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第二夜 応声虫
第3話 魔道四十八祖
しおりを挟む赤い鶴が指し示したのは、ある大型立体駐車場だった。
「あそこが伏魔殿のようでございやすね」
「外来組織の隠れ家みたいだな。手の込んだ真似してやがる」
白山は駐車場を睨みつける。
「正面に見張りが四人、奥に待機が四人、各階にそれぞれ六人……裏で待機しているのが十八人ってとこか。全員ぶちのめした方が早えな」
街灯は薄暗く夜も深い。そして、駐車場に視力が届く距離ではない。
なのに、白山は敵地の状況を見透かしていた。
「ですが、あちらにも同類がいるんですぜ? 慎重に構えた方が……」
「必要ねえよ。相手も魔道師なら五分五分じゃねえか」
どこかで──鍔鳴りが響いた。
「久々に御同輩と手合わせできるたぁ──血が騒ぐぜ」
嬉々とした白山の表情は、鬼気迫る物があった。
「策を練るのも面倒だ。俺は鉄火場に立って荒事を引き受ける。幽谷響と先生は裏ぁ回って必要なモンをかっぱらって来てくれ。いいな?」
「いや、あの、なんで私まで……?」
乗り掛かった船ではない──気付けば連れられていた。
あの若頭に潜んでいた異形の蟲。
あれは紛れもなく魔道に携わる者の仕業だ。とすれば、組に敵対する外来組織にも魔道師が関わっている。そんなことは信一郎にも理解できる。
しかし──たった三人で敵のアジトへ乗り込むのは無謀だ。
しかも、白山の言い分はなんとなく奇妙だった。
自分が注意を引きつけている間に、信一郎たちに何かを見つけてこいと言うのだ。幽谷響は心得ているようだが信一郎にはわからない。
「後でまとめて説明しやすよ、先生」
幽谷響は意味深長にそう言うと、信一郎を手招いて誘導する。
それを合図に白山も動き出した。
白山が真正面から殴り込むのに対して、幽谷響と信一郎は裏口へと向かう。
「でも……本当に通さん一人で大丈夫なのかい?」
いくら魔道師といえど、相手は二桁もいる荒くれ者たちだ。おまけに銃やら刃物やらで武装しているだろう。
白山は腕が立つと聞いているが、多勢に無勢という言葉もある。
「心配いりやせんよ。むしろ心配すべきはあちらさんで……」
どうやら幽谷響の心配事は別にあるようだ。
「白山の旦那はいい年こいて、血気盛んでございやすからねえ。しかも血の沸点が低くて、暴れ出したら誰であろうと止められない……あれで魔道四十八祖の一人ってんだから信じられやせんよ……」
「魔道四十八祖……?」
聞き慣れぬ単語に信一郎は首をひねった。
~~~~~~~~~~~~~
立体駐車場を隠れ蓑にした、大陸系マフィアの支部。
その正面ゲートに、白山は堂々と現れた。
夜風に舞うロングコートを翼のように広げ、遊びに来たような軽い足取りで近づいていく。当然、正面ゲートを守る男たちは警戒した。
「よう、お務め御苦労」
片手を挙げて挨拶する白山に、男たちはすぐさま身構える。
「──遅えよ」
そう呟いた白山は、既に正面ゲートを抜けていた。
男たちはいつ白山がすれ違ったかもわからぬまま、気付いたら全身を膾切りにされていた。誰もが絶叫を上げながら血まみれで倒れていく。
その叫びを聞きつけたようで、いくつもの足音が聞こてくえる。
「客寄せはこれで十分か」
立体駐車場の一階、その中央で白山は足を止めた。
異変を察知して、奥に控えていた者たちが駆け出してくる。
だが、彼らは白山のロングコートが翻るのを目にしただけで、その視界が自分の血潮で真っ赤に染まるほど膾切りにされていた。
どこかで──鍔鳴りが響いた。
ものの一分と経たない内に、立体駐車場の一階は血の海に沈んでいた。
まだ無事な者たちも、迂闊に動けず硬直している。
何が起きたかわからない上、侵入者である白山が異常すぎるからだ。
倒れた者は例外なく、鋭利な刃物でズタズタに切り裂かれている。
そして白山は徒手空拳──空の手には血の一滴もついておらず、血の海で返り血ひとつ浴びることなく立っているのだ。
尋常ならざる侵入者を、男たちは遠巻きに取り囲むことしかできない。
すると、男たちを押しのけて誰かが前に出てくる。
それは──正体を現さぬ小柄な男だった。
白山を取り囲む連中と比べたらかなり小さい。鍔広の帽子を目深に被り、トレンチコートを着込んでいる。その襟はピンと立てられ、顔を隠していた。
覗かせている双眸は不可思議な虹彩を湛えている。
「オマエか──ワタシの可愛い蟲を殺したのは?」
妙に甲高い声の問い掛けに答えず、白山は質問に質問で返した。
「この組織に肩入れしてる魔道師ってのはおまえか?」
「ん、この感じ……オマエも魔道師か?」
おもむろに小男が腕を上げると、その袖口から何かが射出された。
白山の目の前で射出されたものがパックリと二つに裂かれる。
それは一匹の蟲だった。
先ほど、信一郎が若頭の腹から引き抜いたものと同じだ。
「三下め、こうしなきゃ同類もわからねえのかよ」
小男は無言のまま白山に向かってきた。
両腕を交差させてから左右に振り、またも何かを袖口から飛び出させる。
──長さ50㎝ほどの歪な刃。
それを両手に固定させ、二刀流の要領で振り回す。小男は幾度となく刃を振るうが、白山は上半身の体捌きだけで躱した。
