32 / 122
三流調剤師と反抗期
32
しおりを挟む
途中、朝食の帰りに買っておいた昼御飯を交代でつまみつつ、ハッキ草の仕込みは夕方一歩手前まで続いた。
「やっと終わったー!」
ただ混ぜているだけなのだが、これが意外と疲れる。
「作りすぎじゃないの?」
煮沸した瓶に詰めた、ずらりと並ぶ煎じ薬を見て、ラグナルが眉を顰める。
「これが捌けるんだよね。利益は……少なめだけど」
ホルトンの人はとにかく良く飲む。次の日に仕事が控えていようが飲む。
そこでほとんどの酒場にはハッキ草の煎じ薬のような、二日酔い対策の薬が置かれているのだ。
作っても作っても消費されていくから、いつ売りに行っても買ってくれる。単価は決して高くないが、安定した需要があるのは大きい。
瓶同士がぶつかって割れないように、隙間なく木箱に並べると、括り付けてある紐を肩から下げる。
――重い。
やっぱり作りすぎたかもしれない。
「箱もう一個ねえの? 半分持ってやるよ」
視線を合わせたら負けなゲームは相変わらず継続中なのか、ラグナルはレンガの床を見ながら言う。
「重すぎて落とされたら、せっかく作ったのが無駄になるからな。俺だって鍋混ぜたし……」
今日のラグナルはちょっと乱暴で拗ねやすくて、扱いが難しくて……。昨日までの可愛い屈託のないラグナルを懐かしく感じたこともあった。でも今日は今日で良い変化がいくつもある。こんな風に。
「ありがとう。ちょっと待ってて、すぐ用意するから」
私は物置部屋から、予備の木箱をひっぱりだすと、紐を通した。箱に布を敷いて瓶を分けて並べ、隙間にもボロ布を詰める。
こうして私たちは二人揃って木箱を下げて家を出た。
手は……やっぱり無言で繋がれた。出来れば木箱を両手で支えたいところだけど、手伝ってくれていることを思うと何も言えない。
二人が両手いっぱいに荷物を持たなければならない状況になったらどうするのだろう? いつか、やってみたい、と意地悪な気持ちが湧くが、そのいつかは来ないことは分かっている。
彼は遠からず本来の姿を取り戻す。漆黒に煌めく月光(笑)に、今のラグナルの記憶や想いは受け継がれるのだろうか……
いくつかの酒場を回って箱が空になると、私たちは夕食を食べて帰ることにした。
最初は賑やかな酒場を兼ねた食堂に難色を示したラグナルも、熱々の料理を頬張るうちに、出来立てを店で食べる意義に気づいてくれたようだ。
お腹を満たし、ついでに一杯だけ頼んだお酒で身も心もホカホカとした気分で家に戻ると、そこにはノアとウォーレスがいた。
「おっそい。どこに行ってたのさ」
ノアは両手で体をしきりに擦っている。寒いからか、待たされたからか、機嫌はとても悪そうだ。
「作った薬を売りに。……あと食事と。えーと、どういったご用件で?」
特に約束していた訳でもないのに、責められても困る。
「召喚状が来たと伝えに来たんだ。ついでに飯でも一緒にと思ったんだが、遅かったようだな」
ウォーレスは苦笑いだ。
「それはすみません」
「いや、気にしないでくれ。それより、本当に大きくなってるんだな。キーランから聞いちゃいたが、聞くのと見るのとじゃ大違いだ」
キーランが会ったラグナルから、さらに成長しているから、本当に違うのだと思う。
「昨日から、また大きくなってんじゃないの? っていうか、なんで手を繋いでるわけ? もうそんな子供にも見えないけどー。それともまだ中身はねんねなのかな」
いくら待たされたからといって、八つ当たり的にラグナルをいじるのはやめてほしい。
このままじゃ、また黒魔法の使用許可を求められそうだ。私は繋いだ手に力を込めて、ラグナルを後ろにひっぱって隠そうとした。
しかしその前にラグナルが口を開く。
「ルツに迷惑をかけてばかりのお前に言われたくない」
おお! ラグナルが言葉で言い返した!
