エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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2 ある七月の暑い夜

五 こうなった理由④

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 結局、カズ先輩を引き止めた。
 やはり人として。
 それぞれシャワーを浴びて、俺はベッドを借りることになった。着替えを持っていたので、半袖短パン。
 カズ先輩は夏用の七分丈の薄手のパジャマを着ている。

「俺はソファで寝るから、安心してね」
「ほんとにいいんですか?」
「いい。気にしないで」

 客用布団などもないので、カズ先輩はクッションを集めて、リビングにある二人掛けのソファで上掛け一枚で寝るらしい。ソファに寝転がって具合を確かめている。
 床がフローリングでラグのひとつも敷いていないので、柔らかい場所はソファしかない。
 だけど、カズ先輩は、百八十センチ以上ある。
 だから、二人掛けのソファから、頭も、長い足も、かなり飛び出る。
 窮屈そうだし、落ちそう。寝返りも打てそうにない。
 俺は百七十センチもないから、頭もしくは足のどちらかは入ると思うんだけど、カズ先輩は、俺にベッドをすすめてくる。断れない。

「おやすみ、タキくん」

 ソファの上で、とても嬉しそうにカズ先輩は言った。
 なんの窮屈さも感じていなさそうな、幸福そうな笑顔だ。

「あのー……エッチさえしないんだったら、一緒でも」

 と言ったら、カズ先輩は、さっそくソファから転げ落ちた。
 言わなきゃよかった。なんてこと言ったんだ、俺。
 床に膝をついたカズ先輩は、神に祈るかのように手を合わせる。

「しない、絶対しない、しません……!」

 そこまで言われると……。
 カズ先輩は慌てて立ち上がって枕をひとつとって、上掛け一枚を持つ。そして寝室に向かいながら、俺の背をぐいぐい押す。
 寝室で、ベッドの端と端に分かれた。
 上掛けも分けて、それぞれが一枚使う。
 カズ先輩のベッドは広くて、ダブルベッドだ。う、頭が……。
 ダブルベッドで事件は起きたんだよな……。
 俺は、少し考えてしまう。
 もしただ普通に、大人になって仲良くなった先輩後輩という関係だったとしたら、こんな風に家に遊びに来て、飲んだり話したりもあっただろうに。
 カズ先輩は目覚ましを掛けたり、明かりを落としたりする。
 オレンジ色の常夜灯が暗く灯る。寝るのに不自由ない程度に調節してくれる。

「タキくん、真っ暗がいい? いつもどうしてる?」
「いつも豆球です。これくらいで」
「空調は、どう? 暑いとか、寒いとか」
「ちょうどいいです」
「ラベンダーの香りは平気?」

 そういえば、ベッドからほのかに香っている。カズ先輩っていつもこのにおいするなと思ってたけど、これ、ラベンダーか。

「リラックス効果……」
「うん。タキくんは大丈夫かなって」
「寝るの最速三秒なんですけど、三秒切るかも……」
「エッチ以外のことだったらしてもいい?」
「いいわけないでしょ!?」
「ごめん、手を繋ぎたいと思っただけ……」

 不覚にも、俺はカズ先輩のその申し出を、少し可愛いと思ってしまった。
 叱られてしょんぼりしてる犬みたい。

「それくらいだったら、いいですけど……」

 泊まらせてくれてるし。
 ネカフェも安くはないんだよね。
 俺は仰向けになって、カズ先輩側の右手を少し向こうにやる。
 すると、カズ先輩はうつ伏せで胸を起こして俺の右手を大切そうに両手でとって、手の甲に口づけた。
 それは許してないよ。

「タキくんを傷つけてごめん」

 あんなことがあったのに、今こうしているなんて、俺は自分のことが不思議だ。
 いや、怒ってはいるけど。詰りたい気持ちもあるけれど。
 だけど、相手がカズ先輩だから、怒るに怒れないし、詰ることもできない。
 それくらい、俺にとってのカズ先輩っていうのは、都会で就職して疲れ切っていて、友達とも疎遠になっていた俺の、大切な知り合いだった。
 やっぱり生活圏が近いと友人関係は続きやすいし、カズ先輩はいつも俺を見つけてくれるし。まあそれは、恋愛感情とかいう、別の目的だったんだけど。
 自分で考えておいて、頭がくらくらしてくる。
 恋愛感情って。
 俺、この人と一緒に寝ていて、本当に大丈夫?

「ずっと好きだった」
「あのー、何でですか?」
「好きな理由? 好きなものは好き」

 女子か。

「高校のときから、タキくんが好きだった。いいなって思ってた」
「なっが……。意味わかんない……」

 そこで、俺は思い返してみる。高校生のときのこと。
 高校一年生で初めて入った委員会だから、十五歳。今は二十四歳だから、九年。
 九年も片想いされるようなことした覚え、全然ない。何したっけ?
 水やり当番は、ちゃんとしてた。
 月曜日の朝に起きるのはすごく大変だったけど。電車通学だったし。都内に通学してて遠かったし。
 カズ先輩はいつも俺よりも先に来て、水やりを始めているんで、時々、俺も負けないように、いつもよりも一時間早起きをしていた気がする。
 でもカズ先輩、それでも先に来てたんだよなあ。
 結局、一度も俺が一番乗りだったことってないや。
 水やり当番以外のときに、偶然会ったりすると、カズ先輩のほうから話しかけてくれたりして、ちょっと嬉しかったっけ。

「タキくん、あのとき、痛かった? ごめんね……」
「え? いや、痛くは……なかったですけど……」

 未知の部分を掘られてる感覚の記憶は、少しずつ薄れつつある。

「あれ? あのとき、タキくんのこと、イかせたっけ。俺」
「えー……、あー、はい、久しぶりだったんで、出してしまったような……」

 そういえば、その後の出来事が衝撃的過ぎたんで忘れてたけど、俺、この人に咥えられて、口の中で出したんだった。
 しかも飲まれた……。

「口でされるのは、好き?」
「へ? いや……わかんないです……」
「恥ずかしがらなくてもいいよ」

 カズ先輩にこういう風に言われたら、落ちない女はいないだろうな。
 だけどあいにく俺は男なんだ……。

「いや、あんまり覚えてないんで」

 なにしろ、その後の出来事が衝撃的過ぎて……。

「寝る前にしてあげようか?」
「待ってください、約束が違うんですけど……!」
「エッチはしない。絶対入れない。タキくんが好きなことをしてあげたいんだ……」

 右手を取られて、きつく握られる。

「タキくんの気持ちいいところ、全部舐めてあげる」

 カズ先輩は手始めに、俺の右手の指を舐め始めた。
 そういう妖怪、いそうだなと俺は思った。
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