元カレが社内で迫ってくる

みつきみつか

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第一章 小会議室、午後十時

一 みんなカップルになぁれ

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 元カレが社内で迫ってくる

 第一章




「高岡を、やれ」

 本社ビル八階。会議室フロア。
 十人掛けテーブルの小会議室。
 金曜日、午後三時。
 総務課の会議において、管理部長は厳粛に命令した。俺の隣に掛けている労務チーム係長が勢いよく返事をする。

「はっ! 承知しました! この結川にお任せください!」

 結川ゆいかわは俺。
 勝手に返事をしないでくれと思いつつ、俺は会議がお開きになり、ふたりになった後、上司である労務チーム係長に確認する。

「高岡って……、まさか台北支社から東京本社に戻ったばかりの、高岡修たかおかしゅう主任のことじゃありませんよね……?」

 係長は欧米人のように肩をすくめた。

「逆に聞くが、社内に他に高岡がいるか? まさに異動して間もない今がベストタイミングだ」

 やっぱりあの人のことか、と俺は内心頭を抱える。

「会社としても、うちの男どもは仕事ばかりで婚期を逃しがちだ。エース高岡には、仕事に理解のある女性と早々に一緒になってもらって、そのうえでしっかり職務に邁進してもらいたい。やつが本社にいるうちに、一気に仕留めよう」

 狩りみたいになってる。
 やるとか、仕留めるとか。
 本日の会議の議題は、昨年、管理部長が企画して発足した、

『社内恋愛推奨! みんなカップルになぁれ!』

 という、時代錯誤甚だしい社内婚活プロジェクトの方針だ。
 昨年、この企画が発案されたとき、年配揃いの役員会は満場一致の大賛成、全社員が失笑、法務が「コンプライアンス……」と渋い顔をし、人事と広報が「漏れたら炎上する」と戦々恐々とし、技術は「なぜ自分たちが婚活アプリの開発を?」と首を傾げ、社内システムが「なぜ自分たちが保守を?」とさらに首を傾げ、その後、労務チームが「なぜ自分たちが管理を?」と首を傾げながら音頭取りをさせられている。
 だが、社内婚活アプリと、社内婚活単発交流イベント開催の二つの柱で、いざ本社を中心とした関東エリアで始めてみると、意外なことに、そこそこ好評だった。
 いわく、恋人を作るべく社内のひとに声をかけるとセクハラになりかねないが、最初から結婚を希望していると話が早いだとか。
 もともと理系技術職が多い職場で、ワークに没頭してライフをおざなりにしがちな人ばかりだ。そんな人たちに企画参加を促したところ、会社に面倒をみてもらえるなら乗るか、と好意的に捉えられたのだ。
 で、この一年弱で二十組のカップルが成立し、五組が婚約に至って式を待ち、一組が結婚出産している。
 出産した一組はちょっと展開が早すぎる。
 そんなこんなで、「燃えたら企画はなかったことにしよう」という空気は徐々に薄れていき、登録者数も上々。
 労務チームは油断することなく手探りかつ慎重に、この企画を進めているわけなのだが――最近、女性陣の登録件数に陰りが見え始めた。
 もとより、弊社は男女比率が7対1、女性が少ない職場なのである。
 そこでテコ入れすべく、白羽の矢が立ったのが、高岡修主任だ。
 なにせ我が社の出世頭で、海外赴任帰りの三十歳、独身。首都圏の国立大卒、百八十センチメートル超え、年収一千五百万円。
 つまり、高身長、高学歴、高収入、くわえてイケメンである。王子様のごとき風貌と所作、抜群のスタイル。とにかく顔面が良い。つよつよ。
 しかも性格が温和で優しく、話し方が柔らかく、落ち着いた低い声音で話されると誰もが腰砕け。
 入社したときは、イケメンのわりに地味だったそうなのだけど、年数が経つにつれ垢抜け、めきめきと頭角を現し、いまやカンストしている。コーポレート系で乗りに乗ってる一人。
 彼が一人、社内婚活アプリに登録すれば、女性社員の新規登録件数はうなぎのぼりに違いない。おそらく女性社員は沸き立つ。
 それどころか、彼を巡って戦争だ。
 俺は訊ねた。

「……高岡主任を、俺が勧誘するんですね」
「ああ、業務命令だ。かならず高岡をものにしろ。部長のお達しだ。なぁに、お前ら仲良かっただろ。国内営業所周りの時期によく一緒になっていなかったか。二人揃ってゴールインはどうだ。お前も登録してるし――お、ちょうどいいところにー!」

 しゃべりながら会議室をふたりで出たとき、そこに、高岡主任が通りがかったのだった。噂をすればなんとやら。

「お疲れ様です」

 高岡主任は、持ち前のきらきら笑顔でにっこり。眩しい。
 係長は「お疲れ様!」と声をかけつつ、俺に対してサムアップ。

「高岡、結川から話があるそうだ」
「結川さんから? いいですよ。なんでしょう」
「よし、結川。社運がかかった一大事案。気張れよ」
「はいっ! ところで、よく考えると、他の男性社員の減少が危ぶまれませんか?」
「大丈夫。あいつらは自己主張しないからな。高岡の婚活参入で一時的にテンションは下がるだろうが、一夫一妻制だから高岡だっていずれ一人に絞る。長期的な視野を持てとでも言っておけば丸め込める。結果的にウィンウィンという算段だ」

 事後対策までばっちりだ。
 ひどい。
 係長は俺を置いて去り、小会議室の前で二人にされてしまった。
 困るよぉ。
 しばらく沈黙。そして耐えかねた俺は言った。

「……………………お久しぶりです」
「お久しぶり。何か用だった?」

 俺が、勧誘するのか……。
『社内恋愛推奨、みんなカップルになぁれ!』に……。
 俺の……元カレを……!?

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