も脅かされないように努めていた。
なるほど――彼女の考え方は建設的だ。
冗談抜きで真なる世界への移住を考えている。
本来ならば不定型な肉塊でしかないはずの本性に、対外的とはいえ人間を模した姿に変えたところに共存への意気込みを見出すべきだろう。
気を遣わない相手に身嗜みは整えない。
本気で交渉を望む者には、こちらも本腰を入れねば無作法というもの。
軍師レオナルドも面構えを引き締める。
「……ええ、我らの故郷にもこんな言葉があります」
郷に入っては郷に従う、レオナルドはこの慣用句を持ち出した。
「キラメラ様の亡命に掛ける思いの丈とこちらへの配慮……その片鱗を知ることができました。では立ち話も何ですから、あー……」
場所を変えましょう、と言いかけて軍師は言葉尻を濁した。
交渉の場――どこにセッティングするべきだろうか?
これに悩んで即答できずにいた。
いくら和平を求めてきた使者とはいえ、蕃神を気軽に味方陣地へ誘導するのは憚られる。五神同盟の本拠地へ招くわけにもいかないし、飛行母艦の会議室というのも頂けない。地下都市をお借りするなど以ての外。
交渉の会場どこにしよう? レオナルドの目が泳いでいる。
こういう詰めの甘さが軍師気取りと侮られる所以だ。
「よぉよぉよぉ、賢持さん賢持さん」
その時、レオナルドを現実の姓名で呼ぶ声がした。
そちらに振り向けば国会議事堂も裸足で逃げ出すような、立派な会議場がそびえ立っていた。数分前までは何もない荒野だった空き地にである。
会議場の前に立つのはヒーローチックな豊臣秀吉。
もとい、日之出工務店社長のヒデヨシである。
片手に工具を握ったままのヒデヨシは、出来上がったばかりとしか思えない会議場の壁を得意気にペシペシと叩いていた。
「お嬢さんとの会談場所だろ? そう思って建てといたぜ」
五神同盟の工作者はみんな超一流。
会談のための議事堂を一分足らずで建設するなど朝飯前だ。
「ありがとうございます、助かります」
本当に助かった……と言いたげな表情でレオナルドは感謝を述べた。この二人もなんだかんだで現実で交流があり、気心が知れているようだ。
「では立ち話も何ですので、こちらの会議場へ場を移しましょうか」
レオナルドが誘導するように手を差し伸べると、先導するべく歩き出した。それに補佐官よろしくアハウとクロウも追随する。
「不躾な訪問にも関わらずの歓迎……感謝いたしますわ」
キラメラは一礼してから彼らに続いて歩き出した。足音がしないことからドーム状のスカートの下はスライム状の肉塊を蠕動させているらしい。
地面に足跡もついていない。
いつの間にかお嬢様から分離した何体もの小型メイド。
愛玩人形みたいな彼女たちもキラメラに従うように歩き出す。彼女たちも足下もロングスカートで隠れており、足音どころか足跡も見当たらなかった。
『……ナメクジみたいな粘液の跡もついてないね』
『スライム型モンスターあるあるだな』
口にするのはさすがに失礼と思ったのか、ミロはキラメラへ聞こえないように感想を通信に乗せてきた。ツバサも合わせて通信で返事をしてやる。
ツバサは会議場へ入るレオナルドたちを見守っていた。
その時――ふと妙案を閃く。
ツバサはレオナルドへ呼び掛けるように用件を伝える。
『レオ、その交渉会議だが俺も参加させてくれ』
さっそく不満げな声が返ってきた。
『いや、だから駄目だと言っただろう? 多くの蕃神を葬った君はキラメラにしてみれば五神同盟の最終兵器だ。それを会談の場に持ち込めば……』
『脅しにしかならないってんだろ? 大丈夫、解決策を思い付いた』
声色で難色を示す軍師をツバサは説得に掛かった。
『平和的な交渉の場にいてもおかしくないように変装するし、そういう会談の場には欠かせない格好で大人しくしてるから』
立ち会うだけだ、とツバサは念入りに約束する。
『交渉役の邪魔はしない。現場で見届けたいだけなんだよ』
『ええぇ~……君の責任感はわからないでもないが……うぅ~ん……』
渋りまくるも一定の理解を口にするレオナルドに、ツバサは「もう少しだな」と手応えを感じたので、あれやこれやと理由を付けて説き伏せる。
『彼女たちが亡命を望んでいるのは言葉や態度から醸し出されているが、蕃神側の一勢力には違いない。俺を脅しではなく牽制として使わないか?』
『……あくまでも威圧ではなく? さりげなく同席させると?』
軍師殿は何度も「う~ん!」と大きく唸った後、諦念を極めため息をついて仕方なさそうに妥協案で返してきた。
『……わかった。ただし、約束通り大人しくしていてもらうよ?』
『OK、余計な口は利かず変装に成りきるさ』
『そういえば……会談の場に相応しい変装って何に化けるつもりだい?』
今更な疑問をぶつけてきたのでツバサは鼻を鳴らす。
『長丁場で話し合うかも知れないんだ』
――お茶汲み係のメイドがいてもおかしくないだろ?
