5 / 5
5. 大晦日の炬燵
しおりを挟む
12月31日。
大晦日。
私の熱は下がったけど、今度はヨウスケが風邪を引いた。
「俺は風邪引かない」って豪語してたのに、見事にフラグ回収してくれた。
「うっせー……」
鼻声で反論してくるけど、説得力ゼロだ。
ヨウスケはリビングの炬燵の中で、ミノムシみたいに毛布にくるまって丸まっている。
鼻水ズビズビいわせてるし、周りにはティッシュの山ができている。
汚い。
情けない。
でも、看病してもらった手前、文句を言うわけにもいかない。
私は炬燵に入って、みかんを剥いている。
ここのみかん、箱買いしたやつだけど当たりだった。
甘くて、ジューシーだ。
でも、剥いてると指先が黄色くなるし、爪の間に白い筋が入るのが地味にストレスだ。
丁寧に白い筋を取らないと気が済まない私は、黙々と作業を続ける。
ヨウスケは皮ごと食べそうな勢いの大雑把な人間だから、このあたりの価値観も合わない。
テレビでは紅白歌合戦が流れている。
知らないアイドルグループが踊っている。
「誰これ? みんな同じ顔に見えるんだけど」
私が言うと、布団の中からヨウスケの声がした。
「お前がババアになった証拠だろ」
「うるさい。あんたもジジイでしょ」
私は足でヨウスケの足を蹴った。
「痛っ……病人になんてことを」
「口は達者ね」
みかんを房に分けて、一つ口に放り込む。
甘酸っぱい。
冬の味だ。
「……なぁ」
ヨウスケが顔だけ布団から出してきた。
熱で少し潤んだ目で、こっちを見ている。
顔が赤い。
「何? 水?」
「いや……」
ヨウスケがモゴモゴしている。
何か言いたそうだ。
また「チャンネル変えて」とか言うつもりか。
「……結婚、するか」
時が止まった。
みかんを口に運ぶ手が空中で静止した。
テレビの音が遠のいた気がした。
今、なんて言った?
「……は?」
間の抜けた声が出た。
「いや、なんか……面倒くさくなった」
ヨウスケが目を逸らしながら言った。
「お前以外を探すのが」
……最低だ。
最低のプロポーズだ。
「愛してるから」でも「一生守るから」でもない。
「面倒くさいから」。
ロマンチックの欠片もない。
ドラマだったら即ビンタして別れるレベルだ。
「妥協」って言葉が服着て歩いてるような台詞だ。
でも。
不思議と、嫌じゃなかった。
怒りも湧いてこなかった。
むしろ、ストンと腑に落ちた気がした。
「……私も」
気づいたら、口から出ていた。
「私も、面倒くさい」
もう一度ゼロから誰かと関係築くのも、婚活パーティー行って値踏みされるのも、親に「結婚しないの?」って聞かれるたびに言い訳するのも、全部死ぬほど面倒くさい。
だったら、この汚いミイラと一緒にいた方がマシだ。
この人とこれからも、味のしない鍋をつついて、半額シールを奪い合って、風邪を移し合って生きていく方が、ずっと楽だ。
そう思ってしまった。
ヨウスケが安心したように、ふっと笑った。
「じゃ、決まりな」
「……うん」
指輪もない。
花束もない。
あるのは食べかけのみかんの皮と、ティッシュの山と、古びた炬燵と、紅白の演歌だけ。
でも、そこにある温もりだけは確かだった。
「好き」とは違うし、「愛してる」とも少し違う。
でも「嫌いじゃない」。
このぬるい感情で十分なのかもしれない。
熱烈な愛はいつか冷めるけど、このぬるま湯はずっと浸かってられそうだ。
除夜の鐘がテレビと近所の寺から二重に聞こえてきた。
ゴーン、ゴーン。
重たくて鈍い音が、私たちの関係に似てるなとか思いながら、私は剥いたみかんをヨウスケの口に押し込んだ。
「食え。ビタミンC」
「むぐっ……酸っぱ」
「文句言わない」
「……あけおめ」
みかんを飲み込んで、ヨウスケが言った。
「ことよろ」
私も返した。
「……お茶、飲む?」
「飲む」
「自分で淹れて」
「鬼か。病人だぞ」
「はいはい」
そう言いながらも、私は立ち上がってキッチンに向かった。
私の202X年の始まりは、換気扇がカタカタ鳴る音と共に幕を開けた。
湯沸かし器のボッという音が、新しい生活のファンファーレみたいに聞こえた気がした。
まあ、悪くないか。
そう自分に言い聞かせて、私は急須にお湯を注いだ。
(おわり)
大晦日。
私の熱は下がったけど、今度はヨウスケが風邪を引いた。
「俺は風邪引かない」って豪語してたのに、見事にフラグ回収してくれた。
「うっせー……」
鼻声で反論してくるけど、説得力ゼロだ。
ヨウスケはリビングの炬燵の中で、ミノムシみたいに毛布にくるまって丸まっている。
鼻水ズビズビいわせてるし、周りにはティッシュの山ができている。
汚い。
情けない。
でも、看病してもらった手前、文句を言うわけにもいかない。
私は炬燵に入って、みかんを剥いている。
ここのみかん、箱買いしたやつだけど当たりだった。
甘くて、ジューシーだ。
でも、剥いてると指先が黄色くなるし、爪の間に白い筋が入るのが地味にストレスだ。
丁寧に白い筋を取らないと気が済まない私は、黙々と作業を続ける。
ヨウスケは皮ごと食べそうな勢いの大雑把な人間だから、このあたりの価値観も合わない。
テレビでは紅白歌合戦が流れている。
知らないアイドルグループが踊っている。
「誰これ? みんな同じ顔に見えるんだけど」
私が言うと、布団の中からヨウスケの声がした。
「お前がババアになった証拠だろ」
