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24話 喧嘩
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結婚式の準備は、驚くほど速やかに、そして私の意志を置き去りに進んでいた。
「ハリエル様、今日はこちらのドレスをお召しください」
豪奢なドレスが鏡の前に並ぶ。そのどれもが絢爛で、ため息が漏れるほど美しかった。
「どう? このドレスが君には一番似合うと思う」
ガイウスの声は、つややかで自信に満ちている。
私はそっと袖に指をかけて、言葉を選ぶ。
「素敵だけれど……私はもう少し控えめなデザインが好きなのよ。普段着なのに派手すぎない?」
「そんなことない。こちらじゃこれくらい普通だし、君には最高のものを着てほしい」
ガイウスはさらりと言って、宝石箱を開ける。
「装飾品も、婚礼の冠も。全部君のために特注で用意した。婚礼が決まってから時間がなかったから急ぎで作ってもらったんだ」
侍女たちが、微笑みながら私に装飾品を次々渡す。
「君はただ、美しくこうしていてくれればいい。あとの婚姻の用意は全て、俺が用意する」
優しい声。でもその優しさが、“私の声”を飲み込んでいく気がした。
「ハリエル様、お顔が曇っていませんか?」
あの男が部屋から出て行った後ルミナが心配そうに声をかける。
「……何でも決められてしまうのって、やっぱり居心地悪いわ。私の意見、全然聞いてもらってないんだけれど。マーサとも一度も会わせてもらってないのよ」
「マーサさんというとお嬢様が連れてこられた人間のメイドですか?彼女ならガイウス様のところで働いてるらしいですよ」
ルミナの囁きに、私は思わず眉をひそめる。
あの男はわたしからマーサを奪ったのだ。
連れてきてもいいと言ったのはあの男のくせに忌々しい。
だからわたしはあの男を好きになれないのだ。
わたしへの愛を口にしながらもわたしが持っているものを奪って、自分が与えたものだけで周りを囲おうとする。
あの男の愛なんてただの醜い執着だ。
「そうなの……ねえ。なんとか会えないかしら?」
「どうでしょ。ガイウス様がお会いになられるのをお認めになれば会えるかと……」
ルミナはわたしの髪をとかしながら答えた。
「はあ……結局何をやるにもあの男の許可が必要なのね。わたしはアイツのペットか何かなのかしら」
イライラが止まらなかった。
いくら環境が悪くないとはいえ、自分のことを何でもかんでも決められて、許可を取らなければならないなんておかしい。
そもそもなぜ自分が連れてきた侍女と引き離されなければならないのだ。
鏡に映る自分は、実家にいたときには考えられない豪華なドレスを身にまとっている。
でも、胸の奥は冷たい重さのままだった。
「ハリエル様、何かご不便なことがあれば私にも……」
ルミナがそっと心配そうな顔で寄り添ってくれる。
「ルミナ……ありがとう。本当、ここで何が普通で、何が普通じゃないのかわからなくなってきているのよ」
ルミナは少し考えると、小さく笑ってみせた。
「きっと、少しずつでいいんです。慣れていけば、本当に好きなことや、好きな服だって言えるようになりますよ」
「……そうだといいけど」
そのとき、部屋の扉をノックする音がした。
「ハリエル、中に入ってもいいか?」
ガイウスの声は、先ほどよりずっと静かだった。
「どうぞ」
彼はドアの前で一呼吸置き、柔らかな足取りで部屋に入ってきた。そしてふと、テーブルに目をやった。
「何か困ったことがあるなら、言ってほしい。君がこの家で不自由ないようにしたいんだ」
私は、しばらく黙ってドレスのリボンをいじる。
「マーサがあなたのところで働いてるって本当なの?」
私は疑いと不安を含めてガイウスを見つめた。
ガイウスは目を伏せて、穏やかに微笑んだ。
「彼女には適した仕事を与えているよ。君の身の回りはルミナたちが十分に世話できる。心配しなくていい」
「そう……でも、私にはマーサが必要なの。どれほどいい物をもらっても、私が今欲しいのはマーサなの」
自分でも幼稚に思える主張かもしれないが、今の私には大事なことだった。
ガイウスは膝を組み、低い声で言った。
「今は君に慣れてもらう時間が必要だと思ったんだ。新しい環境だから、余計な混乱は避けたい。いずれマーサとも話せるようにする。」
ガイウスの声の奥に、どこか私から何かを遠ざけようとする硬さが混じっている気がした。
(ああ……やっぱりこの男はどこまでいっても獣なのね)
「……あなたはいつも、私のことを一番に考えてるふりをしてるだけ。本当は、自分の言うことを聞く“お人形”に私を仕立て上げたいだけでしょう?」
私の声が、思いのほか静かに響いた。
部屋の空気が、ほんの一瞬きしんだ気がした。
ガイウスは黙ったまま、私の指先を優しく包み込む。
その手の温もりが、余計に胸をざわつかせる。
「ハリエル……そんなふうに思わせてしまったなら、俺が間違っていたんだろう」
優しい響き。でも、どこか冷たい壁が残ったまま。
「……あなたは、私を大事にすると言いながら、私が大事にするものを隠してしまうのね」
私は鏡に映る自分の顔に目を落とす。
豪華なドレス、きらびやかな装飾品……どこにも“私らしさ”なんて見えなかった。
「ごめん。でも俺は……君を守りたいだけなんだ」
でも、その守りが世界を狭めていくことに、私はもう気づかないふりはできない。
私が静かにその手から指を抜くと、ルミナがそっと鏡の前に立ってくれた。
「ハリエル様……何か、お好きな髪飾りはございますか?」
ルミナの声が、心の中のざらつきを、少しだけ柔らかくなだめた。
ありがたいと思いながら、私は髪飾りの列を指でたどる。
「ルミナ、これ……シルバーの鈴蘭のだけ付けてもらってもいい?」
「もちろんです。お似合いになるはずです」
その小さな選択が、自分の声を取り戻す“始まり”のように思えた。
ガイウスは、その様子を静かに見つめている。
(この人の言いなりになんてなってやるものですか。運命やら番やらに、自分の意思が消されてしまうのは……もう嫌だ)
部屋の窓の外では、夜の風が静かに吹いていた。
「ハリエル様、今日はこちらのドレスをお召しください」
豪奢なドレスが鏡の前に並ぶ。そのどれもが絢爛で、ため息が漏れるほど美しかった。
「どう? このドレスが君には一番似合うと思う」
ガイウスの声は、つややかで自信に満ちている。
私はそっと袖に指をかけて、言葉を選ぶ。
「素敵だけれど……私はもう少し控えめなデザインが好きなのよ。普段着なのに派手すぎない?」
「そんなことない。こちらじゃこれくらい普通だし、君には最高のものを着てほしい」
ガイウスはさらりと言って、宝石箱を開ける。
「装飾品も、婚礼の冠も。全部君のために特注で用意した。婚礼が決まってから時間がなかったから急ぎで作ってもらったんだ」
侍女たちが、微笑みながら私に装飾品を次々渡す。
「君はただ、美しくこうしていてくれればいい。あとの婚姻の用意は全て、俺が用意する」
優しい声。でもその優しさが、“私の声”を飲み込んでいく気がした。
「ハリエル様、お顔が曇っていませんか?」
あの男が部屋から出て行った後ルミナが心配そうに声をかける。
「……何でも決められてしまうのって、やっぱり居心地悪いわ。私の意見、全然聞いてもらってないんだけれど。マーサとも一度も会わせてもらってないのよ」
「マーサさんというとお嬢様が連れてこられた人間のメイドですか?彼女ならガイウス様のところで働いてるらしいですよ」
ルミナの囁きに、私は思わず眉をひそめる。
あの男はわたしからマーサを奪ったのだ。
連れてきてもいいと言ったのはあの男のくせに忌々しい。
だからわたしはあの男を好きになれないのだ。
わたしへの愛を口にしながらもわたしが持っているものを奪って、自分が与えたものだけで周りを囲おうとする。
あの男の愛なんてただの醜い執着だ。