なるほどね、とレオナルドも納得の声を上げる。
ポン! と手を打つ音まで聞こえた。会談をセッティングした割には、細やかながらもそういう場に必要な人員の配置に失念していたらしい。
クロコ、ホクト、マルミ――三人のメイド長。
いつもなら五神同盟が誇る三人の有能メイドの誰かしらが随伴しているものだが、今回は人選では彼女たちを省く形になってしまった。若執事のヨイチが同行しているので彼に頼むのもアリだが、ここはツバサが出張らせてもらう。
三人の分身には引き続き、ミロや飛行母艦の警護を任せる。
ツバサはレオナルドが会議場へ入るのを見届けると、裏口から現場スタッフのようにひっそり潜り込み、変装して会談の場へ顔を出すことにした。
ほんの少し――悪戯心が騒いだのは内緒にしておこう。
~~~~~~~~~~~~
大陸島における深きものどもとの大戦争。
戦争としては幕引きに近い状況にまで進んでいた。
半魚人どもの海底基地は銃神ジェイクの手により陥落。
海中に潜んでいた半魚人は電撃渦潮で引き裂かれ、トドメとばかりに海ごと氷漬けにしたので全滅。ダゴンやヒュドラの如く巨大化した半魚人はカズトラたち成長株な若手の戦士たちによって撃破済み。
海底基地に隠されていた次元の裂け目もミサキが封鎖完了。
大陸島に上陸した深きものどもも壊滅状態。
若き女王フレイを先駆けとした地下都市の戦力が、囮になる覚悟で死力を尽くして深きものどもを迎え撃ち、そこに五神同盟が惜しみない協力をしたのだ。
これで勝利できなければ真なる世界の明日は暗い。
もはや勝算は立ったに等しいので、今後の対蕃神との戦いにおいて今回の勝利が試金石になることを期待したいところだ。
幸いにも地下都市や五神同盟に大きな被害報告は入っていない。
怪我人が出るのは覚悟の上だが、死者0は誇るべき数字だ。
一方、海底基地を失って海を氷漬けにされた深きものどもは大混乱に陥っており、主に二つの選択肢を選んで行動を取っていた。
我武者羅に特攻を仕掛けるか――脇目も振らずに逃げる。
この二択のみだ。
別次元に待機中の“本隊”と彼らが駆る移動要塞イハ=ンスレイの到着を信じての結果だろう。囮役のフレイから“本隊”を召喚するための鉛の円盤を奪い取るか、この場は逃げて別の地で再起を図る魂胆に違いない。
五神同盟はそのどちらも許しはしなかった。
蟻どころか蚤すら逃さない鉄壁の包囲網を敷き、半魚人どもを撃滅する能力を持つ高性能ゴーレムの大軍を投入し、最後の殲滅戦に取り掛かっていた。
フレイたち地下都市の迎撃戦も落ち着いてきている。
海底基地を落としたのが効果覿面だった。
深きものどもの兵力補充を根本的に絶てたおかげで、ちゃんと倒せばちゃんと減るようになったからだ。それまでは倒しても倒しても無限に新しい半魚人が戦力として再投入されるからイタチごっこどころではない。
もはや戦争そのものは終息したも同然。
深きものどもは部隊すら立て直せないほど弱り切っている。
現在、地下都市周辺と凍りついた南海では残党狩りが行われており、一匹でも見逃せば未来の大惨事となりかねない深きものども討伐を続けていた。
そして、深きものどもの“本隊”も討伐が終わっている。
内在異性具現化者を三人も投入し、レオナルドやセイメイにヒデヨシといった主戦力を駆り出して、五神同盟もガチ仕様の過剰戦力で挑んだのだ。
別次元に進化適応した真の深きものどもでも目ではない。
連中が別次元を移動する拠点としてきた移動要塞イハ=ンスレイも、飛行母艦ハトホルフリートの主砲で撃沈。おまけにツバサが分身たちとの連携技で超新星爆発を引き起こし、傍観気取りの蕃神たちも焼き尽くした。
少なく見積もって二百――多めに見積もれば三百は撃退できただろう。
なかなか手痛い目に遭わせたと思いたい。
……ここまでやれば大金星の評価を下してもいいのでは?
