想世のハトホル~オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました~

曽我部浩人

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第21章 黒き世界樹そびえる三つ巴の大地

第516話:クトゥッグオルの末裔は安寧を夢見る

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「……あら? リアクションがないですわね?」

 肉塊にくかいより生じたお姫様は不安そうに首をかしげていた。

 グニョン、と柔軟じゅうなんに曲がる長い首は骨格を感じさせず、軟体なんたい生物せいぶつみたいに筋肉の硬さだけで形を保っているようにしか見えない。

 フランス語と日本語のちゃんぽんで挨拶あいさつしてきた謎の女性。

 見掛けこそ人間を模しているが別物だ。

 別次元への“門”ゲートである次元の裂け目が閉じるのを我が身で防ぎ、その不定型な肉塊を変化させて形作られたのは、身長3mを越えるグラマラスなお姫様。あるいはお嬢様なのかも知れないが、そこは些細ささいなことだろう。

 彼女は十中八九――蕃神ばんしん一柱ひとはしらだ。

 その身に宿す力は“王”に匹敵するが、ちょっとばかり引けを取っていた。それでもただの眷族けんぞくでは歯が立たない強さを感じさせる。

 分身態ぶんしんたいに警護されるミロも、唖然あぜんとした面持おももちで彼女を見つめていた。

「あの人……ツバサさんよりおっぱいデカい!」

「注目してたのそこかい」

 もはや慣れっことばかりにツッコミを入れたのは殺戮の女神セクメトだった。一応、分身にも意識や思考はあるので呆れた表情を浮かべていた。

 諦念ていねんを極めた顔で天空の女神ヌゥトも口を開く。

「……ていうか、ツバサおれより胸が大きい人なんて何人もいるだろ」

 起源龍オリジンジョカやメイド長ホクトは最たる例だ。

 もっとも彼女たちは2m前後の巨女。体格が大きいから比例ひれいして胸も大きいという計算が成り立つ。ブラのカップサイズならツバサのが上である。

 あのお嬢さまの場合――身体が大きいだけではない。

 明らかに乳房や臀部でんぶの大きさが尋常じんじょうではなかった。かのマリー・アントワネットもとてつもなく巨大な乳房だったと言い伝えられているが、彼女の乳房も大きさばかりではない。高貴こうきな雰囲気をまとわせた美しさが備わっていた。

(※マリー・アントワネット=18世紀のフランス国王ルイ16世のきさき。身長154㎝でウェスト58~59㎝。バストは109~112㎝あったという)

 超爆乳ながらも気品のある美乳なのだ。

五神同盟ウチのおっぱい星人たちが騒ぎそうですね……」

 唯一口調の違うのは魔法の女神イシス

 彼女だけ巫女ククリの母親から受け継いだ魂の影響のせいか、母性本能や女性の意識が強いため口調や態度がツバサ当人と比べて女性的だった。

 ククリの母親が中にいる・・、とツバサも感じている。

 肉塊にくかいのお嬢さまを見つめる瞳は半眼はんがんよりも研ぎ澄まされていた。

 その時、通信でフミカからの推察すいさつが届けられる。

『彼女……もしかするとレッサー・オールド・ワンかも知れないッス』

『レッサー? レッサーデーモンとかのレッサーか?』

 レッサーは「~より小さい」「~より劣る」を意味する。この場合、レッサーデーモンは「デーモンだけどデーモンより劣る小型種」と言い表している。

 レッサーパンダなら「小さいパンダ」というわけだ。

(本来パンダの名称で呼ばれていたのはレッサーパンダが先。しかしジャイアントパンダが発見されて知名度が上がると、こちらが普通にパンダと呼ばれるようになった。区別するためにレッサーパンダと再命名された経緯がある)

 日本語に訳すならば――小型のレッサー・旧支配者オールド・ワン

 クトゥルフやハスターにクトゥグアといった大いなるグレート・旧支配者オールド・ワンほどの強大な力こそ持たないが、深きものディープワンやビヤーキーに夜鬼などのような奉仕種族や眷族では足下にも及ばない力を持つ実力者の総称だという。

 旧支配者に準ずる存在――ゆえにレッサー・オールド・ワン

 深きものどもディープ・ワンズ始祖しそ、父なるダゴンに母なるヒュドラ。

 夜鬼ナイトゴーントの首領しゅりょう、イェグ=ハ。

 無貌の神ナイアルラトテプに仕えるシャンタク鳥の太祖たいそ、クームヤーガ。

 各種族を束ねる地位にある者たちが、旧支配者に準ずる力を持つ神格としてレッサー・オールド・ワンに数えられることが多いらしい。

「その小型のレッサー・旧支配者オールド・ワンが……フレンドリィに挨拶してきただと?」

 この事実をツバサは素直に受け止めきれなかった。

 当然だ。困惑こんわくすることしきりである。

 蕃神ばんしんたちには幾度いくどとなく交渉こうしょうを持ちかけてきたのに、反応があった蕃神や眷族はこれまで一匹たりとていない。祭司長さいしちょう亜座あざ寄球よぐといった事例じれいはあるものの、彼らは一方的に用件を伝えに来ただけで終わっている。

 あんな一方通行な対話は交渉とは呼べない。

 ここまでポジティブに愛想を振り撒く蕃神は初めてだった。

 フランス語と日本語交じりで喋る彼女がどのような言語を用いているか定かではないが、こちらと会話する意志があるのは間違いない。

「蕃神が……話し合いを持ち掛けてきたっていうのか……?」

 戸惑とまどうツバサは即座に対応できない自分に苛立いらだつ。

 そして、五神同盟の仲間たちまで誰しもが呆気あっけに取られていた。

 おっぱいに釘付けのミロとコイツ・・・を除いて――。

「っかぁー惜しいッ! 黒髪だったら全然タイプだったのになーッ!」

 剣豪セイメイが顔に平手打ちで残念がっていた。

 この男、女性の好みがかなり特殊で「190㎝ある自分よりも大きい巨女で、スタイルも爆乳巨尻とバツグン、そして黒髪のロングヘア」という3つの条件をクリアしないといけないのだ。注文の多い性癖せいへきである。

 だが人間化した起源龍オリジンジョカがまさにドンピシャの姿だった。

 その場で求婚きゅうこんから入籍にゅうせきしたイベントは今でも語り草になっている。
(※102話参照)

 肉塊のお姫様は正体はどうあれ、見た目だけなら3mを越える巨人みたいな美女でバストやヒップの大きさも人間離れしていた。ただし髪は長いが黒髪ではなく、肉塊を思い出させるショッキングピンクに染まったウェーブヘアだった。

 おまけに蠕動ぜんどうするのか絶えず揺れ動いている。

 セイメイは「できれば黒髪ロングでストレート」とワガママを言うはず。

 だから「惜しい!」とわめいてるわけだ。

 ……デカい分には人間離れした3mでもいいのは新事実だが。

 浮気と取られてもおかしくない発言をしたセイメイは甲板かんぱんにおり、ツバサはミロや三人の分身態ぶんしんたいとともに次元の裂け目が開いていた宙空ちゅうくうに浮かんでいた。

 距離があるもセイメイを睨みつけたツバサは通信を送る。

『……ジョカに密告チクるぞ、この尻軽野郎』

『勘弁してください、土下座します、謝ります、働きます、仕事します』

 だから忘れてください! とセイメイは甲板がへこむ勢いで土下座をしながら通信越しに謝ってきた。今回は大目に見てやるとしよう。

 しかし、バカのおかげで気を取り直せた。

 非日常の連続だが、日常が挟まれたことで落ち着いたらしい。

 肉塊から生まれたお姫様の真意はまだわからないが、好意的な挨拶をしてきたところから、いきなり戦争を吹っ掛けてくる意志は感じられない。

 その手のやからは笑顔に殺気を織り交ぜてくるはずだ。

 だが、彼女が送ってきたのは愛嬌あいきょう

 五神同盟と平和的に語り合いたいと態度に表している。

 ……蕃神ばんしん真なる世界ファンタジアに生きる種族を観察した結果、このようにすれば油断を誘えると学習した結果の擬態ぎたい行為こういという恐れもあるかも知れない。雰囲気から安全性を読み取りつつも、慎重派のツバサは楽観視しなかった。

 石橋を鉄橋に補強して、護岸ごがん工事こうじまでしないと川を渡らない。

 そこまでとひょうされる用心深さがツバサの持ち味だ。

 気持ち的にはすぐさま彼女の前へ降りて、あれやこれやと問い詰めてみたい心境に駆られるが、もう少し彼女の様子を観察しておきたかった。

 相変わらず無反応な五神同盟の面々。

 それに対して彼女はどのような行動を取るだろうか?

