41 / 69
41話 宝石商
しおりを挟む
ドレスの選定がひと段落すると、その場にそっと控えていたもう一人が静かに前へ出てきた。
しなやかな身のこなし、銀灰色の毛並み、長い尾を揺らしながら、ジェントルらしく挨拶した。
「お初にお目にかかります。宝石商シャルルと申します。以降よしなに」
低く、艶のある声。それだけで、場の空気がすっと変わった。
「夜会にふさわしい最高級品だけをご用意いたしましたので、お嬢様にぜひご覧いただきたく――」
シャルは猫獣人らしい鋭い瞳で、静かにハリエルを捉える。
それでも、その所作には柔らかい気遣いが感じられた。
シャルルが、白い指で木箱の留め金を外す。蓋が静かに開くとき、思わず息を呑むほどの光があふれた。
「まあ……」
真珠のネックレス、淡い雫型のサファイアピアス、花のように繊細な金細工のブローチ。
どれも目が眩むくらい美しかった。
「ハリエル様、どれか気になるものはございますか?」
ルミナがそっと片手を寄せて囁く。
「正直、どれもため息が出るほど素晴らしいわ……」
自然に口をついて出る。
けれど、手は勝手にサファイアのイヤリングに伸びていた。
「うん。これにするわ」
「かしこまりました。他にも品もいくつかございます。よろしければ、こちらなど」
シャルが新たに出したのは、薄青と白が混じるカメオのペンダント。
マーサが「すっきりした印象で、色も合わせやすいですしよいのでは」と助言を添える。
試着と選定の時間はあっという間に過ぎていく。
猫獣人の宝石商は、最後まで柔らかな気遣いと穏やかな笑みで、必要以上の押し付けや演出もせず、好印象だった。
「それでは、夜会でのご活躍を――心よりお祈りしております」
シャルとトリーは礼儀正しく一礼し、静かに部屋を後にした。
「これで十分か?また欲しいものがあったら俺に言え。また商人を家にいくらでも呼んでやる」
ガイウスはニコニコしながら私に話しかけてきた。
「そうですね。買い物は楽しかったです。あなたがいなければもっと楽しかったんですけどね」
嫌味を言うのを忘れない。どうにもこの男が嬉しそうにしていると悪態をつきたくなる。
「そんな事言うなよ。まあでも俺からのプレセントを受け取ってくれて嬉しいぜ」
「大げさな。あなたの妻として当然の権利ですわ」
そう返してみせると、彼は豆鉄砲を喰らったような顔になって、それからじわじわと表情が綻んでいく。
「そうだな……そうだ。君は俺の番で、妻なんだ」
段々、声に重みが乗ってきて、そう……俺の妻なんだ。と噛みしめるようにボソボソと呟き始め、幸福感が伝わってくる。
ため息を吐きそうになるのを飲み込んで、私は少し身を引く。
「気持ち悪い。別に心までは渡したつもりはないわよ。形式上の話だから……」
そう言ったのにガイウスは、うれしそうに尻尾をぶん、と振って思いきり抱きついてくる。腕の力が強すぎて、ほどけるわけでもない。
「それでも君が俺の妻なのは代わりないさ。夜会が楽しみだ。皆に君が僕の番だと自慢できるんだから……」
彼は本当に、こういうときだけは子どものような顔になる。
「もうっ……鬱陶しい。自分のガタイの良さを自覚してください」
精一杯、すまして言いながら、じりじりと距離を取ろうとする。
だけど、ふいに見上げた彼の横顔には、どこか安心しきった幼子のような安堵が浮かんでいた。
その顔をみると反抗する気もおきなくなり、仕方がなく、私は肩の力を抜く。
それでもやっぱりこの男に心まであげる気はない。
しなやかな身のこなし、銀灰色の毛並み、長い尾を揺らしながら、ジェントルらしく挨拶した。
「お初にお目にかかります。宝石商シャルルと申します。以降よしなに」
低く、艶のある声。それだけで、場の空気がすっと変わった。
「夜会にふさわしい最高級品だけをご用意いたしましたので、お嬢様にぜひご覧いただきたく――」
シャルは猫獣人らしい鋭い瞳で、静かにハリエルを捉える。
それでも、その所作には柔らかい気遣いが感じられた。
シャルルが、白い指で木箱の留め金を外す。蓋が静かに開くとき、思わず息を呑むほどの光があふれた。
「まあ……」
真珠のネックレス、淡い雫型のサファイアピアス、花のように繊細な金細工のブローチ。
どれも目が眩むくらい美しかった。
「ハリエル様、どれか気になるものはございますか?」
