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第四章 屋上、夜
九 好きなひと
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パート社員さん、情報通だな……。
たまにいるよね、いったいどこから仕入れてるの!? ってぐらい正確に事情を把握してるひと……。
「独身だったら彼女持ちでも多少のお遊びにはお目溢しがあるようですが、既婚はさすがにまずいですよねぇ」
「トラブルのもとですねぇ……」
「修羅場だったみたいですよ。昨日」
「ひぇ、そんなことが」
と、こそこそ小声で雑談しつつ。
とりあえず既婚者を登録するのは差し支えるため、俺の登録情報を抹消するべく、パソコン画面でアプリのマイページにログインしてみる。
なにも書いてない、俺の簡素なプロフィール。右下に小さく『登録情報を削除する』ボタンがある。
「受付票を全部埋めてもらって、社内システムに持っていくと、このページができあがるんですよ」
「なるほど」
ま、べつに今わざわざ抹消しなくてもいいか。
受付票をもらって内容チェックして社内システムに持っていくだけだし。システムの概要さえ理解しておいてもらえたら。
「この社内婚活アプリなら、独身しか登録できないからいいですよね」
「もちろん。当然、配偶者がいるひとは登録できません! 既婚者登録不可です!」
「そういえば、結川さんは、幽霊会員なんですか?」
「ええ。男性会員数を下支えしてます!」
「実は、前の部署の人で、結川さんのこと気になってる人がいたんですけど、このアプリでは婚活してなかったんですか?」
「えっ……」
俺は画面操作しながら「そ、そうですねぇ」と考える。
俺だって恋人がいるのに、登録しちゃってる者だ。その意味では、神戸支社長と大して変わらないな。
いや、変わるわ。既婚か未婚かってものすごい差がある。
「えーっと、婚活は……その……する気が起きなくて……」
高岡主任との関係は、ここまでなんだ。
高岡主任と付き合っていて、公表しない限り、俺はこの社内婚活アプリを成婚退会できないし、いつまで経っても独身者として登録できるし、何度だって再登録させられるし、婚活プロジェクトに参加することになるし、いくらでも異動がある。独身は既婚者よりも異動させるハードルが低いから。
俺はストレートのはずだから、女性への興味だって失われたわけじゃない。
だけど、高岡主任との付き合いよりも上回る興味じゃない。結婚したいわけでもないので、現状維持。かといって、公表するのは、リスクがありすぎると思う。俺も高岡主任も。
なにもかも中途半端だな、俺。
俺は訊ねた。
「……登録を消したほうがいいんでしょうか」
俺をイイネしてくれようとする女性がいるとしたら、申し訳ないね。会社命令で人数増やす要員なだけで、俺が登録したくてしてるわけじゃないけど。
「期待してたひとがいるのは確かですよね」
「申し訳ないですね……」
「婚約してるなら退会したほうがいいですよね」
「え? 婚約? 婚約はしてないんですが……」
「え、でもほら。その腕時計」
とパート社員さんに示されたのは、交換した腕時計だ。
先日、高岡主任が俺の手首に自分の長年使っていた腕時計を巻いた。帰るときにちゃんと返そうとしたのに、断られたんだ。
代わりに高岡主任は俺の腕時計を手首につけて、一生大切にすると言っていた。交換したってこと。
俺の腕時計もそこそこいいものなんだけど、こちら、俺のものより大分高そうなんだよな。
でも、断れなかった。
返さずにそのまま使ってる。
高岡主任が、俺が大事にしていた腕時計を愛おしそうに撫でて、心から嬉しそうだったせい。
ずっと欲しかったものを念願かなって手に入れた、というような、幸せそうな笑顔だった。
このひとがこんなに幸せそうなんだったら腕時計の居場所は高岡主任の左手首が正解なのだろうと思ったし、同じだけ、俺も高岡主任の腕時計を可愛がってみせようと思ったんだ。
ふたりの時間が交わっているのが、不思議で、くすぐったかった。
「これは……たまたま……ちょっとしたお遊びなんですが」
「お遊び? これって、結納返しじゃないんですか?」
「いえいえ、ちょっと交換しただけ……」
「えー、この時計をお遊びだなんて。結川さんって見かけによらず、案外ワルですか?」
「まいったな……バレちゃいましたね……」
「貢物レベルですよ。すごく愛されてますよね」
たしかに、高岡主任は俺のことが好きだよ。
「……ですかね」
俺も、高岡さんが好き。
好きなひとがいます、と言えるのっていいな。いまさらだけど、このアプリに登録しているひとたちは、みんな、このひとが、お互いに選んだひとですって胸を張って紹介できるようになるんだな。
俺だって、俺の好きなひとですって言ってみたいね。高岡主任が素敵なひとだという点は全会一致なのに。
でも、公表はしないほうがいいでしょ。そんなのはわかりきったことだ。メリットがないし。
見せてくださいな、とねだられて、腕時計を見せる。彼女は盤の筆記体のブランド名を読みあげた。
「ブレゲ!?」
「へぇ……」
「かっこいい……逆玉……!?」
腕時計に詳しくないからわかんないけど、ブランド名は耳にしたことがあるかも。
「あれ? イイネきてますね」
「え?」
「ほら、ここ」
画面を見ると、通知のところに赤く、1という数字が立っていた。通知1ってことだ。
なにげなく通知内容を確認しにいったら、高岡修から1イイネ。
「!?!?!?」
男女間しかイイネできないはずなのに!?
