【完結】婚約破棄されたら執着獣人閣下に無理やり番にされたので利用し尽くしつくします~運命の番といわれ溺愛されても信じられません~

たるとタタン

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19話 マーサ

王都の祭典が終わりに近づく頃、私たちの周囲は新しい動きで満ちていた。

獣人の国グリュンヴァルトにある侯爵家へ向かい、そこで正式な結婚式を挙げるための準備が始まる。

馬車や荷物の手配、渡航の段取り。想像以上にやることが多くて忙しい。

他国の貴族に嫁いだ人はいてもそれは人間の国であり、番以外と結婚しない獣人との政略結婚は前例がないため、やらなければならないことが降っては湧いてくる。

それに婚約が決まってほとんど立たないうちに結婚するため、準備も通常に比べて短期間になっているので、そもそも忙しい。

「お嬢様、こちらのドレスはどういたします?」

部屋のドアを開けるとマーサはハリエルが元々持っていた少し年季の入ったイブニングドレスを持って入ってきた。

わたしの死んだ母が着ていたもので、新しいドレスを新調するお金もなかったためよく着ていた。

母が死んだのは悲しかったけれどわたしにはマーサがいた。

マーサは昔から私の相談役であり、私一人に深く目をかけてくれていた母親のような存在だった。

「着ることはないかもしれないけれど、お母様の遺品だし一応持っていくわ」

私は自分でも驚くほど静かな声で返した。

その瞬間、不意に感情が胸の奥で小さく弾ける。

(マーサがいなかったら、たぶん何もかも乗り越えられなかった)

「ねぇマーサ……一緒に獣人の国に暮らしてくれない?異国で一人は……さすがに心細いの」

マーサは驚いた顔をしてしばらく黙っていたが、すぐに穏やかに頷く。

「あなたが必要とする限り、どこへでも行きますよ。私に家族はいないし、あなたは本当に娘みたいなものだもの」

「あの獣人様からだって守ってあげます」

不意に涙が滲む。

気づけば、二人でそっと抱き合っていた。

確かな温かさが今だけ現実を押しとどめてくれる。

この瞬間だけは、何も怖くなかった。

部屋の窓辺には秋の光。机の上の荷造りも、手を離したドレスも、全部遠くにぼやけて見える。

「私には、マーサがいる」それが今のわたしには心強かった。

しばしの沈黙。

その後、遠く廊下の方で微かな音がして、現実が戻ってくる。

ギシギシと床が軋む音が近づき、扉が開く。

ようやく私は、体を離して涙をぬぐった。

そこへガイウスが姿を現す。

「……邪魔したか?」

「良いわよ別に。マーサもわたしについて来てになったからよろしくね。お願いなんでも聞いてくれるんでしょ」

ガイウスは意外とすんなり頷いた。

「構わない。君の大切な人なら歓迎するし、侯爵家での待遇も保証する。遠慮はいらない」

「あっ……そう。」

ガイウスはわたしのお願いを叶えられるのが嬉しいのか恍惚とした表情でまくし立てた。

「俺達獣人にとって、つがいの願いを叶えることはどんなことよりも幸福なことなんだ」

「だからハリエル。俺は君の望みを叶えるチャンスを逃したくはない。君がもっと無茶を言ってくれれば、俺はそれも全部受け止めるつもりだ」

正直いっていい男の部類に入るような男なのにどうしてもわたしに変態のように感じてならない。

「じゃあ本当にわがまま放題でいいわけ?新居の衣装部屋は宝石で埋まってるかもね」

ガイウスは驚きもせず、真面目な顔でうなずいた。

「君がそう望むなら。俺は君の望みの数だけ叶えてやりたいと思ってる」

「……そこまで言われても困るわよ」

なんだか変な気持ちになって私はわざと視線を斜めにそらした。

「そうね。……じゃあ今すぐ、王都で一番パティスリーに連れてって。最後くらい、好きなものを食べてみたい」

一度はお店に行ってみたいと思っていたが、貧乏な我が家では中々食べられるものではなかった。

それでも継母がショートケーキを弟の誕生日に買ってきたことがあり、それがとても美味しかった。

ガイウスは即座に立ち上がり、手を差し伸べる。

「任せてくれ。王都で一番のケーキを用意するし、何なら人間のパティシエを雇うか?君は好きなものをいくらでも食べたらいい」

悩ましい顔をしながら真剣に悩み始め、それがなんだかおかしかった。

「あんまり期待しないでおくわ。ほとんど獣人しかいない国で働きたい人間も少ないでしょうし」

横にいたマーサが微笑みながら、

「最近、お嬢様もお疲れですし、息抜きに行ってらっしゃいませ。ただあそこは人気ですから早めにいかれたほうがよろしいでしょう」

とそっと勧めてくれる。
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