 肉塊のお姫様は90度を超えて120度くらいまで傾けていた首を縦に戻すと、長い腕を胸元に寄せて長い指で胸の谷間を弄っていた。

 腕まで潜り込む深い深い谷間におっぱい星人たちは釘付けだ。

 取り出したのはアンチョコみたいな手帳。

「あら~? おっかしいですわねぇ……言語設定間違えたかしら? こちらの次元ですと意志ある発音は翻訳ほんやくされるとあったのに……念のためにとこちらの世界と縁のある言語まで用いたはずなのですけれど……」

 ペラペラと手帳をめくって確認をする肉塊のお姫様。

 随分ずいぶんと人間臭い仕種しぐさまゆしかめそうになる。

 擬態ぎたいだとしたらエラい手が込んでるな!? とツッコみたい。

 すると彼女のテントみたいに大きなドーム状のスカートが泡立ち、小さな頭がいくつか浮かんできた。それは肉塊から瞬く間に形を成していく。

 現れたのは――女中メイドの頭部。

 外見上は少女の容姿ながら、体格のスケールが幼児くらいしかない。

 抱えられる愛玩人形ドールを思い出すサイズ感だ。

 そんな女中メイドたちが5つ、お姫様の肉塊スカートから生えていた。腰ぐらいまで姿を現しており、ちゃんとメイド服まで着込んでいる。

「はい、お嬢様の言葉は正しく発声されておりました」
「先ほどから拾える周囲の人々の言葉も地球の言葉として聞こえますね」
「この空間にいる方々は日本語なる言語を使用しております」
「どうも参考にした資料に他言語が混入していたものと思われます」
「この日本語なる言語、様々な言語を取り込んで使用しているようですね」

 口々くちぐちにお嬢様へ報告する小さなメイドたち。

 聞き捨てならない単語もあったが――ここでは触れずにおこう。

 彼女たちは肉塊のお嬢様(メイドのべんによればお姫様ではないらしい)の一部にしか見えないが、生命力を感知できたので別個の生物のようだ。

 素は肉塊にくかいのスープ――状況に応じて肉体を自由に変形できる。

 彼女たちはそういう特性を備えた種族らしい。

『バサママ、何十回も分析アナライズを掛けてみたッスけど……』

 通信でフミカが恐る恐る話し掛けてきた。

『誰がバサママだ……それで結果は? 彼女たちは何者なんだ?』

『恐らくはショゴス……ッス多分』

『ショゴス? 深きものどもディープ・ワンズが使ってた生体兵器の?』

 つい聞き返してしまった。そもそも分析結果を伝えるフミカも『恐らくは多分』と歯切れが悪いのが気に掛かる。いつもの彼女ならば多少未確定な部分があってもズパッと断定しているはずだからだ。

 そこを指摘してきするまでもなく博覧強記はくらんきょうきむすめは弁明を始める。

『98.7%の確率で「あれはショゴスです」って判定されるんスけど、内包ないほうしてるパワーがさっきまで暴れてたショゴスと桁違いなんスよ。彼女、これまでウチらが遭遇してきた蕃神の“王”に負けず劣らずのエネルギー持ちッスよ』

『だからレッサー・オールド・ワンか……』

 フミカがその名称を先に出した気持ちがわかった。

 ショゴスにも始祖や首領に相当する存在がおり、ショゴス・ロードというショゴスの上位種もいる。フミカのクトゥルフ神話談義でも聞かされていた。

 ならば彼女はショゴス・ロードなのか?

 しかし、ロードの名をかんしようともショゴスが旧支配者オールド・ワンに近い力を持っているなんて話は聞いていない。もしかするとツバサたちも知らない、クトゥルフ神話の原典にも記されていない種族という線もある。

「どいつもこいつもドロドロのスライムみたいでこんがらがっちゃう」

 ミロが愚痴ぐちるように言った。

 確かにクトゥルフ神話の邪神たちは「肉体に決まった形がなく不定形」と記されている者が多いので、アホの子にはみんな同じに見えてしまうのだろう。

「いくらでも融通ゆうづうが利く肉体と考えれば敵として最悪だけどな」

 武道家のツバサにはそちらの方が恐ろしかった。

 前にどこかで似た懸念を抱いた覚えがあるが、不定形の身体構造を持つ敵は戦いにくい。武術を修めた者ほど困惑すること請け合いだ。

 関節を極める、血管を締める、急所を狙う、気道を圧迫する……。

 身体構造の限界を知った上で編み出された武術は、定められた形を持つ肉体だからこそ通じる。気分次第でそれらを変える相手には意味を成さない。

 ショゴスのようなスライム型の生命体はその筆頭である。

 恐らく、渾身の打撃も大した効果を望めないだろう。

 そんな危機感に対策を練りながら、お嬢様の動向から目を離さずにいた。

「あ、もしかして……ワタクシの声が小さかったのかしら?」

 ショゴスのお嬢様は両手でパタンと手帳を閉じた。

「じゃあもう一度、この辺り一帯にいらっしゃる皆様方にも聞こえるよう元気よく声量を爆上げして……すぅぅぅぅぅぅ……ッ!」

 ボンジュール皆様方みなさまがたァァァーッ! と裂帛れっぱく気合きあいで叫んできた。

 声優みたいに愛らしい美声が凶器となる。

 距離が離れていても鼓膜こまくが痛む音量だ。至近距離で聞いていたら爆撃並みの音波に当てられて意識が飛びかねない威力だった。

 お嬢さまが叫び終わると同時に、メイドたちが再び声を掛ける。

「あ、わかりましたお嬢様。ボンジュールが別言語のようです」
「日本語ならばボンジュールの部分を『ごきげんよう』に訂正すべきでしょう」
「参考にした資料がいささかよろしくなかったようでございます」
「この登場人物、ボンジュール皆の衆と挨拶しておりましたからね」

「なるほどなるほど、承知しょうちいたしましたわ」」

 ごきげんよう皆様方ァァァァァァーッ! と追加の咆哮ほうこうが飛んでくる。

 もはや音響おんきょう兵器へいき――音爆弾と評せる威力だ。

 神族や魔族でも鼓膜こまくつんざく大音量に思わず耳を塞いでしまう。

 思わず「攻撃してきたのか!?」と身構えたくなる破壊力だが、その美声に込められているのは誠心誠意の挨拶。敵意どころか悪意とも無縁だった。

 蕃神には違いないが、こちらと争うつもりは毛頭ないらしい。

 これ以上の無視を決め込むのが可哀想かわいそうになってきた。

 あちらの思惑おもわくはまったく読めないが、会話を求めてくる点だけでも今までの蕃神と比べたら好意的ととらえていい。決して油断してはいけないと気を引き締めるものの、相手をするくらいの譲歩じょうほはいいだろう。

 分身たちにミロの護衛を任せたツバサは彼女のもとへ向かおうとする。

『――待ちたまえツバサ君』

 そこへ軍師レオナルドから待ったが掛かった。

 通信でツバサを止めた理由を語る。

『いきなり君が接触しては王手を掛けるようなものだ』

『いくら蕃神だからって最低限の礼儀を払ってきた相手に、出会であがしらで「こんにちわー!」と叫びながら殴りかかったせんわ』

 俺をなんだと思ってる? とツバサは悪態あくたいで返す。

 どんな戦闘民族であれ、そこまでの暴挙ぼうきょにはおよぶまい。蕃神の一員だからと喧嘩腰に話し掛けるつもりなどツバサには毛頭なかった。

『そうじゃなくて……彼女は先ほどの総攻撃をどこからか見ていたに違いない。君が超新星爆発を炸裂さくれつさせたのも目の当たりにしたはずだ』

『ああ、そういう意味の王手か』

 レオナルドの言わんとすることを理解した。

 蕃神の“王”を百体以上は巻き込んだであろう超新星爆発。

 それを操るツバサが彼女の前に現れれば「変なことしてみろよ。恒星こうせいで消し炭にしてやるからな」と脅しを掛けるも同然だと言いたいのだ。

 ツバサが彼女の前に立つのは示威じい行為こういに等しい。

『仮にも話し合いを求めてきた相手。穏便おんびんに取り計らおう』

『だから喧嘩腰でお迎えするつもりはないって……俺は最終兵器か何かか? いくら何でも出会った途端とたんに滅ぼすような真似はしないぞ』

『こちらにその気はなくともお客さん・・・・心証しんしょうを酌まないとね』

 ――ここは私に任せてくれないか?