こんなところにも成長が……。素直に喜んでいいものかどうかわからないけど。
「へえ、言うようになったじゃん。でも口ばっかり達者になってもねえ」
ノアがスタッフを持つ手を意味ありげに動かしてみせる。
「なんだと! だったらやってやる。黒魔法を使わなくてもお前なんて」
「ラグナル、そこまで。人の家の前で暴れるのはやめて」
簡単に挑発に乗せられてしまうのは、まだ変わらないらしい。……好戦的な本来の性質からくるものじゃなく、成長途中だからだと信じたい。
「ノアも待たせたのは悪かったけど、子供をからかわないでって言ったでしょ」
そんでもって、ウォーレスはどうして笑ってるかなあ。同じチームの年長者として止めてくれよ。じっと睨むと、ウォーレスは頭をかいた。笑いながら。
「いや、悪い。ノアは弟分が出来たみたいで嬉しいんだろ」
ロフォカレじゃ最年少だからな、とウォーレスは視線を優しくしてノアを見る。
「は? なにきもいこと言ってんの。違うから」
ノアは心底嫌そうだけど。
そのノアの弟分扱いをされたのに、何も言わないラグナルの様子が気になって隣を見れば、黒い瞳は私に向けられていた。
目が合うと、これまで見たことがないような強い感情を込めて睨まれる。
ーー私、なにかした!?
ラグナルが何に怒っているのかさっぱり分からない。
私はぎこちなく目を逸らした。そのままウォーレスを見上げる。
「召喚状の件、伝えてくれてありがとうございます」
ラグナルの服や靴も買いたいし、荷造りもしないといけない。何に怒っているか知らないけど、とにかくさっさと話を終わらせて、これ以上こじれる前にノアと引き離そう。
「それでいつ出発なんでしょうか?」
そう問いかけて、聞いた答えは、明日のまだ早朝と呼ばれる時間だった。
いやいや、無理です。荷造りは今晩中にして、ラグナルの服は私のお古を、靴はこのままバートのものを借りていくとしても、乗合馬車がまだ出ていない時間だ。
もしかして城代の元に着くのを引き伸ばすために徒歩とか?
「ああ、足の心配はいらない。うちで馬と馬車を借りていくことになったから」
ウォーレスが私の心配を見越して言う。
「また、よろしく頼むな、イーリスさん」
オーガスタスは言っていた。うちからも人員を出すと。それがウォーレスということだろうか。まさか、キーランのチームが全員行くわけじゃないよね。ちらりとノアを見る。視線に気づいたノアがにまっと笑った。
「よろしく」
そのまさかだったようだ……
「やっと終わったー!」
ただ混ぜているだけなのだが、これが意外と疲れる。
「作りすぎじゃないの?」
煮沸した瓶に詰めた、ずらりと並ぶ煎じ薬を見て、ラグナルが眉を顰める。
「これが捌けるんだよね。利益は……少なめだけど」
ホルトンの人はとにかく良く飲む。次の日に仕事が控えていようが飲む。
そこでほとんどの酒場にはハッキ草の煎じ薬のような、二日酔い対策の薬が置かれているのだ。
作っても作っても消費されていくから、いつ売りに行っても買ってくれる。単価は決して高くないが、安定した需要があるのは大きい。
瓶同士がぶつかって割れないように、隙間なく木箱に並べると、括り付けてある紐を肩から下げる。
――重い。
やっぱり作りすぎたかもしれない。
「箱もう一個ねえの? 半分持ってやるよ」
視線を合わせたら負けなゲームは相変わらず継続中なのか、ラグナルはレンガの床を見ながら言う。
「重すぎて落とされたら、せっかく作ったのが無駄になるからな。俺だって鍋混ぜたし……」
今日のラグナルはちょっと乱暴で拗ねやすくて、扱いが難しくて……。昨日までの可愛い屈託のないラグナルを懐かしく感じたこともあった。でも今日は今日で良い変化がいくつもある。こんな風に。
「ありがとう。ちょっと待ってて、すぐ用意するから」
私は物置部屋から、予備の木箱をひっぱりだすと、紐を通した。箱に布を敷いて瓶を分けて並べ、隙間にもボロ布を詰める。
こうして私たちは二人揃って木箱を下げて家を出た。
手は……やっぱり無言で繋がれた。出来れば木箱を両手で支えたいところだけど、手伝ってくれていることを思うと何も言えない。
二人が両手いっぱいに荷物を持たなければならない状況になったらどうするのだろう? いつか、やってみたい、と意地悪な気持ちが湧くが、そのいつかは来ないことは分かっている。
彼は遠からず本来の姿を取り戻す。漆黒に煌めく月光(笑)に、今のラグナルの記憶や想いは受け継がれるのだろうか……
いくつかの酒場を回って箱が空になると、私たちは夕食を食べて帰ることにした。
最初は賑やかな酒場を兼ねた食堂に難色を示したラグナルも、熱々の料理を頬張るうちに、出来立てを店で食べる意義に気づいてくれたようだ。
お腹を満たし、ついでに一杯だけ頼んだお酒で身も心もホカホカとした気分で家に戻ると、そこにはノアとウォーレスがいた。
「おっそい。どこに行ってたのさ」
ノアは両手で体をしきりに擦っている。寒いからか、待たされたからか、機嫌はとても悪そうだ。
「作った薬を売りに。……あと食事と。えーと、どういったご用件で?」
特に約束していた訳でもないのに、責められても困る。
「召喚状が来たと伝えに来たんだ。ついでに飯でも一緒にと思ったんだが、遅かったようだな」
ウォーレスは苦笑いだ。
「それはすみません」
「いや、気にしないでくれ。それより、本当に大きくなってるんだな。キーランから聞いちゃいたが、聞くのと見るのとじゃ大違いだ」
キーランが会ったラグナルから、さらに成長しているから、本当に違うのだと思う。
「昨日から、また大きくなってんじゃないの? っていうか、なんで手を繋いでるわけ? もうそんな子供にも見えないけどー。それともまだ中身はねんねなのかな」
いくら待たされたからといって、八つ当たり的にラグナルをいじるのはやめてほしい。
このままじゃ、また黒魔法の使用許可を求められそうだ。私は繋いだ手に力を込めて、ラグナルを後ろにひっぱって隠そうとした。
しかしその前にラグナルが口を開く。
「ルツに迷惑をかけてばかりのお前に言われたくない」
おお! ラグナルが言葉で言い返した!
こんなところにも成長が……。素直に喜んでいいものかどうかわからないけど。
「へえ、言うようになったじゃん。でも口ばっかり達者になってもねえ」
ノアがスタッフを持つ手を意味ありげに動かしてみせる。
「なんだと! だったらやってやる。黒魔法を使わなくてもお前なんて」
「ラグナル、そこまで。人の家の前で暴れるのはやめて」
簡単に挑発に乗せられてしまうのは、まだ変わらないらしい。……好戦的な本来の性質からくるものじゃなく、成長途中だからだと信じたい。
「ノアも待たせたのは悪かったけど、子供をからかわないでって言ったでしょ」
そんでもって、ウォーレスはどうして笑ってるかなあ。同じチームの年長者として止めてくれよ。じっと睨むと、ウォーレスは頭をかいた。笑いながら。
「いや、悪い。ノアは弟分が出来たみたいで嬉しいんだろ」
ロフォカレじゃ最年少だからな、とウォーレスは視線を優しくしてノアを見る。
「は? なにきもいこと言ってんの。違うから」
ノアは心底嫌そうだけど。
そのノアの弟分扱いをされたのに、何も言わないラグナルの様子が気になって隣を見れば、黒い瞳は私に向けられていた。
目が合うと、これまで見たことがないような強い感情を込めて睨まれる。
ーー私、なにかした!?
ラグナルが何に怒っているのかさっぱり分からない。
私はぎこちなく目を逸らした。そのままウォーレスを見上げる。
「召喚状の件、伝えてくれてありがとうございます」
ラグナルの服や靴も買いたいし、荷造りもしないといけない。何に怒っているか知らないけど、とにかくさっさと話を終わらせて、これ以上こじれる前にノアと引き離そう。
「それでいつ出発なんでしょうか?」
そう問いかけて、聞いた答えは、明日のまだ早朝と呼ばれる時間だった。
いやいや、無理です。荷造りは今晩中にして、ラグナルの服は私のお古を、靴はこのままバートのものを借りていくとしても、乗合馬車がまだ出ていない時間だ。
もしかして城代の元に着くのを引き伸ばすために徒歩とか?
「ああ、足の心配はいらない。うちで馬と馬車を借りていくことになったから」
ウォーレスが私の心配を見越して言う。
「また、よろしく頼むな、イーリスさん」
オーガスタスは言っていた。うちからも人員を出すと。それがウォーレスということだろうか。まさか、キーランのチームが全員行くわけじゃないよね。ちらりとノアを見る。視線に気づいたノアがにまっと笑った。
「よろしく」
そのまさかだったようだ……
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
717
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる