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26話 気高い彼女
朝の日差しは思いのほか柔らかかった。
結局色々考えてしまって徹夜同然のまま、ガイウスは心を落ち着けることができず、早くに廊下へ出た。
扉の向こうからは、微かな声と衣擦れの音。
侍女たちの気配が去ると、静けさだけが残った。
「……ハリエル?」
ノックの音のあと、一瞬の沈黙。
やがてドアが開き、ハリエルが現れる。
昨日と変わらぬ気高い俺のかわいい番。
けれどどこか、少しだけ憔悴しているようにも見えた。
「おはよう」
「……おはようございます」
形式的な挨拶。その間のわずかな距離が胸に刺さる。
「……昨日は、俺が言い過ぎたかもしれないと思っている」
勇気を出して言葉を絞り出した。
それでも、自分の気持ちを思うまま伝える方法が分からない。
いや彼女を思う気持ちを正直に伝えればきっと引いてしまうだろう。
俺は彼女を閉じ込めて、自分以外に頼れるものもなくし、依存してくれるのを待っているのだから。
そして、それを続ければ彼女は俺を見てくれなくなる。
「そう。いいわよ。あなたが人の話を聞かないのはいつものことだし」
「けど私は、あなたに守られながら、愛玩されるお人形になりたいわけじゃないの。ただ、ひとりの人間として、ここに存在したいだけ」
ああ。やっぱり。その静かな言葉は、俺に何度も彼女が伝えていたお願いだった。
そうだ。俺はきっと気づいていたんだ。
だけどそれは俺の都合に悪いからと無視していたんだ。
彼女はこんなにも気高く、美しい。
そんな彼女の気高い心、サファイアのように美しい瞳、その視線さえも全てを自分のものにして、誰にも見せず閉じ込めて自分のものだと安心したかった。
「……君が自分で選びたいと思ったことなら、ちゃんと話を聞いて寄り添うから。だから見捨てないでくれ。俺に話すのを諦めることはしないでくれ」
言いながら、言葉の弱さを自分で感じる。
我慢できるのか。
けれど、これまでの自分のやり方では何も手に入らないと、ガイウスは薄々気づいていた。
「そうしてくれたら、少しは楽になるかもしれない」
ハリエルの頬に、ほんの少しだけ力の抜けた笑みが浮かぶ。
この距離が、少しでも縮まれば。
そんな祈りが静かに胸の奥で灯る。
「そうね。とりあえず。マーサを私に返して。それから結婚式のことを何もかも私抜きで勝手に決めるのはやめて」
「マーサのことはわかった。でも結婚式のことは君に面倒をかけたくなかった。そもそも君に決められないだろうことも多いし……」
これは事実だ。ハリエルはこちらの文化には疎いし、人間の招待客なんてほとんどこない。
マーサを本当はハリエルのところになど送りたくはないが仕方ない。
「それはあなたが面倒なだけでしょう? わたしはガイウスのお飾りになるためにここへ来たんじゃない。――対等なパートナーとして、意見を尊重してほしいのよ」
「少なくとも結婚式の話をわたしを除け者にして進めないで」
ハリエルの瞳は揺るぎなく、確かにガイウスを見据えていた。
「番だから、番の伴侶には守られるだけでいい、なんて……私は受け入れない」
ガイウスの胸の奥がひやりと強張る。
彼女の言葉は、番であることを拒否されたように思えてヒヤリとした。
「君はわたしの唯一の番だ。だからこそ俺の番として迎えたんだ」
「貴族として、人間として生きてきたことへの矜持がわたしにもある。無理やり番にされて、結婚を決められた。その上、誰にも意見を聞いてもらえないまま立派なドレスだけ着せられる人生なんて、まっぴらごめんよ」
ガイウスの拳が無意識にテーブルの上で固くなっていた。
「……そうか」
ああ。俺のかわいい番。なぜ俺の作った世界から出ようとするんだ。
ひどいじゃないか。君は俺を愛してくれないのに……
でも無視などできるはずがなかった。
結局色々考えてしまって徹夜同然のまま、ガイウスは心を落ち着けることができず、早くに廊下へ出た。
扉の向こうからは、微かな声と衣擦れの音。
侍女たちの気配が去ると、静けさだけが残った。
「……ハリエル?」
ノックの音のあと、一瞬の沈黙。
やがてドアが開き、ハリエルが現れる。
昨日と変わらぬ気高い俺のかわいい番。
けれどどこか、少しだけ憔悴しているようにも見えた。
「おはよう」
「……おはようございます」
形式的な挨拶。その間のわずかな距離が胸に刺さる。
「……昨日は、俺が言い過ぎたかもしれないと思っている」
勇気を出して言葉を絞り出した。
それでも、自分の気持ちを思うまま伝える方法が分からない。
いや彼女を思う気持ちを正直に伝えればきっと引いてしまうだろう。
俺は彼女を閉じ込めて、自分以外に頼れるものもなくし、依存してくれるのを待っているのだから。
そして、それを続ければ彼女は俺を見てくれなくなる。
「そう。いいわよ。あなたが人の話を聞かないのはいつものことだし」
「けど私は、あなたに守られながら、愛玩されるお人形になりたいわけじゃないの。ただ、ひとりの人間として、ここに存在したいだけ」
ああ。やっぱり。その静かな言葉は、俺に何度も彼女が伝えていたお願いだった。
そうだ。俺はきっと気づいていたんだ。
だけどそれは俺の都合に悪いからと無視していたんだ。
彼女はこんなにも気高く、美しい。
そんな彼女の気高い心、サファイアのように美しい瞳、その視線さえも全てを自分のものにして、誰にも見せず閉じ込めて自分のものだと安心したかった。
「……君が自分で選びたいと思ったことなら、ちゃんと話を聞いて寄り添うから。だから見捨てないでくれ。俺に話すのを諦めることはしないでくれ」
言いながら、言葉の弱さを自分で感じる。
我慢できるのか。
けれど、これまでの自分のやり方では何も手に入らないと、ガイウスは薄々気づいていた。
「そうしてくれたら、少しは楽になるかもしれない」
ハリエルの頬に、ほんの少しだけ力の抜けた笑みが浮かぶ。
この距離が、少しでも縮まれば。
そんな祈りが静かに胸の奥で灯る。
「そうね。とりあえず。マーサを私に返して。それから結婚式のことを何もかも私抜きで勝手に決めるのはやめて」
「マーサのことはわかった。でも結婚式のことは君に面倒をかけたくなかった。そもそも君に決められないだろうことも多いし……」
これは事実だ。ハリエルはこちらの文化には疎いし、人間の招待客なんてほとんどこない。
マーサを本当はハリエルのところになど送りたくはないが仕方ない。
「それはあなたが面倒なだけでしょう? わたしはガイウスのお飾りになるためにここへ来たんじゃない。――対等なパートナーとして、意見を尊重してほしいのよ」
「少なくとも結婚式の話をわたしを除け者にして進めないで」
ハリエルの瞳は揺るぎなく、確かにガイウスを見据えていた。
「番だから、番の伴侶には守られるだけでいい、なんて……私は受け入れない」
ガイウスの胸の奥がひやりと強張る。
彼女の言葉は、番であることを拒否されたように思えてヒヤリとした。
「君はわたしの唯一の番だ。だからこそ俺の番として迎えたんだ」
「貴族として、人間として生きてきたことへの矜持がわたしにもある。無理やり番にされて、結婚を決められた。その上、誰にも意見を聞いてもらえないまま立派なドレスだけ着せられる人生なんて、まっぴらごめんよ」
ガイウスの拳が無意識にテーブルの上で固くなっていた。
「……そうか」
ああ。俺のかわいい番。なぜ俺の作った世界から出ようとするんだ。
ひどいじゃないか。君は俺を愛してくれないのに……
でも無視などできるはずがなかった。
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