道参人夜話

曽我部浩人

文字の大きさ
16 / 62
第三夜   樹木子

第4話 魔道師 震々

しおりを挟む



 部屋の障子や襖が1度に蹴破られた。

 消灯された暗闇の中、部屋に敷かれた2組の布団を大勢が取り囲む。

 誰かが布団を剥ぐも、そこに目指すべき獲物はいない。
 他の布団を丸めて眠っているように取り繕ってあるだけだ。

 逃げられた──だが、大勢の者が取り乱す様子はない。
 今度は家屋内を探し始める。

 人間が隠れられそうな場所から、そうでない場所まで、草の根分けても探し出すように徹底的だ。しかし、それらの動作はどこか緩慢である。

「渡りに船と誘われし村──そこは亡者の魔窟でございやしたか」

 藁葺き屋根の突端に座った幽谷響やまびこは毒突いた。
 彼の後ろに立つ信一郎しんいちろうは、闇夜の中で眼を凝らしていた。

 今夜は透き通るような月夜だが、生憎の曇天で暗闇である。そんな闇夜を無数の人影がわらわらと蠢いている、それだけは判別できた。

 彼等が必死で自分たちを探しているのもわかる。
 それにしても多い──感じる人の気配だけでも相当な数だ。

「これだけの人間がこの村にいたなんて……」
「いいや、どうやら真っ当な人間・・・・・・じゃございやせんぜ」

 幽谷響がそう言うと、少しだけ雲が晴れて月光が覗いた。
 それを浴びた人影を見た瞬間、信一郎は悲鳴を上げた。

 間一髪──その口は幽谷響の錫杖によって塞がれた。

「見やしたか? ありゃあどう見たって生者じゃあございやせんでしょう」
「……ッ! …………っ!?」

 信一郎は驚愕で瞬きするのを忘れていた。

 よくB級ホラー映画でお目に掛かる。映画ならば演出に凝るから、もっと毒々しく化物然としているが、あれは生々し過ぎた。

 その顔は微妙に膿み崩れ、赤茶けた歯茎が露出し、そこかしこに白い蛆がこびりついている。眼に生気はあるが、片方は瞼が抉れて今にも零れ落ちそうだ。

 村を徘徊する者は──すべて死人だった。

「おかしいと思いやしたぜ」
 絶句する信一郎に、幽谷響はこの村への違和感を明かした。

「この村の連中、内臓の動く音がてんで弱いんでさ。かと言って皆無じゃあない。微かにだが生きている音をさせる。しかし、どうにも微弱なんでさ」

 まるで死人──その想像が現実となってしまった。

「どうやら、類は友に呼ばれちまったみたいでございやすねえ」
「……どうゆう、意味、だ」

 声を押し殺す信一郎を、幽谷響は苦笑しながら仰ぎ見る。

「この半端な死人共は統率されておりやす。ならば、指揮を執っている野郎がどこかにいるはず。しかし、尋常な人間にこのような真似は適いませんぜ」

「じゃあ……外道か魔道師」

 道から外れる果てには外道──それは渇望ゆえに人倫を見失った怪物たち。
 道から堕ちる果てには魔道──それは信念ゆえに常識を捨てた求道者たち。

「その通りでございやす。しかし、外道にこれほど技量がある思えやせん。奴等は一代限りの異能に目覚めた魔物でやすからね。ですが、この死人を操るのは明らかに磨かれた技術でさあ」

 つまり──これは魔道師の仕業だ。

 農家の屋根から闇夜にざわめく死人たちの観察を続ける。

 死人の群れは信一郎たちを見つけられず、戸惑うように右往左往し始めた。
 しばらくすると、一斉にある方向を目指して歩き出す。

「どうやら雇い主の許へ戻るようでございやすね」

 死人が立ち去ったのを見計らい、幽谷響と信一郎は屋根から飛び降りた。
 死人の群れが消えた闇の彼方、幽谷響はその後を追っていく。

 信一郎は農家を振り返り、悪寒の走る予感に胸を痛めた。

 幽谷響はこの桜沢村の人々が死人だったと仄めかしていた。

 ならば、八重ちゃんや九重さんも──。

 辛い結末になるのは予想に難くない。だが、逃げるのは卑怯だ。

 闇の奥へと駆ける幽谷響に、意を決して信一郎も続いた。

 夜の森を用心して駆け抜け、森の中央にある開けた空間に出る。

 そこには一本の巨木が聳え立っていた。

 これが御大師様おたいしさまの桜だろう。年輪を重ねた太い幹が誇らしげだ。

 大きな傘を開いたように大地を覆う枝振りは圧巻で、枝の頂きには欠けた月を掲げ、陶酔するような情緒を演出していた。

 しかし、それに浸る気分にはなれない。

 桜の下には死人の群れ、その虚ろな眼差しをこちらへ向けている。

「ほう、今宵の客は取り逃がしたと思っていたが……」

 大きくうねる桜の根、そこの何者かが座っている。

 歪んだ根を玉座とし、死者を率いるやつれた狂王。
 貧相な笑みが似合う年齢不詳の男だ。

「同胞が招かれるとは思わなんだ──ようこそ、魔道のともがらよ」

 男は枯れ枝のように干涸らびた両腕を広げて歓迎した。

 神社の神主のような風体をした男だ。水分を失って縮れた長い髪を垂らし、異様に頬がけた顔は死人よりも色濃い死相が現れている。

 月明かりにその姿を認めた幽谷響は、半信半疑に男の名を呼んだ。

「まさか……『震々ぶるぶる』?」

 幽谷響がその名前を口にした途端、男の眼が異様に血走った。

「ふざけた名で我を呼ぶな! 幽谷響よ!」

 男は神経を磨り減らした大声を張り上げ、呼ばれた名前を否定した。
 相手の正体を知った幽谷響は、壮烈な笑顔で見下していた。

「何を仰る。数多の魔道師に師事を仰ぐも、どの魔道師の跡目も継がず、ひたすら不死の探求に努め、理由を問い質せば『死にたくない』の一点張り。その挙げ句、付いた号名が臆病者の代名詞──『震々』」

 お誂え向きじゃあございやせんか、と鼻で笑った。

 魔道師の号名は本来、その魔道に相応しい妖怪の名前を冠するもの。

 だが、『震々』は魔道の誇りたる号ではなく、周囲から名付けられた蔑称なのだろう。そんなあだ名で呼ばれたら腹が立つのも当然だ。

 人々に恐怖心を催させる臆病神、ぞぞ神とも呼ばれる妖怪──。
 それが『震々』だ。

「フン、相変わらず口先だけは達者のようだな」
 忌々しげに幽谷響を一瞥して、震々はゆっくりと立ち上がった。

「そちらこそ相変わらず若々しい造作でございやすな。いい加減、青年気取りはお止めになるべきじゃござんせんか? 年寄りの冷や水と申しやすからな」

 幽谷響がパチン、と指を鳴らした。
 魔道の術で空気に衝撃を伝播させると、震々の頬が陶器のようにひび割れた。

「クッ……貴様あっ!」

 ひび割れた頬を手で覆った震々は、激しい叱咤を飛ばした。
 しかし、鉄面皮の幽谷響は一向に気にしない。

「ほれ御覧なさい。どうやって息を繋いでるかは存じやせんが、もう貴方様の身体は生き物としての限界を越えちまってる。風が吹けば崩れるミイラ同然でございやしょう。そんな様になってまで生きたがるなんざどうかしてやすぜ」

 震々はその名の通りに五体を震わせた。

「貴様らこそどうかしてる……なぜ死を恐れない?」

 神経衰弱の患者の如く、震々は恐怖を綴る

「どうして死を遙か彼方の幻想のように捉える? 何故、今生の世の愚者共は死を意識しない? 死は生の傍らに寄り添って離れぬものなのだぞ? この世に死より恐ろしき事象があるだろうか? そこより先は何も無いのだぞ? 全くの虚無なのだぞ!? 何も彼も消え失せてしまうのだぞ?」

 何故──誰も恐れようとしない!?