少なくとも真なる世界生まれの深きものどもも、別次元に待機していた“本隊”と呼ばれる真の深きものどもも、ほぼ掃討したといっても過言ではない。
完勝を祝したいところだが、そうも行かなくなった。
ショゴスのお嬢様――キラメラの訪問である。
深きものどもと一緒に退治した生体兵器と同族なので仇討ちかと思いきや、彼女は種族丸ごとの亡命を前提とした平和的な対談を求めてきた。
正直、調子の狂う話なのは否めない。
だからといって無視することも無下に扱うこともできない。
第三フェーズ担当の者たちは真の深きものどもこそ一掃できたのはいいものの、今度は彼女たちのお相手を努めなければならなくなった。
ひとまず戦後処理は地下都市に一任する。
五神同盟はヌン陛下を筆頭に、横綱ドンカイや若頭レイジといった現場を取り仕切れる手腕の持ち主が揃っているので彼らに頼んだ。
残党狩りを主軸に粛々と後始末をしてもらう。
そしてツバサたちは――ショゴスのお嬢様との会談に臨んでいた。
~~~~~~~~~~~~
ヒデヨシが会談の場として建ててくれた議事堂。
文字通り“一瞬”で建設されたものだが、急拵えで造られたとは思えない完成度だった。このまま使っていけるクオリティである。
工作者であるダインやジンも同じ芸当はできるはずだ。
しかし、完成度に関してはヒデヨシは一枚も二枚も上手だった。
ダインに建てさせた場合、高級感や上品さを程良い感じにしようとする意識するあまり、格調高い雰囲気が目立つだろう。ジンに建てさせた場合、使用者の目を楽しませることを念頭に執拗な丁寧さにこだわりそうな気がする。
どちらも良いものを造るのは間違いない。
使う者を第一に考える姿勢は手加減なしで褒めてやるべきだ。
だが、ヒデヨシの建てた議事堂のような、そこで過ごす者に落ち着いた安心感と心を和ませる鎮静効果を及ぼすまでには至っていなかった。
亀の甲より年の功――ここは年長者の貫禄勝ちだ。
議事堂の中には複数の会議場があり、それぞれの会議室に待合室や休憩所が完備されていた。また、高級レストラン顔負けの厨房まで用意されている。
まさに至れり尽くせりだった。
いくつもある会議場の中で、議事堂中央に位置する最大の会議場。
そこが会談の場として選ばれた。
互いの顔色が窺い知れて声も届くが、飛び掛かるには一拍子以上の間が必要となる距離感。それくらいの間合いを保てるテーブル。
両者の緊張感を表しているかのようだ。
長いテーブルの両端に軍師レオナルドとキラメラ嬢が着席する。
レオナルドの左右には知識人の御意見番として同席してもらった獣王神アハウと冥府神クロウも、それぞれに腰を下ろしていた。
キラメラの後ろには居並ぶ十人の小さなショゴスメイド。
あの巨大なドーム状のスカートの中には五体以上潜んでいたらしい。お嬢様から雑事を命じられた時のために姿を現したようだ。
そして、会談の場に立ち会う者がもう一人。
「――失礼いたします」
お飲み物をお持ちしました、とツバサは入室理由を述べる。
会議場へ踏み込むツバサは――メイド姿だった。
着込むのは、遊び的要素が少ないクラシカルなメイド服。
被覆率は高いのだが、それでも超爆乳の膨らみを隠すことはできず胸元をマウンテンよろしく盛り上げていた。先日のコスプレ大会の際に着用した一品であり、その時の忌まわしい記憶を思い出しながら変装もしておいた。
金に染めた長い髪はボリューム感のある夜会巻きにまとめる。
多少なりとも変装の意味を兼ねて、普段はしない化粧も施しておいた。ヒールも履いて身長も誤魔化し、190㎝くらいの大柄メイドに扮している。
