【短編】恋愛マニュアル通りの彼女 vs 詐欺警戒度MAXの俺。~「好き」と言われるたびに、壺を買わされる予感しかしない~

月下花音

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第2話:そのデートコースは、詐欺被害者の会で習った手口そのものだった

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 日曜日。午後一時。
 俺は駅前の待ち合わせ場所で、戦場に赴く兵士の心境で立っていた。

 今日のミッションは「潜入調査」。
 ターゲットは自称・家事手伝いの美女、ミナミ(22)。
 彼女がどのタイミングで「本題(カネ)」を切り出してくるか、その尻尾を掴むのが目的だ。
 
 現代の詐欺は、従来の「振り込め詐欺」から進化している。
 心理学的アプローチ、長期的信頼構築、感情的依存の形成——
 俺のようなシステム・エンジニアには、その「アーキテクチャ」が透けて見える。

「篠崎さん!」

 人混みの中から、彼女が現れた。
 白のワンピースに、薄手のカーディガン。
 清楚そのものだ。清楚すぎて、逆に「清楚系コスプレ」に見えるレベルだ。
 
 彼女は俺を見つけると、小走りで駆け寄ってくる。
 そして俺の目の前でピタリと止まり、少し息を切らせて上目遣いになった。

「ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」

 到着時刻は、待ち合わせの二分前。
 「早すぎず、遅すぎず、少しだけ待らせて相手に期待感を抱かせる」
 詐欺マニュアル第三章の基本テクニックだ。
 
 現代の心理操作術は、こうした「微細な調整」に宿っている。
 完璧すぎると不自然に見え、遅すぎると印象が悪い。
 その絶妙なバランスを計算し尽くした「演出」——まさにプロの仕事だ。
 「早すぎず、遅すぎず、少しだけ待たせて相手に期待感を抱かせる」
 詐欺マニュアル第三章の基本テクニックだ。
 
 俺は内心で「詐欺ポイント」を加算しながら、笑顔を作った。
「いや、俺も今来たところだよ」
「よかったぁ。篠崎さんに嫌われたらどうしようって、心臓バクバクで……」

 彼女は自分の胸に手を当てて見せる。
 視線を胸元に誘導するテクニック。加点1。

 俺たちはカフェに入った。
 俺がメニューを見て「アイスコーヒー」と注文すると、彼女は即座に言った。

「あ、私も同じのください! 篠崎さんと一緒がいいな」

 出た。
 「ミラーリング効果」。相手と同じ行動を取ることで親近感を抱かせる心理術。
 加点2。

 席に着くと、彼女は対面ではなく、少し斜めの位置に体を向けた。
 「真正面の圧迫感を避けつつ、親密さを演出する角度」。
 加点3。

 もはや疑う余地はない。
 彼女はプロだ。それも相当な手練れだ。
 すべての挙動が、「俺を落とす」という一点に向かって最適化されている。
 
 現代の恋愛工学は、ここまで進歩している。
 行動経済学、認知心理学、神経科学——
 あらゆる学問が「人を惹きつける技術」として応用され、マニュアル化されている。
 彼女は、その最新版を完璧に実装した「人間型インターフェース」だった。

 会話が始まる。
 彼女は聞き上手だった。
 俺が仕事の愚痴(バグ報告書のチェックがだるい等)を少し漏らすと、彼女は身を乗り出して言った。

「すごい……! 篠崎さんって、縁の下の力持ちなんですね。そういう人がいないと、世界は回らないですよ。尊敬しちゃいます!」
 
 「承認欲求の刺激」。
 俺のようなSEが一番言われたい言葉を、ピンポイントで刺してくる。
 恐ろしい。俺の精神構造(プロファイル)が完全に解析されている。
 
 これは、現代のマーケティング手法そのものだった。
 顧客の潜在的ニーズを分析し、最適なメッセージを配信する——
 彼女は俺という「市場」を完璧に理解し、最も効果的な「商品(言葉)」を提供している。

 そして、決定的な一言が放たれた。

「ねえ、篠崎さん。来年のクリスマス、どうします?」

 ブッ、と俺はコーヒーを吹き出しそうになった。
 今は四月だ。

「……え? クリスマス?」
「はい! 私、来年のクリスマスは、篠崎さんとイルミネーション見たいなって。……予約、しちゃダメですか?」

 「フューチャー・ペーシング(未来への先導)」。
 遠い未来の約束をすることで、無意識のうちに「長期的な関係」を相手に刷り込む洗脳技術だ。

 加点5。
 役満だ。
 俺は震える手でコーヒーカップを置いた。

 こいつ、加減というものを知らないのか?
 それとも、俺をチョロいカモだと判断して、フルコース(全テクニック投入)できているのか?
 
 現代の詐欺師は、こうした「時間軸の操作」を巧みに使う。
 過去の共通体験を作り、現在の親密さを演出し、未来の約束で相手を拘束する——
 時系列全体を支配することで、被害者の現実認識を歪めていく。

 俺は警戒レベルを最大に引き上げ、あえて冷たく返した。
「……来年のことなんて、誰にも分からないよ。鬼が笑うぞ」

 すると、彼女はシュンと眉を下げた。
「そう、ですよね……ごめんなさい。私、嬉しくてつい……先走っちゃって」

 その表情。
 悲しげで、でも健気で、守ってあげたくなるような弱さの演出。
 
 ――負けた。
 俺は心の中で白旗を上げた。
 「可愛すぎる」という暴力の前では、俺の「詐欺対策マニュアル」など紙切れ同然だった。
 嘘でもいい。罠でもいい。
 この完璧な演技(エンターテインメント)に対して、俺は対価を支払うべきなんじゃないか?
 
 現代の恋愛は、こうした「感情の商品化」が進んでいる。
 愛も、優しさも、すべてが「サービス」として提供され、消費される。
 俺は今、最高品質の「恋愛体験」を購入しているのかもしれない。

 デートの帰り際。
 彼女は改札の前で、俺の袖を少しだけ掴んだ。

「……あの、今日はありがとうございました。すごくすごく、楽しかったです」

 そして、耳元で囁くように言った。

「こんなにドキドキしたの、生まれて初めてです。……篠崎さんだから、ですよ?」

 「限定性の付与」。
 あなただけは特別、と思わせる最終奥義。
 加点100億。

 俺はフラフラになりながら帰路についた。
 
 ……恐ろしい女だ。
 俺の全財産だけでなく、俺の魂まで吸い尽くすつもりか。
 家に着いた俺は、ベッドに倒れ込み、天井を見上げた。
 
 「詐欺だ」
 そう呟いてみるが、心臓の鼓動は早鐘を打っている。
 俺は知っている。
 マインドコントロールの第一段階は完了したのだと。
 
 現代の恋愛詐欺は、金銭ではなく「感情」を標的にする。
 被害者は騙されていることに気づかず、むしろ「幸せ」を感じながら搾取される。
 それは、最も巧妙で、最も残酷な犯罪なのかもしれない。

 一方その頃。
 ミナミは自宅の真っ白な部屋で、ボロボロになったノートを開いていた。
 表紙には太いマジックで『絶対に落とす! 恋愛必勝マニュアル vol.1』と書かれている。

 彼女は赤ペンで、今日のチェックリストに花丸をつけていた。

『① 遅れずに小走りで登場 → 成功!』
『② 同じものを頼んで相性アピール → 成功!』
『③ 来年の話をして意識させる → ちょっと引かれたかも?(反省)』
『④ 別れ際のボディタッチ → 成功(心臓止まるかと思った!)』

「……やったぁ」
 彼女はベッドの上で手足をバタつかせ、枕に顔を埋めた。
「篠崎さん、笑ってくれた……! マニュアル通りにやってよかったぁ……!」

 彼女は知らなかった。
 自分の純情な努力が、相手には「高度なサイバー犯罪の手口」として受け取られていることを。

 二人の「認識のズレ(デッドロック)」は、まだ解消されそうになかった。
 
 現代の恋愛は、こうした「情報の非対称性」に満ちている。
 互いに相手を「理解している」と思い込みながら、実際には全く違う物語を生きている——
 それは喜劇なのか、それとも悲劇なのか。

(つづく)

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