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21話 給餌
翌朝、まだ夜の名残がうっすらと漂う王都で、私は出発の支度をしていた。
予定よりずっと早く目が覚めてしまい、荷造りの仕上げもとっくに終えていた。
静まり返った屋敷の廊下も、慣れ親しんだ寝台も、今日で最後と思うとどこか現実感が薄れていく。
「はあ…疲れた」
誰に言うでもない独り言を呟き、私は玄関ホールの大理石の床をコツコツと歩く。
外には大型の馬車が何台も並び、荷物や同行する侍女たちで賑わっている。
でも、その誰一人とも親密に感じられず、まるで他人の記念写真の中に紛れこんだようだった。
あろうことか、私の味方であるマーサさえもこの国の決まりとやらで私のそばから引き離された。
(頼りにできる人が誰ひとりいないなんて、冗談じゃないわ)
言葉は同じなのに、町並みも人の距離感も、なにより文化の感覚がすべて肌に合わない。
初日の晩餐、疲れ果てて食事だけが楽しみだと思っていたのに、
「もう食事にしたいのだけれど」
侍女がためらいがちに私の要求を拒否する。
「つがい様。ガイウス様がまだいらっしゃっていないのでまだ……」
「もうお腹すいたし早く食べたいのよ。今日くらい見逃してくれない?お父様たちはもう食べてるじゃない。それにつがい様ってやめてくれない?わたしはハリエルよ」
そういうと年若い侍女はオロオロし始め、こちらがいじめてる気分になった。
そもそも両親と別でわたしが食べる意味もわからない。遅れるならわたしも両親と一緒に食べてもいいだろう。
「つがい様。ガイウス様がいらっしゃいました。」
執事が遅れて来た主の登場を告げた。
「待たせてすまないハリエル。早く食事にしよう」
「ええ本当に。なんで食事があなたとふたりきりなのよ。別でいいじゃない」
ガイウスは静かに席へ促すが、私が椅子に座ろうとした途端、彼の腕が私の腰をすくい、あっという間に自分の膝の上に座らせてしまった。
「ちょっと、何を……っ!」
「これも番なら当然のことだ。君に直接、俺が手ずから食事を与える。人間の夫婦は確か給餌はやらないんだったな。驚いたか?」
私は唖然として動けなかった。
あれほど人目が気になっていた侍女たちも視線をそらし、それぞれの所作に専念し始めている。
まるでこの光景が当然であるかのように。
「冗談じゃ……恥ずかしいから、もう降ろしてよ!」
本気だと伝えたくて声を強めるが、ガイウスは私の細い肩を優しく、しかし頑なに抱きしめて離さない。
「そんなに嫌なのか?でも嫌がってるハリエルも可愛いな。」
「……私、自分で食べられるわ。もう本当に、こういうのは……」
(気持ち悪い。まるで、飼われているみたいじゃない……!)
それでもガイウスは、肉の一切れをフォークで美しく刺し、私の唇の前まで運ぶ。
「口を開けて、ハリエル。人間の君のために用意した特別な肉だ。うまいぞ」
仕方なく大きく息を吸い、口を開ける。
フォークが口元に触れた途端、こんがり焼けた肉の香りがふわっと広がる。
ひと口含んだ瞬間、驚くほどやわらかい肉が舌の上でほろりと崩れた。
焼き加減は絶妙で、あたたかな肉汁がじんわりと広がり、芳醇な旨味が口いっぱいに膨らんでいく。
「……っ、美味しい……」
今まで食べたどのステーキより美味しかった。
ふと、視線を感じて顔を上げると、ガイウスが優しく微笑んだ。
「どうだ、気に入ったか?人間の君向けに特別に調理させたんだ」
「ええ。ただ自分の手で食べられたらもっと美味しく食べられると思いますわ。」
「でも俺達はつがいだ。これくらいのことは当然だろう」
「食事くらい、自由にさせてよね。わたしの願いは何でも聞くって言ったくせに……」
「食事くらい自由させてよ。私の願いは何でも聞くって言ったくせに…」
さっきまで上機嫌だった彼が怒られて耳までしゅんとしているのを見ると、私が悪いみたいな気分になる。
「だめなのか?」
彼は背が高いのに、わざと上目遣いで私を見上げてくる。
「もう…ササッと食べさせてくださいませ」
負けた。悔しい。この男が見た目は雄々しい狼のくせに捨てられた犬のようにこちらを見てくるのが悪いのだ。
満面の笑みでまた肉を口へ差し出し、今度は自分の分も口に運ぶ。
「俺はもっとレアが好きだが…これはこれで美味いな」
