【完結】婚約破棄されたら執着獣人閣下に無理やり番にされたので利用し尽くしつくします~運命の番といわれ溺愛されても信じられません~

たるとタタン

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2話 尾行

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王都アスターリアの日暮れは意外なほど早い。

屋敷に戻る頃には、商店街の灯りもひとつ、またひとつと消え始めていた。ハリエルは小ぶりな紙袋を両手に抱え、市場からの道を急ぐ。

街のあちこちに雑多な明かりと生活のざわめき、ふとすれ違う見知らぬ人々——

だが、そのどれもが今の自分には、どこか遠い世界の出来事のように思えた。酒場の高窓から漏れる笑い声が、夜風に混じって消えていく。

(社交界に出ればエヴァンスの家の娘として色んな目線にされされるが、ここにはハリエルを知るものは居ない。借金に追われることも、手酷く婚約者に捨てられたことも、誰も知らない。それのなんと心地良いことか。)

そんな事を薄ぼんやり考えていると
ふいに、背中に気配を感じる。

ハリエルは足を止めずに、静かに声を落とした。

「……尾行なさるつもりなら、もう少し隠れていた方がいいですよ」

細い路地の影からゆっくりと現れる影。

先程会った黒髪の狼獣人——ガイウスだった。

「よく気づいたな。警戒心が人一倍強いのか?」

「あなたほどの方が本気で尾行なさっていたら、私が気づけるわけありませんわ。偶然、勘が当たっただけでしょう。そもそも、この町で無防備に歩くほど愚かじゃありませんもの。何かご用なら、はっきり仰って」

 さっきは気づかなかったが、その出で立ちからして上級の冒険者だろう。この男が本気で尾行して来ていたら私は気づけなかっただろう。

 口調は冷ややかだが、歩調を緩めることはしない。

 その隣に、気づけばガイウスが並んでいる。ガイウスは短く息をつき、宙を見やった。

「ただ——心配になった。それだけだ。君が、こんな時間にこの道を一人で歩いているのが」

 思いがけない正直さに、ハリエルは肩をすくめる。

「わたくし、もう子供じゃありませんの。自分の身くらい、自分で守りますわ。それに、よく知らないあなたの方こそ、私にとっては十分警戒の対象です。……はっきり言いますけど、やっていること、ほとんどストーカーですから」

 淡々と突き放す言葉。それでも、わずかに寂しげな棘がこもる。

 ガイウスは小さく苦笑する。

「それは否定しない。けど、もし本当に困った時は、ためらわず頼れ。強がって死なれるのは、気分が悪いからな」

 死ぬなんて、大袈裟だわ——そう心の中で思う。

 しかし彼の真顔と、不器用な優しさに、少しだけ肩の力が抜けた。

「……では、万が一の時は、気が向いたら思い出して差し上げますわ」

 その言葉に、ガイウスの口元がかすかに緩む。

「まったく、可愛げのない……いや、そういう所が面白くてたまらない」

「皮肉として受け取っておきます」

 二人の間に、ごく短いけれど柔らかな余韻が生まれる。ハリエルは足を止めることなく、小さく頭を下げて先を急ぐ。

 ガイウスはその隣にぴたりと寄り添い、やや低い声で言った。

「……明かりの少ない道は避けろ。橋のほうは、今夜はやめておいた方がいい」

「どうしてそうゆうことに、やたら詳しいんです?ちょっと怖いんですけど」

「職業柄、危ない気配には鼻が利くものでね」

 ハリエルはわずかに横目で彼を見るが、結局何も言わず顔を前に戻す。

 そのまま、二人の影が静かな石畳の上に並んだ。

 冷たい王都の夜、自分でも気づかぬうちに、互いの孤独と孤独が微かに寄り添い始めていた。
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