 レオナルドは交渉役ネゴシエーターを買って出ると進言してきた。確かに話術わじゅつに長けるという点において、この軍師殿は五神同盟でも一二を争う口達者だ。

 客人に礼を欠くこともないし、会談をこじらせる心配もない。

 ツバサに負けず劣らずの慎重派だから下手へたを打つ心配もなさそうだ。

 だが、ひとつだけ懸念けねんがある。そこを確認しておこう。

『おまえ……あの超乳に目がくらんでないよな?』

公私こうしわきまえているつもりだよ。正直、かれるものはあるがね』

 両手を見せて肩をすくめ鼻で笑う。

 飛行母艦ハトホルフリート甲板かんぱんでレオナルドはすかしたポーズを取っていた。

 冗談半分だが怒鳴り声で反論せず、皮肉に本音を混ぜて返してきた。この調子なら異形との交渉でも利口に立ち回ってくれそうだ。

 ついでにおっぱいに惑わされて馬鹿な真似もしないだろう。

 ツバサの後ろで殺戮の女神セクメトとミロがヒソヒソ話をする。

「レオの野郎、おっぱいはデカけりゃいいってところあるからな……それこそ巨乳や爆乳どころか常識はずれな大きさの超乳でもイケるし」

「あー、獅子のお兄ちゃんの本命のお姉さんがそうだっていうもんね」

 ミロもクロコから話くらいは聞いているようだ。

 ゲームマスター №03 マリア・ナムゥテール。

 レオナルドの初恋にして想い人であり、クロコを筆頭ひっとうとした爆乳特戦隊の面倒を彼に押し付けた張本人。今は真なる世界ファンタジアを侵略者の手から護るべく、ツバサたちのような存在を命懸けでバックアップしているらしい。

 マリナの父親であるGMトップのマーリンのお仲間だという。

 彼女がツバサを越える超爆乳の持ち主なのは五神同盟みんなが知るところだ。

 レオナルドの前で言及げんきゅうすると機嫌を悪くするので禁句タブーとなっているが、人の口に戸は立てられない。なんとなく広まった次第である。

(※爆乳特戦隊の口が軽いのが主な原因)

『……というかだねえ、肉塊からあのお嬢様に変形するところをまざまざと見せつけられたのだから、そんな我を忘れて溺れるなんて有り得ないだろ?』

 異形に恋するほどかわいてないよ? と軍師殿レオナルド抗議こうぎしてきた。

『でも、おまえ超乳も大好きだろ?』

『だから公私は別だってば!? そりゃ見た目だけなら割とタイプだが!』

 よし、言質げんちを取れたので許してやろう。

『では軍師殿に謎のお嬢様との交渉役を託そう……だが条件がある。一人で彼女の前に立つな。獣王神アハウさん冥府神クロウさんのお二人に同行してもらえ』

『護衛ってんならおれが行くべきじゃない?』

 先の浮気発言もあってかセイメイが労働ろうどう意欲いよくを見せてきた。

 鯉口こいくちを鳴らす剣豪にツバサは「今回はなし」と控えに回るよう伝える。ツバサが軍師から受けた駄目出しと同じ理由からだ。

『確かにアハウさんとクロウさんに同行を頼んだのは不測の事態に備えた戦力としての意味合いもあるが、どちらかといえば話し合いに応じる知識人としての雰囲気が強いからだ。セイメイおまえは護衛としては頼もしいが……」

『話し合いの場には血生臭ちなまぐさすぎると、OKOK』

 んじゃ補欠ほけつってことで、と納得したセイメイは鯉口を鳴らすのを止めた。

『……というわけで一緒に立ち会ってもらえませんか?』

 改めてツバサはアハウとクロウに打診する。

『ええ、承りましょう。私も蕃神ばんしんとの交渉には興味があります』

『おれも同感だな。危機管理も含めて間近まぢかにしてみたい』

 二人とも快く引き受けてくれた。特にアハウは文官と表したツバサの言葉を重要視してくれたのか、戦闘用の悪魔みたいな巨体から人間サイズに戻ると余所行よそゆきのスーツに着替えて交渉人に相応しい装いになってくれた。

 レオナルドは二人に目配めくばせをすると前に出る。

 これにアハウとクロウも頷き、後に続いて歩き出した。

 甲板から飛び降りた三人は、先ほどまで激しい戦いが行われていた荒れ地に着地する。場所は肉塊にくかいのお嬢様から10mほど離れた地点だ。

 これだけの間合いがあれば神族なら即応できる。

 土埃つちぼこりを立てずに舞い降り、少しだけ歩み寄るように距離を詰めていく。

「ご挨拶いただいたのに対応が遅れて申し訳ありません」

 遅参ちさん非礼ひれいを詫びた軍師は胸に右手を当ててお辞儀をした。

「私はレオナルド・ワイズマン。この世界の片隅にある一国にて軍師を務めさせていただいている者です。いくつかの国家がこころざしを共にする五神同盟という組織に属しております。どうぞお見知りおきを……」

「ああっ良かった! こちらの言葉が通じてるみたいですわね!」

 肉塊のお嬢様は顔の前で両手を合わせて喜ぶと、少女のように笑みをほころばせていた。無邪気な微笑みにも見えれば、老獪ろうかい冷笑れいしょうにも見える。

 やはり一時ひとときたりとも表情が安定しない。

 ショゴスならではのくせなのだろうか? どうにも不安を掻き立てられてしまう。

 丁寧な挨拶どうもですわ、肉塊のお嬢様は会釈で返してきた。

「念のためにと事前じぜんに伺っていたお話を参考に、地球ちきゅう文献ぶんけんなどを入手して言語を学んでおいた甲斐かいがありましたわ。いくら自動翻訳してくださるといっても、やはり同じ言葉の方がより正しく解釈かいしゃくされて伝わりますものね」

 嬉しそうに話すお嬢様だが、聞き捨てならない情報が含まれていた。

 ――地球の文献・・・・・を入手しただと!?

 真なる世界ファンタジア文献ぶんけんではなく、地球と念押ししたところからツバサたちが転移してきた事実も把握はあくしていることを匂わせてきた。のみならず、地球と往来おうらいする手段を彼女たちが持っている事実までほのめかしている。

 牽制けんせいのつもりか? あるいはうっかり口を滑らした天然か?

 どれだけ技能スキルを費やしても彼女の表情は読み取れない。常に形の定まらない美貌は本心を隠すためのフェイクという線もありそうだ。

「名乗る前に……私たちの素性を明らかにしておきましょう」

 頭を上げた肉塊のお嬢様はその長い手を大きな胸へと添えていた。いつの間にか手にしていた王笏おうしゃく羽団扇はうちわ、それにアンチョコの手帳も消えている。恐らくああいった装飾品も肉塊でできたものだったのだろう。

 空いた両手でスカートの両端を摘まんでお辞儀をする。

「我らはショゴスと呼ばれる種族――私はショゴス・ロードと呼ばれる者」

 いいえ、とお嬢様は正体を明かすとともに訂正した。

「私の場合、幾多いくたのショゴスをんできた実績じっせき自負じふがありますゆえ、貴方方あなたがたの言葉に直すならショゴス・クイーンが適当てきとうかも知れませんわね」

 ショゴスの名を聞いた全員に緊張が走る。

 交渉に出向いたレオナルドは動揺どうようを露わにしないが、随行ずいこうしたアハウやクロウは身構えこそしないものの殺気をかもしていた。

 結界の城壁を維持するヒデヨシも兵器群の起動スイッチを握り直す。

 飛行母艦ハトホルフリートまで主砲の再発射シークエンスに入っていた。

 この反応は仕方ない。なにせショゴスは先刻まで殺し合っていた相手だ。

 古のものエルダー・シングに創られた万能生体兵器――ショゴス。

 魔皇アザトースの双子と噂されるウボ=サスラの細胞から生み出されたショゴスは、あらゆる状況に肉塊を変形させて対応する汎用性はんようせいの高い生物だ。

 従者となり、乗騎じょうきとなり、重機じゅうきとなり、兵器となる。

 やがて知能を身に付けると古のものエルダー・シング叛逆はんぎゃくすることでたもとわかつ。

 ほとんどは封印か殲滅されたらしい。

 生き残った者はいくつかのグループに分かれて各地に潜伏。

 それでも使役されるものとして創られたさがなのか、他種族と協力したり結託したり……何らかの形で誰かに使われることを望む傾向があるようだ。

 深きものどもディープ・ワンズの戦力として働くのはその一例に過ぎない。

 同胞どうほうであるショゴスのとむら合戦かっせんにでも来たのか!?

 もうすぐ幕引きの戦争に今更乱入でもするつもりか!?

