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55話 断絶
午後になり、やっと体を起こしたハリエルのもとにオットーが来た。
「姉さん!大丈夫なの?体調が悪いって聞いたけど……」
オットーの表情が曇る。
私の髪は乱れ、目の下には寝不足の影、そのわりに朝食の銀食器だけが空しく輝く。
「どうしたの、顔色悪いよ。何かあったの?ガイウスさん、姉さんに何を……」
ガイウスは、まるで何事もなかったかのように嘘を吐く。
「ああ、少し体調が悪くてな。だがもう大丈夫だ」
「本当に……?昨日まで普通だったのに……」
オットーが私の手を握る。その温かさに、私は涙が出そうになった。
「心配かけてごめんなさい。もう平気よ」
「平気なもんか!ガイウスさん、あんた、姉さんに何したんだ!」
オットーの怒声が部屋に響く。彼は私を庇うように、ガイウスの前に立ちはだかった。
ガイウスは静かに、ただ冷たい、全てを見透かしたような目で、必死に威嚇する少年を見下ろしている。
「俺は、俺の番を愛しているだけだ」
「これが愛だって!?じゃあ姉さんはなんでこんなにやつれてるんだ!」
するとオットーは机を叩き、声を揺らす。
「姉さんを部屋に閉じ込めてるって皆言ってる!馬鹿げてるよ、ガイウスさん。こんなの許されない!」
「ハリエルを閉じ込めているんじゃない。……俺はただ、俺の番を他の男から守っているだけだ」
「だけど、姉さんが辛そうにしてるのは分かるだろう?愛してるならどうしてこんな酷いことをするんですか?」
ガイウスは少し間を置き、鋭い目でオットーを見た。
「お前にはわからないかもしれない。けれど、この国で番を持つということは、一生かけて守る覚悟を決めるということなんだ」
「……それが、姉さんを縛り付けて泣かせる理由にはならない!」
「もう出ていけ。この家のことは、俺の決める。ハリエルは俺の妻だ」
「ふざけるな!姉さんを返せ!こんなところからは、僕が連れ出す!」
オットーが私の腕を引いた、その時だった。
「無駄だ、オットー君」
ガイウスの声は、氷のように冷たかった。
「君は何も知らない。……いや、君の両親やハリエルが、君に何も教えていなかっただけか……」
「何のことだよ……」
「そもそもハリエルは結婚に同意してなかったし、俺が無理やり番にしたんだよ。そしてそんな男に君のご両親はハリエルを嫁がせたんだ」
オットーは明らかに動揺し始めた。
「やめて……ガイウス」
この子にこんな話は聞かせてくない。一生知らなくて良い。
「どういうことだよ。無理やり……番に?どうしてそんな男に父さんは姉さんを嫁がせたんだ!!」
怒り狂うオットーを尻目にガイウスは冷静に告げる。
「君のご両親はそこそこ結納金と借金の肩代わりを申し出れば簡単に結婚を認めてくれたよ。ハリエルを俺から奪うってことはそれを全部返してくれるってことだよね?できるの君に……」
「なんで……そんな」
オットーの顔から、血の気が引いていくのがわかった。
彼の瞳が、信じられないというように、ガイウスと私の顔を交互に見る。
「そん……な……嘘だ……姉さん……?」
私は、何も答えられなかった。ただ、静かに頷くことしか。
「君では、どうにもできない。君の正義感も、姉を想う気持ちも、契約の上では無力だ。……彼女は、もう俺のものなんだよ」
ガイウスは崩れ落ちそうになるオットーの肩を叩き、静かに言い渡した。
「それでも、君がここにいたいというなら、客人としてもてなそう。だが、これ以上俺たちのことに口を出すな。……いいね?」
「それでもっ……姉さんの気持ちが大事だろ!人の幸せって、自由とか愛とか、そういうのが一番じゃないのかよ!」
自嘲するようにガイウスは笑いながらオットーに語りかける。
「お前には分からんだろうな。獣人にとっての番に受け入れられないのがどれだけ苦しいか……本人に逃げられても、嫌われても離れるなんて考えられないんんだ」
「いかれてる!姉さん、エヴァンスに戻ろう。僕が……何とかしてみせるよ!」
私は首を横に振った。肩を掴んだオットーの手は、まだ少年のもので、ガイウスの力強い腕に比べてあまりにも頼りなかった。
「無理よ、オットー……私には……」
こんなことで弟を苦しめたくない。
そのときガイウスが、珍しく甘い低音で言った。
「ハリエルから手を離せ。ハリエルは俺の番だ。お前では守りきれない」
「守る?……姉さん苦しめてるだけじゃないか!」
「それでも俺は……この手からは離せないんだ……俺にはもう、それしかできない」
「姉さん……本当にそれでいいの?」
私は小さく首を振る。
「本当は、よく分からないの。どこから間違ったんだろうって、今はただ考えてしまう」
オットーが絶望と怒りの混じった表情で部屋を出て行く。ガイウスはそれをじっと見送った後、私の頬にそっと触れた。
「つらいか?」
私は答えない。ただ、彼の腕の温度に縋ってしまいそうな弱さを、心の底で恐れていた。
「……必要なら、ずっとこうしていよう」
もう何も考えたくなくてガイウスの胸に身体を預けた。
その温度に、情けなくもほっとしてしまう自分がいた。
それが本能かどうかなんて、もう考えることすら億劫だった。
ガイウスは嬉しそうに私を抱き寄せ尻尾を振る。
「ハリエル愛してる」
額に落ちるキスが、ひどく熱く、どこか優しかった。
私もおかしくなってしまったのだろうか。
「姉さん!大丈夫なの?体調が悪いって聞いたけど……」
オットーの表情が曇る。
私の髪は乱れ、目の下には寝不足の影、そのわりに朝食の銀食器だけが空しく輝く。
「どうしたの、顔色悪いよ。何かあったの?ガイウスさん、姉さんに何を……」
ガイウスは、まるで何事もなかったかのように嘘を吐く。
「ああ、少し体調が悪くてな。だがもう大丈夫だ」
「本当に……?昨日まで普通だったのに……」
オットーが私の手を握る。その温かさに、私は涙が出そうになった。
「心配かけてごめんなさい。もう平気よ」
「平気なもんか!ガイウスさん、あんた、姉さんに何したんだ!」
オットーの怒声が部屋に響く。彼は私を庇うように、ガイウスの前に立ちはだかった。
ガイウスは静かに、ただ冷たい、全てを見透かしたような目で、必死に威嚇する少年を見下ろしている。
「俺は、俺の番を愛しているだけだ」
「これが愛だって!?じゃあ姉さんはなんでこんなにやつれてるんだ!」
するとオットーは机を叩き、声を揺らす。
「姉さんを部屋に閉じ込めてるって皆言ってる!馬鹿げてるよ、ガイウスさん。こんなの許されない!」
「ハリエルを閉じ込めているんじゃない。……俺はただ、俺の番を他の男から守っているだけだ」
「だけど、姉さんが辛そうにしてるのは分かるだろう?愛してるならどうしてこんな酷いことをするんですか?」
ガイウスは少し間を置き、鋭い目でオットーを見た。
「お前にはわからないかもしれない。けれど、この国で番を持つということは、一生かけて守る覚悟を決めるということなんだ」
「……それが、姉さんを縛り付けて泣かせる理由にはならない!」
「もう出ていけ。この家のことは、俺の決める。ハリエルは俺の妻だ」
「ふざけるな!姉さんを返せ!こんなところからは、僕が連れ出す!」
オットーが私の腕を引いた、その時だった。
「無駄だ、オットー君」
ガイウスの声は、氷のように冷たかった。
「君は何も知らない。……いや、君の両親やハリエルが、君に何も教えていなかっただけか……」
「何のことだよ……」
「そもそもハリエルは結婚に同意してなかったし、俺が無理やり番にしたんだよ。そしてそんな男に君のご両親はハリエルを嫁がせたんだ」
オットーは明らかに動揺し始めた。
「やめて……ガイウス」
この子にこんな話は聞かせてくない。一生知らなくて良い。
「どういうことだよ。無理やり……番に?どうしてそんな男に父さんは姉さんを嫁がせたんだ!!」
怒り狂うオットーを尻目にガイウスは冷静に告げる。
「君のご両親はそこそこ結納金と借金の肩代わりを申し出れば簡単に結婚を認めてくれたよ。ハリエルを俺から奪うってことはそれを全部返してくれるってことだよね?できるの君に……」
「なんで……そんな」
オットーの顔から、血の気が引いていくのがわかった。
彼の瞳が、信じられないというように、ガイウスと私の顔を交互に見る。
「そん……な……嘘だ……姉さん……?」
私は、何も答えられなかった。ただ、静かに頷くことしか。
「君では、どうにもできない。君の正義感も、姉を想う気持ちも、契約の上では無力だ。……彼女は、もう俺のものなんだよ」
ガイウスは崩れ落ちそうになるオットーの肩を叩き、静かに言い渡した。
「それでも、君がここにいたいというなら、客人としてもてなそう。だが、これ以上俺たちのことに口を出すな。……いいね?」
「それでもっ……姉さんの気持ちが大事だろ!人の幸せって、自由とか愛とか、そういうのが一番じゃないのかよ!」
自嘲するようにガイウスは笑いながらオットーに語りかける。
「お前には分からんだろうな。獣人にとっての番に受け入れられないのがどれだけ苦しいか……本人に逃げられても、嫌われても離れるなんて考えられないんんだ」
「いかれてる!姉さん、エヴァンスに戻ろう。僕が……何とかしてみせるよ!」
私は首を横に振った。肩を掴んだオットーの手は、まだ少年のもので、ガイウスの力強い腕に比べてあまりにも頼りなかった。
「無理よ、オットー……私には……」
こんなことで弟を苦しめたくない。
そのときガイウスが、珍しく甘い低音で言った。
「ハリエルから手を離せ。ハリエルは俺の番だ。お前では守りきれない」
「守る?……姉さん苦しめてるだけじゃないか!」
「それでも俺は……この手からは離せないんだ……俺にはもう、それしかできない」
「姉さん……本当にそれでいいの?」
私は小さく首を振る。
「本当は、よく分からないの。どこから間違ったんだろうって、今はただ考えてしまう」
オットーが絶望と怒りの混じった表情で部屋を出て行く。ガイウスはそれをじっと見送った後、私の頬にそっと触れた。
「つらいか?」
私は答えない。ただ、彼の腕の温度に縋ってしまいそうな弱さを、心の底で恐れていた。
「……必要なら、ずっとこうしていよう」
もう何も考えたくなくてガイウスの胸に身体を預けた。
その温度に、情けなくもほっとしてしまう自分がいた。
それが本能かどうかなんて、もう考えることすら億劫だった。
ガイウスは嬉しそうに私を抱き寄せ尻尾を振る。
「ハリエル愛してる」
額に落ちるキスが、ひどく熱く、どこか優しかった。
私もおかしくなってしまったのだろうか。
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