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6話 男の独白
王都の夜。蒸し暑い風が安宿の古びた窓を叩いている。
ガイウスは、夜の帳に沈んだ部屋の椅子にもたれ、書きかけの報告書と作戦図を指先で無意識にいじっていた。
「……俺は何をしているんだ?」
声に出すと、余計に虚しさが一気に広がった。
獣人の国では“番”を見つけることが人生最大の吉兆――それは即ち、この先を共に生きる相手が現れたということであり、褒められたものではないが、出会った瞬間に番うことも往々にしてある。
結婚は常識、祝福、誇り。
母も父もそうだった。
出会い、ただ一度の“本能”で全てを決め、それを誰も疑うことはなかった。
「運命の番に出会えた獣人は、どんな犠牲も厭わない。家も名誉も、全てを捨ててでも“唯一の存在”だけを守る。それが――俺たちの本能」
上官も同僚も、番を見つけたら職務も任務にも活力が湧いてきて、まるで空気が違って見えると言っていた。
自分にはその感覚がずっと理解できなかった。
軍人の誇りや鉄の規律が、私生活を凌駕するものだと考え続けてきた。
だが、今日を境に全てが崩れ始めている。
質屋で見たあのサファイアの瞳に出会った瞬間。何かが全部、変わった。
あどけなさとともに、芯の強さを感じさせる少女。
ふとした手の動き、指先に残るあたたかさ、サファイアの輝き――それらが焼き付いて、離れなくなった。
本能が、叫び続けている。
『手放すな』『守れ』『自分のものだ』
――いつもなら理性が覆い隠してきた衝動だが、今日はまるで違う。
窓の外を見れば、王都の街灯が遠く点々と続く。
人間たちの宴、貴族たちの密談、裏社会の騒めき。
それらの陰謀を探るのが今の俺の任務だ。
だが、今この瞬間、意識の全てはただ“ハリエルが安全かどうか”に引き寄せられる。
「もし母国なら、一目でお互い番だと分かって、躊躇なく結婚を決めているだろう。祝福も嘲笑もない。ただそれが“普通”なんだ」
ベッドに倒れ込み、手で顔を覆った。その先も体は熱く、喉は乾いている。
「だが、彼女は人間の娘だ。ここじゃ“番”なんて言葉は通じない。むしろ、下手に告げればストーカー扱いか、不審者扱いされて終わりだ……」
ひとりごとが止まらない。
「軍人として命令は絶対。任務は王都での調査、情報収集。だがお前は本気で、嬢ちゃんを“唯一”扱いにしようとしてるのか……」
幼き日の父親の声が蘇る。
“番と出会えたら、世界が変わる。それを守るのが何よりも大切だ”
「理屈じゃねぇ。体が勝手に反応する。向こうが嫌がったら?もし彼女に“番”の意味が伝わらなかったら?――それでも俺は、守らずにいられないだろうな」
窓辺に立ち、夜風に毛並みをたなびかせる。王都の匂いは鉄と酒と、遠くの花の香り。
そのなかに、昼間感じたハリエルの微かな匂いがふっと思い出される。
「お前はもう、昔の俺じゃないんだな。掟も、任務も、番の前では全部色褪せる」
唸るように低く呟いた。
「……明日また、彼女に会おう。何がどう転がろうと――もう止められない」
この都市の闇も、掟も、誰の声も、もう自分には届かない。
ただ一人、運命の糸で結ばれた“唯一”を――獣人の誇りをもって、絶対に守り抜く。
ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「……俺は、きっと、彼女と番わずにはいられないだろう。『お前は俺の番だ』と。
……その時、彼女がどんな顔でいるのか、何を言うのか――それだけが怖いな。
だけど、もう隠したってしょうがないんだ」
夜明けまで、何度も独り言を繰り返す。
「これが獣人の“運命”。……人間だろうと絶対に振り向かせてみせる」
ガイウスは、己の本能と誓いを胸に刻み、遠い朝を待ち続けていた。
ガイウスは、夜の帳に沈んだ部屋の椅子にもたれ、書きかけの報告書と作戦図を指先で無意識にいじっていた。
「……俺は何をしているんだ?」
声に出すと、余計に虚しさが一気に広がった。
獣人の国では“番”を見つけることが人生最大の吉兆――それは即ち、この先を共に生きる相手が現れたということであり、褒められたものではないが、出会った瞬間に番うことも往々にしてある。
結婚は常識、祝福、誇り。
母も父もそうだった。
出会い、ただ一度の“本能”で全てを決め、それを誰も疑うことはなかった。
「運命の番に出会えた獣人は、どんな犠牲も厭わない。家も名誉も、全てを捨ててでも“唯一の存在”だけを守る。それが――俺たちの本能」
上官も同僚も、番を見つけたら職務も任務にも活力が湧いてきて、まるで空気が違って見えると言っていた。
自分にはその感覚がずっと理解できなかった。
軍人の誇りや鉄の規律が、私生活を凌駕するものだと考え続けてきた。
だが、今日を境に全てが崩れ始めている。
質屋で見たあのサファイアの瞳に出会った瞬間。何かが全部、変わった。
あどけなさとともに、芯の強さを感じさせる少女。
ふとした手の動き、指先に残るあたたかさ、サファイアの輝き――それらが焼き付いて、離れなくなった。
本能が、叫び続けている。
『手放すな』『守れ』『自分のものだ』
――いつもなら理性が覆い隠してきた衝動だが、今日はまるで違う。
窓の外を見れば、王都の街灯が遠く点々と続く。
人間たちの宴、貴族たちの密談、裏社会の騒めき。
それらの陰謀を探るのが今の俺の任務だ。
だが、今この瞬間、意識の全てはただ“ハリエルが安全かどうか”に引き寄せられる。
「もし母国なら、一目でお互い番だと分かって、躊躇なく結婚を決めているだろう。祝福も嘲笑もない。ただそれが“普通”なんだ」
ベッドに倒れ込み、手で顔を覆った。その先も体は熱く、喉は乾いている。
「だが、彼女は人間の娘だ。ここじゃ“番”なんて言葉は通じない。むしろ、下手に告げればストーカー扱いか、不審者扱いされて終わりだ……」
ひとりごとが止まらない。
「軍人として命令は絶対。任務は王都での調査、情報収集。だがお前は本気で、嬢ちゃんを“唯一”扱いにしようとしてるのか……」
幼き日の父親の声が蘇る。
“番と出会えたら、世界が変わる。それを守るのが何よりも大切だ”
「理屈じゃねぇ。体が勝手に反応する。向こうが嫌がったら?もし彼女に“番”の意味が伝わらなかったら?――それでも俺は、守らずにいられないだろうな」
窓辺に立ち、夜風に毛並みをたなびかせる。王都の匂いは鉄と酒と、遠くの花の香り。
そのなかに、昼間感じたハリエルの微かな匂いがふっと思い出される。
「お前はもう、昔の俺じゃないんだな。掟も、任務も、番の前では全部色褪せる」
唸るように低く呟いた。
「……明日また、彼女に会おう。何がどう転がろうと――もう止められない」
この都市の闇も、掟も、誰の声も、もう自分には届かない。
ただ一人、運命の糸で結ばれた“唯一”を――獣人の誇りをもって、絶対に守り抜く。
ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「……俺は、きっと、彼女と番わずにはいられないだろう。『お前は俺の番だ』と。
……その時、彼女がどんな顔でいるのか、何を言うのか――それだけが怖いな。
だけど、もう隠したってしょうがないんだ」
夜明けまで、何度も独り言を繰り返す。
「これが獣人の“運命”。……人間だろうと絶対に振り向かせてみせる」
ガイウスは、己の本能と誓いを胸に刻み、遠い朝を待ち続けていた。
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