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序章■死刑宣告を受けたその日

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   1

「───なんじの死をって、其の罪をあがなうことを許す」

 長い顎髭アゴヒゲの裁判官が、そう告げた。
 汝ってのはどうやら、ボクのことらしい。
 小難し言い方をしているが、要するに死刑ってこと?
 ここは法廷──といっても、傍聴席もない8畳間ぐらいの広さだ。
 裁判官も一人きりで、他には書記官が一人。でもそいつは、東京地裁で何度か裁判傍聴した裁判官とは違い、妙チクリンな黒服を着ている。
 いわゆる法服Court dressってやつだろうか? ピラピラした貫頭衣みたいなアレね。歴史映画や歴史ドラマで見たタイプの、どれとも似ていない。たぶん中世のものなんだろうけれど……。
 フランスの法衣だったら、『ベルサイユのばら』で見た記憶があるんだけどなぁ。首飾り事件で法廷シーン、あったしね。でも他国のだと、サッパリわからない。
 周囲には立会人らしき、腰に剣を下げた騎士っぽい人物もいるが、コッチの服装も自分には何時いつの時代で何処どこの国かも、不明だ。

「あの、待ってください。いったいボクが何をしたと? なんで死刑なんですか?」
「マリオン子爵の御息女が、頭蓋骨を割られた遺体で発見された。すぐ近くに其の方が倒れておった。そして手には、奇妙な鈍器。これ以上、何の疑いがあろうか?」
「いやあの…鈍器って! ただの土器ですよ、ソレ。それもレプリカの」
 裁判官の横の台に置かれた土器を指さし、ボクは必死に抗弁した。
 我ながら、マヌケな状況だ。
 池袋の東急ハンズで購入したレプリカの土器だ。そもそもボクに、それで人を殴って殺せるような腕力、ないってば。よく言うでしょ? 色男、金と力はなかりけりってね。自分で言うなっての。
 ボクは必死の反論を続けた。
「縄文式土器で、人は殺せませんってば!」

「ジョーモンキーシックドゥキ? なんだそれは。そちは衣服も異国の物のようだし、顔つきも東方の民のようじゃのう。妙な言葉で法廷をろうするでない。では其の方以外に、誰が御息女を殺したと申すのだ?」
「知りませんよ、ンなこと! 挙証責任、ボクにはないですってば」
「キョショーセキヌーン? また訳のわからぬ言葉で法廷を愚弄を続ける? 老いたりと言えどもわれは、賢王より法の番人を拝命して二十余年、侮辱するとは不届き千万!」
「いや、そうじゃなくって……」
「処刑は十日後を縮めて七日後、それまで土牢に閉じ込めておけ。水は与えても食事はまかりならん! 以上──」
 ダメだ、話が通じない。
 勝手に侮辱されたと思い、勝手に頭に血を昇らせ、勝手に執行猶予期間を減らしたよ。ハァ……。


   2

 ボク自身のことを、すこォ~しだけ話させてもらえば、職業は物書きだ。
 もうちょっと正確に言えば、推理小説家としてデビューしたけど、1冊目の単行本がまったく売れず。
 2冊目は、未だに、出ていない。
 しょうがないんでミステリ研時代の先輩──鮎川哲也賞デビューの人気作家──のトリックライターをやったりして、こうを凌いでる。あしたくって知ってる? そう、あの人。『十●番●の●審●』とか、面白い作品書いてる人ね。
 他にも、デビューした出版社で知り合った編集者から、イロイロと雑文書きの仕事をもらったりして、なんとか食いつないでいる。最近は、テレビドラマの脚本家から、アイデア出し用スタッフとして、お声がかかったりして。打ち合わせの拘束が長くて、金にならないんだけどさ。

 んで、そんな雑仕事をズルズル続けていたら、11年も経ってしまっていた。時間が経つのは早いねぇ。
 最近では知り合いの編集者に「自己紹介のとき、推理小説家の〇〇ではなく、雑文書きの〇〇ですとか言い出すと、廃業も近いですね」なんてことを、言われたりする。
 うるせぇよ、オマエは飯田橋に新社屋を建てた富士見町の某社の第一編集局第●編集部の副編集長か?
 2冊目が何年たっても出なけりゃ、そりゃ卑屈にもなるよ。自分が悪いんだけどさ。
 そんなボクが、なぜ中世のヨーロッパらしき場所で、死刑を言い渡されているかって?
 それはこっちが聞きたいよ。

 池袋の東急ハンズで資料用の買い物──さっきの縄文式土器ね──をして、昼飯を食おうと馴染みのインドカリー屋へ行こうとしたら、路地裏でバールのようなもので殴られた。
 殴ってきたヤツは背後から「ワイの目ェにジーコ、走っとらんか?」とか、いきなり関西弁で聞いてきて。
「え? はぁ? な…ジーコ?」と戸惑ってたらいきなりゴンッ! パーカーを着て、広島カープの赤い帽子を被った男に。
 ……あ、いや、シンシナティ・レッズかもしれないけど。LAエンゼルスやカーディナルスではなかったのは、確かだ。
 それはともかく、これでも小説家の端くれだよ、ボク。
 ラノベ界隈じゃ、異世界転生ものの作品がそれこそマンボウの卵ぐらい、量産されてるってのは知っている。
 すまん、3億個は言いすぎか。ウナギの卵500万個ぐらい? 辛子明太子の30万個ぐらい? どっちでもいいや。
 でも、まさか自分自身がそうなるなんて。信じられる訳がないでしょ?


   3

 あ、いや待て。
 そもそも異世界転生ってのはあれだ、えない中年サラリーマンが歩いてたらなぜかダンプカーにかれて、中世ヨーロッパみたいな世界に生まれ変わるんだろ? 中世なのにジャガイモのスープが食卓に出るような。
 ほんで、銀髪の美少女で巨乳とか、赤髪で賞金稼ぎの美人剣士で巨乳とか、魔法を使うロリフェイスの巨乳とかに、なぜか一方的にれられてしまうんだろ? 週末にはハーレムなんだろ? この牢屋には、オッサンかジジイしかいないんですけどッ!
 ───逆ギレしても仕方がない。落ち着こう。
 だいたいボク、アラサーのオッサンのまま、こっちの世界に転生しているんですけどォ。
 ……あ、これって厳密には転生じゃないな。
 生きたまま来てるから、異世界転移ってやつ?
 どっちでもいいや。
 いずれにしろ、中学2年生が初めて書いたファンタジー小説のような事態が、我が身に起きているわけだ。信じろと言われても、無理無理カタツムリ。

 ひょっとしたら、ボクは殴られて昏睡状態で、これは夢の途中なのかもしれない。
 ──と思って頬をつねったら痛いし、脇をくすぐったら変な感じだし。息を止めたら45秒ぐらいで苦しくなる。鼻毛を抜いてもやっぱり痛い。やべェ、3本抜いたら1本に白いやつが…。
 どう考えても、はくちゅうとか妄想のたぐいではないと、結論を出すしかない。
 そんで状況に流れ流され、気がついたら死刑判決だ。
 わけがわっかんないよォ!
 自殺願望なんて、生まれてこの方、持ったことがないのに。
 何だってこんな、シチュエーションになってしまうんだ?

 こうしてボクは、土牢にぶち込まれることになった。
 薄暗く、窓もなく、格子は樫の芯の部分。堅い。
 堅くって堅くって、とても脱獄なんかできない。リョービの電動ノコギリがあっても無理だね。ボクの腕のほうが振動に耐えきれず、先にギブアップする。
 振り返ると土牢には、ボクを含めて、5人。
 巨乳の美女はいない。しつこいな、ボクも。
 狭い所に押し込められてるしで、男たちの体臭も、けっこう臭い。この時代は入浴の習慣が、あまりなさそうだ。
 トイレは大きめの木桶がひとつ、牢の隅っこに置いてあるだけで、大小兼用。その匂いもキツイ。肉が主食の人間特有の、鼻の奥にツンとくる臭さってやつ?
 酔っ払ってぶち込まれた目黒署の留置場トラ箱とか、ここに比べれば三つ星ホテルのスイート・ルームだね。

 ただ思ったほど、牢の中はジメジメしていないんだな。
 ここは空気が乾燥していて、生まれ育った神奈川の厚木ほどは、湿度が高くないようだ。
 ではどこが似てるかといえば昔、『北の国から』の取材で出かけた富良野が、一番近いかも。そう、北海道のヘソ。ここって、高緯度地方なんだろうか?
 ひょっとしてスウェーデンとかフィンランドとか? オーロラが見えたりして。だから窓がないから、見えないってば。
 こうやってセルフツッコミをしているのも、死刑判決がショックだったから。小心者なんです。何か考えていないと、不安で不安で。

 どうなっちゃうんだろ、ボク……。



序章■死刑宣告を受けたその日/終
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