【完結】婚約破棄されたら執着獣人閣下に無理やり番にされたので利用し尽くしつくします~運命の番といわれ溺愛されても信じられません~

たるとタタン

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1話 婚約破棄と出会い

 王都アスターリア。かつて威風を誇ったエヴァンス子爵家の屋敷には、年季の入った家具や沈んだ空気が満ちていた。午後の日差しが埃まみれのレースを抜け、部屋の奥には静かな影が落ちている。

 窓辺に佇むのは十八歳の令嬢、ハリエル・エヴァンス。艶やかな黒髪を風に揺らし、藍色の瞳は遠い空をじっと見つめていた。少女らしい繊細さと、どこか大人びた覚悟が、その横顔に同居している。

 ふいに扉が軋み、老メイドのマーサが慎重に入室した。
 
「ハリエル様、先ほどファーガソン伯爵家から伝令が参りました」

しわがれた指先が差し出したのは、一通の封書。
 
 ハリエルはそれを受け取ると、ひと息ついて、封を切りざっと目を通すと暖炉にくべた。紙の端がゆるやかに燃えていき、煙とともに天井へとのぼっていく。

「――婚約破棄ですって。理由は『家の借金と悪評』……あの男の浮気相手が、私を貶める噂をわざと作って広めていたくせによく言うわよ」

 静かな声が部屋に落ちる。

「浮気相手……まさか、あの伯爵殿の……」
 
 かすかに揺れるマーサの声。ハリエルは肩をすくめ、空虚な微笑を浮かべた。

「ええ。私を悪役に仕立て上げて婚約破棄を画策していたの。まぁ…でも私も彼の不貞に目をつぶる代わりに、借金を多少なんとかしてもらおうとしてたから彼からしたらお荷物でしかないわよね」

「元々家の鉱山の利権目当てで婚約したのに、その鉱山は今、利益がほとんど無いもの。」
 
 元々鉱山の利益で裕福だった我が家もその鉱山から産出されていた石が暴落し、利益はガタ落ち。それなのにその頃の生活を忘れられない両親が借金を作ったのだ。

「それでも、お嬢様は……」
 
 マーサの目には涙の光があった。だがハリエルはゆっくり振り返り、淡々と微笑んだ。

「泣いても借金が減るわけでもないもの。一応向こうの不貞もあるし、こっちがそれを社交界で言いふらさない代わりにお金でも強請ろかしらね。ムカつくし。」

 「貴族の令嬢が強請るだなんて言わないでください」

 マーサは呆れて溜め息をつく。

「あっ、そうだマーサ、わたし今日市場で必要なもの買ってくるわ」

「ま、待ってくださいませ! お嬢様がご自分で庶民の市場へ行かれるなんて……!」

「気にすることはないわ、マーサ。世間体なんて残ってないし、泣くより動いた方が良いもの。あの両親が婚約破棄されたのを幸いに、借金のために私を売り飛ばす気でいるみたいだから、それだけは自分で防ぐわ」
 