「うるさい。あんたもジジイでしょ」
私は足でヨウスケの足を蹴った。
「痛っ……病人になんてことを」
「口は達者ね」
みかんを房に分けて、一つ口に放り込む。
甘酸っぱい。
冬の味だ。
「……なぁ」
ヨウスケが顔だけ布団から出してきた。
熱で少し潤んだ目で、こっちを見ている。
顔が赤い。
「何? 水?」
「いや……」
ヨウスケがモゴモゴしている。
何か言いたそうだ。
また「チャンネル変えて」とか言うつもりか。
「……結婚、するか」
時が止まった。
みかんを口に運ぶ手が空中で静止した。
テレビの音が遠のいた気がした。
今、なんて言った?
「……は?」
間の抜けた声が出た。
「いや、なんか……面倒くさくなった」
ヨウスケが目を逸らしながら言った。
「お前以外を探すのが」
……最低だ。
最低のプロポーズだ。
「愛してるから」でも「一生守るから」でもない。
「面倒くさいから」。
ロマンチックの欠片もない。
ドラマだったら即ビンタして別れるレベルだ。
「妥協」って言葉が服着て歩いてるような台詞だ。
でも。
不思議と、嫌じゃなかった。
怒りも湧いてこなかった。
むしろ、ストンと腑に落ちた気がした。
「……私も」
気づいたら、口から出ていた。
「私も、面倒くさい」
もう一度ゼロから誰かと関係築くのも、婚活パーティー行って値踏みされるのも、親に「結婚しないの?」って聞かれるたびに言い訳するのも、全部死ぬほど面倒くさい。
だったら、この汚いミイラと一緒にいた方がマシだ。
この人とこれからも、味のしない鍋をつついて、半額シールを奪い合って、風邪を移し合って生きていく方が、ずっと楽だ。
そう思ってしまった。
ヨウスケが安心したように、ふっと笑った。
「じゃ、決まりな」
「……うん」
指輪もない。
花束もない。
あるのは食べかけのみかんの皮と、ティッシュの山と、古びた炬燵と、紅白の演歌だけ。
でも、そこにある温もりだけは確かだった。
「好き」とは違うし、「愛してる」とも少し違う。
でも「嫌いじゃない」。
このぬるい感情で十分なのかもしれない。
熱烈な愛はいつか冷めるけど、このぬるま湯はずっと浸かってられそうだ。
除夜の鐘がテレビと近所の寺から二重に聞こえてきた。
ゴーン、ゴーン。
重たくて鈍い音が、私たちの関係に似てるなとか思いながら、私は剥いたみかんをヨウスケの口に押し込んだ。
「食え。ビタミンC」
「むぐっ……酸っぱ」
「文句言わない」
「……あけおめ」
みかんを飲み込んで、ヨウスケが言った。
「ことよろ」
私も返した。
「……お茶、飲む?」
「飲む」
「自分で淹れて」
「鬼か。病人だぞ」
「はいはい」
そう言いながらも、私は立ち上がってキッチンに向かった。
私の202X年の始まりは、換気扇がカタカタ鳴る音と共に幕を開けた。
湯沸かし器のボッという音が、新しい生活のファンファーレみたいに聞こえた気がした。
まあ、悪くないか。
そう自分に言い聞かせて、私は急須にお湯を注いだ。
(おわり)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
【完結】狡い人
ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。
レイラは、狡い。
レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。
双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。
口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。
そこには、人それぞれの『狡さ』があった。
そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。
恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。
2人の違いは、一体なんだったのか?
もう何も信じられない
ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。
ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。
その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。
「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」
あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。
私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。
あなたに恋した私はもういない
梅雨の人
恋愛
僕はある日、一目で君に恋に落ちてしまった。
ずっと僕は君に恋をする。
なのに、君はもう、僕に振り向いてはくれないのだろうか――。
婚約してからあなたに恋をするようになりました。
でも、私は、あなたのことをもう振り返らない――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる