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二章

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今日もまた、たった一人きりの冷たい家に一人分の侘しい食事音が響く。

リオンは今日もまた、町に繰り出していた。昨日と同じならば、少なくとも夜が明けて、更に中天近くまで日が昇るまでは帰ってこないだろう。
少女はため息を吐いた。

「寒いなぁ……」

少女が子供を産まないといけないことを町の人々は本当に分かっているのか、と少女はぼろ切れに包まりながら思案した。




リオンがまた町通いを始めて、二か月が経過していた。

最初のころはリオンどこか遠巻きにしていた町の人も今ではすっかりリオンにすり寄るようになっていた。

そもそも、リオンは英雄の為、国から年金が支払われており、粗暴なところに目を瞑れば、金払いの良い顧客であり、太っ腹な友人でもあるのだ。

そうして、リオンから得られるものが大きいと再確認した町の人々、特にリオンの恋人?達は次第にリオンの妻の少女が邪魔になってきた。

あんな少女がいなくても、自分がリオンの子供を産めば良いだけだと、そうすればみすぼらしい少女と違って、ちゃんとした妻の座に座れると思うものが出てきたのだ。

彼女たちは町の人々にそれとなく少女の悪口を広め、もともと灰色の少女に悪感情を抱いていた町の、特に若者は、少女を邪険に扱うようになっていった。

そして現在は支給物資は滞り、商店に買い物に行ってもまともなものはほとんど得られないありさまだった。

この状況に対して、リオンは一切気が付いていなかった。そもそも、少女に興味がないのかもしれない。家に帰ってくるのだって、寝に帰っているだけで少女と一言もしゃべらないこともざらだった。

少女は寒さで途切れ途切れになる意識の中で、ふと彼と出会った時のことを思い出した。

『大丈夫か?』

地獄のような中、その声と掌のぬくもりは、少女にとって光だった。

そのぬくもりに導かれて惰性で生きてきた今も、その思い出だけが少女を支えるよすがだった。

「まだ、大丈夫」

誰に言うでもなく、少女はそっとがらんどうの石の床に呟いた。





「おい、起きろ」

まどろみの中にいたのに、突然強い衝撃が少女の頬を襲った。

うっすらと目を開けると、強いお酒の匂いが鼻を突き、吐き気が込み上げてきた。

「うっ!!」

思わず口を押えた少女の上半身が放り出され、うつぶせに床にぶつかった。

「うぉえー!!」
「うわっきたねぇ!!」

せりだす胃液に涙が出る。滲んだ視界の向こうに、しばらくぶりにまともに顔を合わせるリオンがいた。

「っち、早くかたずけろ、俺は向こうで酒飲んでるから、かたずけ終わったら来い、話がある」

嫌そうに顔をゆがめ去っていく彼の背中を見つめて、心の中の星が一つ瞬いて消えていくのを感じた。

ーーまだ、大丈夫。

寒さでこわばった体をのろのろと動かし、少女は自身が吐き戻したものをえづきながら必死でかたずけた。





「おせぇ」

食卓のある部屋に入るなり、少女のすぐ横の壁に酒瓶が飛んできた。

思わずひゅっと体を竦める少女を黒い、どす黒いリオンの目がとらえた。

「お前、なんなの?王命で俺の子供を孕んだだけじゃ足りないわけ?」

「な、何の話か……」

「だから、今日王城から酒場に使いがきてさ、お前が死にかけてるから子供が生まれるまできちんと面倒みろって連絡がきたわけ。
なに、死にかけたふりしてまで俺の気を引きたいの? 物資や金は渡してるのに、足りないわけ?」

「そ、それ、は、物資は、止められてしまって、買い物もさせてもらえなくて、あの、ほんとに」

「はぁ?止められた?誰に」

「……町の皆様に……」

その言葉に被せるように今度はグラスが壁に飛んできた。

「ーーお前、いい加減にしろよ。お前の物資を止めたり、物を売らなかったりする必要がどこにあるわけ?町の奴らは気のいいやつらばかりだ、お前と違ってな!!」

リオンの瞳が軽蔑の色を宿した。

少女はその目を見て息を飲んだ。ずっと見てきた人たちと同じ目。

「ああ、それか、何か? お前、町の人たちに嫉妬したの。そんなに俺に構ってほしかった訳? ーーいいぜ、抱いてやるよ。その代わり、金輪際町の奴らのせいにするなよ」

瞳に嘲りの色を宿したまま、リオンは少女の手を掴むと半ば引きずるように寝室へ引っ張っていき、ベットに押し倒した。
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