 短絡的たんらくてきだが、そんな発想に突き動かされるのも仕方ない。誰もが戦争で気が立っている心境を鑑みれば、心穏やかに対応する方が難しい。

 いくら彼女が愛想を振りまいて、その正体を予見できていたとしてもだ。

 してやショゴスは生体兵器とされる種族。

 終わりの見えた戦争に気構えも緩みつつあったが、闘争本能という炎に追い炊きをしてでも対峙たいじせざるを得ない相手だった。

『待った――彼女たちは別物・・です』

 臨戦態勢に入る五神同盟の面々を制したのは、通信網を介して聞こえてきたレオナルドの穏やかな一喝いっかつだった。声がいいのでよく通る。

 全員を制止したところで軍師は持論じろんを語り出す。

『起源を同じとするショゴスには違いありませんが、彼女たちと深きものどもディープ・ワンズくみしたショゴスを一緒くたにするのは早計そうけいです』

 思想、人種、国籍……人間も出自が違えば属するグループも異なる。

 侵略に加担する好戦的なショゴスもいれば、君主の名を冠するリーダーがわざわざ相手国の言語を習得してまで交渉を求めてくるショゴスもいる。

 そういう意味でレオナルドは別物・・と前置きした。

『どんな種族も十人十色、戦争大好きタカ派もいれば穏健なハト派もいる。悪人善人に事なかれ主義……蕃神と彼らに帰属きぞくする種族もそうなのでしょう』

『……話が通じる時点で異例だしな』

 レオナルドの意見を飲むようにツバサも通信で呟いた。

 蕃神ばんしんサイドから話を持ちかけてくるなんて前代ぜんだい未聞みもん。しかも好意的でこちらの文化を理解しようとする努力さえ見受けられる。

 お客人を迎えるのに武器を構えるのは無礼の極みだ。

 たとえそれが交戦中の敵であろうとも……。

 ツバサの賛同さんどうが通信を介して仲間たちに伝わると「さすがにいたか」と恥じ入るように皆が戦闘準備を解除していく。

 ただし万が一への備えは怠らない。最低限の警戒は続いていた。

 それで十分――軍師は安堵あんどのため息を漏らす。

 臨戦態勢の解除を確認したレオナルドは説得めいた話を続ける。

 ショゴスのお嬢様についての考察こうさつについてだ。

『この電撃訪問はタイミング的に最悪なのは彼女も承知の上……そのうえで自分たちの種族をアピールできる好機こうきとも捉えている節があります』

 深きものどもディープ・ワンズの手先よろしく生体兵器として活躍したショゴス。

 その脅威を目の当たりにした五神同盟が敵愾心てきがいしんを燃やすのは当然だが、こちらがショゴスという超常生命体についてインパクトを受けたのもまた事実。

 印象は最悪だが、種族まとめて売り込むチャンスと見たらしい。

『……また、こちらが交渉相手に相応しいかどうか試している感もあります』

 ここで敵意を露わにすれば――五神同盟は大義たいぎを見失う。

 レオナルドは大仰おおぎょうにそう付け加えた。

 平和的に交渉を望んできた無抵抗むていこう淑女しゅくじょたち。

 そんな和平の使者に刃を向けたとあれば、多種族共同体を創ろうとしている五神同盟の理念りねんに傷が付きかねないと軍師はさとしてきた。

『たとえ蕃神でも――和平を求めてきたのであれば門戸もんこを開くべきです』

 でなければ、蕃神の傍若ぼうじゃく無人ぶじんを五神同盟は糾弾きゅうだんできない。

 理性的な解決策を求めてきた相手に問答無用の武力で応じれば、蕃神の侵略行為を否定することはできない。レオナルドはそう訴えかけてくる。

 これに異を唱える者は五神同盟からは出なかった。 

 清聴せいちょうしてくれたことを感謝した軍師は皮肉交じりに続ける。

『もっとも彼女たちが五神同盟われわれ理念りねんを読み説いたうえで、こちらの精神性まで問い質してきているのか……そこは考えすぎかも知れませんけどね』

 その点はツバサも深読みが過ぎると思う。

 軍師殿の言いたいことをシンプルにまとめれば『交渉に来た客人に無礼ぶれいを働いたら罪悪感が半端はんぱないですよね?』という真っ当な正論だった。

 獅子のお兄ちゃん、と不意にミロが通信でレオナルドに話し掛ける。

『あの超乳お嬢様、そこまで考えてないと思うよ』
『真顔でなんてこと言うミロちゃん』

 ミロのガチめなツッコミにレオナルドも真面目に切り返した。

『あの人たち、お願い・・・があるだけみたい』

 機会チャンスは待ってたけど、とミロは直観&直感を働かせていた。

 彼女の勘働きはほぼ正解を言い当てる。

 最悪なタイミングをショゴスについての情報を得た直後だから好機こうきと捉えた点についてはツバサも同意していいが、五神同盟を試す云々うんぬんはさすがに軍師の考えすぎだと思いたいところだ。

 お嬢様にこちらを理解する意図こそあれど、まだまだ勉強中のご様子。

 試験を持ち掛けてくるにしても早すぎる。

 3mという大きさはさておき、人間の姿を真似て現れて地球の言語を用いたところからして、彼女たちなりの最大限の敬意と受け取ることができた。

 その肉塊でできたお嬢様が満足げに微笑んでいる。

 通信網でのやり取りは高速で行い、相手に気取られないよう注意している。その僅かな時間が逡巡しゅんじゅんと受け取られても仕方ない。

 だが、お嬢様は察してくれたようだ。

 自身へ向けられる敵意を含んだ視線が薄れたことに気付いた様子。

「ウフフッ♡ ご理解いただけたようで何よりですわ……そう、私どもは争いを求めておりません。平和的かつ建設的な話し合いを求めて参りましたの」

「平和的……かつ建設的な交渉ですか?」

 建設的という部分が引っ掛かるのかレオナルドはややまゆひねる。

 ええ、と肉塊のお嬢様は相槌あいづちを打った。

「種としての氏素性うじすじょうは明かしましたが、私自身の自己紹介がまだでしたわね。改めて名乗らせていただきますわ……私はキラメラ・テケリリ・テケリラ・テケリル・クトゥッグオル=サスラ・サルローナメ三世と申します」

 これが彼女の姓名せいめいまで含めた正しい名前とのこと。

 フルネームを名乗ったお嬢様はこの地を訪れた理由を切り出す。



「私たちショゴスは――真なる世界ファンタジアへの亡命ぼうめいを希望いたします」



 はああああッ!? と驚愕の声が木霊した。

 通信網だと音割れするほど叫んだ者もいてちょっと耳が痛いくらいだが、驚きのあまり絶句ぜっくして言葉を忘れる者も少なくなかった。

 また、この展開をある程度まで読んでいた者も数名いる。

 レオナルドやツバサがそうだった。

 武術の鍛錬により鍛えられた高度な先読みは、日常的に研ぎ澄ますことで先々の出来事を予知できる鋭敏な洞察力どうさつりょくとなるまで鍛え上げていた。

 それでも刹那せつな――呆気あっけに取られて目を剥きかけてしまった。

 別次元の住人が真なる世界ファンタジアに敬意を払う。

 それだけのリスペクトをするからには、相応の何かを要求してくるだろうと踏んでいた。協力の申し出か援助えんじょ要請ようせいか、あるいは真なる世界ファンタジアへの移住権いじゅうけん

 亡命の希望は移住権に該当がいとうするものだ。

 キラメラと名乗るお嬢様は間髪入れず早口で続けてくる。

勿論もちろん、今すぐ無償むしょうで移住させろ……なんて恥知らずなことは申しませんわ。交渉を経て相互そうご理解りかいを深めたのち、お互いに利となるものが何なのかを見定める。そこまで話が進んでから様々な約定やくじょうを交わして、私たちの亡命を認めていただきます」

「ちゃんとした手順てじゅんを踏んでから……というわけですね」

 権利ばかり主張する横暴おうぼう難民なんみんより、百倍は筋の通った提言ていげんだった。

 ……あれ? 思ったよりマトモだなこのお嬢様?

 筋を通すという表現にも好感が持てる。

 本当に蕃神ばんしんでショゴスなのか? と疑いたくなる律儀りちぎさだ。

 当然ですわ、とキラメラは羽団扇はうちわを広げる。ほんのり隠した口元は引き締まり、レオナルドを見据える瞳はゆっくりまぶたを細めていった。

 声音こわねにも真剣さを帯びていく。

「組織同士が約束も交わさず交流を育むなど骨頂こっちょう。その関係性はいずれ破綻はたんするに決まってますわ。況してや私たちは次元を超えた異なる種族。貴方方あなたがたの世界のひさしをお借りするからには、そちらの決まり事に順応しなければなりません」

 互いの理解を深めること、互いの権利を尊重すること。

 そして、超えてはならない一線を守ること。

 共存するために重要な点をちゃんと押さえておきたいようだ。

「親しき仲になる前に礼を失さないように弁えるべき礼儀れいぎを、盟主めいしゅである私は元より眷族けんぞくの一人一人にまで知らしめなければ……これが大前提だいぜんていですわ」

 あくまでも両者が納得尽くでなければ話を進めない。

 キラメラはその点を強調した。

 亡命からの移住を求めるに当たり、彼女はこちらに迷惑を掛けることへの謝意しゃいを忘れることなく、自分たちの尊厳そんげんも脅かされないように努めていた。

 なるほど――彼女の考え方は建設的だ。

 冗談抜きで真なる世界ファンタジアへの移住を考えている。

 本来ならば不定型な肉塊にくかいでしかないはずの本性ほんしょうに、対外的たいがいてきとはいえ人間をした姿に変えたところに共存への意気込みを見出すべきだろう。

 つかわない相手に身嗜みだしみは整えない。

 本気で交渉こうしょうを望む者には、こちらも本腰を入れねば無作法ぶさほうというもの。

 軍師レオナルドも面構えを引き締める。

「……ええ、我らの故郷ふるさとにもこんな言葉があります」

 ごうに入ってはごうに従う、レオナルドはこの慣用句かんようくを持ち出した。

「キラメラ様の亡命に掛ける思いの丈とこちらへの配慮はいりょ……その片鱗へんりんを知ることができました。では立ち話も何ですから、あー……」

 場所を変えましょう、と言いかけて軍師は言葉尻ことばじりにごした。

 交渉の場――どこにセッティングするべきだろうか?

 これに悩んで即答できずにいた。

 いくら和平を求めてきた使者とはいえ、蕃神ばんしんを気軽に味方陣地へ誘導ゆうどうするのは憚られる。五神同盟の本拠地へ招くわけにもいかないし、飛行母艦ハトホルフリートの会議室というのも頂けない。地下都市アウルゲルミルをお借りするなど以ての外。

 交渉の会場どこにしよう? レオナルドの目が泳いでいる。

 こういう詰めの甘さが軍師・・気取り・・・と侮られる所以ゆえんだ。

「よぉよぉよぉ、賢持けんもちさん賢持けんもちさん」

 その時、レオナルドを現実リアル姓名せいめいで呼ぶ声がした。

 そちらに振り向けば国会議事堂も裸足で逃げ出すような、立派な会議場がそびえ立っていた。数分前までは何もない荒野だった空き地にである。

 会議場の前に立つのはヒーローチックな豊臣秀吉。

 もとい、日之出ひので工務店こうむてん社長のヒデヨシである。

 片手に工具を握ったままのヒデヨシは、出来上がったばかりとしか思えない会議場の壁を得意気とくいげにペシペシと叩いていた。

「お嬢さんとの会談場所だろ? そう思って建てといた・・・・・ぜ」

 五神同盟ウチ工作者クラフターはみんな超一流。

 会談のための議事堂を一分足らずで建設するなど朝飯前だ。

「ありがとうございます、助かります」

 本当に助かった……と言いたげな表情でレオナルドは感謝を述べた。この二人もなんだかんだで現実リアルで交流があり、気心が知れているようだ。

「では立ち話も何ですので、こちらの会議場へ場を移しましょうか」

 レオナルドが誘導するように手を差し伸べると、先導するべく歩き出した。それに補佐官ほさかんよろしくアハウとクロウも追随ついずいする。

不躾ぶしつけ訪問ほうもんにも関わらずの歓迎……感謝いたしますわ」

 キラメラは一礼してから彼らに続いて歩き出した。足音がしないことからドーム状のスカートの下はスライム状の肉塊を蠕動ぜんどうさせているらしい。

 地面に足跡もついていない。

 いつの間にかお嬢様から分離した何体もの小型メイド。

 愛玩人形ドールみたいな彼女たちもキラメラに従うように歩き出す。彼女たちも足下もロングスカートで隠れており、足音どころか足跡も見当たらなかった。

『……ナメクジみたいな粘液ねんえきあともついてないね』

『スライム型モンスターあるあるだな』

 口にするのはさすがに失礼と思ったのか、ミロはキラメラへ聞こえないように感想を通信に乗せてきた。ツバサも合わせて通信で返事をしてやる。

 ツバサは会議場へ入るレオナルドたちを見守っていた。

 その時――ふと妙案みょうあんひらめく。

 ツバサはレオナルドへ呼び掛けるように用件を伝える。

『レオ、その交渉会議だが俺も参加させてくれ』

 さっそく不満げな声が返ってきた。

『いや、だから駄目だと言っただろう? 多くの蕃神ばんしんを葬った君はキラメラかのじょにしてみれば五神同盟ウチ最終兵器リーサルウェポンだ。それを会談の場に持ち込めば……』

『脅しにしかならないってんだろ? 大丈夫、解決策を思い付いた』

 声色で難色なんしょくしめす軍師をツバサは説得に掛かった。

『平和的な交渉の場にいてもおかしくないように変装するし、そういう会談の場には欠かせない格好で大人しくしてるから』

 立ち会うだけだ、とツバサは念入りに約束する。

交渉役おまえの邪魔はしない。現場で見届けたいだけなんだよ』

『ええぇ~……君の責任感はわからないでもないが……うぅ~ん……』

 渋りまくるも一定の理解を口にするレオナルドに、ツバサは「もう少しだな」と手応えを感じたので、あれやこれやと理由を付けて説き伏せる。

『彼女たちが亡命ぼうめいを望んでいるのは言葉や態度からかもされているが、蕃神側の一勢力には違いない。俺を脅しではなく牽制けんせいとして使わないか?』

『……あくまでも威圧いあつではなく? さりげなく同席させると?』

 軍師殿は何度も「う~ん!」と大きく唸った後、諦念ていねんを極めため息をついて仕方なさそうに妥協案だきょうあんで返してきた。

『……わかった。ただし、約束通り大人しくしていてもらうよ?』

『OK、余計な口は利かず変装に成りきるさ』

『そういえば……会談の場に相応しい変装って何に化けるつもりだい?』

 今更いまさら疑問ぎもんをぶつけてきたのでツバサは鼻を鳴らす。

長丁場ながちょうばで話し合うかも知れないんだ』

 ――お茶汲み係・・・・・のメイド・・・・がいてもおかしくないだろ?

 なるほどね、とレオナルドも納得の声を上げる。

 ポン! と手を打つ音まで聞こえた。会談をセッティングした割には、細やかながらもそういう場に必要な人員の配置に失念しつねんしていたらしい。

 クロコ、ホクト、マルミ――三人のメイド長。

 いつもなら五神同盟が誇る三人の有能メイドの誰かしらが随伴ずいはんしているものだが、今回は人選では彼女たちを省く形になってしまった。若執事のヨイチが同行しているので彼に頼むのもアリだが、ここはツバサが出張でばらせてもらう。

 三人の分身には引き続き、ミロや飛行母艦ハトホルフリートの警護を任せる。

 ツバサはレオナルドが会議場へ入るのを見届けると、裏口から現場スタッフのようにひっそり潜り込み、変装して会談の場へ顔を出すことにした。

 ほんの少し――悪戯心いたずらごころが騒いだのは内緒にしておこう。

   ~~~~~~~~~~~~

 大陸島カスタヨルズにおける深きものどもディープ・ワンズとの大戦争。

 戦争としては幕引きに近い状況にまで進んでいた。

 半魚人どもの海底基地は銃神ガンゴッドジェイクの手により陥落。

 海中に潜んでいた半魚人は電撃でんげき渦潮うずしおで引き裂かれ、トドメとばかりに海ごと氷漬けにしたので全滅。ダゴンやヒュドラの如く巨大化した半魚人はカズトラたち成長株な若手の戦士たちによって撃破済み。

 海底基地に隠されていた次元の裂け目もミサキが封鎖完了。

 大陸島に上陸した深きものどもディープ・ワンズも壊滅状態。

 若き女王フレイを先駆けとした地下都市アウルゲルミルの戦力が、おとりになる覚悟で死力を尽くして深きものどもを迎え撃ち、そこに五神同盟が惜しみない協力をしたのだ。

 これで勝利できなければ真なる世界ファンタジアの明日は暗い。

 もはや勝算は立ったに等しいので、今後の対蕃神との戦いにおいて今回の勝利が試金石しきんせきになることを期待したいところだ。

 幸いにも地下都市アウルゲルミル五神ごしん同盟どうめいに大きな被害報告は入っていない。

 怪我人が出るのは覚悟の上だが、死者0は誇るべき数字だ。

 一方、海底基地を失って海を氷漬けにされた深きものどもディープ・ワンズは大混乱に陥っており、主に二つの選択肢を選んで行動を取っていた。

 我武者羅がむしゃら特攻とっこうを仕掛けるか――脇目わきめも振らずに逃げる。

 この二択のみだ。

 別次元に待機中の“本隊”と彼らが駆る移動要塞イハ=ンスレイの到着を信じての結果だろう。囮役のフレイから“本隊”を召喚するための鉛の円盤を奪い取るか、この場は逃げて別の地で再起さいきを図る魂胆こんたんに違いない。

 五神同盟はそのどちらも許しはしなかった。

 ありどころかのみすら逃さない鉄壁の包囲網ほういもうを敷き、半魚人どもを撃滅する能力を持つ高性能ゴーレムの大軍を投入し、最後の殲滅戦せんめつせんに取り掛かっていた。

 フレイたち地下都市アウルゲルミルの迎撃戦も落ち着いてきている。

 海底基地を落としたのが効果こうか覿面てきめんだった。

 深きものどもディープ・ワンズの兵力補充を根本的に絶てたおかげで、ちゃんと倒せばちゃんと減るようになったからだ。それまでは倒しても倒しても無限に新しい半魚人が戦力として再投入されるからイタチごっこどころではない。

 もはや戦争そのものは終息しゅうそくしたも同然どうぜん

 深きものどもディープ・ワンズは部隊すら立て直せないほど弱り切っている。

 現在、地下都市アウルゲルミル周辺と凍りついた南海では残党ざんとうりが行われており、一匹でも見逃せば未来の大惨事となりかねない深きものども討伐を続けていた。

 そして、深きものどもディープ・ワンズの“本隊”も討伐とうばつが終わっている。

 内在異性具現化者アニマ・アニムスを三人も投入し、レオナルドやセイメイにヒデヨシといった主戦力を駆り出して、五神同盟もガチ仕様の過剰かじょう戦力せんりょくで挑んだのだ。

 別次元に進化適応した真の深きものどもシン・ディープワンズでも目ではない。

 連中が別次元を移動する拠点としてきた移動要塞イハ=ンスレイも、飛行母艦ハトホルフリートの主砲で撃沈。おまけにツバサが分身たちとの連携技で超新星爆発を引き起こし、傍観ぼうかん気取きどりの蕃神ばんしんたちも焼き尽くした。

 少なく見積もって二百――多めに見積もれば三百は撃退げきたいできただろう。

 なかなか手痛い目にわせたと思いたい。

 ……ここまでやれば大金星だいきんぼし評価ひょうかを下してもいいのでは?

 少なくとも真なる世界ファンタジア生まれの深きものどもディープ・ワンズも、別次元に待機していた“本隊”と呼ばれる真の深きものどもシン・ディープワンズも、ほぼ掃討そうとうしたといっても過言かごんではない。

 完勝かんしょうしゅくしたいところだが、そうも行かなくなった。

 ショゴスのお嬢様――キラメラの訪問ほうもんである。

 深きものどもディープ・ワンズと一緒に退治した生体兵器ショゴスと同族なので仇討あだうちかと思いきや、彼女は種族丸ごとの亡命ぼうめい前提ぜんていとした平和的な対談を求めてきた。

 正直、調子の狂う話なのはいなめない。

 だからといって無視むしすることも無下むげに扱うこともできない。

 第三フェーズ担当の者たちは真の深きものどもシン・ディープワンズこそ一掃いっそうできたのはいいものの、今度は彼女たちのお相手を努めなければならなくなった。

 ひとまず戦後処理は地下都市アウルゲルミル一任いちにんする。

 五神同盟はヌン陛下を筆頭ひっとうに、横綱ドンカイや若頭レイジといった現場を取り仕切れる手腕しゅわんの持ち主が揃っているので彼らに頼んだ。

 残党狩りを主軸しゅじく粛々しゅくしゅくと後始末をしてもらう。

 そしてツバサたちは――ショゴスのお嬢様との会談かいだんのぞんでいた。

   ~~~~~~~~~~~~

