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聖女ヤマダ
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旅の恥は掻き捨て。
ここ数回の異世界生活は、どうせ一年で日本に戻るなら、それまでの間、いかに快適に過ごすかという点に徹していた。
それが、まさか全て同じ世界だったなんて……
毎年毎年、異世界に飛ばされるだけでもうんざりなのに、どこまでクソなのか。
同一世界ならもうちょっと考えて行動したっての。
毎回、違う名を名乗るとか。
「ヤマダ、と申します」
悪態を呑み込み、大人しく返事を待っているパーヴェルを見もせず告げる。
「ヤマダ様、不思議な響のお名前ですね。ですがどこか、懐かしいような気もいたします」
うん、それ一年前も聞いた。
『ナコ。不思議な響きの名前ですね。ですがどこか、懐かしいような気もいたします。……ああ、そう言えば昔、祖父が飼っていた猿がそんな名前だったような。シンバルが好きでしてね。とても愛らしかったのですよ』
知るか! 猿と同じ名前と気づいて馬鹿正直に口にするとか正気か。黙ってろ!
賢王の二つ名で呼ばれた完璧な男パーヴェル。彼は時々、抜けていた。ひょっとしたら本来、彼は人の感情に興味がない類の人間なのではないかと思う。だから、自分の発言を聞いて、相手がどう感じるか考えない。
もっとも、人心を読むことが必須な政治の場では、そんな一面を完璧に隠していたけれど。
自覚ある煽りか、無自覚の失言か。バツィンにいたときは度々悩んだものだ。
会談が行われる辺りは補修にも力が入っているらしい。
欠けた箇所などなく、石造りの廊下は美しく磨き上げられている。
長い長い廊下の突き当たりに、重厚な両開きの扉が待ち構えていた。
先導の兵士が重そうなその扉を開ける。
荘厳な白い石造りの室内。
高い天井からは、幾重にも輪を連ねて光る装飾魔光球シャンデリアが吊るされ、空間を照らす。
窓という窓には精巧なステンドガラスが嵌め込まれ外の景色は見えない。
部屋の中央には、飴色に磨かれた大きな円卓。その円卓を囲むように五人の男が座っていた。
左手奥から順に、顰めっ面の偉丈夫、優しげな風貌の青年、弦楽器を携えた伊達男、眼鏡と狐目が特徴的な優男、フードを目深に被った不審者。
五人の視線が、一斉にこちらに向く。
私は部屋の入り口でぴたりと足を止めた。
体が入室を拒否したのだ。
かつて私は六度この世界を訪れている。
そのいずれでも様々な出会いがあった。
きっかり一年後に必ず別れに繋がる出会いだ。
しかし、そうとまだ知らなかったころ、私はこの世界で出会った人と初めて恋をした。安らぎを得た。笑顔を思い出させてくれた。
そうと悟ってからも出会いはあって……生きるすべを学び、利用することを覚え、生きるためと割り切れるようになった。
六度の召喚で出会った六人の男性。
かつての恋人たち……
その六人が全員揃ってるってどういうこと!!!!??
時の流れのせいで、少しばかり面差しは変わっているけれど、間違えようがない。彼らは皆、鮮烈な印象を植え付けた。
フードの不審者は言わずもがなナルヒだし、狐目の眼鏡は処世術の達人ダニエル。今にも楽器をつま弾きそうなのはサルヴァトーレ。見るからに優しそうなのはカミーユ、偉丈夫は少年の面影が綺麗さっぱり消えたアレクシスだ。
これを悪夢と言わずして、なにを悪夢と言えるだろう。
動きを止めた私に注がれる無遠慮な視線。
今すぐこの場から逃げ去りたい。
だが、ここは海に浮かぶ孤島。逃げ道はどこにもない。
「いかがなさいましたか?」
パーヴェルの声に、我に返る。
「なんでもありません」
澄ました声で答えると、私は足を踏み出した。
案内されたのは部屋の再奥。上座だ。
扉から一番遠く離れ、ますます逃げ道を断たれた気分になる。
パーヴェルとナルヒの二人にさえばれなければいいと思っていたのに。一気に三倍の六人になった。人数で言えば三倍なのに、難易度は数百倍増した気がする。
パーヴェルのエスコートで座った椅子は、王たちの会談に相応しい豪華な造りだ。机と同じ飴色の木造りで、背もたれと座面にはベルベットのような滑らかな赤い布が貼られている。
今まで生きてきて、これほどに座り心地の悪い椅子に座ったことはない。
張り付くような視線を受けながら、私は居住まいを正した。
「待たせました。我が名はヤマダ。神より使わされ、六王の会談を見届けに参りました。どうぞ、私に遠慮せず忌憚なく意見を出し合ってください」
私がそう言って開会を宣言すると、アレクシスは眉間の皺を深め、カミーユは憂いの表情を浮かべ、サルヴァトーレは面白そうに笑い、ダニエルはただでさえ細い目をさらに細めた。フードを被ったナルヒの表情はさっぱり見えず、パーヴェルは私ではなく、王たちの反応を伺っているようだった。
もしも、私だとバレたら皆はどんな反応をするのだろう。
ほぼ一年を共に過ごし、心を交しあったのに、何も言わず姿を消したのだ。
どう考えても心証は悪そうだ。
実際、パーヴェルには結婚詐欺師扱いを受けたし……
他の五人も似たり寄ったりな反応になりそうで恐ろしい。
いや、でも、大枚をはたかせたのはパーヴェルだけだ。
ナルヒの元で過ごした時は、主に食っちゃ寝の自堕落な生活を送ってはいたが、何かをプレゼントされたことはない。
アレクシスとはお互い子供だったし、何より帝国軍とのドンパチの只中だった。もらったのは武器と防具ぐらいだ。もちろん武器や防具は安くないが、私とて命がけで戦ったわけだし、十分にペイできただろう。
カミーユはその優しさで包んでくれたが、飢饉との戦いの毎日で余裕などなかった。私も鍬を持ったものだ。手にできた豆が潰れた時は痛かった。
サルヴァトーレには寧ろ貸しがある。というか、なぜ彼は会談に楽器を持ち込んでいるのか。
あ、そう言えば、ダニエルに借りたお金、返してないな。
抜け目のない守銭奴であるダニエルのように金勘定をしてから、そうではないとそれらを否定する。
わかっている。
問題は金銭だけではない。
もし、私が彼らの立場なら、勝手に消えた男に怒りを覚えるだろう。
それでも時間が経てばやがてそれは薄れる。
けど、その相手が自分以外の相手にも同じことを繰り返していたと知ったら?
怒りはより大きくなって再燃するに違いない。
会談……一日で終わらないかな……
ここ数回の異世界生活は、どうせ一年で日本に戻るなら、それまでの間、いかに快適に過ごすかという点に徹していた。
それが、まさか全て同じ世界だったなんて……
毎年毎年、異世界に飛ばされるだけでもうんざりなのに、どこまでクソなのか。
同一世界ならもうちょっと考えて行動したっての。
毎回、違う名を名乗るとか。
「ヤマダ、と申します」
悪態を呑み込み、大人しく返事を待っているパーヴェルを見もせず告げる。
「ヤマダ様、不思議な響のお名前ですね。ですがどこか、懐かしいような気もいたします」
うん、それ一年前も聞いた。
『ナコ。不思議な響きの名前ですね。ですがどこか、懐かしいような気もいたします。……ああ、そう言えば昔、祖父が飼っていた猿がそんな名前だったような。シンバルが好きでしてね。とても愛らしかったのですよ』
知るか! 猿と同じ名前と気づいて馬鹿正直に口にするとか正気か。黙ってろ!
賢王の二つ名で呼ばれた完璧な男パーヴェル。彼は時々、抜けていた。ひょっとしたら本来、彼は人の感情に興味がない類の人間なのではないかと思う。だから、自分の発言を聞いて、相手がどう感じるか考えない。
もっとも、人心を読むことが必須な政治の場では、そんな一面を完璧に隠していたけれど。
自覚ある煽りか、無自覚の失言か。バツィンにいたときは度々悩んだものだ。
会談が行われる辺りは補修にも力が入っているらしい。
欠けた箇所などなく、石造りの廊下は美しく磨き上げられている。
長い長い廊下の突き当たりに、重厚な両開きの扉が待ち構えていた。
先導の兵士が重そうなその扉を開ける。
荘厳な白い石造りの室内。
高い天井からは、幾重にも輪を連ねて光る装飾魔光球シャンデリアが吊るされ、空間を照らす。
窓という窓には精巧なステンドガラスが嵌め込まれ外の景色は見えない。
部屋の中央には、飴色に磨かれた大きな円卓。その円卓を囲むように五人の男が座っていた。
左手奥から順に、顰めっ面の偉丈夫、優しげな風貌の青年、弦楽器を携えた伊達男、眼鏡と狐目が特徴的な優男、フードを目深に被った不審者。
五人の視線が、一斉にこちらに向く。
私は部屋の入り口でぴたりと足を止めた。
体が入室を拒否したのだ。
かつて私は六度この世界を訪れている。
そのいずれでも様々な出会いがあった。
きっかり一年後に必ず別れに繋がる出会いだ。
しかし、そうとまだ知らなかったころ、私はこの世界で出会った人と初めて恋をした。安らぎを得た。笑顔を思い出させてくれた。
そうと悟ってからも出会いはあって……生きるすべを学び、利用することを覚え、生きるためと割り切れるようになった。
六度の召喚で出会った六人の男性。
かつての恋人たち……
その六人が全員揃ってるってどういうこと!!!!??
