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4話 忠告
人気のない石畳の小さな広場を抜けると、屋敷通りまであとわずか。
ハリエルはガイウスと並んで歩くことにはなったものの、心の奥に消えぬ警戒心がくすぶっていた。
けれど――冷たい夜風のなか、隣を歩くその存在が少し心強く感じる自分も確かにいた。
「……ハリエル」
ふいに、ガイウスが静かな声で呼ぶ。その響きに、ハリエルは小さく息を飲んだ。
「何ですの?」
「君には、不思議な強さがある。だが、用心は怠るな。王都は人のふりをした獣が多い。俺が付いてなくても、常に気を張って歩け」
「忠告ありがとう。でも貴方こそ、あまり人前で目立ち過ぎない方がよろしいのでは?獣人の噂には尾ひれがつくものですから」
「噂なんてどうでもいい。だが、君の身に何かあれば……俺はきっと後悔する」
ハリエルは視線を合わせることなく、さりげなく歩を速める。
「別に、あなたが後悔するほどの縁でもありませんのに」
「だとしても――君ともう一度話したくて、こうしているだけだ」
言葉だけは強引だが、その声音はどこか不器用な誠実さを帯びている。それに負けじと、ハリエルも負けずに皮肉を返した。
「本当にしつこい方ですわ。あまり執拗だと迷惑ですわ、って伝えておきます」
「わかった。――でも、迷惑だと聞くまで付いていくつもりだった」
「ちょっとは遠慮してくださいませ」
二人は言葉の端々で小さく笑う。
やがて、屋敷の明かりが見えてきた。
「ここまでで十分です。――それ以上は、本当にご遠慮願いますわ」
やんわりと区切るハリエルに、ガイウスは軽くうなずいた。
「そうか。気をつけて帰れ。……また会おう」
彼は夜闇の中に静かに溶けていった。
ハリエルはしばしその背中を見送り、息をつき、そっと胸に手をあててみた。なぜか、ほんのりと温かいものが残るような、不思議な夜だった。
屋敷の門をくぐる頃、ふいに笑みがこぼれる。
(私、知らないうちに、ちょっとだけ浮かれてるのかも)
屋敷に戻ると、マーサが心配そうに待ち構えていた。
「お嬢様……帰りが遅いから、もう何かあったのかと。無事で、本当に良かった!」
ハリエルは紙袋を抱えたまま、なぜか顔がほころぶのを自覚していた。
「ごめんなさい、心配かけて。今日は、ほんの少し予想外なことがあって……ちょっと運が良かったの」
「え、もしかして――あれ、サファイアのブローチ?……なぜこんなところに?」
「今日色々あったのよ、実はね……」
今日の出来事をマーサに話した。
「妙な……獣人、ですか?お嬢様、知らない男から物をもらうなんて、絶対に危険です!そういう連中は優しい顔をして、裏では何を考えているか分かりませんよ」
マーサが明らかに警戒心をむき出しで詰め寄る。その剣幕に、ハリエルは苦笑しつつも内心少し嬉しかった。
「大丈夫よ。ただのお節介って感じだったし、それに謝罪の気持ちとしてくれただけで、いやなことはされていないわよ」
「お嬢様は芯が強い方ですが……男というのは、特に獣人だなんて、何を仕出かすか……悪いことは言いません、これからは充分お気をつけて」
「うん。マーサの言うことは、ちゃんと分かってる。私自身も信用してるわけじゃない。ただ、少しだけ救われた気がしたの。でも……もし何かあったら、すぐ知らせるから」
マーサはふっと息をついて、ホッとしたような、不安の残るような顔をした。
「もう、昔からお嬢様は妙なところで肝が据わってらっしゃる。お夕食、温め直しますから、食べてお休みくださいませ」
「ありがとう、マーサ。……今日はちょっとだけ自分を好きになれそうなの」
ブローチのサファイアの青い輝き。それを見つめるたび、得体の知れない孤独がほんの少しだけ薄らいでいく気がした。
ハリエルはガイウスと並んで歩くことにはなったものの、心の奥に消えぬ警戒心がくすぶっていた。
けれど――冷たい夜風のなか、隣を歩くその存在が少し心強く感じる自分も確かにいた。
「……ハリエル」
ふいに、ガイウスが静かな声で呼ぶ。その響きに、ハリエルは小さく息を飲んだ。
「何ですの?」
「君には、不思議な強さがある。だが、用心は怠るな。王都は人のふりをした獣が多い。俺が付いてなくても、常に気を張って歩け」
「忠告ありがとう。でも貴方こそ、あまり人前で目立ち過ぎない方がよろしいのでは?獣人の噂には尾ひれがつくものですから」
「噂なんてどうでもいい。だが、君の身に何かあれば……俺はきっと後悔する」
ハリエルは視線を合わせることなく、さりげなく歩を速める。
「別に、あなたが後悔するほどの縁でもありませんのに」
「だとしても――君ともう一度話したくて、こうしているだけだ」
言葉だけは強引だが、その声音はどこか不器用な誠実さを帯びている。それに負けじと、ハリエルも負けずに皮肉を返した。
「本当にしつこい方ですわ。あまり執拗だと迷惑ですわ、って伝えておきます」
「わかった。――でも、迷惑だと聞くまで付いていくつもりだった」
「ちょっとは遠慮してくださいませ」
二人は言葉の端々で小さく笑う。
やがて、屋敷の明かりが見えてきた。
「ここまでで十分です。――それ以上は、本当にご遠慮願いますわ」
やんわりと区切るハリエルに、ガイウスは軽くうなずいた。
「そうか。気をつけて帰れ。……また会おう」
彼は夜闇の中に静かに溶けていった。
ハリエルはしばしその背中を見送り、息をつき、そっと胸に手をあててみた。なぜか、ほんのりと温かいものが残るような、不思議な夜だった。
屋敷の門をくぐる頃、ふいに笑みがこぼれる。
(私、知らないうちに、ちょっとだけ浮かれてるのかも)
屋敷に戻ると、マーサが心配そうに待ち構えていた。
「お嬢様……帰りが遅いから、もう何かあったのかと。無事で、本当に良かった!」
ハリエルは紙袋を抱えたまま、なぜか顔がほころぶのを自覚していた。
「ごめんなさい、心配かけて。今日は、ほんの少し予想外なことがあって……ちょっと運が良かったの」
「え、もしかして――あれ、サファイアのブローチ?……なぜこんなところに?」
「今日色々あったのよ、実はね……」
今日の出来事をマーサに話した。
「妙な……獣人、ですか?お嬢様、知らない男から物をもらうなんて、絶対に危険です!そういう連中は優しい顔をして、裏では何を考えているか分かりませんよ」
マーサが明らかに警戒心をむき出しで詰め寄る。その剣幕に、ハリエルは苦笑しつつも内心少し嬉しかった。
「大丈夫よ。ただのお節介って感じだったし、それに謝罪の気持ちとしてくれただけで、いやなことはされていないわよ」
「お嬢様は芯が強い方ですが……男というのは、特に獣人だなんて、何を仕出かすか……悪いことは言いません、これからは充分お気をつけて」
「うん。マーサの言うことは、ちゃんと分かってる。私自身も信用してるわけじゃない。ただ、少しだけ救われた気がしたの。でも……もし何かあったら、すぐ知らせるから」
マーサはふっと息をついて、ホッとしたような、不安の残るような顔をした。
「もう、昔からお嬢様は妙なところで肝が据わってらっしゃる。お夕食、温め直しますから、食べてお休みくださいませ」
「ありがとう、マーサ。……今日はちょっとだけ自分を好きになれそうなの」
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