 ヒデヨシが会談の場として建ててくれた議事堂ぎじどう

 文字通り“一瞬”で建設されたものだが、急拵きゅうごしらえで造られたとは思えない完成度だった。このまま使っていけるクオリティである。

 工作者クラフターであるダインやジンも同じ芸当はできるはずだ。

 しかし、完成度に関してはヒデヨシは一枚も二枚も上手だった。

 ダインに建てさせた場合、高級感や上品さを程良い感じにしようとする意識するあまり、格調高い雰囲気が目立つだろう。ジンに建てさせた場合、使用者の目を楽しませることを念頭ねんとう執拗しつよう丁寧ていねいさにこだわりそうな気がする。

 どちらも良いものを造るのは間違いない。

 使う者を第一に考える姿勢は手加減なしで褒めてやるべきだ。

 だが、ヒデヨシの建てた議事堂のような、そこで過ごす者に落ち着いた安心感と心を和ませる鎮静ちんせい効果こうかを及ぼすまでには至っていなかった。

 亀の甲より年の功――ここは年長者ヒデヨシ貫禄かんろくちだ。

 議事堂の中には複数の会議場があり、それぞれの会議室に待合室や休憩所が完備されていた。また、高級レストラン顔負けの厨房ちゅうぼうまで用意されている。

 まさに至れり尽くせりだった。

 いくつもある会議場の中で、議事堂中央に位置する最大の会議場。

 そこが会談の場として選ばれた。

 互いの顔色が窺い知れて声も届くが、飛び掛かるには一拍子いちびょうし以上の間が必要となる距離感。それくらいの間合いを保てるテーブル。

 両者の緊張感を表しているかのようだ。

 長いテーブルの両端りょうたんに軍師レオナルドとキラメラ嬢が着席する。

 レオナルドの左右には知識人の御意見番ごいけんばんとして同席してもらった獣王神アハウと冥府神クロウも、それぞれに腰を下ろしていた。

 キラメラの後ろには居並ぶ十人の小さなショゴスメイド。

 あの巨大なドーム状のスカートの中には五体以上潜んでいたらしい。お嬢様から雑事ざつじを命じられた時のために姿を現したようだ。

 そして、会談の場に立ち会う者がもう一人。

「――失礼いたします」

 お飲み物をお持ちしました、とツバサは入室理由を述べる。



 会議場へ踏み込むツバサは――メイド姿・・・・だった。



 着込むのは、遊び的要素が少ないクラシカルなメイド服。

 被覆率ひふくりつは高いのだが、それでも超爆乳の膨らみを隠すことはできず胸元をマウンテンよろしく盛り上げていた。先日のコスプレ大会の際に着用した一品であり、その時の忌まわしい記憶を思い出しながら変装もしておいた。

 金に染めた長い髪はボリューム感のある夜会巻きにまとめる。

 多少なりとも変装の意味を兼ねて、普段はしない化粧けしょうほどこしておいた。ヒールも履いて身長も誤魔化し、190㎝くらいの大柄メイドに扮している。

 この格好かっこうならば交渉の場に違和感いわかんなく溶け込めるはずだ。

 キラメラたちも一瞬、はと豆鉄砲まめでっぽうを食ったように顔を驚かせていたが、引きつった笑顔のまま見なかったことにしてくれていた。

「……まあ、牽制けんせいされて当然ですわよね」

 小声で何やら呟いていたが聞かなかったことにしよう。

 ツバサは内心ガッツポーズを決めると通信で勝利宣言をする。

『……よし、バレてない!』
『……と思ってんのかよ!?』

 物腰ものごしおだやかが売りのレオナルドが珍しく粗暴そぼうにツッコんできた。

 クレームめいた暴言が鳴り止まない。

『あからさまに「あっ……さっき超新星爆発かましたムチムチ爆乳デカ尻ドスケベ女神の人だ」って脅えてたじゃないか! 君の洞察力どうさつりょくと読みなら彼女の恐怖を読み取れるだろう!? なんでバレてないと思ったんだ! ああん!?』

『誰がムチムチ爆乳デカ尻ドスケベ女神だテメェこの野郎!?』

 通信を介して猛烈な口喧嘩を始める悪友コンビ。

 面と向かっていれば取っ組み合っていること請け合いだった。

 それでも着席したレオナルドは澄まし顔を貫いており、ツバサもメイドとして給仕役に徹した。これくらいの二重行動は出来て当たり前である。

『まあまあ二人とも……通信で荒れるものではありませんよ』

『そうそう、キラメラさんも黙認しているみたいだから良しとしよう』

 大人なクロウとアハウに宥められてしまった。

 後で決着つけるぞ! と息巻いて口喧嘩を終わらせる悪友コンビ。

 まずは賓客ひんきゃくであるキラメラに温かい紅茶とお菓子を配り、それから足音も立てず移動するとレオナルドたちの前にも同様のものを並べていく。

 ……アハウとクロウは笑いを堪えていた。

 額に青筋を浮かべたレオナルドも噴き出しそうにしている。

 ツバサがメイド役を買って出たことがそんなに面白いのだろうか?

 普段から「俺は男だ!」と公言して女らしい格好を極力避けているツバサが進んで女装しているのだから奇異に映るのかも知れないが……。

 笑ってはいけない24時――みたいになっていた。

 ちなみにキラメラは「あ、ありがとうございますわ……」と躊躇ためらいがちに御礼を述べたものの、命の危機とすれ違う緊張感に目を泳がせていた。

 ツバサの力を垣間かいまたので脅威と感じているらしい。

 しかし、今のツバサはあくまでもメイド。

 お茶の配膳を終えたら会議場かいぎじょうすみで大人しくしているつもりだ。

 ツバサが五神同盟が座る側の壁まで引き下がると、会議場を見渡せる位置に立ち尽くす。するとレオナルドが饗応役きょうおうやくとしてキラメラに声を掛ける。

「我々が普段からたしなんでいる飲み物ですが……」

 お口に合えば幸いです、と毒味役どくみやくとして紅茶を一口すすった。

 キラメラはティーカップに手を伸ばすと指を通さずに把手とってを持ち、立ち上る湯気の香気こうきを鼻で味わってから、同じように一口だけ口に含んだ。

「ご心配なく……素敵な香りも味わい深い渋みも楽しめましてよ」

 毒味をしてくれたレオナルドへの返礼のようだ。

 お嬢様はお茶菓子の小さなクッキーをひとつだけ頬張り、紅茶をもう一口飲むとティーカップをテーブルの上のソーサーへ戻した。

「私どもは御覧の通りの形状をした種族ですから、貴方方あなたがたからすれば怪物のような印象を持たれるかも知れません……ですが存外ぞんがい、味覚を始めとした様々な感覚は似通っていると思います。共感きょうかんできる点も多々たたあると信じております」

 好んで人肉じんにくを食べたり腐肉ふにくを食べたりもしない。

 紅茶の香りが楽しめるように、料理の善し悪しがわかる味覚もある。

味蕾みらいと言いましたか? 貴方方のような人型種族ですと舌と呼ばれる部位に備わっている感覚受容器官を私たちも持っております」

 ペロリ、とキラメラは長くない舌を出して指差した。

 肉塊の令嬢は悪戯な眼差しを妖艶に細める。

「ひょっとすると……私たちはしゅとして近縁きんえんなのかも知れませんね」

「ええ、いくつかの噂は我々も聞き及んでおります」

 意味いみ深長しんちょうなキラメラの言葉をレオナルドは鵜呑うのみにこそしないが、前向きに検討けんとうする肯定感こうていかんを匂わせる返事をした。

 ショゴスと真なる世界ファンタジアの生命体は種族的に近い。
(※恐らくは地球生まれの人類もそこに含んでいるのだろう)

 これがあながち否定できなかった。

 古のものエルダー・シングによって創造された人造生命体。

 それがショゴスという種族の出自しゅつじだ。

 クトゥルフの一族と対等に渡り合える技術力を有した古のものは、バイオテクノロジーに長けていた。その粋を極めた研究成果こそがショゴスである。

 その誕生秘話はつまびらかにされておらず諸説しょせつある。

 外なる神アウターゴッド――ウボ=サスラ。

 魔皇デーモンスルターンアザトースの双子とされる強大無比な神性だが、旧神エルダーゴッド叡智えいちを盗んだ罰として知性を奪われ、沸き立つ巨大な肉塊にくかいに堕とされてしまったらしい。

 たとえ肉塊になろうともウボ=サスラは外なる神エルダーゴッド

 古のものエルダー・シングは尋常ならざる力を秘めたウボ=サスラの肉塊を採取し、独自の品種改良を加えることでショゴスを創り出したとされている。

「……そして、地球の生命体はウボ=サスラから誕生したものだと」

「あら、履修りしゅうみでしたのでラブクラフト先生の作品」

 話が早くて助かりますわ♡ キラメラはレオナルドにウィンクを贈る。

「もっとも、ウボ=サスラ様について書かれたのは……」

「クラーク・アシュトン・スミス先生ですね。スミス先生のメモを元にウボ=サスラ殿について書かれたリン・カーター先生もいますが」

 あらあら、とキラメラは素直に感心している。

「本当にクトゥルフ神話を読み込んでらっしゃるですね、軍師様♡」

 やはり彼女もクトゥルフ神話大系の作品を読んでいるようだ。地球ちきゅう文献ぶんけんと匂わせた発言からそうじゃないかと思っていたが……。

 ラブクラフトの名を出すことで核心を突いてきた。

 ウボ=サスラを素材に生まれたのは、ショゴスばかりではない。

 数多あまたの神格や神話生物、そして地球に生きとし生けるすべての生命体も、無限に細胞分裂を繰り返すウボ=サスラから生まれたとされているのだ。

 無論、人間もその例に漏れない。

 ウボ=サスラから創られたショゴスの細胞が独自の進化を経ることで人間という種に進化した説もあれば、古のものエルダー・シングがショゴスと同じように細胞をいじくり回して誕生したのが人類という説もある。

 どちらにせよウボ=サスラが大元であることに変わりはない。

 その過程かていに多少の差違さいがあるだけだ。

 もしかすると真なる世界ファンタジアも例外ではないかも知れない。

 外なる神々アウターゴッズ多重次元マルチバース基底きていを統べるもの。

 アザトースやヨグ=ソートスが多重次元へ関与するように、ウボ=サスラもすべての次元で活動する生命体の根源だとしても驚くには値しない。

 人間のままならば発狂しかねないおぞましき真実かも知れないが……。

 外なる神々アウターゴッズに常識は通用しない。

 荒唐こうとう無稽むけいな想像さえも肯定する万能感ばんのうかん。これが外なる神々アウターゴッズの真髄である。

 地球の人類は真なる世界ファンタジアの神族や魔族の因子を受け継ぐ末裔まつえい

 これは遺伝子やDNAにも似た因子という要素が同一なので、紛れもない事実である。だが、肉体を構成する要素はウボ=サスラ由来なのかも知れない。

 異なる次元は如何いかなる邂逅かいこうを遂げたのか?

 キラメラの一言はそこまでの裏を読ませてきた。

 肉塊のお嬢さまは得意気とくいげに続ける。

「あらゆる生命がウボ=サスラ様より誕生したとする説が正しければ、我々ショゴスも地球ちきゅう真なる世界ファンタジアで生まれた貴方方あなたがたも皆兄弟……とまで近くはないかも知れませんが、遠い親戚のようなものには違いありませんわ」

 人類皆兄弟! みたいな理論で仲良くしようというアピールのようだ。

 真に受けはしないが友好的な努力は感じられる。

従兄弟いとこ……あるいは再従兄弟はとこくらいの間柄あいだがらかも知れませんね」

 系統樹けいとうじゅでは近いのかも、とレオナルドも理解を示す言い方で返す。

 とげの立たない会話で穏便おんびんに腹の探り合いをする。

 まどろっこしいかも知れないが、どこに対談者の地雷が潜んでいるかわからない以上、薄氷はくひょうを踏むような慎重さで言葉を選ぶしかない。

 その点、キラメラは繊細せんさいながらも大胆だいたんに感じられる点があった。

 見習うようにレオナルドも踏み込んでいく。

「しかし、ショゴスがウボ=サスラから創られたのは確かなようですね」

 軍師は確信めいた憶測おくそくを口にした。

「あなたたちショゴスの始祖、古のものによって一番最初に創られた最古さいこのショゴス、父祖ふそとも呼ぶべき方がウボ=サスラを崇拝すうはいしていると聞きました」

「ええ、クトゥッグオルのことですわね」

 キラメラはショゴスの始祖とされる者の名前を挙げた。

 ショゴスの始祖である彼は知恵をなくしたウボ=サスラの近くにはべり、彼を崇拝するとともにお世話を焼くように奉仕しているらしい。

 これを指してレオナルドは「ウボ=サスラからショゴスが創られた」という事実については信憑性しんぴょうせいが高いと示唆しさしたわけだ。

 キラメラは肩をすくめると呆れ顔で半笑いを浮かべる。

「でも、あの頑固爺・・・・・は熱狂的を超えて狂信的にウボ様のかつしてるだけのアイドル追っかけ親父と大差ありませんわ……勝手にウボ=サスラ起源説きげんせつを言い張っているだけ、と半信半疑な同族も多いですのよ」

「クトゥッグオル? 貴女の名前にもその名が……」

 レオナルドが繰り返すとキラメラは自嘲じちょうめいた笑みを零す。

「ウボ様に命懸けの推し活をしているアイドル追っかけ親父ですけれども、我らの始祖しそには違いありませんからね……私は彼の曾孫ひまごに当たりますわ」

 クトゥッグオルから生まれたのがサルローナメ一世。

 彼女は三世なので、代を数えればクトゥッグオルは曾祖父そうそふだ。

「始祖クトゥッグオルより分かたれし13の系譜けいふ……ショゴス・ロード序列じょれつ3位。サルローナメ家のキラメラとは私のことですわ」

 家名を誇るようにキラメラは血統けっとうを明らかにした。

 少なくとも彼女の他に12体のショゴス・ロードがいるらしい。いや、始祖クトゥッグオルを数えれば全部で14体になるだろう。

 キラメラは序列3位。トップ3に食い込む上位陣である。

 小型のレッサー・旧支配者オールド・ワンとはいえ、彼女と肩を並べる強力なショゴスが他にも13体もいることに戦慄せんりつしたのか、レオナルドはゴクリと固唾かたずを飲んでいた。

 同席するクロウやアハウの表情も硬くなる。

 希望を見出すとすれば――キラメラとは話が通じること。

 問答無用で襲いかかってきたこれまでの蕃神ばんしんと比べれば、はら一物いちもつあろうとも話が通じるだけマシである。だから軍師はもっと情報を引き出すべく、ストレートな質問をキラメラにぶつけていく。

「では、ショゴスという種全体が亡命を希望しているのですか?」

 それとも……と続ける前にキラメラは答える。

「亡命に前向きなのはワタクシキラメラとそこから生まれた眷族けんぞく、それと13系譜けいふでも他に3つの系譜はこの話に乗り気ですわね。ほぼ賛成しております」

 13系譜のうちキラメラを含めて4系譜。

 三分の一弱のショゴスは亡命に賛意さんいを示しているらしい。

「では……深きものどもディープ・ワンズと共にいた彼らは?」

 キラメラの痛いところを突いて反感を買いそうな問いだが、話の流れから「彼らは亡命賛成派ではないですよね?」と念を押すように問い質しただけだ。

 かどが立たないようにレオナルドの声音も気遣きづかっていた。

 ピクリ、とキラメラのこめかみが震える。

 相変わらず千変せんぺん万化ばんかな顔立ちだが、眉尻まゆじりが下がって悲しげな表情を浮かべる点は共通していた。切れ長なのに円らな瞳の目尻には涙まで浮かんでいた。

 長い指からハンカチを作ると目元をぬぐう。

「哀れな子たちですわ……深きものどもの奴隷として使役されて……」

「奴隷? ショゴスは深きものどもと同盟を組んでいるのでは?」

 そういうやからもおります、とキラメラは認めた。

「クトゥルフを信奉して深きものどもディープ・ワンズと同盟を組んだ同族がいるのは事実……13系譜のうち、確か2つの系譜が彼らにくみしたはず……彼らは自分たちの細胞を深きものどもに渡して、都合のいい奴隷を増産させていると聞きましたわ」

