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39話 朝
カーテン越しの柔らかな光が、部屋の隅々まで静かに満ちていた。
ハリエルはベッドの上で身じろぎしながら、目を伏せたまま昨夜の記憶に沈み込む。
ガイウスに触れられた唇が、まだ熱を帯びている。
そのあいまいな温度を思い出すほど、苛立ちと、何か満たされるような甘さが交互に胸に込み上げてくる。
「お嬢様、朝ですよ。起きてください」
静かな声で、侍女のマーサがやってくる。
ハリエルは思わずシーツを引き上げて顔を隠すが、もう逃げ切れないとあきらめ、ゆっくりと身体を起こす。
「おはよう。マーサ」
「お顔色が優れませんが……昨夜はよくお休みになれましたか?」
「……あまり、寝られなかったかも」
ハリエルはそっけない調子で答える。
マーサは軽く首を傾げる。
「夜会については聞きました。それでご心配に?」
「別に……まあ多少は不安だけれどなんとかなるでしょ」
鏡の前に座らされ、マーサの手が静かに髪を梳いていく。
温もりのある手つきと、地肌を撫でるブラシの感触が心地よい。
「それでも、きっと知らないうちに緊張してたりすることもあるでしょう。お嬢様はどんな装いをご希望ですか?」
マーサはそう問いかけながら、部屋に丁寧に用意されたリボンやパールの飾りを見せる。
「そうね。今日はこれが良いわ。」
さりげなく一番控えめなリボンを手にとる。淡いブルーの、春の空みたいな色。
「じゃあそれにしましょう。今日は、朝食の後にパーティーの衣装合わせもございます。お嬢様のご希望に添えるよう、いろいろと揃えてあるそうなので楽しみにしておいてくださいね」
マーサは私の選んだリボンを取り、ニコニコと嬉しそうに語る。
「こちらの国では、鮮やかな色や大胆な飾りが多いですが……お嬢様のお肌には、淡いもののほうが映えますものね」
語るうちに、マーサは無駄のない手つきで髪をねじり上げていく。
「……ありがとう」
呟くような声。鏡越しに、自分の頬がわずかに赤いのを見て、小さく胸が疼く。
「緊張するのは当然ですわ。ですが、お嬢様には、誇りを持って出ていただきたい」
マーサが優しく背中を撫でる。
「きつく結んでも大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ」
髪飾りが固定されるたび、自分が新しい世界へ送り出されていく気がした。
そして、昨日感じたあらゆる感情が、自分の中でまだくすぶっているのをハリエルははっきり自覚していた。
「はい。できました。じゃあ朝食に行きましょうか。衣装合わせ楽しみです」
「ありがとう、マーサ」
今だけは、素直な感謝が表情に滲む。
ハリエルはベッドの上で身じろぎしながら、目を伏せたまま昨夜の記憶に沈み込む。
ガイウスに触れられた唇が、まだ熱を帯びている。
そのあいまいな温度を思い出すほど、苛立ちと、何か満たされるような甘さが交互に胸に込み上げてくる。
「お嬢様、朝ですよ。起きてください」
静かな声で、侍女のマーサがやってくる。
ハリエルは思わずシーツを引き上げて顔を隠すが、もう逃げ切れないとあきらめ、ゆっくりと身体を起こす。
「おはよう。マーサ」
「お顔色が優れませんが……昨夜はよくお休みになれましたか?」
「……あまり、寝られなかったかも」
ハリエルはそっけない調子で答える。
マーサは軽く首を傾げる。
「夜会については聞きました。それでご心配に?」
「別に……まあ多少は不安だけれどなんとかなるでしょ」
鏡の前に座らされ、マーサの手が静かに髪を梳いていく。
温もりのある手つきと、地肌を撫でるブラシの感触が心地よい。
「それでも、きっと知らないうちに緊張してたりすることもあるでしょう。お嬢様はどんな装いをご希望ですか?」
マーサはそう問いかけながら、部屋に丁寧に用意されたリボンやパールの飾りを見せる。
「そうね。今日はこれが良いわ。」
さりげなく一番控えめなリボンを手にとる。淡いブルーの、春の空みたいな色。
「じゃあそれにしましょう。今日は、朝食の後にパーティーの衣装合わせもございます。お嬢様のご希望に添えるよう、いろいろと揃えてあるそうなので楽しみにしておいてくださいね」
マーサは私の選んだリボンを取り、ニコニコと嬉しそうに語る。
「こちらの国では、鮮やかな色や大胆な飾りが多いですが……お嬢様のお肌には、淡いもののほうが映えますものね」
語るうちに、マーサは無駄のない手つきで髪をねじり上げていく。
「……ありがとう」
呟くような声。鏡越しに、自分の頬がわずかに赤いのを見て、小さく胸が疼く。
「緊張するのは当然ですわ。ですが、お嬢様には、誇りを持って出ていただきたい」
マーサが優しく背中を撫でる。
「きつく結んでも大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ」
髪飾りが固定されるたび、自分が新しい世界へ送り出されていく気がした。
そして、昨日感じたあらゆる感情が、自分の中でまだくすぶっているのをハリエルははっきり自覚していた。
「はい。できました。じゃあ朝食に行きましょうか。衣装合わせ楽しみです」
「ありがとう、マーサ」
今だけは、素直な感謝が表情に滲む。
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