論理で恋を解く男が、星のように揺れる夜

月下花音

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第44話 「何も言わないで」

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 午後11時の相談所。

 透は机に向かっていた。

 その時、ドアが開いた。

 透は顔を上げる。

 雪が、入ってきた。

 ◆

 五路交差点発、哲学者のほろにがログ。第44話。

 透の心臓が止まる。

「雪……」

 透は小さくつぶやく。

 雪は、机の前に立つ。

 いつもの笑顔。

 でも、どこか悲しい。

「お兄ちゃん」

 雪の声が、聞こえる。

 透は、立ち上がる。

「雪……本当に、お前なのか……」

 雪は、首を振る。

「違うよ。私は、お兄ちゃんの心の中にいるだけ」

 透の視界が、歪む。

「幻覚……」

 雪は、小さく笑う。

「そうだよ。でも、お兄ちゃんが呼んだんだよ」

 透は、雪に近づく。

「俺が……呼んだ……?」

 雪は、頷く。

「お兄ちゃんが、まだ私を手放せないから」

「お兄ちゃんが、まだ私に謝りたいから」

「だから、私は現れるの」

 透は、涙を流す。

「ごめん……雪……」

 雪は、首を振る。

「お兄ちゃん、何も言わないで」

 透の手が、止まる。

「何も……言わないで……?」

 雪は、小さく笑う。

「謝らないで。お兄ちゃんは、何も悪くないから」

「私が、勝手に決めたことだから」

「お兄ちゃんのせいじゃないから」

 透は、首を振る。

「でも……俺が、お前を止められなかった……」

 雪は、透に近づく。

「お兄ちゃん、何も言わないで」

 雪は、透の頬に手を伸ばす。

 でも、触れられない。

 雪の手が、透の頬をすり抜ける。

「触れられない……」

 雪は、涙を流す。

「ごめんね、お兄ちゃん」

「私、もうお兄ちゃんに触れられないの」

「私、もうお兄ちゃんを抱きしめられないの」

 透は、雪を抱きしめようとする。

 でも、雪の体が、すり抜ける。

「雪……!」

 透は、叫ぶ。

 でも、雪は消える。

 風だけが、残る。

 透は、床に座り込む。

「雪……」

 透は、小さく呟く。

 心臓が、痛む。

 息が、苦しい。

「何も言わないで……」

 雪の言葉が、頭の中でループする。

 でも、透は言いたい。

「ごめん」と。

「愛してる」と。

 でも、もう言えない。

 雪は、もういない。

 ◆

 午前2時の相談所。

 透は机に向かい、新しい手紙を開いた。

 便箋には、丸い文字でこう書かれていた。

『大切な人に、言えない過去があります。

 話したら、嫌われそうで怖いです。

 だから、黙っています。

 でも、黙っているのも、苦しいです。

 どうしたらいいですか?

 28歳・女性』

 透の手が止まる。

 これは、美月さんのことだ。

 透はペンを取り、ノートに書き込む。

「沈黙の重さをS、告白の勇気をC、拒絶の恐怖をFとする。

 だが、この式には本質が欠けている。

 沈黙は、優しさだ」

 透の手が震える。

 透は便箋に、丁寧な文字で書き始めた。

『大切な人に、言えない過去があります。

 その苦しみは、分かります。

 話したら、嫌われそうで怖い。

 だから、黙っています。

 それは、優しさです。

 相手を傷つけないための、沈黙。

 でも、黙っているのも、苦しい。

 それも、分かります。

 沈黙は、優しさです。

 でも、いつか言葉にしてください。

 あなたのペースで。

 大切な人は、待ってくれます。

 私も、待っています。

 美月さんが、話してくれるまで。

「何も言わないで」と言われても、

 私は待ちます。

 いつまでも。

 藤原透』

 透は手紙を封筒に入れ、棚に置く。

 透は相談所を出て、交差点に立つ。

 五つの道。

 どれも、誰かが消えた道。

 風が、冷たく吹き抜ける。

 星空が、静かに輝いている。

 透は、小さくつぶやく。

「何も言わないで」

 でも、俺は言いたい。

「ごめん」と。

「愛してる」と。

 でも、もう言えない。

 雪も、美月も、もういない。

(第44話完 次話へ続く)

 次回、透は「それでも求めてしまう」ことを知る。
 そして、透の執着が——君の想像する「狂気」が、始まる——。
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