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第六夜 疱瘡婆
第5話 代理ミュンヒハウゼン症候群
しおりを挟む「代理ミュンヒハウゼン症候群ってやつだったのかもね」
「ミュンヘ……なんでございやすか、その症候群っていうのは?」
ミュンヒハウゼンとは実在したドイツの貴族なのだが、彼が語った架空の冒険談を元にして書かれた物語である『ほらふき男爵の大冒険』に登場する主人公の方が有名だろう。
このミュンヒハウゼン男爵は大嘘つきで、ほらを吹いては人々の注目を集めていたという。
その名を採用されたこの精神病も、嘘をついて注目を集めたがるものだ。
「ありもしない病気に罹っていると吹聴したり、リストカットなどの自傷行為をしては『自分は可哀想なんです』と周囲に訴えて、同情や共感という注目を浴びたがる精神病の一種さ」
それがミュンヒハウゼン症候群である。
虚言癖や承認欲求など、他にも関わりのありそうな症状はいくつかあるが……。
「では、代理と付いているこちらのミュンヒハウゼン症候群は?」
「文字通り──代理を立てるのさ」
例えば母親がこの症例に罹っていた場合。
子供に毒を盛って病気に仕立て上げ、病に陥った悲運の子供を看病する献身的な母親という自分に酔いしれる……子供には迷惑な話だ。
「なんとも酷い心の病があったもんでございやすね」
あの大須宮子という女性を母親とすれば、被害者の子供は生徒である。
「大須宮子……あのままにして来て良かったんでやしょうかね?」
「さあね、彼女はもうただの人間だよ。厄介な体質を抱えただけのね」
今後、どういう身の振り方を選択するかは彼女次第。
代理ミュンヒハウゼン症候群を克服して真っ当な教師になれれば僥倖。
蕁麻疹になることを恐れて誰とも会わない引き籠もり生活を送るのもまた、彼女の選んだ道である。
「あんな教師がいつまでものさばっていたら子供の未来は潰されるばっかりだ。少々キツいことをしたとは思うけど、ああするより他にない……ない……なかったのかなぁ?」
「……先生はやってから延々と後悔するタイプでございやすねえ」
今頃になって思い悩む信一郎に幽谷響は呆れているようだった。
どうも最近の信一郎の頭に血が上ると、幽谷響が言うところの修羅ヴァージョンになってしまうらしい。ああなると自分でも制御できない心の奥深くから、残虐な自分が顔を覗かせるような気がする。
まだ『木魂』を使いこなせていない──その証拠なのだろう。
「しかし、子供たちを食い物にして喜ぶえげつない外道でございやしたね」
「ああ──まるで疱瘡婆だよ」
江戸時代、宮城県に現れたという疱瘡を操る妖怪である。
その頃、宮城の七ヶ浜村では疱瘡が大流行して死者がたくさん出た。
それと同時に、何者かが疱瘡で死んだ者たちの墓を暴いて、その死体を食い散らかすという奇怪な事件が起きた。
遺体を深く埋めても、大きな石を重しに置いても、その何者かは簡単にく遺体を掘り返してしまう。
魔よけの祈祷も役立たずに終わった頃、こんな噂が流れた。
『──疱瘡婆という妖怪が、死体を喰うために疱瘡を流行らせているのだ』
その後様々な事件が起こったが、何度かの目撃証言を経た後、疱瘡婆はいつしか消えたという。
「疱瘡ってのは流行が廃れば終わるもの、疱瘡婆も死体を喰い飽きたのやも知れやせん。しかし、こちらの疱瘡婆はちょいと悪食が過ぎたようでございやすね。なんせ恐い女神様にしばかれちまいやしたからねえ」
「……おい、誰が女神様だよ」
誰も彼もが、信一郎を美女のように扱おうとする。
いいかげん慣れてきたが、幽谷響に女扱いされると無性に腹が立つ。
「まあいいさ、私たちの用事は済んだんだ。そろそろお暇しよう」
「そうでございやすね。マイル嬢と茜嬢がお腹を空かして待ってる頃合いでやすからねえ。お土産になんか買って帰りやしょうか」
信一郎と幽谷響は、誰にも気付かれることなくその場を後にした。
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