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42話 夜会
とうとう夜会当日になった。
夜が深まり、屋敷がざわめきはじめる。
複数の馬車が石畳を踏みしめ、ガス灯の下、金と銀の飾りが優雅にきらめく。
仰々しい装いの貴族たちが次々と到着し、扉の向こうには獣人の国グリュンワルドの社交界の華やかな熱気が満ちていた。
ハリエルは鏡に映る自分の姿をもう一度だけ確かめる。
淡いすみれ色のドレス、襟元に添えたカメオ、小さく揺れるイヤリング。
上手くできるか不安で心が落ち着かない。
「準備はできたか?」
ガイウス・ヴァルドリックが控えめに声をかける。
その顔には、普段の豪胆さよりもいくらか緊張した気配があった。
「ええ。…エスコートお願いね」
ハリエルは小さく頷いて、差し出された手に淡く指を重ねる。
腕をとるのは、もう何度目だろう。けれど今日は、何かが違う。
馬車に乗り込むまで、二人の間にわずかな沈黙と、静かな心の音が流れていた。
馬車が動き出すと、窓の外でうねる街灯りが連なって流れていく。
「やっぱり夜会はどこか騒がしいわね」
独り言のように呟くと、ガイウスが目線をこちらに向ける。
「誰もが君を見に来るんだ。当たり前さ。君とこうしてパーティーに行けるなんて嬉しいな」
さっきまで緊張していたように見えたのに妙にリラックスし始めた。
「そう。失敗したらあなたの責任だからちゃんとフォローしてよね」
「気負わないで俺の友人も多い夜会だから。…君は、俺の誇りだから」
その一言に、ハリエルは胸の奥がゆるやかに締め付けられる。
会場前で馬車が止まる。
外の空気は少し冷たい。
マーサがそっとドレスの裾を直し、ルミナがほんのり嬉しそうに「とっても綺麗です」と囁く。
ガイウスは黙って手を差し出した。
ハリエルは深い息を一つ吐いて、その手を取る。
会場の扉が静かに開く。その景色は色彩の洪水、きらめく絨毯、天井高く咲く花の装飾。
獣人だらけのパーティー。それは王都の夜会とはまるで違っていた。
ガイウスは、会場へとエスコートする。
「君は妻として堂々としていればいい。それだけで十分さ」
ハリエルは悔しいほど心臓が跳ねる。
二人が階段を下りるたび、視線が集まる。
誰かが「あれが人間の…」と噂し、誰かが「ヴァルドリック家の新妻か」と囁く。
途中、ガイウスがふいに耳元で囁く。
「今夜の君も綺麗だよハリエル。皆に見せるのがもったいないくらいだ」
それが獣人の本能からきている言葉なのか、彼の言葉なのかどちらなのだろう。
「そう。獣人だらけのここで私なんて珍獣みたいなものじゃない?いや人だから珍人かしら?」
パーティーが本格的に始まると、ひとりの獣人の貴族が近づいてくる。
「失礼、奥様。貴女がガイウス卿の新しい…」
「はい、妻のハリエルでございます」
新たな客人への好奇心が見え隠れしていた。
ハリエルは落ち着きを保ち、相手の目をしっかり見返す。
そんな風に話しかけてくる獣人の相手を何とか捌いていると、トリーが人混みの奥で笑みを浮かべているのが見えた。
彼女が用意したドレスを褒められるたび、彼女に感謝していた。
流石は有名なデザイナーである。
そしてシャルル招待客として来ていたので挨拶してきた。
「とても素敵な装いですね」
「ありがとうございます。あなたのおかげですわ」
ガイウスの妻であるという事実が私をこの場に馴染ませた。
中央広間の陰で軽くワインを手に取っていたガイウスに、ひとりの大柄な男がまっすぐ歩み寄ってきた。
「よう、ガイウス。今日の君はやけに得意げじゃないか」
漆黒の毛並み、引き締まった軍服、その堂々とした気配は周囲の獣人たちとは空気が少し違っていた。
ガイウスが穏やかに答える。
「……今夜は大事な番がいるからな」
男はちらりとハリエルを見やる。
「これが噂の……ハリエル嬢だったかな?私はこの男の友でジルだ。うちの妻も人間でな仲良くしてくれると嬉しい」
ジルの背後から、鮮やかなオレンジ色の髪の女性が現れる。
「はじめまして。わたしの名前はリラ。獣人の番になったもの同士仲良くしましょう。やっぱり色々あるでしょ?ドレスも似合ってるわ」
「ありがとうございます。トリーの作品です。私も仲良くしてくださると嬉しいですわ」
久しぶりに年の近い人間の女性と話して胸が弾む気がした。
その場の空気は無駄な騒音がなく、静かなやりとりが続く。
ガイウスがわずかにハリエルへ肩寄せた。
「もう少し気楽にしていていい。疲れるだろ……」
「気楽にね。右も左も獣人ばかりのパーティー何て初めてだし、落ち着かないわよ」
「慣れるまで少し時間がかかるのは仕方ないわ。でも、馴染みすぎる必要はないと思うわ。人間の感覚は、人間にしか守れないもの」
リラはあっけらんとハリエルを励ますように言う。
「……そう言って頂けると気が楽になりますわ」
そうして長い夜は始まった。
夜が深まり、屋敷がざわめきはじめる。
複数の馬車が石畳を踏みしめ、ガス灯の下、金と銀の飾りが優雅にきらめく。
仰々しい装いの貴族たちが次々と到着し、扉の向こうには獣人の国グリュンワルドの社交界の華やかな熱気が満ちていた。
ハリエルは鏡に映る自分の姿をもう一度だけ確かめる。
淡いすみれ色のドレス、襟元に添えたカメオ、小さく揺れるイヤリング。
上手くできるか不安で心が落ち着かない。
「準備はできたか?」
ガイウス・ヴァルドリックが控えめに声をかける。
その顔には、普段の豪胆さよりもいくらか緊張した気配があった。
「ええ。…エスコートお願いね」
ハリエルは小さく頷いて、差し出された手に淡く指を重ねる。
腕をとるのは、もう何度目だろう。けれど今日は、何かが違う。
馬車に乗り込むまで、二人の間にわずかな沈黙と、静かな心の音が流れていた。
馬車が動き出すと、窓の外でうねる街灯りが連なって流れていく。
「やっぱり夜会はどこか騒がしいわね」
独り言のように呟くと、ガイウスが目線をこちらに向ける。
「誰もが君を見に来るんだ。当たり前さ。君とこうしてパーティーに行けるなんて嬉しいな」
さっきまで緊張していたように見えたのに妙にリラックスし始めた。
「そう。失敗したらあなたの責任だからちゃんとフォローしてよね」
「気負わないで俺の友人も多い夜会だから。…君は、俺の誇りだから」
その一言に、ハリエルは胸の奥がゆるやかに締め付けられる。
会場前で馬車が止まる。
外の空気は少し冷たい。
マーサがそっとドレスの裾を直し、ルミナがほんのり嬉しそうに「とっても綺麗です」と囁く。
ガイウスは黙って手を差し出した。
ハリエルは深い息を一つ吐いて、その手を取る。
会場の扉が静かに開く。その景色は色彩の洪水、きらめく絨毯、天井高く咲く花の装飾。
獣人だらけのパーティー。それは王都の夜会とはまるで違っていた。
ガイウスは、会場へとエスコートする。
「君は妻として堂々としていればいい。それだけで十分さ」
ハリエルは悔しいほど心臓が跳ねる。
二人が階段を下りるたび、視線が集まる。
誰かが「あれが人間の…」と噂し、誰かが「ヴァルドリック家の新妻か」と囁く。
途中、ガイウスがふいに耳元で囁く。
「今夜の君も綺麗だよハリエル。皆に見せるのがもったいないくらいだ」
それが獣人の本能からきている言葉なのか、彼の言葉なのかどちらなのだろう。
「そう。獣人だらけのここで私なんて珍獣みたいなものじゃない?いや人だから珍人かしら?」
パーティーが本格的に始まると、ひとりの獣人の貴族が近づいてくる。
「失礼、奥様。貴女がガイウス卿の新しい…」
「はい、妻のハリエルでございます」
新たな客人への好奇心が見え隠れしていた。
ハリエルは落ち着きを保ち、相手の目をしっかり見返す。
そんな風に話しかけてくる獣人の相手を何とか捌いていると、トリーが人混みの奥で笑みを浮かべているのが見えた。
彼女が用意したドレスを褒められるたび、彼女に感謝していた。
流石は有名なデザイナーである。
そしてシャルル招待客として来ていたので挨拶してきた。
「とても素敵な装いですね」
「ありがとうございます。あなたのおかげですわ」
ガイウスの妻であるという事実が私をこの場に馴染ませた。
中央広間の陰で軽くワインを手に取っていたガイウスに、ひとりの大柄な男がまっすぐ歩み寄ってきた。
「よう、ガイウス。今日の君はやけに得意げじゃないか」
漆黒の毛並み、引き締まった軍服、その堂々とした気配は周囲の獣人たちとは空気が少し違っていた。
ガイウスが穏やかに答える。
「……今夜は大事な番がいるからな」
男はちらりとハリエルを見やる。
「これが噂の……ハリエル嬢だったかな?私はこの男の友でジルだ。うちの妻も人間でな仲良くしてくれると嬉しい」
ジルの背後から、鮮やかなオレンジ色の髪の女性が現れる。
「はじめまして。わたしの名前はリラ。獣人の番になったもの同士仲良くしましょう。やっぱり色々あるでしょ?ドレスも似合ってるわ」
「ありがとうございます。トリーの作品です。私も仲良くしてくださると嬉しいですわ」
久しぶりに年の近い人間の女性と話して胸が弾む気がした。
その場の空気は無駄な騒音がなく、静かなやりとりが続く。
ガイウスがわずかにハリエルへ肩寄せた。
「もう少し気楽にしていていい。疲れるだろ……」
「気楽にね。右も左も獣人ばかりのパーティー何て初めてだし、落ち着かないわよ」
「慣れるまで少し時間がかかるのは仕方ないわ。でも、馴染みすぎる必要はないと思うわ。人間の感覚は、人間にしか守れないもの」
リラはあっけらんとハリエルを励ますように言う。
「……そう言って頂けると気が楽になりますわ」
そうして長い夜は始まった。
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