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Day 4:さよなら、鏡の中の「知らない女」だった私
朝の光が、昨日よりも柔らかく感じた。カーテンの隙間から差し込む光は、まだ弱々しいけれど、確かに部屋の中に届いている。
気のせいかもしれない。あるいは、私の網膜が、光を受け入れる準備を少しだけ始めたのかもしれない。
ベッドから起き上がり、重たい身体を洗面所へと運ぶ。
そこは、私にとって最初の試練の場所だった。
鏡。現実を容赦なく突きつけてくる、冷たいガラスの板。
◇
深呼吸を一つして、顔を上げる。
そこにいたのは、相変わらず知らない女だった。
けれど、その表情に微かな変化があった。一昨日や昨日のような、すべてを諦めたような絶望の色は薄れ、代わりに疲労と混乱が混じり合った、人間らしい表情が浮かんでいる。
目の下の腫れはまだ引いていない。
それでも、昨日よりは少しだけ、ましに見えた。
これも、気のせいかもしれないけれど。
鏡の中の自分と、じっと見つめ合う。
彼女の瞳の奥に、怯えて縮こまっている、本当の私が見えた。
大丈夫だよ、と言ってあげたかった。でも、そんな言葉はあまりに軽々しくて、嘘に聞こえただろう。
だから、もっと単純な事実を、声に出してみることにした。
唇が震え、心で呟く。
「生きてる」
◇
声帯が震え、唇から音が紡がれる。
ひどく掠れた、自分のものではないような声だった。けれど、その言葉は確かに、この部屋の静寂を破った。
鏡の中の女の唇も、同じように動く。
私たちは、同じ言葉を同時に口にした。
昨日の私なら、こんな言葉は絶対に言えなかった。
昨日までの私は、生きていること自体が罰のように感じられていたから。呼吸をすることさえ億劫で、ただ時間が過ぎ去るのを待つだけの、生命活動を停止した置物だった。
でも、今朝は違った。ほんの少しだけ。
「生きている」という事実を、客観的に認識できた。
それは希望でも絶望でもなく、ただのニュートラルな状態報告。
でも、そのニュートラルな地点に立てたことが、私にとっては小さな、しかし決定的な一歩だった。
◇
キッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。
昨日、彼岸と此岸を分ける川のように思えたあの場所。
まだ、彼のビールとチーズはそこにある。
でも今日は、昨日ほど胸が締め付けられることはなかった。
それらはただの「物」として、そこにあった。思い出という名の亡霊は、少しだけ薄れていた。
コーヒーを淹れる。昨日と同じ豆、同じ淹れ方。
マグカップを手に取り、恐る恐る一口飲む。
苦い。相変わらず、舌に刺さるような苦さだ。
でも、昨日より刺さらない苦さ。
ああ、この味が、私の新しい基準か。
◇
窓を開けると、ひんやりとした空気が流れ込んできた。
外では、カラスの鳴き声が遠くに聞こえる。
昨日までは世界から音が消えていたのに、今日はちゃんと、音が聞こえる。
それは、世界が私に優しくなったわけではない。
私の耳が、再び世界と繋がることを許可し始めたのだ。
何かが、ほんの少しずつ、変わり始めている。
それは、雪解け水が岩の隙間に一滴ずつ染み込んでいくような、あまりに遅く、微かで、誰にも気づかれない変化。
でも、確実に、何かが動いている。
◇
もう一度、洗面所に戻る。
鏡の中の女は、さっきと同じ顔をしていた。
でも、私にはわかる。
彼女の瞳の奥に、昨日まではなかった、ごくごく小さな光の粒が灯っているのを。
それは、まだ瞬き程度の、頼りない光。
それでも、暗闇の中では、どんな小さな光も道標になる。
部屋に戻り、床に散らばっていた服を拾い上げる。
まずは、この混沌とした部屋を片付けることから始めよう。
世界を変えることはできなくても、自分の半径1メートル以内なら、変えられるかもしれない。
その日、初めて洗濯機を回した。
クローゼットに押し込んだパーカーも、一緒に。
