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8話 市場での再会
ハリエルは曇天の光が射す廊下を歩きながら、自分の中のざわめきを抑えきれずにいた。
家族の食卓から遠ざかるほど、胸の奥に先日の出会い――狼獣人ガイウスの面影が色濃くよみがえる。
心臓の鼓動は落ち着きを取り戻せない。
彼が何か事件に関わっているわけではないはずだ。
なのに、不安は皮膚の裏まで染み込み、ハリエルの足取りは早くも市場を目指して浮ついていた。
屋敷を出る直前、廊下の奥からマーサが駆け寄ってくる。
「お嬢様、本当に今日はお出かけになるんですか?」
玄関先でマーサが眉をひそめて声をかける。ハリエルは帽子のつばをそっと握りしめた。
「ええ、市場に。今日は卵が安いって聞いたから、少しくらいは――」
「最近は物騒ですわ。昨日も近くの貴族屋敷で誘拐騒ぎがあったとかで、王都も何かとざわめいていますし……」
「大丈夫。私にだって、多少の度胸はあるから」
マーサは深いため息をつく。
「では、私もご一緒します。護衛を雇えたらいいのですが、そこまでは……」
二人は連れ立ち、朝の王都の石畳を歩き出す。行き交う人々もどこか落ち着かない空気を纏っている。
「マーサ、今日はいつもより人が少なくないかしら?」
「確かに……皆さん、最近の良くない噂のせいで外出を控えているのでしょう。お嬢様も本当にご注意ください」
市場近くで、ふと背後から声をかけられた。
「……あれ、こんなところで会えるなんて。奇遇だな」
振り向くと、粗末な旅装の男――ガイウスがこちらへ歩み寄ってくる。
「ごきげんよう。今日は買い物ですか?」
ハリエルは一瞬驚き、すぐに顔をほころばせた。
「ええ。今日は人通りが……衛兵も騒がしいし、貴族のお嬢さん方が狙われる事件も多いらしいから、君も気をつけた方がいい」
「お嬢様のお知り合いですか? もしかしてこの方が、こないだの……?」
マーサはガイウスを見るなり警戒し、小声で尋ねる。
「あ、ええ。そうよ。サファイアを買ってくれたのが彼なの」
ガイウスは軽く会釈する。
「俺を警戒する気持ちも分かるし、ご心配ももっともだが、本当に気をつけたほうがいい。少なくとも夕暮れ前には家に帰ったほうがいい。二人いるとはいえ、女性だからな。何かあってからじゃ遅い」
「今日はマーサもいるし、昼前には帰る予定だから大丈夫よ。でも気を付けます。ありがとう」
「……本当は、ついて行きたいんだけどな」
ガイウスは少し苦笑した。
「でも今日は仕事なんだ。君を放っておくのは気が進まないけど……後で何かあれば必ず呼んでくれ」
その表情からは、名残惜しさと少しの焦りが伝わってきた。
「そこまでしてもらわなくて結構よ。気持ちだけ受け取っておく。ありがとう、ガイウス」
彼は帽子を押さえ、微笑み、「じゃあ、またな」と言い残して市場の人ごみに消えていった
家族の食卓から遠ざかるほど、胸の奥に先日の出会い――狼獣人ガイウスの面影が色濃くよみがえる。
心臓の鼓動は落ち着きを取り戻せない。
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なのに、不安は皮膚の裏まで染み込み、ハリエルの足取りは早くも市場を目指して浮ついていた。
屋敷を出る直前、廊下の奥からマーサが駆け寄ってくる。
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玄関先でマーサが眉をひそめて声をかける。ハリエルは帽子のつばをそっと握りしめた。
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「大丈夫。私にだって、多少の度胸はあるから」
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「お嬢様のお知り合いですか? もしかしてこの方が、こないだの……?」
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「あ、ええ。そうよ。サファイアを買ってくれたのが彼なの」
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「……本当は、ついて行きたいんだけどな」
ガイウスは少し苦笑した。
「でも今日は仕事なんだ。君を放っておくのは気が進まないけど……後で何かあれば必ず呼んでくれ」
その表情からは、名残惜しさと少しの焦りが伝わってきた。
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