たまにいるよね、いったいどこから仕入れてるの!? ってぐらい正確に事情を把握してるひと……。
「独身だったら彼女持ちでも多少のお遊びにはお目溢しがあるようですが、既婚はさすがにまずいですよねぇ」
「トラブルのもとですねぇ……」
「修羅場だったみたいですよ。昨日」
「ひぇ、そんなことが」
と、こそこそ小声で雑談しつつ。
とりあえず既婚者を登録するのは差し支えるため、俺の登録情報を抹消するべく、パソコン画面でアプリのマイページにログインしてみる。
なにも書いてない、俺の簡素なプロフィール。右下に小さく『登録情報を削除する』ボタンがある。
「受付票を全部埋めてもらって、社内システムに持っていくと、このページができあがるんですよ」
「なるほど」
ま、べつに今わざわざ抹消しなくてもいいか。
受付票をもらって内容チェックして社内システムに持っていくだけだし。システムの概要さえ理解しておいてもらえたら。
「この社内婚活アプリなら、独身しか登録できないからいいですよね」
「もちろん。当然、配偶者がいるひとは登録できません! 既婚者登録不可です!」
「そういえば、結川さんは、幽霊会員なんですか?」
「ええ。男性会員数を下支えしてます!」
「実は、前の部署の人で、結川さんのこと気になってる人がいたんですけど、このアプリでは婚活してなかったんですか?」
「えっ……」
俺は画面操作しながら「そ、そうですねぇ」と考える。
俺だって恋人がいるのに、登録しちゃってる者だ。その意味では、神戸支社長と大して変わらないな。
いや、変わるわ。既婚か未婚かってものすごい差がある。
「えーっと、婚活は……その……する気が起きなくて……」
高岡主任との関係は、ここまでなんだ。
高岡主任と付き合っていて、公表しない限り、俺はこの社内婚活アプリを成婚退会できないし、いつまで経っても独身者として登録できるし、何度だって再登録させられるし、婚活プロジェクトに参加することになるし、いくらでも異動がある。独身は既婚者よりも異動させるハードルが低いから。
俺はストレートのはずだから、女性への興味だって失われたわけじゃない。
だけど、高岡主任との付き合いよりも上回る興味じゃない。結婚したいわけでもないので、現状維持。かといって、公表するのは、リスクがありすぎると思う。俺も高岡主任も。
なにもかも中途半端だな、俺。
俺は訊ねた。
「……登録を消したほうがいいんでしょうか」
俺をイイネしてくれようとする女性がいるとしたら、申し訳ないね。会社命令で人数増やす要員なだけで、俺が登録したくてしてるわけじゃないけど。
「期待してたひとがいるのは確かですよね」
「申し訳ないですね……」
「婚約してるなら退会したほうがいいですよね」
「え? 婚約? 婚約はしてないんですが……」
「え、でもほら。その腕時計」
とパート社員さんに示されたのは、交換した腕時計だ。
先日、高岡主任が俺の手首に自分の長年使っていた腕時計を巻いた。帰るときにちゃんと返そうとしたのに、断られたんだ。
代わりに高岡主任は俺の腕時計を手首につけて、一生大切にすると言っていた。交換したってこと。
俺の腕時計もそこそこいいものなんだけど、こちら、俺のものより大分高そうなんだよな。
でも、断れなかった。
返さずにそのまま使ってる。
高岡主任が、俺が大事にしていた腕時計を愛おしそうに撫でて、心から嬉しそうだったせい。
ずっと欲しかったものを念願かなって手に入れた、というような、幸せそうな笑顔だった。
このひとがこんなに幸せそうなんだったら腕時計の居場所は高岡主任の左手首が正解なのだろうと思ったし、同じだけ、俺も高岡主任の腕時計を可愛がってみせようと思ったんだ。
ふたりの時間が交わっているのが、不思議で、くすぐったかった。
「これは……たまたま……ちょっとしたお遊びなんですが」
「お遊び? これって、結納返しじゃないんですか?」
「いえいえ、ちょっと交換しただけ……」
「えー、この時計をお遊びだなんて。結川さんって見かけによらず、案外ワルですか?」
「まいったな……バレちゃいましたね……」
「貢物レベルですよ。すごく愛されてますよね」
たしかに、高岡主任は俺のことが好きだよ。
「……ですかね」
俺も、高岡さんが好き。
好きなひとがいます、と言えるのっていいな。いまさらだけど、このアプリに登録しているひとたちは、みんな、このひとが、お互いに選んだひとですって胸を張って紹介できるようになるんだな。
俺だって、俺の好きなひとですって言ってみたいね。高岡主任が素敵なひとだという点は全会一致なのに。
でも、公表はしないほうがいいでしょ。そんなのはわかりきったことだ。メリットがないし。
見せてくださいな、とねだられて、腕時計を見せる。彼女は盤の筆記体のブランド名を読みあげた。
「ブレゲ!?」
「へぇ……」
「かっこいい……逆玉……!?」
腕時計に詳しくないからわかんないけど、ブランド名は耳にしたことがあるかも。
「あれ? イイネきてますね」
「え?」
「ほら、ここ」
画面を見ると、通知のところに赤く、1という数字が立っていた。通知1ってことだ。
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「!?!?!?」
男女間しかイイネできないはずなのに!?
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