洗剤の匂いが、新鮮に感じられた。機械に任せて、いつか笑える日を待とう。
気のせいかもしれない。あるいは、私の網膜が、光を受け入れる準備を少しだけ始めたのかもしれない。
ベッドから起き上がり、重たい身体を洗面所へと運ぶ。
そこは、私にとって最初の試練の場所だった。
鏡。現実を容赦なく突きつけてくる、冷たいガラスの板。
◇
深呼吸を一つして、顔を上げる。
そこにいたのは、相変わらず知らない女だった。
けれど、その表情に微かな変化があった。一昨日や昨日のような、すべてを諦めたような絶望の色は薄れ、代わりに疲労と混乱が混じり合った、人間らしい表情が浮かんでいる。
目の下の腫れはまだ引いていない。
それでも、昨日よりは少しだけ、ましに見えた。
これも、気のせいかもしれないけれど。
鏡の中の自分と、じっと見つめ合う。
彼女の瞳の奥に、怯えて縮こまっている、本当の私が見えた。
大丈夫だよ、と言ってあげたかった。でも、そんな言葉はあまりに軽々しくて、嘘に聞こえただろう。
だから、もっと単純な事実を、声に出してみることにした。
唇が震え、心で呟く。
「生きてる」
◇
声帯が震え、唇から音が紡がれる。
ひどく掠れた、自分のものではないような声だった。けれど、その言葉は確かに、この部屋の静寂を破った。
鏡の中の女の唇も、同じように動く。
私たちは、同じ言葉を同時に口にした。
昨日の私なら、こんな言葉は絶対に言えなかった。
昨日までの私は、生きていること自体が罰のように感じられていたから。呼吸をすることさえ億劫で、ただ時間が過ぎ去るのを待つだけの、生命活動を停止した置物だった。
でも、今朝は違った。ほんの少しだけ。
「生きている」という事実を、客観的に認識できた。
それは希望でも絶望でもなく、ただのニュートラルな状態報告。
でも、そのニュートラルな地点に立てたことが、私にとっては小さな、しかし決定的な一歩だった。
◇
キッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。
昨日、彼岸と此岸を分ける川のように思えたあの場所。
まだ、彼のビールとチーズはそこにある。
でも今日は、昨日ほど胸が締め付けられることはなかった。
それらはただの「物」として、そこにあった。思い出という名の亡霊は、少しだけ薄れていた。
コーヒーを淹れる。昨日と同じ豆、同じ淹れ方。
マグカップを手に取り、恐る恐る一口飲む。
苦い。相変わらず、舌に刺さるような苦さだ。
でも、昨日より刺さらない苦さ。
ああ、この味が、私の新しい基準か。
◇
窓を開けると、ひんやりとした空気が流れ込んできた。
外では、カラスの鳴き声が遠くに聞こえる。
昨日までは世界から音が消えていたのに、今日はちゃんと、音が聞こえる。
それは、世界が私に優しくなったわけではない。
私の耳が、再び世界と繋がることを許可し始めたのだ。
何かが、ほんの少しずつ、変わり始めている。
それは、雪解け水が岩の隙間に一滴ずつ染み込んでいくような、あまりに遅く、微かで、誰にも気づかれない変化。
でも、確実に、何かが動いている。
◇
もう一度、洗面所に戻る。
鏡の中の女は、さっきと同じ顔をしていた。
でも、私にはわかる。
彼女の瞳の奥に、昨日まではなかった、ごくごく小さな光の粒が灯っているのを。
それは、まだ瞬き程度の、頼りない光。
それでも、暗闇の中では、どんな小さな光も道標になる。
部屋に戻り、床に散らばっていた服を拾い上げる。
まずは、この混沌とした部屋を片付けることから始めよう。
世界を変えることはできなくても、自分の半径1メートル以内なら、変えられるかもしれない。
その日、初めて洗濯機を回した。
クローゼットに押し込んだパーカーも、一緒に。
洗剤の匂いが、新鮮に感じられた。機械に任せて、いつか笑える日を待とう。
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