【完結】婚約破棄されたら執着獣人閣下に無理やり番にされたので利用し尽くしつくします~運命の番といわれ溺愛されても信じられません~

たるとタタン

文字の大きさ
60 / 69

60話 試す

リラが帰った後、応接室には紅茶の甘い香りと、長い沈黙だけが残った。

私は一人、冷めかけたカップを指でなぞりながら、彼女の言葉を反芻していた。

『彼らは私たちに勝手に溺れてくれるんだから、利用しやすいカモってこと』

(カモ、ね……)

そんな風に考えたこともなかった。ただ、この息苦しい生活から逃げ出すことばかり。

でも、リラは言った。どうせ逃げられないのなら、私を閉じ込めているあの男を支配してしまえばいい、と。

(私に、そんなこと……できるわけない)

反発ばかりしてきた私が、今更どうやって彼に甘えろと言うのだろう。

あの男に媚びを売ることを考えただけで、肌が粟立つような、気色の悪さを感じる。

「ハリエル……」

静かにドアが開いて、ガイウスが心配そうに顔をのぞかせた。

リラと会って、また私が不安定になったのではないかと、探るような目をしている。

いつもなら、このまま顔を背けて、口を閉ざしてしまうところだ。

(……試してみる、だけ)

私は震える息をそっと飲み込み、意を決して顔を上げた。

そして、ほんの少しだけ、口角を上げてみせる。

「……お茶会、とても楽しかったわ。ありがとう、リラを呼んでくれて」

私の穏やかな、そして予想外であろう感謝の言葉に、ガイウスの肩からふっと力が抜けるのが分かった。

彼の尻尾が、戸惑うようにゆっくりと揺れる。

「……そうか。お前が、その……楽しめたのなら、よかった」

彼はまだ、どう接していいか測りかねているようだった。

私の隣まで来ると、何か言いたげに口を開きかけては、閉じる。

その大きな体に似合わない、こちらの機嫌を探るような不器用さに少しイラッとした。

けれどリラの言葉が再び頭をよぎる。

『頼られると、すごく優しくなる』

私は勇気を振り絞り、彼の硬い革鎧の袖を、ほんの指先でつまんだ。ビクッと、彼の体が震える。

「ねえ……ガイウス」

「な、なんだ?」

いつもと違う私のアプローチに、彼の声が少しだけ上ずる。

その反応が、なぜか少しだけ、私の心を軽くした。

「あのね……少しだけ、お願いがあるのだけれど……聞いてもらえないかしら?」

わざと、消え入りそうな声で。少しだけ潤んだ瞳で、彼を見上げる。

私にだって、これくらいの演技はできる。

「――お願い?」

ガイウスは警戒して少し身を固くした。この部屋から出たい――そんな言葉が来るのでは、と身構えているのだ。私は少しだけ微笑んだ。

「ケーキが食べたいの。昨日リラと話してたら、無性に甘いものが欲しくなっちゃって……」

彼の表情が、一瞬きょとんと固まり、それから信じられないというようにほのかに緩んだ。

心の中で悪態をつきながらも、作戦が功を奏していることに、少しだけ口元が緩む。

「ケーキ?」

「そう。久しぶりに……あなたと一緒に、ゆっくりケーキ食べてみたい」

ガイウスは思わずしっぽを揺らし、大げさなほど嬉しそうな顔になる。

「……わかった。すぐにでも買ってくる。いや、厨房に作らせてもいいし、どんなのがいい?果物のタルト?生クリーム?お前が好きな味を、なんでも言ってくれ!」

いつもとは違う前のめりなガイウス。その反応に、私はくすりと笑ってしまった。

「じゃあ、今日は一番生クリームが多いやつ。あと……食べさせてくれる?」

「俺が、ハリエルに?そんなことをお前から言ってくれるなんて……」

「うん。あなたの手で、一口ずつ……」

その瞬間、ガイウスの耳がぴんと立ち、尻尾はさらに勢いよく揺れた。

感動に打ち震え、照れ隠しのようにごまかそうとしても、隠しきれない喜びが伝わってくる。

「もちろん……すぐに用意させる!待ってろ、ハリエル!」

大きな体を弾ませて廊下に消えていく姿に、私は思わずため息をつく。

こんなふうにこの男に迎合していいのだろうか……私はわたしでいれるのだろうか、そんな漠然とした不安がよぎる。

やがて、豪華なケーキを抱えたガイウスが、すごく嬉しそうな顔で戻ってきた。

「ハリエル。たくさん種類があったから全部持ってきた。どれがいい?」

私は無言で、ふわふわのクリームが乗った小さいケーキを指差す。
ガイウスはごく真剣にナイフとフォークを持って、一生懸命切り分けてくれた。

「俺が本当に食べさせていいのか?」

「……ええ」

どうでもいい。ただの演技だ。

どうせこちらが許可しなくても最近はガイウスがいるときは自分の手で食事などしていない。

ガイウスは、大きな手でフォークを持って、優しく、たどたどしく私の口元へケーキを運んでくる。

私はおとなしそうに口を開けて、その一口を受け入れた。

「どうだ?」

「……おいしいわ。ありがとう」

それだけ伝えて、微笑みを浮かべてみせる。

ガイウスはまるで世界一幸せそうな顔で、満足げに尻尾を揺らしている。

(やっぱり単純。しっかり“ご褒美”を与えて、機嫌を取ってやれば……案外外に出るのもあっさり許してもらえるのかも)

私は頭の片隅で冷静にそんな計算をしていた。

いつも反抗的だったわたしが甘えてくる様子に、ガイウスは警戒を緩め、部屋の空気もなんとなく和らいでいく。

まだ別にガイウスを許したわけじゃないし、私の心が本当に柔らかくなったわけでもない。

けれど、リラの言う通りもう逃げられないのならこの男を上手く使うしかないのだ。

この男に私は譲歩したんじゃない。この男を利用するために態度を変えただけ。

ケーキの甘さが口に広がる間、そう思うことで心の中で自分が持っていたプライドと折り合いをつけた。























感想 1

あなたにおすすめの小説

【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜

こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました! ※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)  狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。  突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。  だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。  そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。  共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?  自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。

「偽聖女」と追放された令嬢は、冷酷な獣人王に溺愛されました~私を捨てた祖国が魔物で滅亡寸前?今更言われても、もう遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢フィーア・エメラインは、地味で効果が現れるのに時間がかかる「大地の浄化」の力を持っていたため、派手な治癒魔法を使う異母妹リシアンの嫉妬により、「偽聖女」として断罪され、魔物汚染が深刻な獣人族の国へ追放される。 絶望的な状況の中、フィーアは「冷酷な牙」と恐れられる最強の獣人王ガゼルと出会い、「国の安寧のために力を提供する」という愛のない契約結婚を結ぶ。

【完結】 「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります

廻り
恋愛
羊獣人の伯爵令嬢リーゼル18歳には、双子の兄がいた。 二人が成人を迎えた誕生日の翌日、その兄が突如、行方不明に。 リーゼルはやむを得ず兄のふりをして、皇宮の官吏となる。 叙任式をきっかけに、リーゼルは皇帝陛下の目にとまり、彼の侍従となるが。 皇帝ディートリヒは、リーゼルに対する重大な悩みを抱えているようで。

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (毎日21:50更新ー全8話)

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

復讐の悪女になるはずが、天使系義兄からピュアな執着と溺愛で邪魔されてます!

鈴宮(すずみや)
恋愛
 サウジェリアンナ王国の王女エルシャは、不幸だった前世の記憶を持って生まれてきた。現世ではみんなから愛され、幸せになれると信じていたエルシャだったが、生後五ヶ月で城が襲撃されてしまう。  絶体絶命かと思いきや、エルシャは魔術師の男性から救出された上『リビー』という新たな名前を与えられ、養女として生きることに。  襲撃がジルヴィロスキー王国によるものと気づいたリビーは、復讐のため王太子妃になることを思いつく。けれど、義理の兄であるゼリックがあまりにもリビーを溺愛するため、せっかく王太子アインハードに近づくことに成功しても、無邪気に邪魔され計画がうまく進まない。  ゼリックの干渉を減らすためリビーは彼の婚約者を探したり、ゼリック抜きでアインハードとお茶をして復讐を成功させようと画策する。  そんな中、十六歳に成長したリビーはアインハードと同じ学園に入学し、本格的なアプローチを開始する。しかし、ゼリックが講師として学園へ来てしまい、チャンスをことごとく潰されてしまう。 (わたしは復讐がしたいのに!)  そう思うリビーだったが、ゼリックから溺愛される日々はとても幸せで……?

「俺にしがみつくのはやめろ」と言われて恋が覚めたので、しがみつかずにリリースします。相容れないとほざくあなたは、今、私に捨てられましたわ

西野歌夏
恋愛
前世でフラれた記憶を思いだしたフローラ・ガトバンは、18歳の伯爵令嬢だ。今まさにデジャブのように同じ光景を見ていた。 エイトレンスのアルベルト王太子にまつわるストーリーです。 ※の付いたタイトルは、あからさまな性的表現を含みます。苦手な方はお気をつけていただければと思います。 2025.5.29 完結いたしました。