 窓の外を眺め、瞳に決意の色を宿す。

祖母の形見のサファイアのブローチを胸元に忍ばせ、コートを羽織る。

 裏口の扉を静かに開くと、冷気が頬を撫でていった。

 市場はざわめきに満ちている。露天の匂い、人々が交わす声、すれ違う庶民たち。ハリエルは品物を吟味しながら、小声で値引き交渉する。

「もうこれ以上下げませんってば、お嬢さん」

「じゃがいも一個、おまけくらい……」

「お嬢さんも根性あるね。仕方ない、今日は負けとこうか」

じゃがいもを袋に足してもらい、「ありがとう」と小さく頭を下げる。両親なら見栄で顔をしかめたろうが、ハリエルの顔には妙な清々しさがあった。

 そしてブローチを売るため、裏通りへ向かう。
 
 裏通りの薄暗い灯の中を進むと出てきたのは、あやしげな質屋。
 
 扉を押すと、中は貧相な棚と金属の匂いに満ちていた。
 
 看板を見上げると、そこにかつて家の雑用係だったマルコが店を構えていた。彼女を庇って継母と喧嘩し、追い出された男だ。
 
「マルコ、これを買い取ってほしいのだけど」
 
 ブローチを差し出すと、マルコはいつもの皮肉めいた笑みを浮かべた。
 
「また子爵家の品か……ずいぶん落ちぶれたもんだな。とはいえ、俺のところじゃ高くは買えんぞ」

「いいのよ、あなたならそこまで酷く買い叩いたりしないわ」

 マルコは苦笑いしながらも、真剣に品を鑑定する。

「変わんねぇな。昔も今も、意地っぱりで世話焼きで……継母に逆らわなけりゃ、もっと楽だったろうに」

「それはマルコの方じゃない? 屋敷追い出された原因、私をかばってあの女を怒らせたからじゃないの」

「お互い様だ。まあ人は落ちるところまで落ちると、意地も役に立たなくなるものよ」

 沈黙が落ちる。二人だけの間に懐かしい空気が流れる。

 その時、扉が大きく軋み、店内の空気が一瞬で変わる。
 
 明らかにこの町の住人ではない背の高い獣人の青年が、店の奥へと進んでくる。

 マルコは「ずいぶん変な客が増えたもんだ」とぼそりと呟いた。

 男は、気配を漂わせて棚を見回していたが、まっすぐハリエルに視線を向けた。その目は鋭く、どこか不思議な色を湛えている。
 
 ハリエルは自然と身構えながらも、彼を正面から見据えた。
 
 「……君は、何者だ?」
 
 その男の問いは荒々しさを孕み、威圧的で、ハリエルは尋問されているような気分になった。

「いきなり無礼ですわ。私に何かご用ですの?」

 ハリエルは警戒心を隠さない。

 青年は、何か考え込むような表情でハリエルをじっと見つめ、その男は何かに戸惑い、他の誰にも聞こえないほど小さな声で「ありえない……」と呟いた。

 変な空気が流れ、マルコが咳払いで空気を和ませる。

「お嬢、お客様は見かけより訳ありだな。まあ今日くらいは、おまけつけてやるよ。」

 ハリエルは青年から視線をそらしつつ、ほっと肩の力を抜く。

 「ありがとう、マルコ。私も昔からあなたの世話になりっぱなしだから。」

 マルコは気まずそうにうなずき、仕入れた品を探す素振りをした。

 しばしの沈黙。その間に、店外の夕闇が濃くなっていく。

 流石に先程までの態度は自分に非があると思ったのか、我に返ったように、先程までの重々しさが穏やかな声色に変わる。

「変な質問をして済まない。私はガイウスという。ここへは買い物に来たのだろうか?もし失礼でなければ先程の謝罪を含めて私が支払おう。」

 「あら、ではお言葉に甘えて。あれを買ってくださらない?」

 冗談めかして軽く指さしたのは、マルコがいま棚に仕舞ったばかりのサファイアのブローチだった。
 本気で買うとは思っていない——どこか、乾いた皮肉のつもり。

 だが青年はブローチを手に取ると、じっとハリエルの顔を見つめる。

「この石、君の瞳と同じ色だ。……本当に、君によく似合う。よかったら、俺からの贈り物として受け取ってくれないか?」

 一瞬、息が詰まる。ハリエルは冗談が現実になった戸惑いと、思わぬ展開に驚くしかない。

「……え? 本気なの?こんな冗談、真に受ける方がどうかしてますわ」
 
 「本気だ。なぜか君にはそうしたくなってしまう。……値段は?」

 「ええっと……上物でしてね。1万エイラですがよろしいですか?」

 ガイウスは迷うことなく、懐から財布を取り出す。

「構わない。これで足りるか?」

「君と今日会えた記念になればいい。――君の名前を、聞いてもいいか?」

「……ハリエル・エヴァンス、です」

「ハリエル。覚えておく」

 不思議な余韻を残し、ガイウスはブローチを優しくハリエルの手に乗せて、短く礼をして店を出て行った。

 店の扉が静かに閉じたあと、しばし店内に言葉が残る。

 ハリエルは手元のブローチを見て、小さく笑いながらマルコに話しかける。

「ねえマルコ、私が売ったようなものなんだから、分前は一割でいいわよね?」

 マルコはあっけにとられた顔でしばらく無言だったが、やがて「ああ、今日は運がいいな……お嬢」とぼそりとため息をつく。
 
 「分前なんて要らねぇよ。嬢ちゃんが売ったようなもんだし」

 「あらそう?結構な金額なのに。じゃあそこのハンカチをいただける?私婚約者に振られたから泣かなきゃいけなくて入り用なのよ」

 (本当に泣いてやる気はないけど、今日の幸運には感謝しないと)

 「はっ!そんなこと言える女が泣くかよ。10エイラだ」

 財布を取り出し、銅貨を支払った。

 ハリエルは胸の中にサファイアと金貨とハンカチを抱えたまま、晴れやかな気分で店を出た。

(サファイアを売らずにお金を手に入れられるだなんて、今日は最高の日かもしれない)
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