時の流れのせいで、少しばかり面差しは変わっているけれど、間違えようがない。彼らは皆、鮮烈な印象を植え付けた。
フードの不審者は言わずもがなナルヒだし、狐目の眼鏡は処世術の達人ダニエル。今にも楽器をつま弾きそうなのはサルヴァトーレ。見るからに優しそうなのはカミーユ、偉丈夫は少年の面影が綺麗さっぱり消えたアレクシスだ。
これを悪夢と言わずして、なにを悪夢と言えるだろう。
動きを止めた私に注がれる無遠慮な視線。
今すぐこの場から逃げ去りたい。
だが、ここは海に浮かぶ孤島。逃げ道はどこにもない。
「いかがなさいましたか?」
パーヴェルの声に、我に返る。
「なんでもありません」
澄ました声で答えると、私は足を踏み出した。
案内されたのは部屋の再奥。上座だ。
扉から一番遠く離れ、ますます逃げ道を断たれた気分になる。
パーヴェルとナルヒの二人にさえばれなければいいと思っていたのに。一気に三倍の六人になった。人数で言えば三倍なのに、難易度は数百倍増した気がする。
パーヴェルのエスコートで座った椅子は、王たちの会談に相応しい豪華な造りだ。机と同じ飴色の木造りで、背もたれと座面にはベルベットのような滑らかな赤い布が貼られている。
今まで生きてきて、これほどに座り心地の悪い椅子に座ったことはない。
張り付くような視線を受けながら、私は居住まいを正した。
「待たせました。我が名はヤマダ。神より使わされ、六王の会談を見届けに参りました。どうぞ、私に遠慮せず忌憚なく意見を出し合ってください」
私がそう言って開会を宣言すると、アレクシスは眉間の皺を深め、カミーユは憂いの表情を浮かべ、サルヴァトーレは面白そうに笑い、ダニエルはただでさえ細い目をさらに細めた。フードを被ったナルヒの表情はさっぱり見えず、パーヴェルは私ではなく、王たちの反応を伺っているようだった。
もしも、私だとバレたら皆はどんな反応をするのだろう。
ほぼ一年を共に過ごし、心を交しあったのに、何も言わず姿を消したのだ。
どう考えても心証は悪そうだ。
実際、パーヴェルには結婚詐欺師扱いを受けたし……
他の五人も似たり寄ったりな反応になりそうで恐ろしい。
いや、でも、大枚をはたかせたのはパーヴェルだけだ。
ナルヒの元で過ごした時は、主に食っちゃ寝の自堕落な生活を送ってはいたが、何かをプレゼントされたことはない。
アレクシスとはお互い子供だったし、何より帝国軍とのドンパチの只中だった。もらったのは武器と防具ぐらいだ。もちろん武器や防具は安くないが、私とて命がけで戦ったわけだし、十分にペイできただろう。
カミーユはその優しさで包んでくれたが、飢饉との戦いの毎日で余裕などなかった。私も鍬を持ったものだ。手にできた豆が潰れた時は痛かった。
サルヴァトーレには寧ろ貸しがある。というか、なぜ彼は会談に楽器を持ち込んでいるのか。
あ、そう言えば、ダニエルに借りたお金、返してないな。
抜け目のない守銭奴であるダニエルのように金勘定をしてから、そうではないとそれらを否定する。
わかっている。
問題は金銭だけではない。
もし、私が彼らの立場なら、勝手に消えた男に怒りを覚えるだろう。
それでも時間が経てばやがてそれは薄れる。
けど、その相手が自分以外の相手にも同じことを繰り返していたと知ったら?
怒りはより大きくなって再燃するに違いない。
会談……一日で終わらないかな……
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