これよりレアってそれはほぼ生肉では?さすがは獣。と思ったが流石に失礼すぎるので口には出さなかった。
予定よりずっと早く目が覚めてしまい、荷造りの仕上げもとっくに終えていた。
静まり返った屋敷の廊下も、慣れ親しんだ寝台も、今日で最後と思うとどこか現実感が薄れていく。
「はあ…疲れた」
誰に言うでもない独り言を呟き、私は玄関ホールの大理石の床をコツコツと歩く。
外には大型の馬車が何台も並び、荷物や同行する侍女たちで賑わっている。
でも、その誰一人とも親密に感じられず、まるで他人の記念写真の中に紛れこんだようだった。
あろうことか、私の味方であるマーサさえもこの国の決まりとやらで私のそばから引き離された。
(頼りにできる人が誰ひとりいないなんて、冗談じゃないわ)
言葉は同じなのに、町並みも人の距離感も、なにより文化の感覚がすべて肌に合わない。
初日の晩餐、疲れ果てて食事だけが楽しみだと思っていたのに、
「もう食事にしたいのだけれど」
侍女がためらいがちに私の要求を拒否する。
「つがい様。ガイウス様がまだいらっしゃっていないのでまだ……」
「もうお腹すいたし早く食べたいのよ。今日くらい見逃してくれない?お父様たちはもう食べてるじゃない。それにつがい様ってやめてくれない?わたしはハリエルよ」
そういうと年若い侍女はオロオロし始め、こちらがいじめてる気分になった。
そもそも両親と別でわたしが食べる意味もわからない。遅れるならわたしも両親と一緒に食べてもいいだろう。
「つがい様。ガイウス様がいらっしゃいました。」
執事が遅れて来た主の登場を告げた。
「待たせてすまないハリエル。早く食事にしよう」
「ええ本当に。なんで食事があなたとふたりきりなのよ。別でいいじゃない」
ガイウスは静かに席へ促すが、私が椅子に座ろうとした途端、彼の腕が私の腰をすくい、あっという間に自分の膝の上に座らせてしまった。
「ちょっと、何を……っ!」
「これも番なら当然のことだ。君に直接、俺が手ずから食事を与える。人間の夫婦は確か給餌はやらないんだったな。驚いたか?」
私は唖然として動けなかった。
あれほど人目が気になっていた侍女たちも視線をそらし、それぞれの所作に専念し始めている。
まるでこの光景が当然であるかのように。
「冗談じゃ……恥ずかしいから、もう降ろしてよ!」
本気だと伝えたくて声を強めるが、ガイウスは私の細い肩を優しく、しかし頑なに抱きしめて離さない。
「そんなに嫌なのか?でも嫌がってるハリエルも可愛いな。」
「……私、自分で食べられるわ。もう本当に、こういうのは……」
(気持ち悪い。まるで、飼われているみたいじゃない……!)
それでもガイウスは、肉の一切れをフォークで美しく刺し、私の唇の前まで運ぶ。
「口を開けて、ハリエル。人間の君のために用意した特別な肉だ。うまいぞ」
仕方なく大きく息を吸い、口を開ける。
フォークが口元に触れた途端、こんがり焼けた肉の香りがふわっと広がる。
ひと口含んだ瞬間、驚くほどやわらかい肉が舌の上でほろりと崩れた。
焼き加減は絶妙で、あたたかな肉汁がじんわりと広がり、芳醇な旨味が口いっぱいに膨らんでいく。
「……っ、美味しい……」
今まで食べたどのステーキより美味しかった。
ふと、視線を感じて顔を上げると、ガイウスが優しく微笑んだ。
「どうだ、気に入ったか?人間の君向けに特別に調理させたんだ」
「ええ。ただ自分の手で食べられたらもっと美味しく食べられると思いますわ。」
「でも俺達はつがいだ。これくらいのことは当然だろう」
「食事くらい、自由にさせてよね。わたしの願いは何でも聞くって言ったくせに……」
「食事くらい自由させてよ。私の願いは何でも聞くって言ったくせに…」
さっきまで上機嫌だった彼が怒られて耳までしゅんとしているのを見ると、私が悪いみたいな気分になる。
「だめなのか?」
彼は背が高いのに、わざと上目遣いで私を見上げてくる。
「もう…ササッと食べさせてくださいませ」
負けた。悔しい。この男が見た目は雄々しい狼のくせに捨てられた犬のようにこちらを見てくるのが悪いのだ。
満面の笑みでまた肉を口へ差し出し、今度は自分の分も口に運ぶ。
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