ルミナがそっと片手を寄せて囁く。
「正直、どれもため息が出るほど素晴らしいわ……」
自然に口をついて出る。
けれど、手は勝手にサファイアのイヤリングに伸びていた。
「うん。これにするわ」
「かしこまりました。他にも品もいくつかございます。よろしければ、こちらなど」
シャルが新たに出したのは、薄青と白が混じるカメオのペンダント。
マーサが「すっきりした印象で、色も合わせやすいですしよいのでは」と助言を添える。
試着と選定の時間はあっという間に過ぎていく。
猫獣人の宝石商は、最後まで柔らかな気遣いと穏やかな笑みで、必要以上の押し付けや演出もせず、好印象だった。
「それでは、夜会でのご活躍を――心よりお祈りしております」
シャルとトリーは礼儀正しく一礼し、静かに部屋を後にした。
「これで十分か?また欲しいものがあったら俺に言え。また商人を家にいくらでも呼んでやる」
ガイウスはニコニコしながら私に話しかけてきた。
「そうですね。買い物は楽しかったです。あなたがいなければもっと楽しかったんですけどね」
嫌味を言うのを忘れない。どうにもこの男が嬉しそうにしていると悪態をつきたくなる。
「そんな事言うなよ。まあでも俺からのプレセントを受け取ってくれて嬉しいぜ」
「大げさな。あなたの妻として当然の権利ですわ」
そう返してみせると、彼は豆鉄砲を喰らったような顔になって、それからじわじわと表情が綻んでいく。
「そうだな……そうだ。君は俺の番で、妻なんだ」
段々、声に重みが乗ってきて、そう……俺の妻なんだ。と噛みしめるようにボソボソと呟き始め、幸福感が伝わってくる。
ため息を吐きそうになるのを飲み込んで、私は少し身を引く。
「気持ち悪い。別に心までは渡したつもりはないわよ。形式上の話だから……」
そう言ったのにガイウスは、うれしそうに尻尾をぶん、と振って思いきり抱きついてくる。腕の力が強すぎて、ほどけるわけでもない。
「それでも君が俺の妻なのは代わりないさ。夜会が楽しみだ。皆に君が僕の番だと自慢できるんだから……」
彼は本当に、こういうときだけは子どものような顔になる。
「もうっ……鬱陶しい。自分のガタイの良さを自覚してください」
精一杯、すまして言いながら、じりじりと距離を取ろうとする。
だけど、ふいに見上げた彼の横顔には、どこか安心しきった幼子のような安堵が浮かんでいた。
その顔をみると反抗する気もおきなくなり、仕方がなく、私は肩の力を抜く。
それでもやっぱりこの男に心まであげる気はない。
8
あなたにおすすめの小説
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
「偽聖女」と追放された令嬢は、冷酷な獣人王に溺愛されました~私を捨てた祖国が魔物で滅亡寸前?今更言われても、もう遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢フィーア・エメラインは、地味で効果が現れるのに時間がかかる「大地の浄化」の力を持っていたため、派手な治癒魔法を使う異母妹リシアンの嫉妬により、「偽聖女」として断罪され、魔物汚染が深刻な獣人族の国へ追放される。
絶望的な状況の中、フィーアは「冷酷な牙」と恐れられる最強の獣人王ガゼルと出会い、「国の安寧のために力を提供する」という愛のない契約結婚を結ぶ。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。10~15話前後の短編五編+番外編のお話です。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。 ※R7.10/13お気に入り登録700を超えておりました(泣)多大なる感謝を込めて一話お届けいたします。 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.10/30に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。 ※R7.12/8お気に入り登録800超えです!ありがとうございます(泣)一話書いてみましたので、ぜひ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる