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48話 オットーの相談
春霞のような陽射しの午後、オットーが書斎でノートに何かをまとめながら、ときどきこちらを窺ってくる。
ハリエルは窓際の椅子に腰かけ、読みかけの本をなんとなく指でもてあそぶ。
「姉さん」
「なに?」
「ガイウスさんに、聞いてほしいことがあるんだけど」
唐突な響きに、ハリエルは思わず本から顔を上げる。一瞬、不安が過ったが、オットーの声は真剣だった。
「……今日の夕食のときにでも話せば?」
「……うん」
彼は頷いたものの、書きかけのメモに意味もなく鉛筆を走らせ始めた。
夕暮れ、豪奢な食堂では銀の燭台に灯が揺れている。
ガイウスは普段よりも静かで、時折ハリエルに視線を送る。
オットーが肉を切り分けながら、まっすぐ彼に質問を投げた。
「ガイウスさん。僕、学校が休みの間だけ、この家にいさせてもらえないでしょうか」
場の空気が、一瞬ぴたりと止まった。
「エヴァンス家のことは心配だし、なにより姉さんが今どうしてるか、そばで見ていたくて」
正面からの言葉に、ハリエルは思わず箸を止める。
ガイウスはナイフの柄を握ったまま、しばらく沈黙した。
「……ここに?」
「うん」
「具体的には、どれくらい?」
「この休暇が終わるまで……学校が始まるまでのあいだ居たいんです」
しばらく考える素振りを見せてから、ガイウスはゆっくりと口を開く。
「……構わない。ハリエルが君のことを大切に思っているのは、こっちも分かってる。もちろん、家族として迎えるよ」
その声には一分の迷いもなかったが、ハリエルの隣で見た彼の瞳は微かな棘を含んでいた。
「ありがとうございます」
オットーは深く頭を下げた。
「やっぱり姉さんに会いに来てよかった」
ハリエルはその言葉に胸の奥が少しだけあたたかくなる。
けれど、ガイウスの瞳が良くない色を堪えている気がして落ち着かなかった。
その夜、オットーは久しぶりの家族らしい夜を過ごした。
マーサが用意した焼き菓子に「懐かしい」と目を細め、紅茶を啜っては姉との昔話が弾んだ。
「町にいる間に、姉さんともう少し色んなところを見てみたい。獣人の国は、やっぱり面白いことが多いし」
「案内するわ。でもガイウスも俺がいた方がいいだろうとか言ってついてきそうね」
「……やっぱり?ちょっと束縛激しくない?」
オットーは微妙そうな顔をしていて、私は曖昧に頷いた。
夜更け。ふたりきりの部屋――
「本当はさ、もうすぐ大人として自立しなきゃなんないのに、なんだかこうして姉さんのそばにいると、子供に戻っちゃうな」
オットーがぽつりと言う。
ハリエルは優しく肩を叩く。
「私もよ。……あなたがいてくれると、どこか少しだけ昔の自分に戻れる気がするの」
「姉さん……」
その声は静かに、薄明かりの中で溶けていった。
翌朝、ガイウスとオットーの間にほんのりぎこちなさが残るも、食卓は徐々に賑やかさを取り戻し始める。
ガイウスも努めて穏やかな声色で、
「オットー、グリュンワルドは君の国とは違うルールや文化も多い。慣れるまで何か困ったことがあれば、何でも言ってくれ」
「……はい」
一応素直に返事をするオットーだが、その目はまだどこか不安と警戒のはざまを揺れている。
午前中、館の庭を姉弟で散歩すれば、そよぐ風と手入れの行き届いた緑がアスータの懐かしさを思い出させる。
「このままこうしていられたらいいのに……」
「何言ってるの、すぐ学校でしょう」
「わかってる、でも……いまだけは」
ぽつりとこぼれた弟の言葉に、ハリエルはそっと手を握る。
「困ったときは、もう次は絶対一人にしないからね。姉さん」
弟はきっとわたしがガイウスのことを受け入れていないことに感づいている。
けれどなにも言わずただわたしの味方だと言ってくれたことが何よりも嬉しかった。
そんな二人をガイウスが遠巻きに様子を見ている。
三人の、微妙な距離と静けさがやがて、何か大きな嵐へと続いていくのだと、ハリエルはまだ知らなかった。
ハリエルは窓際の椅子に腰かけ、読みかけの本をなんとなく指でもてあそぶ。
「姉さん」
「なに?」
「ガイウスさんに、聞いてほしいことがあるんだけど」
唐突な響きに、ハリエルは思わず本から顔を上げる。一瞬、不安が過ったが、オットーの声は真剣だった。
「……今日の夕食のときにでも話せば?」
「……うん」
彼は頷いたものの、書きかけのメモに意味もなく鉛筆を走らせ始めた。
夕暮れ、豪奢な食堂では銀の燭台に灯が揺れている。
ガイウスは普段よりも静かで、時折ハリエルに視線を送る。
オットーが肉を切り分けながら、まっすぐ彼に質問を投げた。
「ガイウスさん。僕、学校が休みの間だけ、この家にいさせてもらえないでしょうか」
場の空気が、一瞬ぴたりと止まった。
「エヴァンス家のことは心配だし、なにより姉さんが今どうしてるか、そばで見ていたくて」
正面からの言葉に、ハリエルは思わず箸を止める。
ガイウスはナイフの柄を握ったまま、しばらく沈黙した。
「……ここに?」
「うん」
「具体的には、どれくらい?」
「この休暇が終わるまで……学校が始まるまでのあいだ居たいんです」
しばらく考える素振りを見せてから、ガイウスはゆっくりと口を開く。
「……構わない。ハリエルが君のことを大切に思っているのは、こっちも分かってる。もちろん、家族として迎えるよ」
その声には一分の迷いもなかったが、ハリエルの隣で見た彼の瞳は微かな棘を含んでいた。
「ありがとうございます」
オットーは深く頭を下げた。
「やっぱり姉さんに会いに来てよかった」
ハリエルはその言葉に胸の奥が少しだけあたたかくなる。
けれど、ガイウスの瞳が良くない色を堪えている気がして落ち着かなかった。
その夜、オットーは久しぶりの家族らしい夜を過ごした。
マーサが用意した焼き菓子に「懐かしい」と目を細め、紅茶を啜っては姉との昔話が弾んだ。
「町にいる間に、姉さんともう少し色んなところを見てみたい。獣人の国は、やっぱり面白いことが多いし」
「案内するわ。でもガイウスも俺がいた方がいいだろうとか言ってついてきそうね」
「……やっぱり?ちょっと束縛激しくない?」
オットーは微妙そうな顔をしていて、私は曖昧に頷いた。
夜更け。ふたりきりの部屋――
「本当はさ、もうすぐ大人として自立しなきゃなんないのに、なんだかこうして姉さんのそばにいると、子供に戻っちゃうな」
オットーがぽつりと言う。
ハリエルは優しく肩を叩く。
「私もよ。……あなたがいてくれると、どこか少しだけ昔の自分に戻れる気がするの」
「姉さん……」
その声は静かに、薄明かりの中で溶けていった。
翌朝、ガイウスとオットーの間にほんのりぎこちなさが残るも、食卓は徐々に賑やかさを取り戻し始める。
ガイウスも努めて穏やかな声色で、
「オットー、グリュンワルドは君の国とは違うルールや文化も多い。慣れるまで何か困ったことがあれば、何でも言ってくれ」
「……はい」
一応素直に返事をするオットーだが、その目はまだどこか不安と警戒のはざまを揺れている。
午前中、館の庭を姉弟で散歩すれば、そよぐ風と手入れの行き届いた緑がアスータの懐かしさを思い出させる。
「このままこうしていられたらいいのに……」
「何言ってるの、すぐ学校でしょう」
「わかってる、でも……いまだけは」
ぽつりとこぼれた弟の言葉に、ハリエルはそっと手を握る。
「困ったときは、もう次は絶対一人にしないからね。姉さん」
弟はきっとわたしがガイウスのことを受け入れていないことに感づいている。
けれどなにも言わずただわたしの味方だと言ってくれたことが何よりも嬉しかった。
そんな二人をガイウスが遠巻きに様子を見ている。
三人の、微妙な距離と静けさがやがて、何か大きな嵐へと続いていくのだと、ハリエルはまだ知らなかった。
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