この格好ならば交渉の場に違和感なく溶け込めるはずだ。
キラメラたちも一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったように顔を驚かせていたが、引きつった笑顔のまま見なかったことにしてくれていた。
「……まあ、牽制されて当然ですわよね」
小声で何やら呟いていたが聞かなかったことにしよう。
ツバサは内心ガッツポーズを決めると通信で勝利宣言をする。
『……よし、バレてない!』
『……と思ってんのかよ!?』
物腰穏やかが売りのレオナルドが珍しく粗暴にツッコんできた。
クレームめいた暴言が鳴り止まない。
『あからさまに「あっ……さっき超新星爆発かましたムチムチ爆乳デカ尻ドスケベ女神の人だ」って脅えてたじゃないか! 君の洞察力と読みなら彼女の恐怖を読み取れるだろう!? なんでバレてないと思ったんだ! ああん!?』
『誰がムチムチ爆乳デカ尻ドスケベ女神だテメェこの野郎!?』
通信を介して猛烈な口喧嘩を始める悪友コンビ。
面と向かっていれば取っ組み合っていること請け合いだった。
それでも着席したレオナルドは澄まし顔を貫いており、ツバサもメイドとして給仕役に徹した。これくらいの二重行動は出来て当たり前である。
『まあまあ二人とも……通信で荒れるものではありませんよ』
『そうそう、キラメラさんも黙認しているみたいだから良しとしよう』
大人なクロウとアハウに宥められてしまった。
後で決着つけるぞ! と息巻いて口喧嘩を終わらせる悪友コンビ。
まずは賓客であるキラメラに温かい紅茶とお菓子を配り、それから足音も立てず移動するとレオナルドたちの前にも同様のものを並べていく。
……アハウとクロウは笑いを堪えていた。
額に青筋を浮かべたレオナルドも噴き出しそうにしている。
ツバサがメイド役を買って出たことがそんなに面白いのだろうか?
普段から「俺は男だ!」と公言して女らしい格好を極力避けているツバサが進んで女装しているのだから奇異に映るのかも知れないが……。
笑ってはいけない24時――みたいになっていた。
ちなみにキラメラは「あ、ありがとうございますわ……」と躊躇いがちに御礼を述べたものの、命の危機とすれ違う緊張感に目を泳がせていた。
ツバサの力を垣間見たので脅威と感じているらしい。
しかし、今のツバサはあくまでもメイド。
お茶の配膳を終えたら会議場の隅で大人しくしているつもりだ。
ツバサが五神同盟が座る側の壁まで引き下がると、会議場を見渡せる位置に立ち尽くす。するとレオナルドが饗応役としてキラメラに声を掛ける。
「我々が普段から嗜んでいる飲み物ですが……」
お口に合えば幸いです、と毒味役として紅茶を一口啜った。
キラメラはティーカップに手を伸ばすと指を通さずに把手を持ち、立ち上る湯気の香気を鼻で味わってから、同じように一口だけ口に含んだ。
「ご心配なく……素敵な香りも味わい深い渋みも楽しめましてよ」
毒味をしてくれたレオナルドへの返礼のようだ。
お嬢様はお茶菓子の小さなクッキーをひとつだけ頬張り、紅茶をもう一口飲むとティーカップをテーブルの上のソーサーへ戻した。
「私どもは御覧の通りの形状をした種族ですから、貴方方からすれば怪物のような印象を持たれるかも知れません……ですが存外、味覚を始めとした様々な感覚は似通っていると思います。共感できる点も多々あると信じております」
好んで人肉を食べたり腐肉を食べたりもしない。
紅茶の香りが楽しめるように、料理の善し悪しがわかる味覚もある。
「味蕾と言いましたか? 貴方方のような人型種族ですと舌と呼ばれる部位に備わっている感覚受容器官を私たちも持っております」
ペロリ、とキラメラは長くない舌を出して指差した。
肉塊の令嬢は悪戯な眼差しを妖艶に細める。
「ひょっとすると……私たちは種として近縁なのかも知れませんね」
「ええ、いくつかの噂は我々も聞き及んでおります」
意味深長なキラメラの言葉をレオナルドは鵜呑みにこそしないが、前向きに検討する肯定感を匂わせる返事をした。
ショゴスと真なる世界の生命体は種族的に近い。
(※恐らくは地球生まれの人類もそこに含んでいるのだろう)
これがあながち否定できなかった。
古のものによって創造された人造生命体。
それがショゴスという種族の出自だ。
クトゥルフの一族と対等に渡り合える技術力を有した古のものは、バイオテクノロジーに長けていた。その粋を極めた研究成果こそがショゴスである。
その誕生秘話は詳らかにされておらず諸説ある。
外なる神――ウボ=サスラ。
魔皇アザトースの双子とされる強大無比な神性だが、旧神の叡智を盗んだ罰として知性を奪われ、沸き立つ巨大な肉塊に堕とされてしまったらしい。
たとえ肉塊になろうともウボ=サスラは外なる神。
古のものは尋常ならざる力を秘めたウボ=サスラの肉塊を採取し、独自の品種改良を加えることでショゴスを創り出したとされている。
「……そして、地球の生命体はウボ=サスラから誕生したものだと」
「あら、履修済みでしたのでラブクラフト先生の作品」
話が早くて助かりますわ♡ キラメラはレオナルドにウィンクを贈る。
「もっとも、ウボ=サスラ様について書かれたのは……」
「クラーク・アシュトン・スミス先生ですね。スミス先生のメモを元にウボ=サスラ殿について書かれたリン・カーター先生もいますが」
あらあら、とキラメラは素直に感心している。
「本当にクトゥルフ神話を読み込んでらっしゃるですね、軍師様♡」
やはり彼女もクトゥルフ神話大系の作品を読んでいるようだ。地球の文献と匂わせた発言からそうじゃないかと思っていたが……。
ラブクラフトの名を出すことで核心を突いてきた。
ウボ=サスラを素材に生まれたのは、ショゴスばかりではない。
数多の神格や神話生物、そして地球に生きとし生けるすべての生命体も、無限に細胞分裂を繰り返すウボ=サスラから生まれたとされているのだ。
無論、人間もその例に漏れない。
ウボ=サスラから創られたショゴスの細胞が独自の進化を経ることで人間という種に進化した説もあれば、古のものがショゴスと同じように細胞をいじくり回して誕生したのが人類という説もある。
どちらにせよウボ=サスラが大元であることに変わりはない。
その過程に多少の差違があるだけだ。
もしかすると真なる世界も例外ではないかも知れない。
外なる神々は多重次元の基底を統べるもの。
アザトースやヨグ=ソートスが多重次元へ関与するように、ウボ=サスラもすべての次元で活動する生命体の根源だとしても驚くには値しない。
人間のままならば発狂しかねない悍ましき真実かも知れないが……。
外なる神々に常識は通用しない。
荒唐無稽な想像さえも肯定する万能感。これが外なる神々の真髄である。
地球の人類は真なる世界の神族や魔族の因子を受け継ぐ末裔。
これは遺伝子やDNAにも似た因子という要素が同一なので、紛れもない事実である。だが、肉体を構成する要素はウボ=サスラ由来なのかも知れない。
異なる次元は如何なる邂逅を遂げたのか?
キラメラの一言はそこまでの裏を読ませてきた。
肉塊のお嬢さまは得意気に続ける。
「あらゆる生命がウボ=サスラ様より誕生したとする説が正しければ、我々ショゴスも地球や真なる世界で生まれた貴方方も皆兄弟……とまで近くはないかも知れませんが、遠い親戚のようなものには違いありませんわ」
人類皆兄弟! みたいな理論で仲良くしようというアピールのようだ。
真に受けはしないが友好的な努力は感じられる。
「従兄弟……あるいは再従兄弟くらいの間柄かも知れませんね」
系統樹では近いのかも、とレオナルドも理解を示す言い方で返す。
棘の立たない会話で穏便に腹の探り合いをする。
まどろっこしいかも知れないが、どこに対談者の地雷が潜んでいるかわからない以上、薄氷を踏むような慎重さで言葉を選ぶしかない。
その点、キラメラは繊細ながらも大胆に感じられる点があった。
見習うようにレオナルドも踏み込んでいく。
「しかし、ショゴスがウボ=サスラから創られたのは確かなようですね」
軍師は確信めいた憶測を口にした。
「あなたたちショゴスの始祖、古のものによって一番最初に創られた最古のショゴス、父祖とも呼ぶべき方がウボ=サスラを崇拝していると聞きました」
「ええ、クトゥッグオルのことですわね」
キラメラはショゴスの始祖とされる者の名前を挙げた。
ショゴスの始祖である彼は知恵をなくしたウボ=サスラの近くに侍り、彼を崇拝するとともにお世話を焼くように奉仕しているらしい。
これを指してレオナルドは「ウボ=サスラからショゴスが創られた」という事実については信憑性が高いと示唆したわけだ。
キラメラは肩をすくめると呆れ顔で半笑いを浮かべる。
「でも、あの頑固爺は熱狂的を超えて狂信的にウボ様の推し活してるだけのアイドル追っかけ親父と大差ありませんわ……勝手にウボ=サスラ起源説を言い張っているだけ、と半信半疑な同族も多いですのよ」
「クトゥッグオル? 貴女の名前にもその名が……」
レオナルドが繰り返すとキラメラは自嘲めいた笑みを零す。
「ウボ様に命懸けの推し活をしているアイドル追っかけ親父ですけれども、我らの始祖には違いありませんからね……私は彼の曾孫に当たりますわ」
クトゥッグオルから生まれたのがサルローナメ一世。
彼女は三世なので、代を数えればクトゥッグオルは曾祖父だ。
「始祖クトゥッグオルより分かたれし13の系譜……ショゴス・ロード序列3位。サルローナメ家のキラメラとは私のことですわ」
家名を誇るようにキラメラは血統を明らかにした。
少なくとも彼女の他に12体のショゴス・ロードがいるらしい。いや、始祖クトゥッグオルを数えれば全部で14体になるだろう。
キラメラは序列3位。トップ3に食い込む上位陣である。
小型の旧支配者とはいえ、彼女と肩を並べる強力なショゴスが他にも13体もいることに戦慄したのか、レオナルドはゴクリと固唾を飲んでいた。
同席するクロウやアハウの表情も硬くなる。
希望を見出すとすれば――キラメラとは話が通じること。
問答無用で襲いかかってきたこれまでの蕃神と比べれば、腹に一物あろうとも話が通じるだけマシである。だから軍師はもっと情報を引き出すべく、ストレートな質問をキラメラにぶつけていく。
「では、ショゴスという種全体が亡命を希望しているのですか?」
それとも……と続ける前にキラメラは答える。
「亡命に前向きなのは私キラメラとそこから生まれた眷族、それと13系譜でも他に3つの系譜はこの話に乗り気ですわね。ほぼ賛成しております」
13系譜のうちキラメラを含めて4系譜。
三分の一弱のショゴスは亡命に賛意を示しているらしい。
「では……深きものどもと共にいた彼らは?」
キラメラの痛いところを突いて反感を買いそうな問いだが、話の流れから「彼らは亡命賛成派ではないですよね?」と念を押すように問い質しただけだ。
角が立たないようにレオナルドの声音も気遣っていた。
ピクリ、とキラメラのこめかみが震える。
相変わらず千変万化な顔立ちだが、眉尻が下がって悲しげな表情を浮かべる点は共通していた。切れ長なのに円らな瞳の目尻には涙まで浮かんでいた。
長い指からハンカチを作ると目元を拭う。
「哀れな子たちですわ……深きものどもの奴隷として使役されて……」
