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新宿にて、大場華南子と合流するの巻

∞5

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「あのっ、トシさんと華南子さんって、お付き合――――」

「ご注文のパフェお持ちしましたー」
「わぁ~い! きたきたぁ~」

 大きなパフェが届いた。

「ん~おいしいぃ~っ!」

 華南子がそのセリフ通り、おいしそうに頬張っている。

「で、俺と大場さんがなんだって?」
「……なんでしたっけ、エヘヘ……」

(私のヘタレ~~~~~~~~~~~~っ――――!!!!)

 聞けなかった。
 ここにきて、持ち前のコミュニケーション能力の不足が邪魔をした。

(うう……情けない、自分の弱さに涙がちょちょぎれるよ……)

 店員さんが伝票を置いて忙しそうに去って行く背中を恨めしく眺めながら、芽菜子は心で泣いた。
 ちなみに、パフェをここで頼んだのは華南子だけだ。

「そういえば、大場さんは何も買わなかったのか?」
「ぅん?」

 ちょうどスプーンを口に入れた華南子が、トシの問いに唸る。
 パフェは山のようなソフトクリームを、山崩しのように横から穴を開けられ始めているところだった。

「うん、メーナちゃんがお会計してる時に、旦那用のおみやげは買っておいた。バッグチャーム」
「だだだだだだっ旦那!?」
「何でメーナちゃんそんな驚いてんの? ウケる」

 芽菜子は思わず飲んだコーヒーを戻しそうになって咽た。
 華南子が既婚者だとは、全く予想だにしていなかったのだ。

「華南子さん、ご結婚されてたんですか……っ?」
「そだよー、子供はいないけど」
「へ、へー」

 華南子の見た目は、とても若く見える。
 メイクの影響も大いにあるが、芽菜子の推定では二十代前半。二十代前半でも、結婚している女性はいるだろうが、ロリィタファッションを愛好している人間は、独り身が多いという先入観があった。

「えっと、華南子さんの旦那さんって、どういう人なんですか?」
「うちの旦那はねー、うーん、すごい気を遣ってくれるかなぁー?」
「優しい方なんですね」
「まあね、こーんなあたしでも結婚してくれるくらいだし!」

 そこは否定できない。
 芽菜子は恋活マッチングアプリに登録するための前情報として、ロリィタファッションは男性ウケがあまりよくないらしいということを知っていた。
 だから、もしそこでトシと出会うことがなければ、ロリィタファッションで竹下通りを歩く、という夢はそれこそ夢物語で終わっていたのだ。

(そっか、このファッションに理解を示してくれる人もいるんだ。私のお父さんだったら……口きいてくれなくなるかな。でも、買っちゃったし……着たいよ、そりゃあ)

 床に置くのも気が引けて、狭いのにソファの上に、自分の背中に感じるように置いていある紙袋。これは実家には持って行けないと思う。

「あの、華南子さん! ロリィタさんのお知り合い多い、って言ってましたよね?」
「多いわけじゃないけど、つながってる人はいるよ」

(会ってみたい……! ほかのロリィタさんが、どうやって暮らしてるか、知りたい!)

 原宿では、トシが芽菜子とラフォーレを回って楽しかったと言ってくれた。今日のトシは独りで買い物をしていたけれど、普段はああやってショップを回っているのだろう。
 芽菜子も、今日は華南子がいてくれて助かった面もあったし、学んだ面もあった。
 そういった経験をもっと、もっとしたい。

「私もロリィタさんのお友達、作りたいです! どうしたらできますか?」

 しかし、華南子は「え~」と言って首を捻る。

「そういう趣味の繋がりとかって、今の時代若い子の方が作り方知ってるんじゃないの?」
「……え? し、失礼を承知でお聞きしますが……華南子さんって、おいくつ……?」
「あたし、三十五だよー!」

 アラフォー、だ。いわゆる。

「み、見えなかったです……すみませんッ!」

 芽菜子は全力で頭を下げた。それはもう額を赤く染めるほどに、テーブルに突っ伏した。

「全然構わないよぉ~。背もちっさいから、よく中学生に間違われるし」

 豪快に笑うとピンクのボブカットが揺れた。
 華南子のこの懐の広さや気配りは、人生経験からくるものだったのだ。

「大場さんは俺の通う美容室の担当さんなんだ。俺もよくいろんな話を聞いてもらってる。こんなだが」
「こんなって言うな! こんなってッ!」

 適切なタイミングで聞けなかった自分もアレだったが、もう少し早く知りたかった。
 芽菜子は元気よくツッコむアラフォーに、意識を改めた。

「とか言っても、あたしもメーナちゃんのことよく知らないまま来ちゃったんだけどね。トシくんがさ、珍しく誰かと原宿行くって言うから何事かと思ったら、マッチングアプリで出会った初対面の十代と行ったって言うじゃん? もうビックリして、美人局かと思っちゃったよぉー」

 やはり豪快に笑う華南子だが、芽菜子とトシはなんとなく笑えなかった。二人同じタイミングでコーヒーをすすることになる。

「とまあ、そういうことであたしが急遽きゅうきょ出張っちゃってわけで……なんかごめんね、メーナちゃん」
「いえ、私も軽率だったなとは思うので……」
「それはいいの、軽率なのは友達いないトシくんだから!」

 トシはもう一度コーヒーをすする。

(確かにトシさんに甘えすぎてたかも。外から見たら、なんて考えてなかった私も悪いよな……そんなことにならないためにも! 早くロリィタのお洋服を着こなして、トシさんの横に並べるようにしないと!)

 気合を入れなおす芽菜子を横に、再度パフェの取り崩しにかかる華南子。ゆっくりとソフトクリームとフレークをすくい取る。

「おせっかいしたなあとは思うけど、でも今日はメーナちゃんと会えて楽しかったよー。若いロリィタの稚魚なんて滅多にリアルで会えないからさ」
「その稚魚ってなんなんです?」
「ロリィタになりたいけど、まだデビューしてない潜在的ロリィタさん? って意味かなぁ」

 ショリショリとフレークを咀嚼。温かいコーヒーといっしょに飲み込む。
 動くと元気いっぱいで、表情豊かで、はきはきとした物言いの華南子だが、座ってものを食べていると、なんとなくハムスターや小動物の姿と重なって見えてくる。

「そんな貴重な存在を、人当たりのあんまり良くないトシくん一人に任せるのも心配だったし、単純にどんな子がロリィタに興味持ってくれたんだろう、っていうのも気になったし……まあ体が動いちゃったよねぇー」
「何も考えずノリで来たわけじゃなかったんですね、大場さん」
「今日に関してはトシくんに言われたくないなあ? いえいいえーいっ」
「ぐ……」

 原宿ではあれだけ大人に見えたトシが、華南子の前では子供のように言い負かされているのが変な感じだ。
 華南子は気を遣って先回りをするタイプのようだが、しゃべり方と雰囲気でだいぶ中和されて本質が遅れて伝わって来る。不思議な女性だ。

「まあでも、トシくんにガチ恋みたいな感じじゃないのはホントに安心したわ~あっはっはっは」
「それは絶対ないです」

 トシが小さくうめくように反論した。それに対しては、華南子は意味深な視線を送るばかりで、芽菜子にはそこに何があるのかはわからない。

「あの、トシさんのことは師匠だと思ってて、これからも会ってお出掛けしたり、メッセやりとりして、仲良くしていきたいんです。あ、あの……出来たらいいなあって思ってます……」
「うん、わかってるよ」

 結構勇気をもって口にしたつもりだったが、あっさりと華南子に肯定されて、芽菜子は逆に次の言葉が出て来なかった。思いのほか華南子の声が優しくて、きゅっとつながれた手に温もりを感じるような、そんな声だった。

「仲良くしてあげてね」
「はいっ、こちらこそ!」

 隣で微笑む彼女は、メイクの奥で包み込むようなおおらかな瞳をしていた。

「いや、何で大場さんが俺の母親みたいな感じになってるんですか」
「まーいいじゃんいいじゃんっ! いえいいえいっ」




 アパートの階段を上りきり、見えた自分の部屋のドア。
 今日はしっかりと鍵の入ったがま口を握りしめて、その前に立つ。
 ガチャリ、と古典的な音を立てて、芽菜子は今日も過酷な大学から帰還した。

「ふぃー、つっかれた……ただいまー誰もいないけど」

 大学の授業の後、最寄り駅近くでバイトを始めた。学校の空き時間にもねじ込む。独り暮らしをしながらの学生生活はなにかと金が入用なので、体力ある限りはその日々を繰り返すつもりだ。

 部屋はワンルームで、なにか特徴があるわけでもない。
 けれど、備え付けのクローゼットには、あのお洋服がある。

「うふふ……着るわけじゃないけど、毎日見ちゃう! あー早く着てお出掛けしたいなあ!」

 特に用も無くクローゼットを開けては、新宿で購入したジャンパースカートを何度も飽きずに眺めた。それだけで疲れが吹っ飛ぶ気がした。

「ていうか、誰も見てないんだし……着ちゃってもいいのでは?」

 実はまだ袖を通していない。
 それどころか、勿体もったいなくてショップのタグも切っていない。

 クローゼットには新品同様に輝きを放つジャンパースカートが下がっており、ロリィタファッションを専門に扱う中古ショップで手に入れたブラウスも並んでいた。
 そこにあるすべて、今身に纏えば芽菜子はロリィタさんになれるのだ。

「い、いや! 着るのは、本番のロリデの日って決めたんだから……! まだ我慢!」

 誰かと約束したわけでも、神に誓ったわけでもないのだが、芽菜子は今度トシと華南子とロリデをする当日に、このお洋服に初めて袖を通すことを決めていた。
 本当に何でもない事なのだが、当人にとっては大切な儀式なのだ。

「ぐぅ……でも、ウエスト太ったかもしれないし……ちょっとだけ、ブラウスだけでも、着ないにしても体に合わせるだけ……」

 まるでお預けされている犬のしつけだ。
 今にもよだれが垂れそうな気持ちをねじ伏せては、お洋服の輝きに目がくらむ。抗えない吸引力に視線が持って行かれる。

 その時――ピンポーン。
 インターホンが鳴った。

「うぇっ!?」

 驚きのあまり謎の言葉が飛び出る。
 越してからの方、来客は初めてだ。

(うちのインターホンこんな音だったのか……じゃなくて、こんな時間にいったい誰が……?)
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