「奴隷兵……と呼ぶべき複製クローンの兵士なのですね」

 これで合点がてんが行った――レオナルドは感慨かんがいぶかげに頷いていた。

 ショゴスは古のものエルダー・シング反旗はんきひるがえすほど知能を発達させたと聞いているが、半魚人に使われていた彼らからはあまり知性を感じられなかった。

 牛馬などの家畜より少し賢い程度が関の山。

 これがショゴス? とフミカたちクトゥルフ神話愛好家ラブクラフティアンたちはいぶかしんでいたくらいだったが、奴隷扱いの複製体クローンならば納得がいくというもの。

 恐らく故意こいに知能を低下させているのだろう。

 万が一にも反乱を起こさせない、深きものどもディープ・ワンズが仕込んだ制御装置セーフティだ。

 キラメラはさめざめとなげきながら訴えてくる。

「本当に可哀想な子たちなんです……新しき時代のショゴスとして生まれてきたはずなのに知性を奪われ、我らが古のものエルダー・シングより創られた際に植え付けられた隷属れいぞく気質きしつをこれでもかと引き出され……家畜同然に酷使こくしされるばかりで……」

「もしや……何らかの救いの手を?」

 根拠こんきょ確証かくしょうはないものの、キラメラが深きものどもに飼われていたショゴスたちを救出するために動いたのではないか?

 軍師レオナルドはそんな推察すいさつを働かせていた。

「お察しの通りですわ……先ほどの戦乱を利用させていただきました」

 キラメラは正直に白状した。

 信用をつちかうため情報はできるだけ隠さないつもりらしい。

「漁夫の利と受け取られても仕方ありませんが……貴方方あなたがた老練ろうれんの深きものどもと交戦を始めて移動要塞イハ=ンスレイが落ちかけた際、そのドサクサに紛れて若いショゴスたちをなるべく救出するよう私の手のものを差し向けさせていただきましたわ」

 相当数のショゴスを保護することに成功したという。

「彼らは私どもの預かりとしますが……よろしいですこと?」

「ええ、構いません。もしも他の戦地でまだ息のあるショゴスを捕虜ほりょとした場合、そちらに引き渡しすることも約束いたしましょう」

 レオナルドは通信でそのむねを仲間たちに報連相ほうれんそうで伝える。

 五神同盟こちらも信頼を得るため譲歩案を出していくのは悪くない。

「……感謝いたしますわ、軍師様」

 キラメラは涙を拭うと頭を下げて謝意しゃいを示した。

 超乳の谷間に顔が埋まりそうになるくらい深々ふかぶかとだ。レオナルドの視線が銀縁眼鏡越しから釘付けになっているのがわかる。

 こんな時でもおっぱい星人の血が騒ぐのはどうかと思う。

真なる世界ファンタジアに暮らす貴方方あなたがた蕃神ばんしんと戦争を繰り広げていることは以前から承知していました。その戦いを間近にしたのはこれが初めてでしたが……」

 顔を上げたキラメラはわずかに目線をズラす。

 その先にいるのはメイドとして部屋の片隅かたすみに佇むツバサだった。

 かしこまりつつおそれる――畏怖いふ

 それが彼女の瞳に渦巻いている感情だった。

 ツバサを見据みすえる双眸そうぼうは“触れ得ざるものアンタッチャブル”への恐怖心と好奇心を綯い交ぜにしており、その奥に密かな決意を覗かせているのが感じられる。

「百を超える蕃神を一撃で葬り去るなど……旧神エルダーゴッド以来の戦果ですわ」

 そこに惚れ込みましたの、とキラメラは告白する。

 ちょっと首を傾いで瞳を閉じたキラメラは、夢見る乙女みたいなウットリした顔で桃色に染まる頬に手を添えている。本当に一目惚れしたみたいだ。

 彼女の口から旧神エルダーゴッドの名が出たのも興味深い。

 クトゥルフ邪神群や外なる神々アウターゴッズが存在するように、彼らもまた蕃神の業界では名の知れた存在なのだろう。

 伝承通り、善性に満ちあふれた真っ当な神々であると願いたい。

「なるほど……それで亡命案が浮上したと?」

「ええ、前々から意見はあったのですが……アレ・・を拝見して即断即決させていただきましたわ。貴方方あなたがたならこの世界を守り抜くことができるはず」

 お世辞せじだとしても嬉しいことを言ってくれる。

 大人しく楚々そそとした佇まいで話を聞いていたツバサだが、思わず口元が緩みそうになった。背筋からはゾクゾクとこそばゆい嬉しさが湧いてくる。

 これが「もっとホメてくれ」という感覚だろうか?

 アレとは言わずもがな――超新星爆発のことに違いない。

 あの絶大な威力にキラメラは、旧神エルダーゴッドに勝るとも劣らない力を五神同盟が持っていると確信したのだろう。だからこそ亡命の話を持ち掛けてきたのだ。

「正直、蕃神すべてを追い払うことは難しいでしょう」

 現実を直視した発言からキラメラは展望を語る。

「しかし、貴方方あなたがたならばこの世界を守り抜くことができるやも知れません……そこに私どもも加えていただければ確率は増すことでしょう。そして、あわよくば我々もこの地に根を下ろすことを許していただければ……」



 ――我らは安住の地を求めております。



 眷族けんぞくを代表するキラメラは本心からの一言を吐露とろした。

「そもそも我らショゴスは凶暴でも横暴でもありません。どちらかといえば労働ろうどう奉仕ほうしに悦びを見出す平和的な種族なのです」

 ショゴスだから敵対的と決めつけるのはお門違かどちがい。

 キラメラは心外しんがいだと言いたげに力説りきせつする。

「我らが目の敵にするのは古のものエルダー・シングのみです! ショゴスを創りし創造主ではあるものの、我らを無窮むきゅうの無休で無給の過重かじゅう労働ろうどうを強いてきた奴らだけです! 奴らに反乱を起こしたことで記録や文献でのイメージこそ最悪ですが……それは種としての自由と尊厳が欲しかったからこそ! 他国を乗っ取ろうとか他種族を蹂躙じゅうりんしようとか世界を滅ぼそうとか……これっぽっちも思っておりませんことよ!」

「な、なるほど……自分たちの権利が守られる場所がほしいと」

 キラメラの剣幕に押されるもレオナルドは要約ようやくする。

 彼女たちが求めるものを一言にまとめたのだ。

「ショゴスにより統治されたショゴスのためのショゴスの国が欲しい……それがキラメラ嬢を始めとしたサルローナメ一族の願いなのですね?」

「話が早くて助かりますわ軍師様♡」

 我々は安寧あんねいを求めておりますことよ、とキラメラは本懐ほんかいを打ち明けた。

 羽団扇を取り出すと口元を隠して思わせ振りに語る。

「モチロン♡ 既に述べた通り、押し掛けてタダ同然でこの世界に住まわせろ……なんて破廉恥はれんちなことは申しませんわ。蕃神と戦うとなれば我らも手を貸しますし、労働力が必要とあらば古のものエルダー・シングの元でブラック企業も裸足で逃げ出すほどの重労働をこなしてきた熟練の腕を御覧に入れましょう」

 ――それだけに留まりませんわ。

 話に区切りを入れたキラメラは長い指をスナップさせて鳴らした。

 合図あいずを受けた小型メイドが自分の胸に腕を差し込む。

 ズブズブとスライム状の肉体に手が沈んでいく。

 身体の中から取り出したのは一冊の書物。愛玩人形ドールくらいの背丈しかない彼女には持て余す大きさだが、両手でしっかり持つと頭上に掲げた。

 いにしえ魔導書グリモワールめいた風格のある古書だ。

 その表紙に描かれた紋章もんしょうにレオナルドたちは目を奪われる。

 会談を見守っていたツバサまで目を見張ってしまった。

「…………旧神の印エルダーサイン!?」

 その魔導書らしき書物には、まさしく旧神エルダーゴッドの印が刻まれていた。

 無論、偽物フェイクという可能性は捨てきれない。

 五神同盟が深きものどもディープ・ワンズを偽造した鉛の円盤で騙したばかりだ。こちらが使った手をあちらも使うのは当たり前と考慮しなければならない。

 だが、少なくともフレイたちが掘り当てていた旧神の印エルダーサインより強力な波動を発しているのは間違いなかった。

 となれば――本物の旧神エルダーゴッドにまつわる書籍なのか?

 ツバサたちは希望と猜疑心さいぎしん煮凝にこごらせる。

 小型メイドから本を受け取ったキラメラは、取引を持ち掛ける悪魔のように蠱惑こわく的な笑みを浮かべていた。そこから誘惑的な言葉を投げ掛けてくる。

「私から情報を提供することもやぶさかではありません」



 たとえば旧支配者オールド・ワンの事情に限らず――その天敵である旧神エルダーゴッドについてとか。



 これがキラメラにとっての交渉材料のようだ。


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