頸動脈を狙う斬撃を、白山は人差し指と中指だけで挟み取る。
小男は刃を引こうとするが、ピクリとも動かせない。
間近で止めたその刃は、昆虫のカマキリの前肢にも似た鎌だった。
触った感触だと金属製ではなく、昆虫の甲殻のようだ。
「腹の蟲に蟷螂の斧──蟲使いって寸法か」
今度は小男の股下から、白山の顎を狙って何かが伸びてくる。
白山は空いていた左手でそれを握り止めた。
「蠍の尻尾……本格的に蟲野郎だな」
掴んでいる巨大な蠍の尾をグイッ、と引き寄せる。この尾は身体に直結しているのか、小男は簡単に姿勢を崩しかけた。
白山は力任せに蠍の尾を引っ張ると、そのまま腕力に物を言わせて小男をジャイアントスイングよろしく振り回し、空中に放り投げた。
「そろそろ面ぁ見せやがれっ!」
放り投げた小男を追って自らも跳んだ白山はコートの懐に手を差し込むと、そこから一振りの長大な刀を引き抜いた。
これが膾切りの正体──魔道師としての白山の十八番である。
コートからの抜刀、六度の斬撃が閃く。
小男は蠍の尾と蟷螂の斧で三度は防いだが、残り三度の斬撃を浴びる。
その三撃は帽子とトレンチコートだけを切り裂いた。
着地しつつ体勢を立て直す相手を見据えて、白山は口笛を吹いた。
──彼女に送る最高の賛辞である。
「道理でいい匂いがするわけだ。可愛らしいお嬢ちゃんとはな」
「可愛……」
面と向かって言われた少女は、あからさまに顔を赤らめた。
意外に純情なのか? 白山はからかってみる。
「ああ、アイドル雑誌の表紙を飾ったっておかしくねえぜ」
少女は頬を桃色に染める──どうやら本物だ。
トレンチコートを剥いだ下には、しなやかな少女の肢体。
全身を覆うボディースーツは無駄のない肉体美をくっきりと現し、鍔広の帽子の下には幼さが残るボブカットの美少女な面相。
少々表情に乏しいが、それを差し引いても十二分な可憐さだった。
だが、悲しいかな。それらは擬態に過ぎない。
両手から蟷螂の斧を生やして、尾てい骨からは蠍の尾を揺らしている。
──それが彼女の正体だ。
少女は艶やかな笑みを零した。
「フ、フフ、フフフ……ワタシを可愛いなんて言ってくれたの……アナタで二人目……すっごく嬉しい……褒めてくれて、ありがとう……オジちゃん」
「オジちゃ……い、いや、否定できねえのが辛いな」
白山は悔しそうな顔で肯定した。
「フフフ……オジちゃんのこと……ワタシ、気に入っちゃった……」
媚びる色気に溢れた瞳は、狂気に澱んでいく。
「そうだ……御礼にその五体を余すところなく蟲たちに啄ませて、ずっとワタシのお腹で抱いてあげるわ……フフフ……素敵でしょう……?」
見た目は美少女──しかし、中味は立派な魔道師だ。
「そりゃまた、素敵で不敵じゃねえか」
長刀を肩に担ぐと、やや腰を落として身構える。
「俺に勝てる寸法があるってんならな」
少女は背中から更に一対の蟷螂の斧を出現させる。
その尖る爪先を白山へと差し向け、昆虫の複眼にも似た瞳を歪めた。
「ワタシは『精螻蛄』……『精螻蛄』の吉良睦魅……オジさんは誰?」
「俺か? 俺は白山通」
鍔鳴りが鳴り響き、白山の背後から無数の刀剣が出現する。
「魔道四十八祖が一人──『白山神通坊』の白山通だ」
~~~~~~~~~~~~~
魔道師が冠する異名──これを号名という。
いわゆる魔道師内での通り名なのだが、よく妖怪の名前が使われている。
これは『人間を越えた者である』という自負であるとともに、『人間を辞めた者である』という自戒が込められているそうだ。
かつて『魔道に堕ちる』とは『天狗道に堕ちる』とも言われていた。
このため、魔道師には天狗を名乗る者が多い。
その天狗には四十八人の大天狗がいるとされているが、魔道においても彼等こそが魔道の源流を築き上げた始祖とされていた。
それが魔道四十八祖である。
数多いる魔道師の中でも四十八祖の実力は別格だという。
その魔道四十八祖が一人──白山神通坊
伝承によれば凄まじい神通力を有する大天狗であり、幾千幾万の刀剣を雨あられのように降らせる秘術を体得したと言い伝えられている。
白山はその正統継承者になるらしい。
「通さんの素性はそれでいいとして……君は何を探してるんだ?」
マフィアのものとは思えぬ程、小綺麗に整えられた事務所。
そこに忍び込んだ幽谷響は、事務所の戸棚やデスクを片っ端から開き、めぼしいファイルや帳簿、ちょっとした書き付けまで手当たり次第に調べていた。
「──契約書でございやすよ」
幽谷響は調べ終えた書類を放り投げながら言った。
「裏だろうが表だろうが、組織の成り立ちには記録ってのが不可欠。それが暗黒街で経営していて表沙汰にできねえものであっても然り。金の流れにゃあ帳簿、取引にゃあ契約書ってモンが必要なんでございやすよ」
「ああ、要するに裏帳簿ってやつか」
「その通り。なんならその裏帳簿でも宜しいんですが……おっと?」
不意に彼の手が止まり、その眼が手元の書類に釘付けになる。
そして、幽谷響は陰惨な微笑みを零した。
「当たりでやす──しかも、帳簿と契約書のお得なセットと来ましたぜ」
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