「そりゃあ簡単──誰もが皆、そんなに暇じゃないんでございやすよ」

 彼の異常なまでの恐怖心を幽谷響は鼻で笑った。

「人間ってのはいつ来るかわからん死を想うより、目の前の出来事を処理するのに一生懸命なんでさ。何十年も先の自分の葬式の心配より、今夜の晩飯をどうするかに悩むのが真っ当な人生なんでございやすよ」

 幽谷響は一歩前に出て、こちらから詰問する。

「汝、死は恐れるべからず、汝、死を想え……死の先が虚無と誰か見定めやしたか? その先に何もないとはっきりと断言できやすか? 悪戯に恐れるだけでは、無知蒙昧な愚者にも劣るというものでございやす」

 そして、口早に二の句を告げる。

「そんな些末事はどうでもよろしい。それよりも貴方様はここで何をしておられるんでやすか? まさか魔道四十八祖より通達された失道しつどう手配を知らんわけではありやせんでしょう?」

 失道──文字通り、それは道を失うことである。

 人倫じんりんを見失い、非道に振る舞い、外道にも劣る行為を犯した魔道師はこう呼ばれ、魔道の大家である魔道四十八祖より抹消されるように手配されるのだ。

「知らいでか幽谷響よ。だが、もう奴等にも邪魔させぬわ」
 片頬を釣らせる笑みは勝算のある不敵さがあった。

「不死を越えた不滅! 永遠を越えた永劫! そこに至る術はとうに見出しておるわ! 惜しむらくは機が整わぬのみ! 後少し! もう少しなのだ!」

 よろめく四肢で踏ん張り、狂える男は夢想に酔っていた。

 幽谷響は踏み出すと、手にした錫杖を死人の群れに突き付けた。

「貴方様のふざけた渇望と、この哀れな死人の村──そこにどんな因果関係があると仰られる? まさかこの死人が不死の手助けになるとでも?」

「フン、こいつらなんぞ場繋ぎの糧に過ぎん」
 震々は手近な死人の首を掴む。死人はされるがままだ。

「こいつらは時が来るまで我を存続せしめる糧に過ぎん。こいつらは死者だが、我が道術にてかりそめの生命力が与えておる。こいつらが生前のように飯を食らい生命力を得る限り、こいつらを統べる我に生命力を供給してくれるのだ!」

 よって──我が死ぬることはない!

 また、いざと言う時の目眩ましでもあるという。
 部外者がこの地を訪れた際、過疎の村を装う俳優でもあるのだ。

 そして──その部外者を仲間に引きずり込む。

 震々は練丹の法の極地だ、霊幻道士の技術の冴えある発展だ、と自身が開発した秘術を尊大に語った。

 それらを聞き終えた幽谷響は険悪さを増す。
 常ならぬ重量感のある声は、棘ではなく刃を含んでいた。

「それは……無辜むこの民を犠牲にして成り立つ、非道の生ではございやせんか」
「クツクツクツ……魔道のが正道を語るかよ」

 震々は傍らに立つ死人を力任せに蹴り飛ばした。
 死人は抵抗もせず倒れると、震々はそれを踏み付ける。

「己が道を極める為ならば如何なる手段をも講じるのが魔道であろう! 武士道や仏道でもあるまいに、仁義礼智忠信孝悌の八徳を持ち出すでないわ! そもそも、このような下衆げすどもでは我が身体を完璧に維持するのもままならぬわ! 半端物の役立たずめが!」

 頭蓋骨が踏み砕かれる音が響いた時、強い風が吹いた。
 風の音に紛れて、幽谷響も震々もの言葉を聞き逃してしまった。

 ──ふざけるな。

 その呟きは、弱者を理不尽に虐げる者への怒りに打ち震えていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

交換した性別

廣瀬純七
ファンタジー
幼い頃に魔法で性別を交換した男女の話

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...