「そうなの……ねえ。なんとか会えないかしら?」
「どうでしょ。ガイウス様がお会いになられるのをお認めになれば会えるかと……」
ルミナはわたしの髪をとかしながら答えた。
「はあ……結局何をやるにもあの男の許可が必要なのね。わたしはアイツのペットか何かなのかしら」
イライラが止まらなかった。
いくら環境が悪くないとはいえ、自分のことを何でもかんでも決められて、許可を取らなければならないなんておかしい。
そもそもなぜ自分が連れてきた侍女と引き離されなければならないのだ。
鏡に映る自分は、実家にいたときには考えられない豪華なドレスを身にまとっている。
でも、胸の奥は冷たい重さのままだった。
「ハリエル様、何かご不便なことがあれば私にも……」
ルミナがそっと心配そうな顔で寄り添ってくれる。
「ルミナ……ありがとう。本当、ここで何が普通で、何が普通じゃないのかわからなくなってきているのよ」
ルミナは少し考えると、小さく笑ってみせた。
「きっと、少しずつでいいんです。慣れていけば、本当に好きなことや、好きな服だって言えるようになりますよ」
「……そうだといいけど」
そのとき、部屋の扉をノックする音がした。
「ハリエル、中に入ってもいいか?」
ガイウスの声は、先ほどよりずっと静かだった。
「どうぞ」
彼はドアの前で一呼吸置き、柔らかな足取りで部屋に入ってきた。そしてふと、テーブルに目をやった。
「何か困ったことがあるなら、言ってほしい。君がこの家で不自由ないようにしたいんだ」
私は、しばらく黙ってドレスのリボンをいじる。
「マーサがあなたのところで働いてるって本当なの?」
私は疑いと不安を含めてガイウスを見つめた。
ガイウスは目を伏せて、穏やかに微笑んだ。
「彼女には適した仕事を与えているよ。君の身の回りはルミナたちが十分に世話できる。心配しなくていい」
「そう……でも、私にはマーサが必要なの。どれほどいい物をもらっても、私が今欲しいのはマーサなの」
自分でも幼稚に思える主張かもしれないが、今の私には大事なことだった。
ガイウスは膝を組み、低い声で言った。
「今は君に慣れてもらう時間が必要だと思ったんだ。新しい環境だから、余計な混乱は避けたい。いずれマーサとも話せるようにする。」
ガイウスの声の奥に、どこか私から何かを遠ざけようとする硬さが混じっている気がした。
(ああ……やっぱりこの男はどこまでいっても獣なのね)
「……あなたはいつも、私のことを一番に考えてるふりをしてるだけ。本当は、自分の言うことを聞く“お人形”に私を仕立て上げたいだけでしょう?」
私の声が、思いのほか静かに響いた。
部屋の空気が、ほんの一瞬きしんだ気がした。
ガイウスは黙ったまま、私の指先を優しく包み込む。
その手の温もりが、余計に胸をざわつかせる。
「ハリエル……そんなふうに思わせてしまったなら、俺が間違っていたんだろう」
優しい響き。でも、どこか冷たい壁が残ったまま。
「……あなたは、私を大事にすると言いながら、私が大事にするものを隠してしまうのね」
私は鏡に映る自分の顔に目を落とす。
豪華なドレス、きらびやかな装飾品……どこにも“私らしさ”なんて見えなかった。
「ごめん。でも俺は……君を守りたいだけなんだ」
でも、その守りが世界を狭めていくことに、私はもう気づかないふりはできない。
私が静かにその手から指を抜くと、ルミナがそっと鏡の前に立ってくれた。
「ハリエル様……何か、お好きな髪飾りはございますか?」
ルミナの声が、心の中のざらつきを、少しだけ柔らかくなだめた。
ありがたいと思いながら、私は髪飾りの列を指でたどる。
「ルミナ、これ……シルバーの鈴蘭のだけ付けてもらってもいい?」
「もちろんです。お似合いになるはずです」
その小さな選択が、自分の声を取り戻す“始まり”のように思えた。
ガイウスは、その様子を静かに見つめている。
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