「奴隷? ショゴスは深きものどもと同盟を組んでいるのでは?」
そういう輩もおります、とキラメラは認めた。
「クトゥルフを信奉して深きものどもと同盟を組んだ同族がいるのは事実……13系譜のうち、確か2つの系譜が彼らに与したはず……彼らは自分たちの細胞を深きものどもに渡して、都合のいい奴隷を増産させていると聞きましたわ」
「奴隷兵……と呼ぶべき複製の兵士なのですね」
これで合点が行った――レオナルドは感慨深げに頷いていた。
ショゴスは古のものに反旗を翻すほど知能を発達させたと聞いているが、半魚人に使われていた彼らからはあまり知性を感じられなかった。
牛馬などの家畜より少し賢い程度が関の山。
これがショゴス? とフミカたちクトゥルフ神話愛好家たちは訝しんでいたくらいだったが、奴隷扱いの複製体ならば納得がいくというもの。
恐らく故意に知能を低下させているのだろう。
万が一にも反乱を起こさせない、深きものどもが仕込んだ制御装置だ。
キラメラはさめざめと嘆きながら訴えてくる。
「本当に可哀想な子たちなんです……新しき時代のショゴスとして生まれてきたはずなのに知性を奪われ、我らが古のものより創られた際に植え付けられた隷属気質をこれでもかと引き出され……家畜同然に酷使されるばかりで……」
「もしや……何らかの救いの手を?」
根拠や確証はないものの、キラメラが深きものどもに飼われていたショゴスたちを救出するために動いたのではないか?
軍師レオナルドはそんな推察を働かせていた。
「お察しの通りですわ……先ほどの戦乱を利用させていただきました」
キラメラは正直に白状した。
信用を培うため情報はできるだけ隠さないつもりらしい。
「漁夫の利と受け取られても仕方ありませんが……貴方方が老練の深きものどもと交戦を始めて移動要塞が落ちかけた際、そのドサクサに紛れて若いショゴスたちをなるべく救出するよう私の手のものを差し向けさせていただきましたわ」
相当数のショゴスを保護することに成功したという。
「彼らは私どもの預かりとしますが……よろしいですこと?」
「ええ、構いません。もしも他の戦地でまだ息のあるショゴスを捕虜とした場合、そちらに引き渡しすることも約束いたしましょう」
レオナルドは通信でその旨を仲間たちに報連相で伝える。
五神同盟も信頼を得るため譲歩案を出していくのは悪くない。
「……感謝いたしますわ、軍師様」
キラメラは涙を拭うと頭を下げて謝意を示した。
超乳の谷間に顔が埋まりそうになるくらい深々とだ。レオナルドの視線が銀縁眼鏡越しから釘付けになっているのがわかる。
こんな時でもおっぱい星人の血が騒ぐのはどうかと思う。
「真なる世界に暮らす貴方方が蕃神と戦争を繰り広げていることは以前から承知していました。その戦いを間近にしたのはこれが初めてでしたが……」
顔を上げたキラメラはわずかに目線をズラす。
その先にいるのはメイドとして部屋の片隅に佇むツバサだった。
畏まりつつ怖れる――畏怖。
それが彼女の瞳に渦巻いている感情だった。
ツバサを見据える双眸は“触れ得ざるもの”への恐怖心と好奇心を綯い交ぜにしており、その奥に密かな決意を覗かせているのが感じられる。
「百を超える蕃神を一撃で葬り去るなど……旧神以来の戦果ですわ」
そこに惚れ込みましたの、とキラメラは告白する。
ちょっと首を傾いで瞳を閉じたキラメラは、夢見る乙女みたいなウットリした顔で桃色に染まる頬に手を添えている。本当に一目惚れしたみたいだ。
彼女の口から旧神の名が出たのも興味深い。
クトゥルフ邪神群や外なる神々が存在するように、彼らもまた蕃神の業界では名の知れた存在なのだろう。
伝承通り、善性に満ちあふれた真っ当な神々であると願いたい。
「なるほど……それで亡命案が浮上したと?」
「ええ、前々から意見はあったのですが……アレを拝見して即断即決させていただきましたわ。貴方方ならこの世界を守り抜くことができるはず」
お世辞だとしても嬉しいことを言ってくれる。
大人しく楚々とした佇まいで話を聞いていたツバサだが、思わず口元が緩みそうになった。背筋からはゾクゾクとこそばゆい嬉しさが湧いてくる。
これが「もっとホメてくれ」という感覚だろうか?
アレとは言わずもがな――超新星爆発のことに違いない。
あの絶大な威力にキラメラは、旧神に勝るとも劣らない力を五神同盟が持っていると確信したのだろう。だからこそ亡命の話を持ち掛けてきたのだ。
「正直、蕃神すべてを追い払うことは難しいでしょう」
現実を直視した発言からキラメラは展望を語る。
「しかし、貴方方ならばこの世界を守り抜くことができるやも知れません……そこに私どもも加えていただければ確率は増すことでしょう。そして、あわよくば我々もこの地に根を下ろすことを許していただければ……」
――我らは安住の地を求めております。
眷族を代表するキラメラは本心からの一言を吐露した。
「そもそも我らショゴスは凶暴でも横暴でもありません。どちらかといえば労働や奉仕に悦びを見出す平和的な種族なのです」
ショゴスだから敵対的と決めつけるのはお門違い。
キラメラは心外だと言いたげに力説する。
「我らが目の敵にするのは古のもののみです! ショゴスを創りし創造主ではあるものの、我らを無窮の無休で無給の過重労働を強いてきた奴らだけです! 奴らに反乱を起こしたことで記録や文献でのイメージこそ最悪ですが……それは種としての自由と尊厳が欲しかったからこそ! 他国を乗っ取ろうとか他種族を蹂躙しようとか世界を滅ぼそうとか……これっぽっちも思っておりませんことよ!」
「な、なるほど……自分たちの権利が守られる場所がほしいと」
キラメラの剣幕に押されるもレオナルドは要約する。
彼女たちが求めるものを一言にまとめたのだ。
「ショゴスにより統治されたショゴスのためのショゴスの国が欲しい……それがキラメラ嬢を始めとしたサルローナメ一族の願いなのですね?」
「話が早くて助かりますわ軍師様♡」
我々は安寧を求めておりますことよ、とキラメラは本懐を打ち明けた。
羽団扇を取り出すと口元を隠して思わせ振りに語る。
「モチロン♡ 既に述べた通り、押し掛けてタダ同然でこの世界に住まわせろ……なんて破廉恥なことは申しませんわ。蕃神と戦うとなれば我らも手を貸しますし、労働力が必要とあらば古のものの元でブラック企業も裸足で逃げ出すほどの重労働をこなしてきた熟練の腕を御覧に入れましょう」
――それだけに留まりませんわ。
話に区切りを入れたキラメラは長い指をスナップさせて鳴らした。
合図を受けた小型メイドが自分の胸に腕を差し込む。
ズブズブとスライム状の肉体に手が沈んでいく。
身体の中から取り出したのは一冊の書物。愛玩人形くらいの背丈しかない彼女には持て余す大きさだが、両手でしっかり持つと頭上に掲げた。
古の魔導書めいた風格のある古書だ。
その表紙に描かれた紋章にレオナルドたちは目を奪われる。
会談を見守っていたツバサまで目を見張ってしまった。
「…………旧神の印!?」
その魔導書らしき書物には、まさしく旧神の印が刻まれていた。
無論、偽物という可能性は捨てきれない。
五神同盟が深きものどもを偽造した鉛の円盤で騙したばかりだ。こちらが使った手をあちらも使うのは当たり前と考慮しなければならない。
だが、少なくともフレイたちが掘り当てていた旧神の印より強力な波動を発しているのは間違いなかった。
となれば――本物の旧神にまつわる書籍なのか?
ツバサたちは希望と猜疑心を煮凝らせる。
小型メイドから本を受け取ったキラメラは、取引を持ち掛ける悪魔のように蠱惑的な笑みを浮かべていた。そこから誘惑的な言葉を投げ掛けてくる。
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